4.事実確認
何故俺に症状が現れないのか。
1.感染してなかった。
俺が潰したのは「蟻」に似た何かだった。
2.まだ症状が現れていないだけ。実は感染している。
3.俺の中に新たな抗体的な何かが生まれた。
答えはわからないが、すぐに思いつく答えの中で、3が最も俺に都合のいい。
それ故、個人的には、3番を推したい。
1番はないと思う。潰した「蟻」は何度も確認したし、赤色の手足と緑の毒素を吐き出したのはまさに特徴のままだ。
2番は確認できない。少なくとも時間がかかりそうだ。
確認のために時間が過ぎるのを待てるほど、今の俺はゆっくりしている気分ではなかった。すぐさま確認したい。
ということで、ひとまず実験することにする。
こちとら死ぬ覚悟を決めたのだ。小さな覚悟であるが、それを無視されたのは気に食わない。
すぐさま検証可能なのは3番だ。そして俺の望みも3番だ。
同時に1番も確認できるかもしれない。(悪いパターンでだが)
やってやるさ。
というか、3番以外ならどれも同じだ。
今更感染したところで、堂々巡りするだけである。
ということで、家の近くの公園にやってきました。
不審に思われないように、一応移動中は手袋等は身に付けていた。
お目当ての「蟻」はすぐに見つかった。
というか、巣みたいなのがある。「蟻」がたくさんいる。
取り出したのはスコップ。
ゴム手袋をはずし、なんとなくスコップで巣を掘ってみる。
巣は普通の蟻の巣みたいに見えるな。
蟻は急に現れた外敵に巣の入り口を破壊され、パニックに陥り右往左往している。
子供がよくやるイタズラみたいだ。水責めにしてやりたい。
そのうち巣は毒々しい赤や吐き出された緑で気色悪い色に染まってきた。
と、気付かないうちに手の甲に毒素が付着していた。
まぁこれが目的であるからそこまで驚かない。
むしろさらに掘り進んでみる。
気付かないうちに、自分の後ろに猫がいることに気付いた。
猫でさえ、「こいつマジか」という目で見てきている。
猫は穴が好きなのに、巣には近寄ろうとしない。
毒々しい色に何かを感じているのだろう。
そんなこんなで、当然すぐに掘ることに飽きた。
手には確実に毒素が付着している。
あとは帰って寝るだけ。
「一応、死ぬ準備しとくか……」
ゴム手袋を身に付け、近所の大型スーパーに行く。
意外なことに、いくつかの大型の店は現状でも営業を続けている。
見るからに在庫は少ないようだが。
買うのは、高くて旨い物。
今更他に買うもんなどない。
しかしこんなご時世、まともな食料は売っていなかった。
しょうがないので、適当なつまみとウイスキーを買った。
ウイスキーなんて久しぶりに飲む。
「どんな味だったっけ?」
そんなことを呟きながら家路を歩く。
「蟻」や自分の死など、どうでもよくなっていた。
ただ、明日普通に起きている自分を楽しみにしていた。
ついでに、適当な見たことのない映画を借りておいた。
借りたというより、従業員がいないようだったので勝手に侵入して「借ります」と置手紙を置いて勝手に持ってきた。
ネットが崩壊して以来、ギター以外で時間を潰せなくなっている。
おそらく、途中まで見て飽きて停止するような映画。
それでも時間を潰すことができるのなら、貴重品であろう。
家に帰り、つまみとウイスキーをあけ、プレイヤーにDVDをセットする。
適当にロックでついでみた。
久しぶりに飲むウイスキーの味に顔をしかめながら、映画を見る。
映画の内容は、よくあるテロリストによるパニックものだ。
一人のパッとしない少年が、勇気を振り絞る。
その少年の恐怖と苦悩、その葛藤がよく伝わってくる。
最後には、少年の勇気でテロリストは倒され、家族は救われたというものだ。
家族を救った少年は、手足の震えを押し殺し、それでいて誇らしそうに家族の前に立ち、口を開いたところで映画は終わった。
……こんなよくある映画でも終わりまで見てしまう程、今の俺は感傷的になっているのか。
家族なんていない俺に振り絞れる勇気など、有りはしない。
そこにあるのは、ある種の意地と諦観くらいか。
「映画を見て、真面目に自分について考えるなんてな。」
感傷的になるのはもういいだろう。
漫画でも読んで寝るほうがずっといい。
