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第二章 サイボーグ娘覚醒 7

 真理は学校から帰路についていた。たいていの生徒たちが、電車を使って通学しているのに対し、真理の家は近い。歩いて通える。つまりは時間を無駄にすることがない。真理がなんの変哲もない公立学校を選んだのは、ただそれだけの理由だった。

 真理にとって、高校で学ぶことなどなにもない。大学なんて、今すぐにでも、どこにだって入れる。どうせ日本では飛び級できないのだし、どうでもいい。アメリカあたりに留学して、飛び級すれば、早く学士、ひいては修士、博士ととんとん拍子に進むかもしれないが、それすらもどうでもよかった。肩書きなんていらない。ようは研究さえできればいい。研究室も研究費用も自宅にこそある。

 自宅は病院のすぐとなりにあるのだが、そのまわりには病院の駐車場があるくらいで、民家はない。向かいもしばらく空き地になっていて、それほど人通りは多くない。

 自宅のすこし手前の道路に、幌の掛かったトラックが止まっていた。さらにその後ろには高級セダン。そのそばには、ふたりの男が立っている。ともにスーツを着ていたが、背も高く、広い肩幅、厚い胸板と相当鍛えていそうな感じだ。

 そしてもうひとり、女もいた。三十歳くらいの妖艶な感じで、長い髪、パンツルック、上はブラウスだが胸元はかなり開いて、大きな胸が強調されている。

 その顔になんとなく見覚えがった。リアルで会ったことはないはずだから、きっと写真かなにかで見たのだろう。

「聖真理くんね?」

 通りすぎようとしたとき、その女がいった。そのまなざしは有無をいわせないものがある。

「誰だ、あんた?」

 そういいつつ、あやふやな記憶の中から、この顔の主を捜す。

「スチーム娘」

「なに?」

 一瞬、思考が固まる。もちろん、それは水貴のことだ。ただ、そのあだ名を知っているのは、真理自身と水貴当人、あとはひかりくらいのものだ。

 会話を盗聴でもされたか?

 いずれにしろ、こいつらは「スチーム娘」を知っている。おそらく人間離れしたパワーのことも。今、わざわざスチーム娘といったのは、自分の顔色を読むためだ。

 真理は心の中で舌打ちをする。

 今、明らかに失敗した。動揺が顔に出たはずだ。

「やっぱりあなたがスチーム娘を作り上げた張本人のようね」

「さて、なんのことやら?」

 そういいつつ、真理は思い出した。こいつはたしか麗狼院博士。ロボット工学の新星として注目されたが、ここ数年、まったく話題に上がらなくなった人物だ。

 そこまでわかると、こいつらの狙いは明確だった。水貴の構造を知りたい。つまり、作った張本人の真理に協力しろってことだ。

 冗談じゃねえ。

 おそらく雰囲気的に有無をいわさず連れ去る気だろう。そのために強面の男をふたり用意したにちがいない。残念ながら、真理は運動能力に関しては人並み以下だし、喧嘩なんてまともにやったことすらない。

 危機を感じた真理は、スマホを取り出すと、水貴の番号を呼び出した。スチーム娘を捜しているこいつらの前に、水貴を出すのは危険ではあったがしょうがない。背に腹は代えられない。最新型のひかりを出すよりはましなはずだ。

 強面の男ふたりが、スマホを奪おうと近づいたが、なぜか麗狼院がそれを制した。

 思惑がわからなかったが、知ったことじゃない。真理はスマホに向かって叫ぶ。

「ピンチだ。来てくれ」

 それだけいうと、通話を切った。それで充分。こっちの居場所はGPSで水貴にはわかる。

「助っ人は呼べた?」

 わかってて止めなかったのか? まあ、水貴を拝みたかったのかもしれない。しかし、それなら俺を誘拐できないこともわかるはず。

 つまり、俺を誘拐する気など初めからなく、水貴を見たかったのか?

 だとすると、嵌められたわけだが、呼ばなければ、やつらが誘拐犯に転じない保証はなにひとつない。安全確保のためには仕方ない。

「悪いけど、真理くん、あたしたちといっしょに来て」

 麗狼院の言葉とともに、ふたりのごつい男がずいと前に出る。

 あれ? やっぱり俺を連れ去る気か? だったらどうして水貴を呼ぶ隙を作らせた? まさかこの男ふたりで、水貴に勝てるとでも?

 だとしたら、舐めすぎだ。……いや、そうか。こいつらスチーム娘とは、たんに人間型のサイボーグで、特殊なパワーがあることなど知らないってことか。

 真理はそう確信した。よく考えれば、水貴が人並み外れたパワーを持っていると知ってるほうがおかしい。人間同様に動けるサイボーグというだけで、ものすごい技術なわけだから、それだけで充分、麗狼院が欲しがる。

 真理が大声を出そうとした瞬間、首筋にばちっと、衝撃を感じた。

 全身の力が抜け、声を出すどころか立っていることさえできない。大男の腕の中に崩れ落ちる。

 スタンガン?

 霧が掛かったような感じで、いつものように頭が働かないが、かろうじて意識はあった。目も見えるし、音も聞こえる。しかしまったく抵抗することも助けを呼ぶこともできない。そのまま、男ふたりにセダンの中に連れこまれた。麗狼院は、なぜかいっしょには乗りこまない。

 なぜだ? ……そうか、水貴も拉致しようと……。いや、ちがう。だったら、男が残るはずだ。

 このとき、電撃で鈍った真理の脳に、ある考えが浮かんだ。

 こいつら、水貴のパワーのことを知ってるんじゃ?

 知ってて、なおかつ待ち受けるとなると、勝つ算段があることになる。そして、それはおそらく……。

 あのトラックの幌の中に隠れている。

「真理!」

 水貴の叫び声が聞こえた。

 その瞬間、案の定、前にあるトラックからなにかが飛びだした。

 それは人間に似てはいたが、明らかに人間ではなかった。手足は二本ずつあり、直立している。だがその身長は三メートル近くあり、腕や脚の太さも尋常ではない。なによりその外装は鉛色の金属でできている。手足も金属でできていて関節は機械式のジョイント。顔はやはり鈍い鉛色をしていた。フランケンシュタインの怪物を連想させる。

 ロボットかサイボーグか知らないが、麗狼院しずかが作り上げた人間型兵器なのだろう。

 見た目を必要以上に人間らしく見せることを放棄し、単純に機能優先。その点において、水貴と比べれば、玩具のようなものだ。だが、その戦闘力はどうか?

 動く原理はわからないが、体の大きさから考え、多少効率が悪くても、水貴以上のパワーを持っていないとは限らないし、もっと単純に、銃やミサイルのような火器を搭載している可能性が高い。

 すくなくとも、麗狼院はこれで、「スチーム娘」に勝てると踏んだのだ。

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