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3.世界血圧

――もちろん、俺含めて。


 などと言った割には、俺は高熱に魘されることもなく、斑点やむくみは影も形も現れなかった。

 当然、死ぬことはなかった。


 つまり、俺が一週間近く寝ていたのは、前代未聞の大寝坊ということになる。世界記録すら狙える。


 しかし、病気について詳しくはないが、これが潜伏期間である可能性はなくもない。摂取した蟻の毒が少ないとか、元々健康だから耐性があるとかそんな理由で。



 さて、俺が長時間睡眠から起床してから何をしていたかというと、「危機的状況」という非日常にテンションが上がり、いろいろなものを買いだめしていた。


 自分が感染している可能性は高いが、死ぬときは死ぬし、なんとかなる。

 そんな感じで買い物に出かけた。

 何より、まだ高熱すら来ていなかったことで楽観的になっていた。


 最初に、取り付け騒ぎになる前に銀行に行き、お金をおろした。

 割と人が多かった。


 次に、食料品をあさった。

 買い物ばあさん(数、質ともに普段の2倍)との戦いであったが、それなりの量を確保した。化粧の臭いと汗が気持ち悪かったが。

 重い飲料水も大量購入した。

 こういう時は車があると便利である。

 都内で車持ちの俺は勝ち組である。

 駐車場代をタダにしてくれた奇跡の管理人に感謝だ。


 その後はホームセンターに行き、カセットコンロやサバイバルナイフなどを買った。


 ……今思うと馬鹿な買い物だった。

 テンションが上がりすぎたようだ。


 こういった騒ぎの際、物が買えないくらいに人が混雑するものだと思っていたが、人々は感染を恐れ、家から出ない選択する者も多かったようだ。

 その中で、家族のためにと食料を買いあさるばあさん達の姿には感激すら覚える。きっと家には臆病な夫と腹を減らしている娘がいるに違いない。


 最も混雑していたのは、薬局などの医療品を扱う店だ。

 情報によれば、空気感染しないためマスクは効果的な手段と思えないが、やはりマスクなどの「予防」のための物品は売れていた。


 タバコは大量購入した。タバコに賞味期限ってあるのね。

 パッケージには書いてないが、消費期限が長いことを祈る。


 俺は、まぁまぁ満足した買い物ができた。

 よく女性が買い物でストレスを発散するという意味が分かった気がする。



 ちなみに会社は休みだ。

 従業員の9割近くが感染しているらしい。

 BtoBが主のメーカーだったが、むしろ物が作れなきゃ間接の俺がいる意味がない。

 会社に電話した時に、余所の部署の管理職に、忙しすぎるから会社に出て手伝ってくれと言われたが、断った。


 休める時は休む。パンデミック怖くて出歩けませんと言っておいた。



 さて、起床から2週間を過ぎたあたりで、予想死亡者数が発表された。


 日本の人口は1億1000万人程度だった。


 それが1000万人近くまで減るらしい。


 また、外に出る機会の多かった男性は、それが理由かどうかは知らないが、200万人くらいまで減るらしい。

 男女比1対4である。


 もうハーレムしか浮かばないレベルだ。


 ここ数日で新たな発病者はかなり減ったみたいだ。

 理由はわからないが、ペストみたいに時期とかがあるのか?


 なら、そろそろハーレムが生まれる時期か……!! 負けてられないな!!

