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院長

 私が子供部屋の前を通りかかった時、明日の会について最後の打ち合わせをしているライン達の声を耳にした。

 覗きこむと足音で気付いたのか、皆が私を見やり、うちトーイとネットが少し気まずげに目をそらす。その顔に勘付き、少し怖い顔をして注意した。

「トーイ、ネット、貴方達さっき明日の料理の味見していたのではない?きちんと歯は磨いたのかしら」

『今から行きます!』

 二人は同時に声を上げると部屋を出て行った。

 もうすぐ孤児院を出る年だというのにいつまでも小さな子供みたいなことをする二人に苦笑してから、私は残りの子供達へと声をかける。

「貴方達も、用をすませたらはやく寝なさい。明日起きられなくなってもいいの?」

 口々に返す了承の言葉に頷いてから部屋の奥へと目をやると、机へと伏している栗色の頭があった。

 私の視線をたどったアリーがあ、と声をもらす。

「ジュジュったら、いつのまにか寝ちゃったのね」

 そう言って近づこうとするのを制して、ジュジュの側へと向かうと、開かれた日記帳とそこに書かれた読めはしないけれどどこか見覚えのある文字。私は日記帳の上からジュジュの身体を除けると隅に垂れたよだれを手布でふき取りそっと閉じた。

「この子を運んでくるから、戻ってくるまでに寝に行きなさい。灯りはそのままでいいから」

 いつもの場所へと本を収めて八歳にしては小柄な身体を抱き上げた。

 子供らしく丸みをおびた頰を見てふと、四年前を思い出す。


 真夜中、少しでも食費の足しになるようにと内職をしていた私の耳に、ドアを叩く大きな音が飛び込んだ。

 子供達が起きてしまうと腹を立てながら、こんな時間に何があったのだろうかといぶかしみながら開いた先には暗闇の中薄青い瞳を爛々と光らせた青年が黒い布に包まれた何かを抱いて立っていた。

「ひ……」

 声にならない悲鳴を押し殺し得体の知れない何かに気圧されて後退ると青年は包みを差し出した。

「非常に、ひっじょうぅぅに不本意ではあるが、この子をここに預けたい」

 言われて包みを見て初めて、子供の顔が中から覗いているのに気づいた。頰はコケわずかなろうそくの明かりでさえわかるほどに顔色が悪い。

「今は命に別状はない」

 青年の言葉に私は先ほどの恐怖も忘れて怒鳴りつけていた。

「命に別状はって、息をしてればいいってもんじゃないでしょう!?こんな、こん、な小さな子が……っ!」

 たまらず青年の腕から子供を布ごとひったくる。やせ細り、それでも温もりを伝えてくるその子は本当に、悲しいほどに軽かった。

 必要なものを思い浮かべる。

 一人では凍えてしまうかもしれない、幸いと言っていいのか、うちの孤児院にはベッドが足りないので幼い子供達は二、三人で一つのベッドを使っている。なるべく年が近くて寝相のいい子と一緒に寝かせてあげよう。とりあえず今日は私が一緒に寝て、目が覚めたら芋の粉をお湯で溶きのばしたものをあげて、出来ることなら果物の汁を絞ってあげたいけど、今月の食費はもう幾分も残ってないし、外班の子にお願いしてみよう。

「ひとつ、尋ねたい」

「何ですか?この子はここで面倒を見ます、それでいいんでしょう?」

 言外にさっさと帰れとにおわせて、妹かそれとも娘かを捨てに来た青年へと背を向けた。

「我はにんげ……あ、いや、世俗?世間の事に少々疎くてな。鍵をかけた部屋へ入れるまでは理解したのだ。外の危険から守る為なのだろう。人間の身は脆いからな」

 青年の言っていることがよくわからない。身を守るための鍵は普通、中からかけるものではないだろうか?

 つまりは『鍵のかかる部屋』でないとおかしい。

「だがな、我の記憶では食物が必要なはずだ。それとも、今はそうでもなくなったのか?」

 何を言っているのだこの人は。

 振り返ると、不思議そうな顔をして首をひねっている。

 食べ物が必要かだなんて、当然のことだ。

 人間にとって(・・・・・・)は当然のこと。

 それを本気で尋ねている。

 背筋に冷たいものが走った。

「いえ……人間には食べるものが必要です」


 青年、シアンは名前以上のことは明かそうとはせずに、子供のことだけを説明して立ち去った。

 名前はジュジュ=イータ、年は四歳、ここから少し離れた村の子供で、変わった瞳の色のせいで両親、いえ、村中から疎まれていたところを保護したという。

 去り際、無造作に床へと放り捨てられた袋を拾い上げるとズシリと重く、中には震えるほどの金貨が詰まっていた。


 それから、ジュジュの回復は驚くほどに早かった。

 十分なものを食べさせることができたのもあるが、それ以上の何かを感じさせた。

 時折現れて寄付を置いていくシアンも、初めこそ恐ろしく感じていたが、ジュジュへと向ける眼差しや、子供達への接し方を見ているうちに慣れて行った。


「あれからもう四年、か」

 あの時から一人寝になるまでジュジュと一緒にベッドに入っていたローラはもうじき新しい両親を得て旅立っていく。

 この子も、ジュジュも同様にいつかはここを出ていくのだろう。

 この孤児院を救ってくれた、不思議な子。

 特別扱いはしないけど、ジュジュは私にとっての特別なのだ。

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