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結婚が決まったみたいです


「いいなぁ」


 ぼんやりと二人の様子を遠くから眺めて、呟いた。結婚したばかりの二人は気がつけば一緒にいることが多い。

 第3王女のお姉さまが半年前に18歳になり、わたし達が幼い頃から護衛をしていた騎士と結婚した。今は同じ離宮に一緒に暮らしているけど、数週間後には少し離れた場所にある別の離宮へと移る。


 二人の選んだ離宮は手入れに時間がかかるため、先に結婚したのだとお姉さまが教えてくれた。

 一年も待つわけではないので離宮の用意ができるまで待てばいいのに思ったけど、それを言ってしまうといかに夫になった護衛騎士を愛しているのかというところから延々とのろけ話を聞かされる。

 人ののろけ話ってどうしてこうむず痒いというのか、どうでもよくなってくるというのか。とにかく面倒なので結婚に関することは聞かないことにしていた。


 この広い王宮の隣の敷地はぐるりと高い塀で囲まれており、5つの離宮が程よい間隔で建てられていた。離宮は二階建てで10部屋ほどしかないが、ここで暮らす王族には十分すぎるほどの広さだ。誰かを呼んで茶会を開いたり夜会を開いたりすることのない離宮なので、生活できる空間があればいいのだ。


 この国は大陸にしたらとても小さな北国。

 雪が多く、雪が解ける期間はほんのわずかだけ。一年中凍り付いているような国だ。


 人が暮らしていくにはとても大変なのだ。国といっても人口は1000人もいない。

 そんな小さな小さな国だから、王族と民の間はとても近い。貴族だって1侯爵家、2伯爵家、4子爵家とかなり少ない。

 治める土地が小さいのだから、それでいい。権力争いもないし、継承権争いもない。どちらかというと血が濃くなりすぎないようにと常に頭を悩ませている。

 侯爵家・伯爵家は血が近すぎて親族になってしまい、しばらくは組み合わせることができない。王太子妃であるお義姉さまは子爵家の出身だ。今後、数代は子爵家出身の王太子妃が続くのだと思う。


 すべてが小さく、閉鎖的に暮らしてきたので歴史だけは長い。何代かさかのぼれば国民皆王族だ。

 王族だって必要なのは、王太子のお兄さま、スペアの長女のお姉さま、侯爵家に嫁いだ次女のお姉さま、まで。

 それ以下はいらない。

 いらないといっても、大国にある物語のような幽閉するとか毒殺するとか恐ろしいことをするわけではない。


 適齢期までこうして離宮で過ごして、家を継げない貴族家の誰かと結婚して、次の世代、お兄様の子供たちが5歳になれば外に出してもらえる。爵位はないけど、暮らしていくだけの手当てはもらえるから不安も何もない。王族の義務からも貴族の義務からも解放されているので、とても楽しみなのだ。


 生まれた時から王族から外れることが決まっているから、教育だって王族が必要な最小限の礼儀作法しか行わない。王族としての知識よりも平民になっても暮らしていけるだけの技術、つまり手に職をつける。

 わたしは手先が器用だから、編み物や刺繍が得意だ。他にも変わり種というところでは魔道具を作る職人というのもあるが、この大陸で魔力を持ち魔道具を使える人間などこの国しかない。しかもこの国の人たちは魔力が高いため、簡単な修理ぐらいなら自分でできる。そんな背景からお金を稼ぐ手段としては微妙だ。


 お姉さまは薬師としての腕がとてもいいので将来は薬師で生計を立てていく。この国で作られる薬には魔力が込められているから、普通の薬よりもはるかに効能がいい。薬草は商人から買わねばならないが、幸いなことにそれ以上の高値で買われていくので今のところは問題ない。


「お姉さまがいなくなるのは寂しいですか?」


 二人を見つめていると側に仕えていた侍女のアドラがそっと声をかけてきた。ゆったりとした仕草でお茶を用意している。

 彼女の入れるお茶はとても独特で、面白い。どこから仕入れてくるのか知らないが、月に一度は初めてのお茶が出てくる。もちろん面白いだけで、とんでもない味の時もあるのだけど、それはそれで楽しみだ。


「少しだけね」


 そう答えながら今日は何だろうとカップの中をのぞき込む。カップの中は自分の顔が映ってしまうほどの黒い液体だった。


 これって飲めるのかしら?


