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55.約会終了

 キャンプ場に着くと、いつものように黒川とエリシュカが出迎えてくる。

 しかしいつもの出迎えとは違い、彼女たちはオシャレに着飾ったやたら笑顔の桑水流に目が行っている。

 デートどうだった? といったことを聞かれるのは少し面倒だった。


 何か聞かれる前に、ひとまず神山の話を2人に伝えることにした。

 北で何が起こったか、国がどのような行動方針を持っていると予想されるか。

 自分の考えはそこそこに、割と丁寧に伝えたつもりだったが、2人の感想はどうにも微妙なものだった。


「正直、もうどうでもいいのじゃー。もうワクチンには期待してないのじゃ」

「だよね。なんか最近北海道とかどうでもよくなっちゃった」


 これだ。

 以前は放送を聞いてワクチンがあればマトモな生活ができると喜んでいたというのに。

 どういう心境の変化かはわからないが、2人は今の生活にある程度は満足しているらしかった。


 慣れか、今の生活に何か楽しみを見つけたか。

 どちらにせよ、俺としても余計な心配をしなくても済むのは楽だった。


「そんなことより、お土産にカレーがあります!」

「!?」

「やった!」


 黒川とエリシュカが驚き、歓喜の声をあげる。

 桑水流までもが、俺としては最重要の話をそんなこと扱いだ。

 カレーの前には意味のない議論だと言われているようで少し悲しくなる。


 3人とも俺の話はそこそこに、カレーを作る準備に入った。

 俺はその場でただ突っ立って、これからのことを真剣に考えることにした。

 もしヘリが東京に来て蟻を散布しても俺達は問題ない。

 火器をばらまかれるのは嫌だが、キャンプ場に籠っていれば大きな問題にはなりそうにない。


 いろいろ考えていたが、カレーの臭いが漂ってくると上手く頭が回らなくなっていた。

 そのままいつの間にか俺の足はカレーの臭いに惹かれるように3人が食事を準備している場所に向かっていた。

 可能性の低い危険性について自分だけ真剣に考えるのも馬鹿らしくなり、俺はカレーを食べてから考えることにした。


……


「デート! しよっ」

「……」


 翌朝いつものように2人への血液補給を終えると、黒川が可愛くそんなことを言ってきた。

 俺は最近貧血が少なくなったなと思いながら黒ずんだ傷痕を見つめていたが、その傷痕と同じような色の心境になっていた。


 デートをしようと言われて、用がないのに行くような俺ではない。

 ただ、エリシュカと桑水流とは実質デートのような活動をしていたので、黒川だけを断ることができない。

 そんなことをしたらまた黒川は怒る。

 あの言葉をかけ難い理不尽に面倒な状況になってしまうことは確定的だった。


「どこに行くんだよ」

「山にハイキング!」

「……何しに行くんだ」

「……え? だからハイキングに行くんだよ」


 俺と黒川の会話は微妙に噛み合っていなかった。

 黒川はハイキングが目的だと言うが、ハイキングというものは目的になり得るものなのだろうかと少し考える。


 俺の知る限り、ハイキングというのは自然の近くを歩く行為だ。

 俺達は既に自然の近くに住んでいる。つまり毎日がハイキングと言えるのではないだろうか。

 景観を楽しむというのも楽しみの一つなのだろうが、正直どうでもよかった。

 富士山の麓に住んでいる人はいちいち富士山に観光には行かないはずだ。


「ハイキングって、何するんだ」

「え? デートだよ」


 俺の頭は混乱した。

 デートでハイキングに行き、ハイキングですることはデートだと言う。

 混乱したが、それは若い女性特有の思考回路と割り切って無理やり目的を作ることにした。


「……わかった。食べられそうな木の実でも探すか」

「りょーかい! 本も持って行こうね!」


 本とは恐らく食用の木の実の一覧が載っている本のことだろう。

 少なくとも個人的な目的もできたので、俺は自分を無理やり納得させた。

 黒川も嬉しそうにしているので、何も問題はなかった。


「じゃあ、待ち合わせしよう! 10時にログハウス!」

「……わかった」


 待ち合わせをすることで、デートらしい雰囲気を作るのだろう。

 女性らしい思考回路だとは思うが、別に普通のことだろうから素直に頷いた。

 元気な黒川の相手をするには、俺は少し不元気すぎていた。


……


 待ち合わせ場所に来た黒川は、問題だらけの恰好をしていた。

 何かと言うと、初めて会った時に着ていた制服を着ていた。

 当然ミニスカートであり、半そでである。

 完全に山を舐めきった格好だった。若い女性ならではの恰好だ。