そうしてダラダラと過ごしているうちに。
ウイスキーを一本開けたせいか、俺はいつの間にか布団の中で寝息を立てていた。
…………
次の日、当然俺は普通に目を覚ましていた。
「マジで感染しないのか……?」
もし俺が本当に毒への耐性を持っているのなら。
研究施設や病院にでも行けば、研究の手助けをし、抗体か何かを作り出せるかもしれない。
……以前ネットで読んだ、原発事故の被曝者の記事を思い出す。
生きているのに、モルモットのように扱われ、ただただ苦しい思いをして実験的な手術ばかり受けることになった患者の話だ。
絶対に御免だった。
あるいは、俺が映画で出てきた少年のようなら、勇気を振り絞り、大好きな人に対して強がり恐怖に立ち向かうことができるかもしれない。
そんなこと、自分が犠牲になるほうがいいことなんてわかっているが。
実際には完全なモルモットのように扱われない可能性があるが。
好き勝手に生きてたい。
よし、決めた。俺は自分の耐性を隠して適当に生きて行こう。
まぁ本当に耐性があるなんて確定していないけど。
そう決めた俺に、特に急いでやることなどなかった。
とりあえず、今日は天気がいいから外にでも行くか。
近所の公園のベンチでボーっとしながら、これからの方針ついて考える。
まず最初に、自分の耐性については隠していく。
面倒事は御免だ。
注意すべき点は一点、俺が感染しないとは思われていけないこと。
証拠などがあったら最悪だ。
何故あいつは感染していないんだ、と思われてはいけない。
まぁ、この点に関しては今のところそんなに難しく考える必要はない。
すぐに差し迫った問題ではない、はずだ。
いざとなったら逃げる。
次に、生活について。
食料配給、生活必需品配給、インフラの整備は案外しっかり続いている。
満腹になることは少ないが。
おそらく「安全地域」からのテコ入れかなにかが続いているのだろう。
それでも、石油や石炭、鉄などの影響で様々なモノは足りていない。
新設された札幌臨時政府からの発表は少ない。
騒動の初期にはこれでもかと言うくらいに会見を開いていた東京の政府からの発表は、もっと少なくなっていた。
実態はどうなっているのだろうか。やはり北に逃げたのだろうか。
ひとまず、会社で働く気など今更これっぽっちもない。
人に接触する機会は少ない方がいい。
「サバイバル生活とか、やってみようかな」
このまま家の中で腐るよりはいいかもしれない。
今は電気供給などのインフラは続いているが、そのうち燃料の問題で停止する時も遠くないかもしれない。
中東などは全地帯が「感染地域」みたいだし。
感染地域と言えば、本格的に感染分布が地図付きで発表されていた。
本当にユーラシア北部、北アメリカの北部とスコットランド付近、日本北部以外はダメみたいだった。そして南半球も全滅みたいだ。
グリーンランドなんかは不明みたいだが。
そしてそのほぼ全ての地域で「関所」が設けられたとも発表されていた。
そしてその関所は通常、閉ざされているということも。
まぁこんな発表しないと北への民族大移動が始まるしな。
アフリカで生まれたという人類ホモサピエンスは、アフリカから北へと生存圏を移していく。最期はどこにいるのだろうな。北極か。
などと考えているうちに、ベンチに座る俺に、女の子が近づいてきた。
見たところ、6~7歳といったところか。
特に特徴のない、よく居る子供って感じの見た目だ。
(おいおいおい……)
こんなご時世に、女の子を一人にしておくなんてどこの馬鹿親だ。
手袋や大きめのマスクは身に付けているようだが、子供なんて何するかわからないってのに。
などと考えるが、声掛け事案なんかの報道をニュースでよく見る昨今、声をかけようなんて思わない。
まぁどう転んでも面倒事しか考えられないので、無視することにする。
「あっち~」
そんなことを呟きながら、空を見上げながら自動販売機で買ったお茶を飲む。
チラッと下を見ると。女の子はまだいた。
おにいちゃん、なんでお仕事していないの? なんて聞かれた日には罪悪感と羞恥心で俺の精神が打ちのめされてしまうかもしれない。
(はよどっか行け)
そんな俺の願い空しく、女の子は動かない。
と思ってたら、さらに近づいてきた。トコトコと。
(なんだ?)
