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56.危険乖離

 3人とのデートから数日経った。

 その間彼女たちの押しは多少は鳴りを潜めたものの、どちらかと言うと既に恋人ですとでも言いたげな様子になっていた。

 認めたつもりなんてないが、大声出して諌める気にもならないので放置している。


 釣りをして、木の実の収穫に再チャレンジして、猪の狩りにも手を出してみる。

 早朝には2人に血液を飲ませ、その姿をエリシュカが窓から覗き見する。

 そんな平和な毎日だった。


 ただその間、俺はいつも北の出来事のことを考えていた。

 神山から聞いた話は、これから先自分たちの生活を揺るがすものをではないかと考えていた。

 心配事を放っておきながら平和な毎日を過ごすというのは、なんとなく嫌な気分だった。



 その日俺は早朝から木の実の収穫ポイントを探すために、愛須唯の所持していた原付に乗ってキャンプ場から少し街の方に近い道路を走っていた。

 山林の中に入るのは骨が折れる。可能なら、道路や遊歩道近くで収穫したいのだ。


 それは本当に偶々だったのだろう。そして突然でもあった。

 俺の耳に飛び込んできたのは、ヘリの特徴的な飛行音だった。


 音は街の方、遠くから聞こえる。

 突然の音に多少驚くが、頭の中をよぎるその予想される音源を実際に目で確認したい。

 木々で視界を邪魔されてその姿はよく見えない。すぐさま見える位置へと移動を開始する。

 考えるのは、神山の言っていた内容とその考察内容。


 来るなら早いだろうと考えていた。

 ただ、本当に来る可能性は低いと考えていた。

 実際問題、政府や軍が西東京に一体何の用があると言うのだ。


 ひとまずその姿と位置を把握しておきたい。

 移動を急ぐと、目の前の視界が急にひらける。いつの間にか山の尾根付近に到着していた。

 目に映るのは、米粒ほどの大きさにしか見えない中型と思われるヘリが駅近くの学校辺りに降り立ったところだった。


 蟻の散布は既に終わったか、元からそんな予定はなかったか。

 早朝に来たという点で、多少の怪しさも感じる。

 その目的が民間人の保護などの安全なものなら、大抵の人間が起きる8時は過ぎた時間に来るはずだ。


 これからどうするか。

 安全策は今すぐキャンプ場に戻って3人と共に引き籠ることだ。


 ただ正直、確認しに行きたい。

 情報が欲しいし、後手に回りたくない。

 北に行かないことは正解だったが、今はどうだろうか。


 北で起こったことは不可解だった。

 危険地域にいる人間の知らない情報があるのは明らかだ。

 その情報は、それなりの重要なものという気もしている。

 その情報を手に入れるには、ここで動く他に方法はあるのだろうか。


 そう言えば、ヘリが降り立った場所は横山のいる病院から1km程度の距離だ。

 前に横山が縁起の悪いことを言っていたが、もしかしたら今がその時なのかもしれない。

 

(行くか、どうするか)


 原付で安全に気を付け運転して30分程度で現場には到着するだろう。

 当然現場には行かないが、近くから見張って情報を仕入れることはできる。

 付近は建物も多く、隠れる場所は多い。


 情報を手に入れるのは困難だろうが、話し声を聞くというより、何をやっているかを見るという目的だ。

 近づきすぎる必要はない。


 サーモグラフィーなどで、隠れていても見つかる可能性もあるかもしれない。

 考えれば考える程に距離を置く必要が出てくる。

 ただ、考えれば考える程に距離を置けば安全だろうと思えた。

 例えば人を殺しに来ているのなら、人が多い病院に行くはずだ。


(様子見、それもかなり距離を置いて)


