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お披露目


「ムリムリムリ」


 わたしは涙目で訴えた。今日はお披露目の当日であるが、支度部屋で侍女たちと抜き差しならぬ状態になっていた。カルラと侍女二人がドレスを着つけようとわたしの方へと寄ってくる。

 先ほどまでお風呂で全身を磨かれ、マッサージをしてもらっていたところだ。そして見せられたのがお披露目で着るドレス。

 楽しみにしてほしいとクラウディオに言われて今日初めて用意されたドレスを見たのだ。


 こんなことなら、先に見せてもらえばよかったと後悔していた。


「今日はクラウディオ様の正妃になったと知らせる重要なお披露目でございますよ」


 こうなることはわかっていたと言わんばかりのカルラに、にこにこする侍女たち。対するわたしはガウン一枚の姿。


「だって、それを着せるつもりでしょう!」


 しわにならないように掛けてある豪華なドレスを指さした。


「もちろんでございます。クラウディオ様がご準備された最高級のドレスですわ」

「最高級だろうが何だろうが、ムリ!」


 王宮に来てからそれなりにこの国のドレスに慣れつつはあったが、夜会用のドレスは初めてだ。胸から上が普段着ているドレス以上に大胆に開いていて、肩と背中に布がない。淡いピンクと濃いピンクが重なった透けるような生地のスカートはとてもふんわりしており、アクセントに胸元から腰にかけて豪華な白い花の刺繍が施されている。

 確かにとても美しいドレスだ。


「支度は……順調じゃないみたいだな」


 ふわりと後ろから抱きしめられた。


「ええ!」


 驚いて振りほどこうとするが、がっちりと抑え込まれている。クラウディオがおかしそうに笑うとカルラが晴れやかな笑顔を見せた。


「クラウディオ様。そのまま抱きしめていてください」


 カルラは侍女二人に目配せして、動けないわたしにさっと近寄り、ガウンを脱がせた。クラウディオがいる前で下着姿になってしまい、慌てる。


「毎日、夫婦として生活しているのに恥ずかしのか?」

「下着姿なんて普通に恥ずかしいでしょう!」


 顔を真っ赤にして怒鳴るが、クラウディオは嬉しそうに目を細めるだけだ。


「クラウディオ様。時間がありません。イチャイチャはお披露目が終わった後にお願いします」

「わかった」


 カルラが冷静に突っ込んできた。クラウディオは残念そうな顔をしてわたしに抱き着いたまま少しだけ体を離した。カルラが器用にドレスを着つける。

 あっという間に支度が終わった。ドレスを着せられて茫然としているうちに、髪が結われ、化粧が施される。手早い仕事に感心するよりも涙目だ。


「とても綺麗だ」


 じっと見降ろされて落ち着かない気持ちになる。くすくす笑いながら、カルラからレースでできたショールを受け取ると、さらっとわたしの肩から掛けてくれた。レースのリボンで落ちないように結んでくれる。このショールも肌が透けてしまうのだが、素肌を晒すよりははるかにいい。


「いいの?」

「他の男どもにこの白い肌を見せるわけにはいかないからな」

「……ありがとう」


 小さな声でお礼を言えばクラウディオは頷いた。わたしを気遣ってくれるところがとても嬉しかった。

 ただ、もう少し胸の開いていないドレスを用意できなかったのかと言いたくなってしまうのは許してほしい。


「これで君が異母兄上の側室だという噂もなくなるな」

「知っていたの?」

「ベイジルが勘違いして突撃したこと?」


 にやりと意地の悪い笑みを見せるので、唇を尖らせた。


「そんな意地悪を言わないで。ベイジル殿下はただ王妃様を守りたかっただけなのよ」

「わかっている。だけど、自分の妻が他人の側室だろうと言われるのは腹立たしい」


 不機嫌になったクラウディオの胸をポンポンと叩いた。


「それも今日までだから、機嫌を直して」

「ああ。それでは行こうか」


 クラウディオにエスコートされ、会場となる広間へと移動した。


****  


 お披露目ではクラウディオの隣に立ち、挨拶に来る貴族たちに笑みを返していた。祖国と違ってたくさんの貴族がいる国だ。名前を覚えるのは一苦労かと思っていたがそうでもなかった。クラウディオが挨拶のたびにそっと教えてくれるので、さほど苦労せずに名前と一致させられる。


 次々と挨拶を受けながら、一部の貴族がわたしに対してとても尊大で見下していることに気がついた。お祝いを口にしながら、その目は視線は小国の不釣り合いな田舎者だと語っている。もちろん私が気がつくくらいだ。クラウディオも気がついている。


「ご結婚、おめでとうございます」

「バシュレ侯爵」


 あと少しの所で、尊大な口ぶりで挨拶された。クラウディオの機嫌が一気に悪くなった。先ほどまで浮かべていた笑みが消えている。バシュレ侯爵と聞いて、クラウディオを王にしたい一派の一人だとすぐに分かった。心配そうに彼を見つめれば、クラウディオは息を大きく吐いた。


