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おかしな誤解があるようです?


 休暇を取った翌日から、クラウディオはますます忙しくなっていった。


「すまない。しばらくは遅くなるから、先に休んでいてほしい」


 夜遅く帰ってきて疲れた様子で言われてから、すでに一週間。あと一週間でお披露目だというのに、クラウディオと顔を合わせるのが朝だけとなっていた。それでも朝起きれば、いつの間にか彼にすっぽりと抱きしめられて寝ている。


 今朝はそのいつもとは少し違っていた。いつもならわたしよりも先に起きているクラウディオがぐっすりと眠っていているのだ。

 まじまじとその整った顔を見つめる。強い意志の光を持つ目が見えないだけでずいぶんと柔らかな印象だ。乱れた前髪にそっと手を伸ばした。


「おはよう」


 延ばした手を掴まれ至近距離で彼の瞳がわたしを見つめた。


「ごめんなさい、起こしてしまったわ」

「いや、午前中は会議があるからもう起きなくては」


 そう言いつつもしっかりと抱きしめてくる。彼のぬくもりに恥ずかしいと思いつつも嬉しさがこみあげてくる。体から力を抜いて彼に預ければ、優しく髪を撫でてくれた。


「ああ、早く終わらせたい」

「少し疲れているみたい」

「そうだな。流石に疲れが溜まってきたな」


 そういうので思い切って唇を合わせた。クラウディオの驚きが伝わってくるが、そのままのしかかるようにして唇を合わせ続ける。同時にそっと自分の魔力を乗せた。


「デルフィーナ」


 どれくらいそうしていただろうか。自然と唇が離れれば、彼が掠れた声で名前を呼ぶ。色のある声音ではなく、ただただ不思議そうな声だ。


「どう? 少しは楽になった?」

「これは魔力?」

「そうよ。こうして分けてあげることもできるの」


 初めてあった時に、彼も魔力を乗せたキスをしてきたが、それはあくまでも存在を知らしめるためのものだ。わたしが贈ったキスは彼の体の疲れを回復するように魔力を分け与えたのだ。同じようでいて少し違う。この国の人たちは魔法を使うことを良しとしないからこんな風な使い方はしない。


「すごく体が軽い」

「ふふふ、よかったわ」

「魔力を分け与えるなんて……無理はしていないのか?」


 大きな手がそっとわたしの頬に触れた。その大きな手にすり寄る。


「このぐらいなら大丈夫よ」

「ありがとう。早く終わりにして帰れるようにするよ」


 クラウディオは起き上がるとちゅっと音を立てて頬にキスした。

 その日から毎朝、クラウディオに回復魔法をかけることが日課となった。時折朝のキスにしては濃厚になることがあるが、辛くなるのはクラウディオばかりでおかしくなる。こんな風に過ごしているので、クラウディオとあまり話ができないことに不安を感じることはなかった。


 それでもお披露目の日があと数日となったところで、何も準備しない状態でいるのが落ち着かなくなってくる。今日の勉強が終わり教師が帰った後、お茶を用意しているカルラに尋ねた。


「お披露目までにわたしがすべきことはないの?」

「お披露目のドレスはクラウディオ様がご準備されるとのことでしたから、体調を整えておくのが一番かと思います」


 ドレスをクラウディオが用意すると聞いて驚いた。


「ドレスの試着は?」

「大丈夫でございます。今まで何着も作っておりますから、採寸は済んでおります」


 ニコニコ笑顔で言われて、そんなものかと頷いた。


「あとは貴族の名前を覚えることぐらいですが、すでに大方覚えていると先生が言っておりましたので心配はないかと」

「貴族の名前ね。本当に多いのね」


 これを覚えましょう、と教師が初日に貴族名鑑をドンと机に置いた時には気が遠くなるかと思った。一番苦手なのは内政の話だが、この名鑑もなかなか手こずった。


「そうでしょうか?」


 カルラがよくわからないと言うように首をかしげるので、笑って説明した。


「わたしの国では貴族どころか国中が親戚みたいな感じだから」

「そうでしたか。それでも先生が大丈夫だと太鼓判を押したのですから心配いりませんよ」


 いざとなったら、クラウディオがいるのだから大丈夫かとあえて気にしないことにした。ゆっくりとお茶を飲みながら、色々考えていると先触れの者がやってくる。カルラがその対応をしていたが、困ったような顔をしてこちらにやってきた。