 と、冗談を考えないとやっていけない状況である。


 ハーレム云々は置いといて、この人口の減少で、経済、物流、生産活動のほぼ全てが機能不全を起こしていた。


 俺の会社も休眠状態になるらしい。


 当然ながら、2週間たっても俺は生きていた。


 感染していなかった。初期症状は出たけど感染しなかったんだ。

 と思いたかった。


 安全な北に移動しないのか? と思われるかもしれない。

 しかし現実、騒動が起きて数日後からは関所を通ることのできる人間はほぼいないという話だ。


 大勢の人間が混み合って北に行くわけだ。

 当然感染の確率はあがる。


 さらに、検査で白だとわかっても、関所は通れない。

 コネと金が必要という噂だ。


 なんにせよ、青森付近で大規模な暴動が起き、関所を前にして多くの血が流れたニュースを見れば、北に行く気などしなくなるのだ。


 密入国みたいなことができるとも思えないし。



 騒動からひと月経過した。


 日本人は割と冷静である。

 暴動は各所で起きていたが、すぐに下火となっていった。

 新規の感染者も減ってきた。

 それ故に、経済や生産はボロボロだが、インフラ、食料供給は少しはまともになってきた。


 政府が頑張ったみたいだ。


 人が減った街の中、俺は会社に行かず、フットサルができないだけの、普通の日常を過ごしていた。

 人間は慣れるのが早い。


 買いだめの成果もあり、空腹になることもなかった。


 カセットコンロやナイフは使う機会がなかった。

 頭の中で、パニック→ホームセンターという図式ができていた。

 ゾンビ映画の見すぎである。

 日本のホームセンターに銃など売っていないのに。


 俺がホームセンターに行ったときは、「勘違いしました」という顔の人(男性が多かった気がする)が大勢いた。

 みな各々必要と思われない、使い慣れていない工具を前に、悩んでいるようだった。

 根暗そうな若者が、チェーンソーを見ながらブツブツにやにやしていた時は店内に緊張が走ったが、店員さんが注意すると、「あ、すみません」と本性を現していた。

 男性は25人に1人しか助からない現状、多分あいつらもほとんど死んでるはずだ。


 生存地域の男を入れて200万人だからな。

 どうでもいいことだが。


 ひとまず、騒動は収束しつつある。


 世界は「感染地域」と北部の「安全地域」に分かれ

 人々はそれぞれの世界で日常を送る。


 暴動はよく起こっているようだが、すぐに鎮圧される。


 安全地域の情報はあまり出回らなくなった。


 感染地域は、大きく人口を減らしたものの、新規感染者は少ない。


 新規感染者の減った理由は、人々が他人との地肌の接触を一切しなくなったこと。

 これは、例え夫婦であっても、家族であっても接触しない意味だ。


 そして、普段の生活で常にゴム手袋や面積の大きなマスクを身に付けるようになったことで予防しているからである。

 (余談だが、ゴム手袋のことを義務手袋と呼ぶ人がいるみたいだ)


 もちろん、「蟻」が減ったとか、毒への耐性ができたとかいう話ではない。


 ちなみにインフラは、インターネットは騒動の数日後ダウンして以来、復旧の見込みなし。

 それ以外は、割と頑張っているという印象。


 案外こういう時、人ってのは普通の生活を続けるものだ。

 当然俺も、特別なことなど何もせず、ただダラダラと日常を過ごしていた。漫画を読み、なんとか少ない友達と連絡を取ろうとし、そしてギターをか き鳴らす。

 「終末」という題名の曲を作ってみたが、どこかのバンドの有名な曲にそっくりに仕上がった。即刻廃棄した。



 

 そんなある日、俺はいつも通り朝起きて朝食をとり、トイレへと赴いた。


 朝からゆっくり大便ができる幸せ。会社勤めだった時は、わざわざ会社まで我慢して、会社のトイレで出していた。

 ちょっとだけサボれるし、綺麗なトイレの方がいいし、スマホを自由にいじれるし、朝はギリギリまで寝てたので家で大便していたら遅刻するのだ。


 そんなこんなで、俺は勢いよく便座に腰をおろした。


 プチッ


 ……ん?


 お尻の下に変な感触。


 まさかな……

 と思い腰をあげ、便座を見てみた。


 前に出した物体がこびり付いていたか!?

