ゴールデンバット ~文学青年の物語~
本作は喫煙描写が登場しますが、喫煙を助長するものではありません。
未成年の喫煙は法律によって禁止されています。
前作同様「1つ作品」として読んで頂ければ幸いです。
社会不適合者、とでも表現すれば自分にとっては適当なのだろうか……夜中にふと、そんなことを考えた。
机の上に置いてある煙草と灰皿に手を伸ばす。放り込まれた吸殻の数は、そろそろ灰皿の許容範囲を超えそうだ。
6畳1間のアパート、風呂とトイレはなく、窓は開けているものの、部屋の壁は脂で変色している。
ゴールデンバットに火をつける。深々と煙を吸い込み、吐き出された煙を目で追いかける。
大学4年の時、就職活動に失敗した。就職面接、就職試験、何社受けたのか、記憶にない。受けては落ち、受けては落ち、その繰り返しだった。
私には生まれつきなのだろうか、対人恐怖症めいたものがあり、子供の頃から"人とコミュニケーションをとること"がひどく苦手で、それは成人し大人となっても治癒することはなかった。
人とコミュニケーションがとれない代わりだったのだろう、私は書物を読むことに没頭した。地元を離れ、大学に進学して私は、古本屋を巡ることを覚えた。日増しに蔵書は増えていき居住空間が狭くなる。それでも私は書物に没頭した。
数ある蔵書の中でも、私は、太宰と芥川の世界にどっぷりと浸かっていた。彼らのように読んだ者を作品の世界に引きずり込んで離さない、そんな物語が書きたい、私は書物に没頭する日々の中でそう思うようになっていた。
実に短絡的ではあったと思う。就職活動に失敗し、郷里の親に恥をさらしたくない、どうしたら良いのだ……悩みが絶えない中での救いは、書物だった。そして私は思ったのだ、文壇に立とう、と。社会に馴染むことができないのなら、せめて自分が生きていた証というものを世間に知ってもらいたいと思ったのである。
私は小説を執筆し始めることにした。大学卒業と共に仕送りは途絶えてしまったから、生活は切り詰めなければならない。嗜好品も止めなければと思っていたが、煙草だけは止めることが出来なかった。否、止めなかったのである。唯一と言っていい話相手だった古本屋の老店主に、執筆を始める旨を伝えると
「文豪ならバットだろう、舶来品は似合わない」
私の舶来煙草のパッケージを見て、老店主は言った。憧れの人物、太宰、芥川。彼らの愛した煙草がゴールデンバットだった。
この緑色に蝙蝠のプリントされたパッケージは、どこでも売っているわけではない。都会とはいえ、この都会の片隅にある町では、ゴールデンバットの売っている自動販売機は見つからなかった。もしやと思い、街の片隅にある煙草屋に入ってみると、店内の棚には私の知らない銘柄が並び、目当ての品も見つかった。
他の煙草に比べて値段が随分と安い。どもりながらも店主に質問すると、煙草に使われている葉の等級の関係で税金が安いのだという。旧3級品。1級ではない…実に今の私らしいではないか。話好きの店主が私に向かって続けた。
「正直、売れる銘柄じゃあなかったからね……今の在庫が売れたら仕入れを辞めようかと思っていたんだが、君がこれから買ってくれるというなら、止めないでおくよ」
私はこれからも買うことを告げた。店主は
「ご贔屓に」
とにこやかな顔をしている。
一見で入ったこの煙草屋、不思議な安心感がある。口約束で済ますことも出来たはず。だが、私はこの店に足を運ぶ。そう直感めいたものがあった。
それから私は執筆を続けている。私の名前を残すために。
口の中に苦味が走る。フィルターのないこの煙草は、たまに口の中に葉が入ってしまう。この苦味も、文豪たちは愛していたのだろうか。
最後の煙を吐き出す。文豪の愛した煙に包まれながら、私は原稿用紙に向かう。
見上げた窓から、煙が蝙蝠のように羽ばたいて出ていった。
(了)