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39.人事移動

 蒸し暑い車内はその人口密度によりさらに俺の我慢の限界を刺激する。

 暑さと車内の人間のテンションの高さの暑苦しさは俺の汗とイラつきを増やしていく。

 何が言いたいかと言うと、エリシュカを始め、黒川と桑水流までもが車内で大はしゃぎしているのだ。


 北へ行くと決めた次の日、俺達は俺の愛車に乗り込み、北へと移動を始めた。

 首都高速は打ち捨てられた車で通れないだろうと判断し、下道でえっちらおっちらとアクセルをふかす。

 早朝から移動を始めたので、東北の高速さえ使えれば夕方には青森あたりに着きそうだ。下道を通れば、どこかで宿泊が必要だろうが。

 一応、持っていた食料は全て車に積んでいる。

 掛布団や必要そうなものも持ってきている。


 そしてその準備によってテンションが上がり過ぎたエリシュカが、車内に入った途端お菓子を広げて宴会を始めたのだ。

 助手席に座る桑水流が止めるかと思ったら、止める事が出来なかった。

 今はミイラ取りのミイラ状態だ。まだ地図を見てナビをしようとしているからマシだが。


 そして黒川は今、カラオケ大会などという糞企画を打ち出したところだ。


「まず誰が歌うー?」

「私は後でいいですよ。エリシュカは?」

「もちろんわしが最初なのじゃー!」

「……」


 おっと、ここで右折だ。

 桑水流は地図を見るのがうまくなかった。

 こうやって時々曲がるタイミングを逃しそうになる。


「何歌うの?」

「エリシュカは得意な歌があるんですよね」

「うむ!」

「……」


 下道なら甲州街道から国道4号に入り、奥州街道に入るのがいいだろうか。

 奥州街道なんて今も整備されているかわからないが。

 首都高速以外の高速道路は道が広いし、東北自動車道を時々確認してみるか。


「なんて曲なのー?」

「あ……」

「アウトロー・ブルース、歌うのじゃー!」

「……」


 桑水流が俺の雰囲気に気付く。他の二人は気付かないまま会話を続行している。

 気付くと俺はハンドルを指でトントンと規則的に叩いていた。

 イラついている人間がよくやる行動だ。


「……お前らさあ」

「お? なんじゃ白沼殿?」

「これ以上騒いだら、これで蜂の巣にする」


 俺はすぐ横に置いてあるショベルをチラつかせて、言った。

 蜂の巣にするなら銃をチラつかせるべきだろう。

 しかし暑さとイラつきで完全に頭に血が昇っていた俺は、本気で言ってやった。

 二人は黙り込み、申し訳なさそうな表情をする。

 しかしエリシュカの反省のポーズが胡散臭かった。こいつは絶対本気で謝っていない。


 というか、これから北に行くことで悪い予感が的中する可能性すらあるのだ。

 あまりテンションを上げて欲しくもなかった。


「それでも読んでろ」


 後部座席に置いておいた漫画を指差す。麻雀漫画だ、

 これで大人しくなってくれれば儲けものだし、麻雀を覚えてくれればさらにいい。


 二人してルールを知らないまま麻雀漫画を読みだした。

 車の中で漫画を読むと目が悪くなるというのに。

 それでも大分静かになってくれた。道は長いのでどこかでまた騒ぐだろうが。


 桑水流は相変わらず地図と睨めっこで百面相中だ。

 明らかに地図の見方がわかっていない。恐らく現在地すら怪しい。


「綾乃」

「……え、はい、なんでしょう」

「次はどっちに曲がればいい」

「……左、でしょうか……?」

「お前もう寝てろ」


 甲府方面を指差してしまった桑水流は、悲しそうな表情をして地図を畳んだ。

 確かに、地球一周すれば間違った方角ではないな。

 そんな言葉が浮かぶが、運転中なので慰めようとも思わない。

 ついでに言えば、地図を畳んでしまっては俺が迷った時に地図を見られないだろと思う。


 1時間程運転していると、3人は静かに寝息を立てていた。

 遠足前の幼稚園児が前日寝られなくて当日寝た感じだ。

 3人の寝顔はいずれも可愛いものだったが、俺にはそんな感情が沸かなかった。


 運転中に他の奴らが全員寝るってのは、大抵ムカつくものだ。

 最近貧血気味で少し睡眠不足だったためか、俺は睡魔と格闘しつつ孤独なドライブを楽しんだ。

 まだ適当に話をしてくれた方が助かる。

 それでも、大声で騒がれるよりはマシだった。


……


 昼前に宇都宮付近に到着した。

 結局、3人とも寝たままだった。俺も一度寝た。

 高速入口近くの道の駅のような場所に車を止める。

 一度休んで高速に乗ろうと思う。通れないようなら下道になるが、高速で飛ばしてさっさと青森あたりまで行きたい。


 どうやら俺達以外には人がいないようだった。