 原付のエンジンをかける。

 キャンプ場に戻ったらどうせ引き止められるし、時間もかかる。

 それに3人にはキャンプ場から出ないようにいつも伝えている。問題はないはずだ。


 原付に跨り移動を開始する。

 いつものSUVではないが、今回は原付の方が何かと便利な気もする。

 武器は常に懐に入れている拳銃くらいだ。残弾は一発。使いたくはない。


 銃を使う機会なんて訪れて欲しくないし、桑水流との約束もある。

 というか、軍隊らしき相手に戦いを挑むなんて考えるだけで馬鹿らしかった。


……


 山を下り、街の中に入ったところで原付は乗り捨てた。

 エンジン音が相手に聞こえるのはまずい。ちょうど勝手に自転車があったので借りることにした。

 自転車に乗るのも何年ぶりになるだろうか。


 周囲からは見えない建物の間の細い道を通りながら、ひとまず病院に向かうことにした。

 危険な状況で中に入る気はないが、遠目にでも状況は把握しておきたかった。


 ゆっくりと自転車をこいでいると、また周囲に大きな音が響き渡る。

 建物の影から空を見上げると、ゆっくりとヘリが上昇を開始しているところだった。


 用事は済んだのか、これから何かするのか。

 影から盗み見してみるが、その迷彩柄のヘリはあっさりと北の方角へ向けて飛び立っていった。


 なんとなく肩すかしを食らった気分だ。

 ヘリは結局20分程度しか降りていなかった。

 ただ情報を直接入手できるのは難しいと考えていたため、どちらにせよ問題はなかった。

 むしろ少しは安全になったかもしれない。


 こうなると、もしかしたら自分以外の生き残りがヘリのいた場所に集まっているかもしれない。

 普通に考えるのなら、ヘリは救援物資でも運んできたのだと思うはずだ。

 人口は既に少ないだろうが、そうなると簡単には近寄れない。

 ヘリが遠い空の彼方へと見えなくなったことを確認し、自転車で移動を再開した。


 病院は既に安全だろうと考え、一応裏口から中に入る。

 ただ、例の守衛所にいつもの女がいなかった。

 嫌な予感を感じつつ、忍び込むように中に入っていく。


 10分程度中を探索するが、病院内には誰もいなかった。

 もしかしたらヘリの音を聞きつけて、どこかに隠れているのかもしれない。


 彼らは神山の話を聞いているし、毒に耐性がない。

 普通なら建物内でも安全と思われる場所に隠れる。

 だとしたら探すのが面倒だ。隠れているのならヘリの動向を観察したりもしていないだろう。


 仕方なく病院を出る。

 次に向かうのは学校を上から見ることのできる建物だ。

 既に数人は集まっているだろう。俺のように観察している人間と鉢合わせないようにしなければならない。


 自転車にもう一度跨り、適当な建物を探す。

 学校へ向けて移動していると、高過ぎず、学校を一望できそうな建物を見つけることができた。

 どこかの会社のビルのようだった。

 一番高いビルなんかに行くと鉢合わせしたりするかもしれない。


 そのまま建物に入っていき、階段を8階辺りまで昇っていく。

 適当なドアを開け、窓から隠れるように学校を覗いてみる。


 そこにはいくつかの段ボールと、複数の人間がお互いを牽制するように立っているのが見えた。

 よく見ると、俺と同じように隠れて様子を窺っているような人の影も見えた。


 その段ボールは救援物資か何かにしか見えない。

 俺から取りに行くことはしない。危険すぎる。


 多少小康状態が続いていたが、一人の男が持っていた武器を捨て、両手を上げて段ボールに近づいた。

 ひとまず中身を検めようということだろう。周囲の人間もそれを注視している。


 段ボールの中から出てきたのは、食料のようだった。

 男はいくつかの段ボールの中を開けた後、中に入っていたものを両手いっぱいに持ち、立ち去って行った。

 誰もその男を追わない。もしかしたら、見えないところで誰かに襲われるかもしれないが。


 周囲の人間も、徐々に段ボールに近づいていく。

 もしかしたら血みどろの争いが始まるかもしれない。

 そう思っていたが、その場にいたグループは段ボールを一つずつ手に取り去って行った。


 ちょうどグループ分段ボールがあったからだろう。

 彼らも自分から争おうとは思っていなはずだ。

 その場を離れてどうなるかはわからないが。


 その光景を見ながら、俺はおかしいとしか思わなかった。

 段ボールは全部で5つ程度だった。これは少なすぎる。

 救援物資を送るなら、普通もっと大量に一度で送ってくるはずだ。


 それと、ここ1か月は救援物資など来ていなかった。タイミングも怪しい。

 ヘリがすぐに去って行ったのもおかしい。


 段ボールを持ち去った人間の多くは北で起こったことを把握していないはずだ。

 俺は北で起こった事は政府が関与していると思っている。だからこそ、俺にはその物資が怪しいとしか思えなかった。


 とりあえずあるのは怪しさ満点の物資だけだ。

 大した情報は得られなかったが、少なくとも政府が東京に来て何かをしようとしていることはわかった。

 ゆっくりと立ち上がり、部屋から出て階段を降りて行く。


 自転車に跨ったところで、遠くの方から断続的に銃声が聞こえた。

 食料の奪い合いだろう。

 というか、あの段ボールを持って誰かに襲われないわけがない。


 その争いに巻き込まれないように、建物の影を縫うように元来た道を戻っていく。

 銃声以外の音は遠すぎて聞こえない。

 ただ、何人かは既に死んでいるだろう。


 その知らない人間に同情することはないが、また人口が減ってしまったなと嘆息する。

 政府はここまで読んでいたのだろうか。

 逆に、この状況を読めないまま少ない食料を置いたというのなら、それはそれで政府は考えなしということになる。


 このままお土産もなくキャンプ場に戻るのは気が重い。


 多分、戻ったら勝手な行動をしたことで桑水流達に怒られるのだろう。

 最近桑水流とエリシュカは特に俺の行動をよく見張っている。

 彼女たちは俺が勝手に危険に飛び込みがちと思っている。

 黒川は割と何も言わない。


 何をするにしても誰かが一緒に着いて来ようとする。

 誰かが着いてくると、勝手にデートということになる。

 誰かとデートをすると他の奴らが、次は私、などとほざくのだ。


 既に彼女たちと行動するのが嫌だとかは思わない。悪い気はしない。

 ただ、一人になる時間も貴重なのだ。


 小さく嘆息して自転車で建物の角を曲がっていく。


 すると、曲がった先かなりの距離に一人の男が見えた。

 慌てて自転車を直進させ建物の影に隠れる。


 すぐに自転車を停めて建物の影から盗み見するが、相手はこちらに気が付いていないようだった。

 そのことに少しだけ安堵の息を漏らす。

 相手が普通の人間なら、鉢合わせないようにここで別の道に移動するだけだ。


 ただよく観察すると、その男が着ているものが、軍服のようなものだった。

 その背中には大き目な荷物を背負っている。

 隠れて様子を窺うが、どこかへ徒歩で移動しているようだった。


 ヘリに乗っていた人間は全員そのまま乗って帰ったと思っていた。

 元からこの街にいたとは思えない。数人はその場に残して帰って行ったということかもしれない。

 目の前の男が、軍服を着たいわゆる軍ヲタということもないだろう。


 突如目の前に現れた情報源に、俺の思考は混乱していた。

 混乱しながらも、俺の足はその男を距離を開けて追うよう動いていた。


 脳内に警鐘が鳴り響く。

 このままその男を追うのは危険だと。

 相手が複数ならこちらの存在がバレるかもしれない。


 しかしそれ以上に、怪しい物資を置いてどこかへ去ったはずの軍が、街に人を残していたことが気になった。

 それ故、どうしてもその男から目を離そうと思えなかった。

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