 それでいてバスケットだけはしっかり両手に持っているのがまたムカついた。


 桑水流は活動的な服装ではなかったが、目的地が街だったので問題はなかった。

 エリシュカは薄着だったが、蟻対策で長袖にジーンズを履いていた。

 だからこそ、黒川の恰好は問題だらけだった。


「お待たせー!」

「……その恰好で行く気か」

「……そこは、今来たところ、みたいな返事じゃないの?」


 確かに、デートの様式美ではその回答が正しいはずだった。それは俺も知っている。

 それでも、山のハイキングに制服で来た黒川に一言言いたかった。

 山を舐めるな、と。一度は言ってみたい言葉だ。


「その恰好は何だ」

「え、20代の男性は制服が一番好きだって統計データが……」


 似非ギャルの黒川が統計データなどという言葉を使いだしたところで、全てが適当なのはわかった。

 しかしその統計データは間違っていないかもしれないので否定はできない。


「山に行くんだろ。半そでミニスカートはダメだろ」

「え……」


黒川はひどくショックを受けた風情だったが、そこだけは譲れなかった。


「似合ってない、かな」

「……いや、似合ってるとは思うが」

「……わかった」


 流石に似合っていないとは言えなかった。

 というか制服はそれなりに似合っていた。本職なので当たり前なのだろうが。


 とは言え黒川は、一言返事をすると管理所の方に走って行った。

 その後ろ姿と健康的な足は綺麗だとは思う。思うが、山で出していいものではなかった。


 数分後戻ってきた黒川はスカートの下に厚手のストッキングを、上着にカーディガンを持ってきていた。

 そうではないと言いたかったが、もう何も言う気にはなれなかった。

 厚手のストッキングでは、変な植物に触れても問題ないとは思えなかったが。


「お待たせ!」

「ああ、俺も今来たところだ」


 完全に投げやりで、心の一つも籠っていない言葉を返す。

 しかし黒川はその返事に満足そうに頷き、またもや俺のデートらしきものが開始したようだった。

 正直これで最後にして欲しかった。


……


 黒川と山に向けた遊歩道を歩く。

 キャンプ場には遊歩道が張り巡らしてあり、当然半日かからない程度のハイキングコースも存在する。

 俺達はその一つ、川沿いのコースを歩いていた。


 黒川と黙って歩いていると、会って間もない頃のことを思い出す。

 釣りに行って、帰ってきて、キャンプ場を歩き回って。

 その時から一番変わったのは、俺の黒川に対する印象だと思う。

 あの頃は、俺の生活拠点となるキャンプ場に居座る邪魔者だとしか思っていなかった。

 今は普通に受け入れているからおかしいものだ。俺個人の中のイニシエーションとは一体何なのかと不思議に思う。


「もうすぐ秋だねー」

「……そうだな」

「食欲の秋だねー」

「そうだな」


 俺の返答は一本調子で、面白味のないものだ。

 ただそれは俺が何も考えていないからと言うより、黒川を受け入れているから素直に出た返答だった。


 横を歩く黒川を見ると、バスケットをブラブラ揺らしながら元気に足を動かしている。

 最近の経験上、バスケットの中に何が入っているのかが気になる。

 そのバスケットからは嗅ぎ覚えのある臭いがしていた。


「それ、何が入ってんだ」

「これ? 本とお弁当!」


 本と言うのは木の実とかのことが書いてあるやつだ。

 お弁当というのは、十中八九昨日のカレーの残りだった。臭いがするのだ。

 ただ変なものはなさそうなので、少し安心した。


 その後一時間程度歩くと、目的地に到着した。

 思っていたよりも近く、若者の足だと時間はかからないようだった。


 そこには小さな滝と、休憩用のいくつかのベンチがあるだけだった。

 ただその滝の水しぶきの音や、空気中に撥ねた水の涼しさが心地よかった。

 デートは乗り気ではないが、この心地よさはいいものだなとその空気を満喫する。


 俺が一人で自然を満喫していると、黒川が突然靴を脱ぎ、さらにストッキングを脱ぎだした。

 その突然の行動に言葉を失ってしまい、その姿を呆然と見つめてしまう。

 最近エロい所作が増えたとは思っていたが、これは今までとは比較にならない行動だ。


「……あんまり見ないでよ」


 そう言われて、ハッとする。

 確かに俺は女性の脱衣姿を見つめていた。失礼である。

 しかしこんなところで突然脱ぎ始めた黒川の方が変なのは確かのはずだった。

 今更俺に下着を見られるくらいは恥ずかしくないのかもしれない。

 黒川はさらにカーディガンも脱いで近くの岩に投げ捨てた。


 黒川はそのまま裸足で、滝の方に歩いていく。

 そのまま、川の中に足を入れた。

 下着がチラチラと見え隠れしているが、正直どうでもよかった。中身を見たことがあるからかもしれない。