 本気で一瞬そう考えていた。


 ところがどっこい、現実は。


 「蟻」が潰れていた。


 手足が赤い例の蟻である。


 その口から、「毒です!」 と言わんばかりの緑色のものをまき散らしながら。


 「蟻」にストレスを与えると毒素を吐き出す。

 ケツ圧のストレスは如何程だったのか、「蟻」の一生分を込めたような量の毒素だった。


 俺は100%感染した。


 人が死ぬときは一瞬である。

 取り返しのつかない事態になることも、一瞬で起こる。


 まさに俺は、そのことを痛感していた。

 トイレの中で。


 もはや疑う余地などない。

 俺は、死ぬ。


…………


 少し冷静になるべきだ。


 こういう時はタバコが一番である。はずだ。


 と、その前に


 タバコのことを考えるだけで少し冷静になれた。

 便意など引っ込んでしまったので、とりあえずシャワーをあびる。


 シャワーをあびながらも、思考は巡る。


 なんとなく、両親が死んだときのことを思い出す。

 当時、あまり好きではない親だったが、あまりに突然の死だったので、人の「死」についていろいろと考えたものだ。

 死ぬとその先は無であるとか、救いのために信仰をささげる事は割と理解できるものだとか、とりとめのないことが頭の中を巡る。

 それを無理やり押しとどめ、なんとかシャワーを終え、体を拭き、服を着る。


 待望の喫煙タイム。


 一息ついて思考する。


 世界を揺るがすほどの感染力を持った毒である。

 その毒に地肌で触れた俺は、十中八九、いや100%、感染した。

 まだケツに感触が残っている。


 感染者の症状を思い出す。

 まず始まりは、長期の睡眠だ。


 寝たら、死ぬ。みたいだ。


 痛みとかがあるという話は聞かない。


「斑点とか、嫌だなぁ」


 死ぬことに関して、既に数日間おびえて生活していたことで、ある程度の耐性はできていた。


 一度冷静になると、特に何も感じなくなった。


 やり残したこと、特になし。

 どこかの誰かのように犯罪に走る気、なし。

 結局のところ、非日常が日常になった現状、自分にやることなどなかった。


「まぁ、贅沢ぐらいならしてもいいか。」


 冷凍庫の中には、以前会社のボウリング大会でもらった景品、カニとフグ刺しがあった。


「……こいつを食って、死のう。」


 自分に残された最後の贅沢、それがカニとフグというのも変だが、高級食材には違いない。

 寂しい人生と思う人間がいるかもしれないが、こんなもんでも一時的に満足は得られる。

 ってか、寂しくない人はどんな最期を迎えるんだ?

 孫とか子供に囲まれながらヨボヨボになって死ぬやつ?

 個人的には、羨ましいとかそこまで思えないな。


 まぁ、どうせなら、高級料理人をこの場所に呼び出して、俺のためだけに料理を作ってもらい、それを食べたいが。そこまでは望まないでおこう。


 ということで、一人でパーティーと洒落込んだ(朝から真夜中まで)。

 ビール、カニ、フグ刺し。これこそが世の幸せなのではないか?


 そうだ。どうせ死ぬなら、強く食って死のう。



…………



 次に目覚めた時は、既に昼過ぎだった。

 カーテンの隙間から差し込む日の光がまぶしい。


 日本酒を飲んだせいか、少し頭が痛い。


 朝起きたら二日酔いで頭痛というのも久しぶりだ。


 昨日は夜遅くまで一人鍋パしたせいで、腹も痛い気がする。


 すぐ横にある机の上にある鍋が、いまだに湯気を立てている。


 布団から出て、顔を洗う。


 そしてトイレに向かう。


 トイレの便座には、いまだに蟻の死体が転がっていた。



「……俺、もう起きたのか」


 二日酔いの頭は緩やかに、それでいてすぐさま覚醒した。すぐさまスマホを取りに行き、確認する。


 どう見ても、鍋パした次の日。

 どう見ても、蟻を潰してから27時間近くたっている。


 個人差を考えても、情報では起きた直後には発症するはずだ。

 一度起床して、すぐにもう一度長時間睡眠に陥るなんてあるのか?

 以前長時間睡眠に陥ったことがある。

 その時寝たから、今度は長時間睡眠には陥らないのかもしれない。


 もし起床から24時間程度で発症するとしたなら……


「あと、24時間?」


 昔見たアニメで、~~まであとXX日という次回予告があった。

 今まさにそんな気分だ。


 あまりにも中途半端だ。今からって、特にすることなんてねーよ。

 どうすりゃいいんだ……。

 などと考えているうちに、時間は適切に過ぎていった。


 結論を言えば、それから何時間、何日たっても、症状は来なかった。


 杞憂ばかりしていたが、普通に生活していたころのようになんとかなってしまう現状に対して、少し呆れた。

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[気になる点] >俺は高熱に魘される "熱に浮かされる"かな。
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