2.感染拡大
大事件があったなら、それを調べる。
現代の若者なら誰でも、目の前の小さな箱で多くのことを調べることができる。
どうやら、発症者は俺がまだ普通に仕事をしていた木曜日前には既に確認できていたらしい。
ニュース、インターネットである程度は情報をまとめることができた。
様々な情報が錯綜しているが、まとめると以下のようだと考えられる。
・致死率の高いと思われる疫病の蔓延。
・全世界的に、少なくとも先進国でも同時期に同様の事象が発生中。
・理由は不明だが、いくつかの地域では、感染者がいない。
・わかっていることは少ない。
以下罹患者について
・突然の長時間にわたる睡眠(1週間から10日間程度)と起床直前より続く高熱
・起床後すぐに体にむくみ、嘔吐
・また、赤い虫刺されのような斑点が体中に複数発生
・起床後、一日以内に死亡する。
・致死率は(デマなどもあると思われるが)少なくとも90%以上
さらに数時間後、欧州の医学チームと生物学者が原因を突き止めたことを発表した。
原因は新種の「蟻」。
その蟻は、人類が気付かないうちに世界に蔓延していた。
温厚であるが、何かの条件がはまると毒素を吐き出す。
その毒素がひとたび体内に入ると、人は上記の症状を発症するということだ。
さらに、その罹患者に素手で触れた人間も直ちに罹患者となる。
空気感染はしないが、毒素は肌で触れてはいけないという。
蟻の毒素との接触後、長時間睡眠までの潜伏期間は短い。
蟻との接触後、最初の睡眠で目を覚まさなくなる。
感染率の高さ。
すでに世界へ蔓延していた「蟻」という原因。
致死性。
現在、対抗手段がないということ。
「蟻」は、既に全世界、様々な環境で確認されているということ。
現在、正しくは、致死率は100%であるということ。
あまりの致命的な疫病に対し、すぐさま各国は対抗手段の模索に入った。
その研究でわかったことは、「蟻」が毒素を吐き出す原因。
「蟻の周囲に人間がいる状態で、蟻がストレスを感じる事」
たったのそれだけである。
さらに、国境を無視した形で感染者のいない地域があることが、世界を混乱に陥れた。
日本では青森以北。
アメリカではニューヨーク、ミネアポリス、シアトルを結んだラインより北。
イギリスでは、エディンバラ付近以北。
ロシアではモスクワ含めた多くの都市が。
フランスはパリ付近のみ。飛び地のように。
ドイツは全滅。
つまり、共通していることは、それなりに緯度が高いこと。寒いこと。
綺麗に線が結べるわけでもなく、ホットスポットのような形で生存都市もある様子で、しっかりした共通点はないように感じる。
気温で言えば、日本にもさらに寒い地域はある。しかし、東北の北部より南で感染者のいない地域などなかった。
これらの地域では、パンデミック発生から数日で生存ライン付近に堅牢な関所が設けられていた。
関所では検査や身分照会を行い、感染に関して完全に陰性でなければ通れないという噂。
どの国も、「パンデミック拡大を防ぐ」名目で、警察果ては軍隊をも動員し、全人類の移動の規制を行っていた。
ここまでが既に発表されている内容である。
そして、俺が得ることのできた情報のほとんどである。
「…………」
"突然の長時間の睡眠"
心当たり、あり。
その他の罹患者の特徴に心当たりはない。
しかし、突然の長時間睡眠とはあまりにも非日常の状態である。
偶然とは、思えない。
この状況で、政府はなんとかインフラと食料供給だけは維持しようとしている様子だ。しかし、医療機関はまともに機能していない。
病院に行ったところで、疑問が解消されるとは思えない。
ひとまず、自分で考えることにする。
まず何より、起床後1日程度で死亡するということが肝要だ。
現在の日付は19日。下手したら、あと数時間で死ぬ。
「蟻」はどこにでもいるという。
12日はフットサルをしていた。
フットサルに参加していた複数の知り合いにメールを送ることにした。
フットサルは半袖でやっていた。肌と肌の接触はほぼ全員としていた。
感染のタイミングもあるが、彼らが感染していたら、俺もまず感染したとみていい。
それ以外で、素手で誰かに触れた記憶はない。
蟻に触れた記憶もない。
記憶にないだけで、気付かずに触れていた可能性はある。
『感染した奴、一人でもいるか? いるならタイミングも教えてくれ。』
所属していたフットサルチームのメーリスに送付する。
一人でも感染の連絡があったらやばい。
俺としては、長時間睡眠以外のの症状に、何一つ心当たりがないことが救いだった。
自分の住む地域に、原因である「蟻」は、いる。
そもそもの話、蟻の特徴も発表されているのだが。
件の毒を吐き出す「蟻」は様々な種類がいるみたいだが、共通している特徴は、複数ある足の先が赤いこと、蟻の吐き出す例の毒は緑色であること だ。
何のことはない、近くの公園はもとより、自宅のマンションのベランダや廊下ですら確認できるのだ。
もちろん確認する時は物凄いビビりながらビニールで覆って、ゴム手袋をして普段着けていないメガネごしに見てみた。
俺が直接、「蟻」に毒をもらった可能性も高い。
間接的にもらった可能性も高い。
何をどう考えても、俺が死ぬ可能性は高かった。
ちなみにだが、俺が送ったメール。
何日か待ったが。
このメールへの返答は、帰ってきたメールは、ゼロだった。
……俺の予想では
……まず間違いなく
希望的観測を抜きにして、全員感染したとみていい。
もちろん、俺含めて。