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28.説明補給

 今俺の前で、3人の若い女が正座している。

 3人ともなかなかの美女だと思うが、その表情はひどい。目が真っ赤だったり顔が真っ赤だったり青かったり。

 先程までの騒がしさはどこへ行ったのか、何とも言えない静寂が部屋を包んでいる。


「落ち着いたか」


 そう言うと、3人が思い思いのタイミングでゆっくりと首を縦に振る。

 どうしてこうなったかと言うと、簡単に言うと俺がキレた。

 説明しようにも泣いたり騒いだりで話にならなかったのだ。


「まずは桑水流、エリシュカ」

「……」

「結論から言うと、俺は死なない。理由もある」


 二人とも、意味が分からないという表情をしている。

 この二人にも無駄に心配をかけている。桑水流なんかは、もはや精神状態は限界に近いはずだ。

 これ以上むやみに心労を増やそうとは思わない。

 しかし、俺の耐性について話すとしたら、恐らく二点注意が必要だろう、

 一つ目は、耐性を人に移せるかどうかは不明で、一切口には出すべきではないこと。

 桑水流は母親が死んでいる。それに、変な希望を持たせる必要はない。

 二つ目は、何故俺がこのことを医者などに教えていないか。

 理由は自分勝手なことだ。どう理解してくれようと構わないが、関係がこじれたり理由を追及されるのは面倒だ。

 そこをどう説明するか一瞬悩むが、とりあえず目の前で涙を流す二人をどうにかしようと、考えがまとまらないまま口が滑りだす。


「今まで隠してきたが、俺には蟻の毒が効かない」


 黒川が息をのむ音が聞こえる。

 エリシュカと桑水流は、やはり理解しきれていないような感じだ。


「理由なんかはわからない。ただ、俺に触れた奴は感染する。他には……」


 そこまで言ったところで、桑水流が大きく身を乗り出す。


「理由なんていいんです! 死なないというのは……! 本当です……よね」


 本当と言って下さい。そんな桑水流の叫びが幻聴として聞こえたように感じる。

 理由よりも、俺が死なないということを信じたいといった雰囲気だ。その決死の表情は、なんとなく心に響くものがあった。

 理由なんてどうでもいいというのは桑水流らしくないような発言の気がしたが、悪い気はしない。


「本当だ。実験もしたし、まず間違いない」


 桑水流の目を見ながらそう伝えた。

 桑水流はそれを聞くと、胸を軽く押さえながらまたもや涙を流しだす。

 一人で軽く何度か首を上下に動かし、納得しましたという動作をする。


「心配、させないでください……。こんなに胸がつらいのは、もう嫌なんです……」


 桑水流の直線的な感情が、綺麗だと感じる。

 こんなに人に想われたのなんて、いつ以来だろうか。


 ちなみにエリシュカは俺の発言をよく理解していないのか、とりあえず桑水流を慰めようとしている。頭が混乱していそうだ。


「とりあえず俺が死なないことはわかったな。じゃあ今日は黒川のお別れ会でもやるか」


 とりあえず無理やり話を終わらそうとする。

 説明が面倒だし、いろいろ追及されるのも嫌だ。


 俺のその感情を読み取ったのか、桑水流はゆっくりと頷いた。

 聞きたいことはあるが、俺が嘘を言っていないことがわかったから、とりあえず落ち着きたいのだろう。

 黒川のお別れ会に同意するのはどうなんだろうかとは思う。


 しかしその場には、空気を読めない奴が一人いた。

 しかもやたらと不満そうな顔つきで。


「大丈夫なのはわかったのじゃ。安心したのじゃ。じゃが、なんで裸で抱き合っていたのじゃ?」


 黒川は目を泳がせたままあさっての方向を向く。

 桑水流はあっ、と声をあげる。

 エリシュカはなにやら不満そうな表情で追及にかかる。