「王妃様がデルフィーナ様をお茶に招待したいとおっしゃっています」

「王妃様が?」


 結婚の署名をした後に一度だけあっただけだ。落ち着いたころに公務の引継ぎを、と言われていたのを思い出した。


「お伺いしますと返事をしてちょうだい」


 訪問できるよう準備するために、残ったお茶を飲み干し立ち上がった。


******



 真っ先に目に入ったのは美しい庭だった。


 王妃であるミランダに招かれて通された部屋は窓が大きく、庭が一望できた。真っ白な壁が縁のようになって、濃い緑の木々が配置されていた。

 風を通すために窓はすべて開かれ、柔らかな風が庭に咲く花々の甘い香りを運んでくる。手入れされた庭は色とりどりの花が咲いており、見ている人の気持ちを穏やかにする。

 一枚の絵のような光景に目が離せなかった。


「素敵なお庭ですね」


 ミランダが笑う。ほうっとため息を漏らしたわたしにミランダは席を勧めた。用意されているテーブルと椅子は庭が見えるように配されている。


「気に入ったようでよかったわ。ここはわたくしもお気に入りの場所なの」 


 ミランダは侍女にお茶を用意するように指示すると、座った。


「ここにきて3週間が経ったけど、慣れてきたかしら?」

「はい」


 香りのよいお茶を置くと、侍女は部屋から下がる。それを見てから、ミランダは口を開いた。


「あなたには王弟妃として、わたくしの公務を一部分担してもらいたいの」

「ええ。クラウディオ様から聞いていますが、わたしにできるでしょうか? 祖国では王族から外れることが決まっていたため、王族の公務を行ったことがないのです」


 公務をすること自体は嫌とは思わないが、今まで公務というものはしたことがなかった。王女としては恥ずかしいことだとは思うけど、したことがないことを見栄を張って隠したところでわたしにとってもいい方向にはならない。


「孤児院の慰問や茶会の開催などをしてもらいたいと思っているの。茶会はわたくしも参加するけれど、開催は貴女に任せたいわ」

「孤児院は大丈夫だと思いますが、お茶会は自信がありません」


 正直に言えば、ミランダはそう? と首を傾げた。


「では、まずは孤児院の慰問からしていきましょうか」

「よろしくお願いいたします」


 和やかに色々な話をしているうちに、外が賑やかになってきた。乱暴な足音とそれを止める護衛達や侍女の声がする。ミランダはカップをテーブルに戻し眉を寄せた。


「何かしら?」

「見てきましょうか?」


 そんな会話をしているうちに、ばんと扉が乱暴に開く。入ってきたのは黒髪に琥珀色の瞳をした男の子だ。会ったことはないが、少年が誰なのか一目で理解した。それほど少年はイグナシオによく似ていた。

 挨拶をしようと立ち上がると、つかつかと少年の方が近寄ってきた。どうしたことかと驚きに立ち尽くしていると、突き飛ばされた。

 強い力ではなかったが、バランスを崩し尻もちをついてしまう。


 驚きすぎて、どう反応するのが正解なのか、まったくわからない。


「出て行け! 母上に近寄るな!」


 少年がさらに私に詰め寄ろうとしたのと、ぱんと大きな音がしたのと同時だった。ミランダがテーブルを叩いて彼の気を逸らしたのだ。彼女はゆっくりと立ち上がる。


「お黙りなさい」

「母上」


 先ほどの勢いはなく、目の前に立つミランダを途方に暮れた目をして見上げていた。ミランダは大きく息を吐き、少年からわたしの方を向き手を差し伸べる。その手を取って立ち上がった。


「ごめんなさいね。息子の無作法をお詫びするわ」

「いいえ」


 事態がよく呑み込めていないが、王子が何か誤解しているのだろうと思い、彼の方へと視線を向けた。


「何か誤解があるようなのですが……。お初にお目にかかります。わたし、王弟クラウディオの妻のデルフィーナと申します」

「え、叔父上の? 父上の側室じゃなく?」


 ミランダとわたしは顔を合わせると、大きくため息を付いた。そんなところだろうと思っていたけど、誰かに確認すればすぐに分かったことなのだが。きっと母親であるミランダが大切で、頭に血が上ってしまったのだと思う。


「どうしてそんな勘違いをしたのか……」


 ミランダが悩まし気に呟けば、王子はしょんぼりとした。


「何人かに言われたのです。後宮にいる女性は陛下の側室になったと」

「そうであれば、お前たちにも紹介しますよ」

「だって、僕たちは王族としては出来損ないだから」


 呟く言葉に首を傾げた。ミランダがきつい眼差しで王子を見つめている。


「どこの誰が言ったかはわかりませんが、第一王子である自覚を持つように」

「母上」


 言葉を飲み込み俯いた王子を見ていて、深刻な事情がありそうだと感じた。

 適度な距離で国王一家と付き合っていかないと巻き込まれる予感がした。



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