と思っているうちに、女の子は、盛大に石に躓き、こけた。
頭っから、座っている俺の脚にぶつかってきた。
「いたい!!」
昼下がりの公園に女の子の叫びがこだまする。
俺は動けない。
「う~~っ……」
女の子が唸る。唸りあげる。
というか、俺のズボンの裾が少しだけめくれて、靴下が短い(くるぶしってい言うのか?) とこにぶつかったため、女の子の髪と頬の感触が直に伝わ る。
(髪の感触っていいよな。)
まぁ俺はロリコンでもなんでもないので、立ち上がって少し距離をとろうとする。
現実のロリを見て、欲情する人種ってホントにいるのだろうか。
と、女の子が立ち上がり、叫んだ。
「痛かったあ!! ひどい!!」
涙目で痛みを我慢している様子だ。
「お水が欲しかったのに!!」
……なるほど、この暑さだ。しかもみな長袖長ズボンだ。
暑くて飲み物が欲しくなったのだろう。
親は何をしているんだ?
女の子はまだぐずぐずしている。
(こんくらいは、いいか)
そう考えると、すぐ横にある自販機に金を入れる。
「どれがいい?」
「いいの!!??」
「はよ選べよ。早いもん勝ちだ」
適当に答える。にしても、子供は現金だな。
「これっ! これっ!」
指さした先にあるボタンを押す。
軽快な落下音と共に、飲み物が落ちてくる。
それを手に取り、渡してやる。
「!? …………ほらよ」
「ありがと!!!」
礼を言った女の子は、飲み物を持って走り去った。
まさかブラックコーヒーがいいなんて、最近の子供はすごいな。
いいことをしたので、気分は悪くない。
「……帰るとするか」
そう呟き、家へと向かう。外は暑い。電力規制でクーラーはつけることができないため、家の中も暑いが、まぁいいだろう。
歩きながらこれからのことを考えているうちに、一つの考えが浮かぶ。
(注意すべき点は一点、俺が感染しないとは思われていけないこと)
そのために、どうすればいいのだろうか。
おそらく、自分の周囲の状況、そして自分の感染状況を把握することが大事だ。敵を知るならば、まず味方からだ。
俺には症状が現れていない。
「蟻」の毒で死ぬことはなさそうだ。と、仮定していいと思う。
だからといって、手袋などをせず、無防備な姿を見せるわけにはいかない。
感染を恐れた人のフリはしないといけない。
俺の状態を悟られては、疑問を持たれてはいけない。
……俺の今の状態ってなんだ?
毒への耐性がある。
例えば、死に至る人体に対し重大な症状が発生しない。
だからといって、感染していないということではない。
感染しているからといって、特に困ることはあるか?
……あるな。
関所は通れないし、その他にもいろいろ……
いろいろ…………あるな。
その点に気付き、後ろを振り返る。
頬を伝った汗が、足元のアスファルトに落ち、一瞬で蒸発する。
思い出すのは、先程の女の子。
パンデミック後、初めてまともに人と面と向かって話した気がする。
思い出すのは、先程の女の子の去り際の笑顔などではなく、女の子が転倒した時の、状態。
くるぶしのあたりに、あの女の子の髪と頬と感触が未だ残っていた。
俺の予想が正しければ、もしかしたら。
いや、十中八九、あの女の子は、感染した。
俺の中で眠る毒によって。