 裸で抱き合ってはいない。その表現に一言言いたかったが、言っても意味はなさそうだ。

 さらに、桑水流の強い視線が俺に突き刺さった。

 どういうことですか、みたいな感じだ。

 どうも何も、俺から抱き着いてはいない。しかしそのまま言っても状況は悪化しかねない。

 確かに以前子供ができるようなことはした。しかし今聞かれているのはなぜ抱き着いていたかだ。


 黒川が俺のことを好きだから。そんなこと言えるわけがなかった。

 しかし理由など思いつかない。適当に喋るしかない。


「俺が―」

「私が無理やり抱き着いたの! 白沼さんの耐性のことは知ってたから!」


 俺の言葉を遮り、黒川が声を上げる。

 黒川は明日にも死ぬ。それはここにいる全員がよくわかっている。俺は諦めたつもりはないが。


 だからこそ、俺も桑水流もエリシュカも、何も言えなくなってしまった。

 桑水流とエリシュカは複雑そうな顔をしている。

 死ぬ前にする行動だ。どういう意味であっても、尊重したくなるのが当然だ。


 もし明日死ぬ人がいたとして、誰がその人の行動を邪魔しようと思うのだろうか。

 追及しようと思うのだろうか。


「わ、私とエリシュカは、夜まで釣りに行ってきます!」


 一瞬気まずい空気の中で、桑水流にまた無駄に気を使わせてしまった。

 お礼に何か上げたいと思うが、今は何も持っていない。

 お別れ会は夜にするのだろうか。


 そうして桑水流はしぶるエリシュカを引っ張るように、部屋の外に出て行った。


 しかしエリシュカのことだ。

 今ここで部屋を出て行ったとしても、どこかでこちらを覗いているに決まっている。

 流石に話すくらいしかできないかもしれない。


 二人が出て行った部屋で、気まずい空気が流れる。

 俺の彼女面すんなという発言を思い出しているのだろうか。

 俺としては、今すぐにでも黒川に血を接種させたい。かなり時間をくってしまったが、今ならまだ時間に余裕もあるだろう。

 やはり恋心というのは、冷静な場では邪魔になるものだ。死ぬ間際の想いとして、尊重したいとは思うが。


「黒川」

「……」

「さっきの抱き着いた云々は今は置いておく。大事な話がある」


 俺の真面目な声色を感じ取ったのか、黒川の体が少し緊張の色を見せる。

 周囲に気を配るが、エリシュカと桑水流の気配はもう感じられない。


「お前が今日発症していないのは、さっきも言ったが、ひとまずは俺の血のおかげだ」

「うん」

「寝ている黒川に俺の血を飲ませた。そこに確証はないが、前例はある」

「……血を飲んでるから大丈夫なんて、変な感じだね」


 俺が頷くと、黒川は何やらお腹のあたりをさすって不思議そうな表情をする。


「前例通りなら、明日黒川は死ぬ。ただ、今日も血を飲ませればまた延命できるかもしれない」

「それって、毎日白沼さんの血を飲み続ければずっと生きて行けるってこと?」


 黒川が明るい表情をしてしまう。

 あまり、希望はもたせたくはない。確証がないのだ。

 そうなって欲しいとは思うが、当の本人の俺にすらわからないことだらけだ。


「わからない。可能性は低い。ただ、一番可能性のあるのがこれだ」


 そう言って左腕を前に出す。最近新しくナイフで作った傷痕が見える。

 同じ傷痕ばかりだとなんとなく俺の体に悪い気がするので、定期的に場所を変えている。


 傷痕を見せると、黒川は嬉しそうに頷いた。


「わかった! 飲むよ!」


 何故嬉しそうなのか。血が好きだからだろうか。

 多分、俺が黒川のために行動していたのがばれたのだろう。

 黒川の為に、傷まで作って。そう思われたのかもしれない。

 なんとなく嫌な感じなので、自分の腕を無理やり黒川の口あたりに持っていく。


「ほら、飲めよ」