「涼しいー」

「……」


 なんとなく、自分も靴と靴下を脱ぎ、ジーンズをまくり上げる。

 そのまま川に入ってみる。暑さで少し蒸れた足に、水の冷たさが心地よかった。


「……確かに、涼しいな」


 そう言った途端、自分の顔面にどこからか飛んできた水がかかった。

 驚いて水が飛んできた方向を見ると、黒川がイタズラを成功させた子供のような笑みで、俺を見ていた。

 その両手を川の水につけ、また俺に水を飛ばしてきた。


 顔面に飛んできた水を避ける気もせず、黙って水を被った。その冷たさがむしろ心地いい。

 これは恐らく、バカップルが海でよくやっている水の掛け合いだ。

 流石に初めての経験なので、これが例の……と冷静に感心した。

 しかし俺から水をかける気にもならない。面倒だった。

 少しムカついたので胸でも触ってやろうかと思うが、喜ばれそうなのでやらない。


 それに、恐らく俺が水をかけたら黒川の服が透けるイベントが待っているのは明白だった。

 最近やたらエロい黒川をさらにエロくしようとは思えない。

 ついでに、そんなバカップルのような行動をしたいとも思えない。

 何もやり返さないままで突っ立っているので、俺はただただ水を掛けられずぶ濡れになっていった。


「あれー? やり返さないの?」

「……」


 狙ってやっているのだろうか。

 黒川がエロ路線で俺に迫っているとは思いたくなかった。

 桑水流は純情路線で、エリシュカはバカ路線だ。

 ただ普通のカップルのように水の掛け合いがしたいだけだろうと思い込むことにした。


「いや、腹減ったからな」

「そう? じゃあお弁当食べよう!」


 そう言うと黒川は、ベンチに置いてある弁当を取りに行き、川岸の岩に腰かけた。

 俺もそのとなりに座る。俺は上から下までずぶ濡れになっていた。

 黒川は俺のそんな姿を気にもせずに、お弁当を広げる。

 残しておいたカレーに米、野菜や魚が傍に置いてあるだけの弁当だ。


 飛んできた蠅を軽く手で払いながら、お弁当をつつこうと箸を伸ばす。

 すると目の前に黒川の箸に挟まれた野菜が現れた。

 その箸は、俺の口に向けられている。


 これも知識はある。

 あーん、とかいうふざけたバカップルのための行為だ。

 そんな行為はできない。そんなことをする自分は、客観的に気持ち悪いとしか思えない。


「あーん」

「いらん」


 黒川の箸を軽く無視し、適当に野菜をつまむ。

 黒川は残念そうな表情になるが、すぐに気を取り直して食事を再開した。

 流石に断られることぐらい承知の上なのだろう。


 そのまま俺達は時々雑談を挟みながら、普通に食事をした。


 その後、その辺の木で食べることのできる木の実を探したが、一つとして見つけることはできなかった。

 簡単に探し当てることができる程経験もなかったし当然だ。


 それでも俺達のその行動は、普通のデートそのものだった。

 俺にそんな気がないのが逆に、素直になれないシャイな男と積極的な女のデートのようだった。

 もし俺がこの場を客観的に眺めていると、そう思っていただろう。

 実態は違えど様相は同じだ。


 別に楽しいとは思わなかったし、黒川が特別可愛く思えたわけでもなかった。

 ただ俺は、自分の部屋で寛いでいる時のように終始リラックスし、落ち着いていた。

 黒川が傍に居ても、何も思わない。

 それがいい意味か悪い意味なのか、自分でもよくわからない。

 少なくとも言い寄ってくる黒川には慣れた気がする。


 その帰り際、黒川は俺に一度だけキスをせがんだ。

 以前俺はキスを了承したことがあった。黒川が長期睡眠から起きた後のことだった。

 その時とは違い、俺はそのお願いを断った。


 俺に断られて満足そうに笑みを浮かべる黒川は一番意味が分からなかった。

 ただその笑みだけは、可愛いと断言できるようなものだった。

 女性の考えることはしばしば意味不明だ。


 こうして俺と黒川のデートは終始適当な感じで終わっていた。

 ここ数日で無理やり3人とデートをさせられたが、デートらしい内容はあまりなかったと思う。

 ただ雰囲気のあるデートだとか、高いレストランでランチを食べるとかは本質的に関係ないことも分かった。


 内容がなくとも俺は、悪いとは思っていなかった。

 今まで生きてきて面倒としか考えていなかったデートとは、少し様相が異なっていた。

 実利がないので何度も行きたいとは思わない。

 しかし、行く前に考えていた程つまらないものでもなかった。


 これが最期のデートか、そうでないのか。

 俺にはわからなかった。

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