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トゥールとアレセンシアの本  作者: 川島 蛍
2/17

新しい家

夏休みに入り何日か過ぎた日のこと、祖母の家に父親から一通の手紙が届いた。

母親を早くに亡くしたトゥールは幼い頃より祖母に預けられ父親の顔など殆ど覚えてはいなかったが毎年送られてくる誕生日とクリスマスのカードとプレゼントがトゥールにとって唯一父親の存在をわからせてくれるものだった。

それに年老いた祖母との暮らしは穏やかで同じ年頃の友達と一緒に遊ぶよりも編物をしている祖母の横で読書している方が気楽で良いとさえ思っていた。

ただひとつ不満と言えばいつも優しく撫でてくれる頭が少しくすぐったく、それでいて誰かに見られていたらと思うと恥ずかしい気がするぐらいのものだ。

だから両親の居ない寂しさはあったものの父親を恨んだりすることはなかったしいつかきっと会いに来てくれると信じて疑う事など何一つなかったのだ。

そしてその日は突然思ってもみない形でやって来た。


"トゥールへ"

元気に過ごしていますか?

仕事の目処がつき新しい場所へ引っ越す事になりました。

これからは家を空ける事も少なくなるので良ければ一緒に暮らしませんか?

今度の日曜に迎えに行きます。

ー父よりー


今までだって数えるほどしか会った事のなかった父親が急に自分と暮らしたいと手紙をよこした。

手紙が来たそれだけでも驚きなのに父親は自分を迎えに来ると言っている。

トゥールは緑がかった大きな瞳を更に大きく見開き驚いた。

慌てた様子で祖母の元へと駆け寄りあまりの慌てように何度も足がもつれ転びそうになりながらもやっとの思いで手紙を渡すと、祖母に向かって叫んだ。


「父さんが迎えに来るっ!!どうしよう!!」


普段出さないトゥールの大声が部屋に響くと祖母は一瞬鳥肌を立て驚いたように見えたが話す声はゆったりと優しい口調で興奮しているトゥールをすぐに落ち着かせてくれた。


「いつかこんな日が来るんじゃないかと思っていたよ。いいかいトゥール、この先お前は自分自身でよく考え行動するんだ。自分の未来を創れるのは自分だけだからね。迷った時は目を閉じて深呼吸、三つ数えてどうするべきか心に耳を傾けるんだよ。」


いつもと同じように頭を撫でられても何か違うような違和感をまだ少年のトゥールには理解する事は難しかったが祖母と離れてしまうと思うとやはり寂しく父親の元へ行くのを躊躇わずにはいられなかった。


しかし休日の午後、公園の側を通りかかると決まってみんなが父親と楽しそうに遊んでいる姿を見るとやはり羨ましく父親の居ない自分を可哀想だと思ってしまうのだった。

そして父親の元へ行くと決めてからというものトゥールは妙にソワソワしながらその日を待っていた。

憧れだったキャッチボールやサッカー、釣りにだって行けると思うと胸が高鳴り楽しみでしょうがなかった。

次の日曜日、父親は大きくなった自分を見て何と言うんだろうか、上手く会話が出来るだろうかそんな事を考えていると予定時間の5分前、車の到着を知らせるクラクションが表から聞こえてくるとトゥールは自分の体には不釣り合いな程大きなボストンバッグを両手で抱え父親の乗る車へと向かった。

丁寧に磨かれた深緑の車体が何とも味のあるヴィンテージカーはオープントップの4ドアに適度に丸みのあるフォルムとコロンとした目玉のようなライトが特徴的な車だった。

駱駝色をした革張りのシートはまだ新しくほのかに革の匂いが残る後部座席に鞄を押し込みいそいそと乗り込むとミラー越しに見える父の顔にお愛想程度の笑顔を見せたが期待と不安を隠し切れずにいた。

しかし想像していたより白髪と皺の多い父の顔は何処となく自分に似ており少し気恥ずかしくもあったがやはり嬉しさに勝るものはなかった。

車の窓から流れる景色はいつもと違って輝いて見えこれから始まる新しい暮らしを後押ししてくれている様に思えた。


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