「え! え? どうやって?」

「そりゃチューチュー吸うんだよ。蚊みたいにな」

「えー!」


 黒川が煩いので、無理やり黙らせることにした。

 キスではなく、傷口で唇をふさいでやった。

 血管付近以外は消毒しているので綺麗なはずだ。


「んー!」


 黒川は最初はバタバタと腕を振り回して抵抗していたが、やがて大人しく俺の傷口から血液を吸いだした。

 少し経つと、すぐに血液は出なくなる。しかし黒川は口を離さない。

 傷口を、その舌と唇で器用に、丹念に舐め始めた。


 部屋の中に、やや淫靡な音が響く。

 黒川は唇は俺の腕に集中しつつ、俺の顔を真っ赤な顔でまっすぐに見つめている。段々黒川の目が据わってきた。

 はっきり言ってエロい。

 蚊というより、吸血鬼やサキュバスみたいだ。


 多少放置していたが、目的が変わったような気がしたので腕を無理やり引きはがす。


「いつまで吸ってる気だ」

「んあ! ……あーあ」


 黒川はやたらと残念そうな表情をする。

 こいつは明日死ぬかもしれないという自覚が絶対にない。

 なんとなく叱りたくなってきた。

 なんで俺の方が心配してるんだ。


「とりあえず、これで今日は様子見だ」

「そっかー」

「明日発症していなかったら、明日も吸わせる」

「やたっ!」


 黒川の喜びように少し引いた。

 俺はいたって真面目にやっているのだ。それが、こいつからしたらエロ目的になっている。死を前に本能が目覚めたのだろうか。


「あの、もし明後日も大丈夫だったら?」

「……そりゃ明後日も吸わせるしかないだろ」

「それってずっと続くの?」

「……」


 考えたくはなかった。

 死ぬまで黒川に血を吸い続けられるなんて、嫌だ。

 しかし、黒川にそれしか生きる道がないのだとしたら、やるしかない。


「そーだな。ワクチンとか開発されたら終わりだが」

「じゃあ、ずっと一緒に居てくれるの?」

「……」


 なんとなく、嵌められたような感覚がある。

 黒川の表情が、緊張と期待で溢れているのがわかる。


 もちろん、黒川に移した耐性が一日しか効果がないとは言い切れない。

 もしかしたらどこかのタイミングで黒川の体内で生成されるようになるかもしれない。


 しかしそれは、俺にはとてもできそうにない実験だった。

 そう考え、観念した。


「そーだな。明日発症しなかったら、ずっと一緒になるな」


 俺は死ぬまで黒川と一緒にいる。

 黒川が死ぬまで一緒に居る。

 こいつを救うことは、俺が決めたことだ。その責任は、俺がとる以外方法はない。


 黒川の表情がまばゆい笑顔に変わっていくのを横目に見つつ、顔をふせる。


 思っていたより、悪い気はしなかった。

 そう思った自分が、自分でも訳が分からなかった。


……


 夜には奇妙な宴会が開かれていた。

 宴会の名前は、「黒川さんさよならパーティー」だ。

 桑水流が決めたみたいだが、なかなか秀逸な名前をつけるなと思った。

 もしかしたらエリシュカも名付け親かもしれない。


 食べ物は魚だけ。

 飲み物は水だけの宴会だ。


 気をよくした黒川は、俺にあーんをしようとしていたり、俺に抱き着こうとしたり。

 少し調子に乗っていた。

 全部軽く無視していたが、黒川は全く機嫌を損ねるような様子はなかった。


 その笑顔を見てなんとなく、こいつ死にそうにないなと思った。


 それよりも、桑水流とエリシュカの二人がものすごい表情で俺たちを見つめているのが気になった。

 複雑というか、どうすればいいのかわからないというか。


「複雑、です」


 桑水流が小さく漏らしたその一言が、なんとなく頭に残った。

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