 車が停車したことに気付いて、黒川とエリシュカが起きた。

 寝ぼけ眼を少しだけこすっている。


「ここで休憩する。トイレとか行っとけよ」

「眠いのじゃー」

「うー、ストレッチしよっと」


 二人ともお疲れであった。

 寝てるだけの奴が何に疲れたというのかは謎だった。

 寝たままの桑水流を置いたまま、二人はトイレの方向へ消えて行った。

 他に人がいないようだし、誰かに襲われることもないだろう。

 エリシュカにはフードを深く被らせ、マスクもさせている。


 椅子のリクライニングを少し倒し、水分を補給する。

 これからまた長時間の運転だ。面倒だが、運転できるのは俺だけだから仕方ない。


 助手席を見ると、桑水流が幸せそうに寝息を立てている。

 長い髪が座席のシートにかかり、シートに沿って垂れ下がっている。

 髪が柔らかいからだろうが、すごいサラサラだ。この情勢でもどこかでトリートメントしているのだろうか。


 なんとなく左手で桑水流の胸を揉みつつ、考える。

 今後の行動をどうするかについてだ。


 ワクチンの報道があった以上、この情勢が変わる可能性がある。

 その事の真偽を確かめることが第一だ。

 ワクチンが簡単に接種可能で、その後安全地帯に行けるのならば、近くまで3人を送って終わりだ。俺は情報だけを持って帰る。その後は適当に旅にでも出る。

 俺の予想通りワクチンに問題があったり、接種不可能だった場合は、大人しく情報だけを持って4人で帰るべきだろう。

 ある程度臨機応変に動くつもりだが、このあたりは確定事項だ。


 気を付けるべき事項は。

 まずはエリシュカのことだ。可能な限り人種については隠していくつもりだが、これも臨機応変に動くほかない。安全地帯なら差別意識も薄いはずだ。

 次に、人が集まることの危険性について。

 もしワクチンに問題があった場合、接種できる人数に制限があった場合、暴動は避けられないように思う。

 青森付近は以前から暴動が多発していた。

 北海道の自衛隊が動く可能性すらあり得る。


 様子を見ながら青森付近まで行く。

 様子を見て、危険そうなら引き返すのがいいだろう。基本的に逃げ腰でいく。


 結局、情報が少ない以上臨機応変に動くしかないのだ。

 まるっきり博打のようなことに頭を突っ込みたくはないが、情勢を知らずに東京に居続けるのも怖い。


 行動方針について頭の中で簡単にまとめると、次に浮かんだのは3人のことだ。


 結局、俺は自分の中に浮かんだ気持ちの悪い可能性を嫌ったあげく、ここまで来てしまった。

 彼女たちから離れたくないから北には行かない、行かせない。という可能性だ。

 実際には俺にそのような感情はない。

 しかし一度浮かんだその可能性は、天邪鬼の俺にまとわりつき、脳内にこびり付いた。

 振り払うために移動を宣言したが、現状はどうだろうか。


 多少の後悔と共に、ここまで来たのなら行くしかないと思考が回る。

 どうせ情報は欲しかった。

 多少焦ってしまったが、ワクチンの是非や北の情勢の見極めをできるチャンスだ。


 開いた右手でタバコに火を点け、窓から煙を吐き出す。

 ひとまず、面倒なドライブは気楽にいこうと思った。

 気を張ってばかりではいざと言う時に動けない。


 そうして前方をボケッと見つめていると、一台の車が駐車場に入ってきた。

 警戒に心なしか腰が持ち上がる。こちらからやや遠い場所に車を停めた。


 停車した車から女が二人、男が一人出てきた。

 遠目でよく見えないが、女二人はトイレへと向かって歩いている。

 エリシュカと黒川の向かったトイレとは逆方向のトイレだ。問題はない。


 男は一人、軽くストレッチのような動きをしていたが、こちらに気付いたように顔を向けると、ゆっくりと近寄ってきた。

 近寄るにつれ、その男が初老だと認識できた。

 手にも何も持っていないので、こちらを襲うようなこともないだろう。

 都合良く情報交換ができるかもしれない。


 男が近寄るにつれ、その顔が詳細に認識できた。

 その表情は、驚いたように口を広げ、それでいて最高に面白いことを見つけたとでも言いたげに口角が吊り上っている。


 横山だった。

 知っている人間だけに安心するよりも、なんとなく溜息がでた。

 その表情が今まで見たものの中でも最高にムカつく表情だったからだ。


 車の前で止まると、助手席に座る桑水流を見つめニヤニヤしだした。

 そう言えば左手が胸を揉んだままだった。

 なんとなく、勝ち誇った顔で少し豪快に揉んでみた。

 桑水流が顔を赤くして少しだけうめき声をあげた。


 横山の顔が、悔しそうに歪む。

 横山はその表情のまま運転席の外に寄ってきた。


「偶然だな」

「そうじゃな」