「それにしても、我が娘よりも優れていると思えないような姫を連れてくるとは……見る目がないことが残念で仕方がない。ああ、そうだ。側室が必要になったらいつでもお声がけください」


 じろじろと値踏みするように見られ、お祝いに来たとは思えないような言葉を吐いて去っていった。初めてのことに呆気に取られていて、何も反応ができずにいた。ただただその後姿を見送り、呟く。


「何が言いたかったのかしら?」

「あんな奴を外戚に置きたくはないだろう? もし彼の娘がとても好ましい人柄をしていても絶対に結婚したくない」


 クラウディオが何が何でも結婚したくないと思ったのは仕方がないことだと思いつつ、挨拶を続けた。最後の一組の挨拶を終えて、体から力が抜けた。これでこのお披露目会は終わりに近い。


「疲れただろう?」


 そっと囁かれ、クラウディオはわたしを人のいない方へとエスコートする。庭に面したベランダには椅子とテーブルが用意されていた。テーブルは給仕のものが軽い食事と飲み物を用意している。


「嬉しい」


 支度をはじめてから数時間。飲まず食わずだったので、軽い食事であっても嬉しかった。ニコニコと笑みを浮かべると、クラウディオも笑った。


「やり切ったご褒美だ」


 彼の合図で持ち込まれたのは、美味しそうな菓子だった。花の形にかたどられた菓子は見ているだけでも美しい。果物を薄く切って甘く似たものを巻き込んで焼いているようだ。繊細な菓子にため息が出る。


「食べてもいいの?」


 視線はお菓子にとらわれたまま、小さな声で確認する。クラウディオはテーブルにあるフォークを手にすると、小さくお菓子を切り分けてわたしに差し出した。折角の花がちぎられてしまったが、それでも甘い果物の香りが漂う。


「……一人で食べられるわ」

「いいから」


 周りに視線を走らせ、誰も見ていないことを確認してから口を開けた。ゆっくりと菓子が口の中に入れられた。恥ずかしくて少し目を伏せたまま、咀嚼する。口の中に果物の酸味と煮詰められた甘さが広がった。おいしさに頬が緩んだ。


「おいしい?」

「とても」


 菓子を食べて喜ぶなんて、子供のようだがおいしいのは仕方がない。まったりとした時間を二人で過ごしていると、にぎやかな声がした。護衛達の止める声も低いが聞こえてくる。

 二人でそちらに顔を向ければ会いたくない人たちがいた。それはクラウディオも同じだったようで一瞬にして無表情になった。

 躊躇いがちに彼に手を伸ばし触れる。それに気が付いた彼はそのままわたしの手を握りこんだ。


「こんなところにいたのね」


 艶やかな大胆に胸元を開けたドレスを身にまといやってきたのはイザベルだ。彼女の後ろにはエデルミラもいる。イザベルは毒々しいほどの笑みを見せていた。


「お兄さまがお義姉さまとの接点をなくしてしまったせいで、なかなかお祝いが伝えられませんでしたわ」


 ちくりと嫌味を混ぜながら言葉を連ねる。どうしてクラウディオの妹なのにこれほど性格が違うのだろうか。そんな思いも出てくるが、黙っていた。きっとここで反応してしまったらいけない気がした。


「心の広いお義姉さまでよかったですわ。お兄さまったら街に愛人を囲っていても寛大な心で許してもらえているのでしょう?」


 愛人?


 言葉の棘に心が痛くなる。でも、その気持ちは表に出してはいけない。

 じっとイザベルを見つめていたがふと、エデルミラの表情が気になった。彼女もどこか傷ついたような歪んだ顔をしている。

 ああ、そうか。エデルミラは純粋にクラウディオが好きなのだ。バシュレ侯爵とイザベルの後押しがあったから、妃になれると思っていたところへわたしがきてしまった。色々と我慢していることも多そうだ。できれば爆発してほしくない。


「いい加減なことを言うな。俺には愛人はいない」


 呆れたような声音でクラウディオが否定する。イザベルはおかしいわね、というように首をかしげた。


「わたしの勘違いでしたの? ずいぶん仲良く王都を歩いていたというのに。お兄さまのことだから娼婦でも身請けしたのかと思いましたわ」


 クラウディオは嫌悪感を露にした。


「……話がそれだけなら去れ。不愉快だ」

「いわれなくとも。ああ、お義姉さま。もし、離縁したくなったらいつでもおっしゃって。できる限り、お力になりますわ」


 くすりと笑うと彼女は現れたのと同様に去っていった。残されたわたし達二人には微妙な空気が漂う。


「信じてほしい。愛人などいない」

「ええ」


 ぐっと力強く手を握りしめられた。握りしめられてわずかに痛みもあったが、胸の痛みの方が大きくてあまり気にならなかった。


 思い出すのは、途中で会った領主の娘や街中でクラウディオを見つめる女性だ。クラウディオは黙っているだけでも女性を惹きつける。彼にとって何でもない存在だとわかっている。


 わかっているはずなのに、胸の痛みはいつまでも残り続けた。




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