一週間前
収穫を終えた田園地帯。刈り取られた稲の茎と畦道だけの大地に、粗末な小屋が一軒ぽつんと建っている光景が、ディスプレーに映っていた。その横にある別のディスプレーでは、一人の中年男性がマンションのベランダでデッキチェアに寝そべり、麦酒のジョッキを傾けている。
それにしても、ここまで鮮明に映るとは……
もっとも、地球上のどこでも、このように観測できるわけじゃない。夕方か朝方の部分で雲がない事、そして地球と我々の位置関係が揃わないと観測は不可能。今回は運がよかったということか……
もし、半年前にも条件が揃っていたら……
「主任! 現れました」
操作員の夏川が示したディスプレーでは田園地帯の中を一台の赤いバギーが疾走している。重力レンズを操作して、ナンバープレートを確認できるぐらいまで映像を拡大すると、夏川はそのデータを超光速量子結合通信で地球に送った。
我々がいる観測所から地球まで、光の速度でも一週間はかかるが、量子結合通信ならば、ほぼ一瞬でデータを送ることができる。
今頃、地球では車の持ち主が割り出されているだろう。やがて、バギーは小屋の前で停止し、中から一組の男女が降りる。
女性は帽子をかぶり、うつむき加減のため顔を確認できないが、体付きから見てこれからこの小屋の中で殺される被害者のようだ。
やがて、二人は小屋の中へ消えていく。
この小屋の中で若い女性の死体が見つかったのは、今から六日前の事だった。死亡推定時刻は発見される二十四時間前。さっそく、一人の容疑者が上がった。以前から被害者の女性にストーカー行為を行っていた太田という男で、警察はほぼ間違いないと断定したのだが、太田はアリバイを主張したのである。
犯行時刻にはベランダで麦酒を飲んでいたというのだ。それを証明できるものは何もないが、否定できる根拠もない。だが、確かめる方法は一つだけあった。地球から千八百十五億キロの彼方にある天文台カイパー一〇六……今、私がいるところ……の重力レンズ望遠鏡を使えば一週間前の犯行現場を見ることができる。 警察が、観測を依頼してきたのは二日前の事。おかげで、本来の予定を変更して重力レンズを犯行現場に向けることになった次第だ。
男が小屋から出てきたのは十分後だった。
その顔は太田とは似ても似つかない。しばらく待っていたが、女は小屋から出てこなかった。もう中で殺されているのだろう。
「変ですね」
「なにが変だというのだ?」
私は夏川の方を向きなおった。
「最近の犯罪者は宇宙の彼方の監視カメラを警戒して、我々から観測可能な条件下での犯行は避けているんですよ。突発的な事件ならともかく、この様な計画的殺人が観測可能な条件下で行われるなんて……」
「たまにはそういう事もあるだろう。ところで半年前に宙港近くでひき逃げがあったが、あれは観測できなかったのかな?」
「ここでは無理ですが、オールト301天文台ならあの事故を観測可能です。ただオールト301は地球から半光年離れているので、もし観測しているなら、結果が出るのは今日か明日あたりですね」
「そ……そうか……」
ちょうどその時、地球から通信が入った。 通信文にざっと目を通してから、夏川は私の方に向き直る。「主任。六時間後にもう一度犯行現場を観測するように要請が来ています」
「六時間後? 無理だ。もう夜になっている。太田の自宅ならともかく、犯行現場には人工の明りがない」
「そうなんですけど、あの時間あの場所では……」
はたして六時間後、犯行現場に再び向けられた重力レンズの捕らえた映像は……
「これは!?」
突然の花火の光に慌てふためきながら小屋の中に死体を運び込む太田の姿と、小屋に隠れていた女が出てくる様子が映っていた。
「太田は花火大会の時間をチェックしておかなかったようですね。六時間前の観測だけで、捜査を打ち切る事に期待していたのでしょう」
女はあの小屋で殺されたのではなく、太田の部屋で殺されていたのだ。太田はその直後、重力レンズからよく見えるようにベランダに出て、その一方で太田の仲間が、やはり重力レンズからよく見えるあの小屋に入った。その後で死体を小屋に入れて誰かに発見させ、後は警察が割り出した死亡推定時刻に、重力レンズを現場と自分の家に向けさせればアリバイが成立するはずだった。偽装工作に使った男が直後に死んでいるが、おそらく口封じに殺されたのだろう。
それにしても困ったものだ。こんな事で実績を上げると今後も、捜査依頼が増えて本来の天体観測に支障が出るだろう。
いや、それよりも……私が地球を離れる直前にやってしまったひき逃げの現場に、オールト三〇一の重力レンズを向ける事を誰かが思い付いたりしたら……