 そんなことを思いながらも、飲めないものは出さないだろうと口をつけてみる。少し含むと苦みも渋みもあって、2口目が飲めない。顔をしかめてカップを置くと、アドラの小さな笑い声が聞こえた。


「どうでしたか?」

「苦いわ」


 そう告げれば、さっとお砂糖とミルクが出てきた。


「デルフィーナ様にはもう少し甘い方がいいかもしれないですね」

「ねえ、これ何? お茶なの?」


 アドラがわたしのカップに大量のお砂糖とミルクを入れる。黒い液体は少しだけ色を和らげた。……黒が濁った色になった程度だけど。


「最近、他の大陸から入ってきたお茶の一種だそうです。飲んだ方は初めはひどい味だと思っていても、飲んでいるうちに癖になるとおっしゃっていたので、少し分けていただいたのですが」

「勧めたのは誰? お兄さま?」


 新しいものが好きな王太子であるお兄さまで間違いないだろう。後で文句を言ってやろうと決めているとアドラが小さく笑った。


「よくお分かりになりましたね。王太子様のおすすめです。お気に召しませんか?」


 アドラの問いかけに、わたしは素直に頷いた。進んで飲みたい味ではなかった。お兄さまの癖になる味というのがよくわからない。


「前のジャムを入れたお茶がよかったわ」

「あれは甘いですからね」


 暗にお子様だと言われいるようでむすっとした。


「これ、お姉さまの所にも持っていってあげて」


 もう一度、姉とその夫の方へと視線を向けた。お姉さまは淡い金髪の儚い感じの美女で夫になった護衛のヘンリーは柔らかな空気を持つがっしりとした体つきの男性だ。ヘンリーの護衛対象は私も含まれているのに、二人揃うとわたしの存在なんてないに等しい。


 二人寄り添っていると一枚の絵のようで、とても綺麗だ。お互いに見つめる目がとても優しくて、お姉さまは彼といるだけでとても幸せなんだと感じる。

 わたしもあんな風に信頼しあえる、愛情を育める人と結婚したい。二人の幸せそうな顔を見るたびにその思いは強くなっていた。


 二人が結婚したことで、わたしの新しい護衛騎士も決まる。きっとその騎士がわたしの結婚相手になるのだろう。どんな人が相手なのか、今からドキドキだ。お兄さまもう一度、優しくて穏やかな時間が過ごせるような人がいい、と念のため伝えておいた方がいいかもしれない。結婚は一度だもの。お互いに幸せになれる相手がいい。


「大変です!」


 未来をあれこれ想像していたら、慌ただしく侍女が入ってきた。この離宮に似つかわしくないほどの騒々しさだ。息を切らして入ってきた彼女を驚いて見つめた。アドラと一緒に世話をしてくれる侍女だ。いつもは落ち着いている彼女の慌てぶりに、何か良くないことでもあったのかと身構えた。彼女は息を整えてからわたしに告げた。


「デルフィーナ様のご婚約が決まりました」


 はい?


「それはどういうことなの?」


 面食らって言葉を失ったわたしの代わりに質問したのはアドラだった。


「つい先ほど、陛下が大国からの申し入れを受諾されました」


 告げられた内容が理解できずに呆けてしまう。どこか遠くで二人の会話が続く。


「第二王子の正妃として輿入れしてもらいたいと、第二王子自らいらしています」


 大国の第二王子の正妃? わたしが?


 嘘でしょう?

 わたし、最低限の礼儀作法しか知らないのだけど。


 目の前が真っ暗になった。





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