16.危機管理
キャンプ場につき車を降りたら、すぐにエリシュカと黒川が近づいてきた。
俺たちの帰りを待っていたのだろう。
視界の中には、二人で釣りをしていたのだろう、釣り道具やバケツが見える。腹が減ったので、たくさん釣れてたらいいのだが。
エリシュカが桑水流に近寄る。そして、桑水流の生気のない目を見て、驚きに目を開かせる。
「何が……あったんじゃ……?」
「……すみません、少し、休ませてください」
桑水流は声を絞り出すようにそう言うと、管理所の方に歩いて行った。
エリシュカは、桑水流についていくか迷っている。
黒川は俺を見ている。何があったの、とでも言うように。
「エリシュカ、桑水流は一人にしといてやれ」
エリシュカは桑水流を追うのをやめた。
俺に向き直り、困惑の表情を向けてくる。
「……母上殿は、見つからなかったのかや?」
「いや、見つかった。今から説明する。その前に、水でも飲ませてくれ」
「あ、ここにあるよ」
黒川が水筒を持っている。恐らく管理所にあったものだ。やけに気が利く。喉が渇いていたため、コップに一杯一気に飲み干す。
一息ついたので、タバコでもう一息つけることにする。
タバコに火をつける。
思いっきり煙を吸い込み、吐く。
「ふぅー」
「うぅぅ、もしやわしは今、焦らされとるのか……?」
「そんなつもりはねーよ」
黒川は俺がタバコを吸うのをじっと待っている。
最近、こいつなんか従順すぎやしないか。
「さて、簡単に話すと、桑水流の母親は見つけた」
「そうじゃったのか! しかし、なんで桑ちゃんは……」
「俺たちが見つけた時、母親は蟻の毒にやられていた」
「なっ!」
「そんな……」
エリシュカが大声を上げる。黒川は悲しそうな表情をする。
「あいつが元気ないのも、そういうことだ」
それを聞くや否や、エリシュカはすぐに桑水流を追って管理所の方へ走った。桑水流のケアはあいつが適任だろう。
俺が慰めても全く慰めにならない気がする。
「街は、どうだったの?」
桑水流を追わなかった黒川が聞いてきた。
こいつ、あんま桑水流と仲良いわけでもないのか。
「人はいた。火炎瓶なんかを持ってる奴らもいたから、近づかない方がいいだろうな。物資はそれなりにとってきた」
「物資?」
「農業に使えそうなやつだ。管理所の横の畑で使ってみたい」
「なるほど!」
なんとなく、黒川がウズウズしているのが伝わってくる。
「正直、農業なんて全然だ。黒川は知識とかはあるのか?」
「なしっ!」
無言で頷いてやる。
こいつは基本的にサバイバル知識ゼロと思った方がよさそうだ。
ただ、やる気はありそうだ。
「明日からいろいろ試すことにする。手伝えよ」
「もちろん! 他の二人はどうするの?」
「明日にはマシになってるだろ。適当に役割分担する」
「りょーかい!」
心なしか、他の二人がいないと黒川が元気な気がする。
気のせいだろうか。
黒川は、例の麦わら帽子をかぶっている。
金色の髪に、麦わら帽子が本当によく似合う。
俺も大抵フードや帽子をかぶっているが、俺とは比べ物にないくらいに。
「他に帽子とかなかったか? あいつらにも持たせときたい。」
「見てないよ。 エリシュカさんは今日はフードかぶってたし」
「ふーん。俺の使わない帽子でもやるか」
「あ、ズルい!」
「何がだよ」
「あたしも欲しい! ……な」
突然黒川がクレクレ病を発症した。
ついでに言えば、微妙に上目遣いでおねだりポーズだ。
「麦わら帽子があるだろ」
「そーだけどー」
「似合ってるから、それにしとけ」
追撃を避けるために適当なことを言ったが、黒川がやたら嬉しそうな顔になる。目がキラキラしてやがる。
「ほんと!?」
「ほんとほんと。だからいつもそれ着けとけ」
「そこまで言うならしょーがないなー」
なんか俺がおねだりしたみたいに言われた。イラっとする。
適当なことを話しながら、釣りに使用したと思われるバケツを覗き込む。
「4匹、か」
「うん。あんまり釣れなかった。エリシュカさんは釣りに向いてないかも……」
「なんでだ?」