 悔しそうな横山は桑水流を見つめたまま、歯噛みをする。

 桑水流が起きてしまいそうなので、左手を胸から離す。


「北に行ってたんじゃないのか」

「……ダメじゃった」

「どういうことだ」

「少なくともワクチンが配布されたり、安全地帯に移動できるようなことはなかったの」

「暴動は?」

「儂らがおった頃には、何もなかったの」


 一転して真面目な話となる。横山の表情も変わった。

 あのニヤニヤ顔は気持ち悪すぎてこれ以上見たくなかった。


「詳しく聞かせろ」

「……老人はもっと敬いたまえよ」


 多少疲れた表情で横山は、事の詳細を語った。と言っても、そんなに長い話でもなかった。


 北の検問は封鎖されたままだった。

 検問付近には難民のように大勢の人がワクチンを待ちわびているらしい。

 ワクチンの情報はなかった。しかし、毎日一人ずつ検問の中に案内されているという。

 北で待つことも考えたが、食料が残りわずかになってきたため一度帰ってきた。

 もう数日したら、もう一度北に行くみたいだ。

 ガソリンについては蓄えがあるみたいだ。今度貰おうと思う。


 内容は大したことはない。俺の悪い方の予想通りだった。

 何よりも、その横山の疲労の濃い顔色が、全てを物語っていた。


「……わしは、医学の力を信じておった」

「……」

「じゃから、ワクチンができたと聞いて喜んだものよ」

「数が足りないとかじゃないのか?」

「恐らくの。しかし今思えば、限定的という言葉には違和感を感じておる」

「違和感?」

「……ワクチンと一口で言っても、いろいろある」


 いつもへらへらしている印象の横山だが、やはり医学については頼りになる。

 それでも、横山からしたら生き残るにはワクチンなどを接種するしかない。

 そうしなければ、いつか蟻の毒にやられる。

 例えば、いくら気を付けていても相田が感染すれば横山も感染するはずだ。


「一番考えておるのは、まだ数が足りないということじゃ」

「……」

「まぁ今から北に行けば接種できるかもしれん」

「どうだろーな」

「噂では、あと数日でワクチンの配布が行われるとのことじゃった。儂らは一週間待ってもう一度北に行く」


 気付くと、相田と思わしき人物が遠くに停めてある車から手を振っていた。

 俺に遅れて横山もそれに気付き、車から半歩程離れた。


「それじゃ、わしは行く」

「嫁さんが呼んでるもんな」

「嫁さんじゃないわい。じゃあの」


 どこぞの元ボクサーみたいな言葉を残し、横山は去って行った。

 いい情報をもらえた。内容の良し悪しで言うと悪い方だが。

 横山が帰ってきたおかげで、北に行かずに情報を得ることができた。

 穴あきだらけのものだったが。

 ただそれにしても、黒川達に説明するのが面倒だった。


「あの」


 突然の声に振り向くと、桑水流が起きていた。

 途中から起きていて聞いてたのだろう。


「どこから聞いてた」

「ほぼ、全てです」


 盗み聞きをしたからだろうか、桑水流は少しだけ申し訳なさそうな表情をする。


「やはり、北には……」

「少し考えさせろ。あいつらにも説明は必要だ」


 結局、全部話して黒川とエリシュカの意見も聞いてみないとなんとも言えない。

 あいつらが行きたいといったら、強く止めたいと思えないのが俺の現状だ。

 どちらにせよ、ここからの生活についてあいつらに意見を聞いたこともなかった。


 このままの生活をしていて、現状に満足できるかはわからない。

 不満と言うのは水面下で溜まり続けるものなのだ。

 これから死ぬまでサバイバル生活なんてのは、彼女たちにはきついはずだ。

 以前エリシュカが爆発しそうになったこともある。


 暴動は起きていないらしい。

 危険が少ないなら、一応北に行くことは不可能ではない。


 どうしても北に行きたいのならば、どうせなら、適当に観光でもしながら気楽に北へ向かうのがいいかもしれない。

 白川郷とか仙台とか行ったことがないのだ。

 下道を使えば多くの人間と接触することもないだろう。


 もう一度タバコに火を点け、軽くため息をついた。

 状況が動くと、ここまで面倒なものなのかと。


 それにしても桑水流は。

 俺と横山の話を全部聞いてたってことは、俺が胸を揉んでいたことにも気づいてたのだろうか。

 自然に目が桑水流の胸に行く。

 桑水流はその目線に気付き、両手で胸を隠しながら言った。


「も、もうダメです!」


 恥ずかしそうなその表情を見て確信した。

 やはり狸寝入りだったようだ。完全に騙された。

 その演技力、もっと別の事に使えよと思った。

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