「じっとしてるのがダメなのかな? すぐどっか行っちゃうんだよー」
確かに、じっと獲物を待つようなタイプには見えない。
しかし、4匹は少ない。
この大きさだと、一人3匹食べても満腹には程遠い。
だからといって、貴重な保存食をジリジリと減らしたくはない。
(やっぱり、4人は無理か……)
畑も、今あるものは収穫できるまで少しかかりそうだ。
動物を仕留めるには、経験が足らなさすぎる。
と、ここでエリシュカが管理所から出てきた。
「どうした」
「桑ちゃん、寝ちゃったのじゃ。作業があるならわしも手伝うぞい」
「そうか」
「何か手伝う事、あるのかえ?」
「食料が足りない。山の中で食べられるもんとってくるのは危険だろうしな」
「おぉ、それならわしが取ってくるのじゃ! 桑ちゃんも満腹になれば元気になるのじゃ!」
「危険だって言っただろ。大体何とってくんだよ」
エリシュカが黒川の方を向き、その手を取る。
「黒ちゃん!」
「なにー?」
「一緒に食べられるもの、探すのじゃー!」
「よしきたー!」
そう言い残し、元気な二人が目的地もなく走って行った。
「山の中には入るな! 蟻に注意しろよ!」
「わかっておるのじゃー!」
「だいじょーぶだよー!」
最低限伝えることは伝える。少し心配だが、ここで毒にやられたら流石に自己責任だ。そこまで見てやれない。
「じゃ、俺は釣りでもするか」
場所を変えたり、仕掛けを変えたりしようと思う。
今日は緊張した時間が長かったので、釣りでもしながらマッタリしたかった。
…………
夕方頃、いくらかの場所で釣りをした俺は、管理所へと歩いている。
小さな滝のようなところがあり、その滝壺だとかなりのペースで釣れた。ただ
し、道なき道を歩くため、俺以外は入らない方がいいだろう。
なんと午後だけで10匹だ。俺のビギナーズラックはいつまで続くのか。
そんなことを考えながら歩いていると、例の二人が集会所付近で走り回っているのを見つけた。手には何も持っていない。
「なんじゃー! なんじゃなんじゃー! あれはなんじゃー!」
「カブトムシの大群だよー」
「よーし、鍋して食べちゃうのじゃー!」
よく聞くと、そんなことを言いながら走り回っている。
……あいつら、食料を何一つ見つけられなかったんだろうな。にしても手ぶらはひどいが。
とりあえずカブトムシを追っかけている二人を捕まえて、管理所に戻った。
虫はギリギリまで食わない。そう決めている。
ちなみに、午後は何をしていたかを二人に問いただしたところ、一応は食べられそうな動物を探していたみたいだ。結果はアレだが。
14匹の魚がいるので、食べる量は4:4:3:3でちょうどよくなった。
もちろん少ないのがこいつらだ。
手早く魚を焼く。焼き魚を作るのにも大分慣れてきた。
上手く焼けあがったぐらいの時間に、桑水流がよろよろと起きてきた。
恐らくタイミングを見計らっていたのだろう。食いしん坊で卑しい奴だ。
卑しい桑水流にも魚を渡し、全員でモソモソと焼き魚を食べる。
エリシュカは意外においしい、といった表情だ。
桑水流は目が腫れている。おいし過ぎて涙が出ているのだろう。
そんなことを考えてしまうくらい、皆何も喋らない。
昨日の夜は煩いくらいに喋っていたくせにな。
女三人寄れば姦しい……
しかしこの場合、男の俺がいるから漢字が変わってしまう。
静かなのはいいが、明日からのことを話さないといけない。
「お前ら、明日からどうするとか、決めてるか?」
「……?」
三人が顔を見合わせている。特に何も考えていないか、俺の指示を待つつもりだったのだろう。
今日の二人の収穫から考えると、こいつらを放置しても全く意味がない。桑水流がいればもう少しマトモになるかもしれないが。
ひとまず、俺は農作業をしたくない。
汚れるし、疲れるし、知識もない。正直こいつらに任せたい。
「この中で農作業の知識とかある奴、いるか?」
「わしは少しなら手伝いをしてからわかるのじゃ」
エリシュカが即答してきた。わかるのはいいが、こいつはあまり信用しないことにしてる。
「そうですね……私もガーデニングなどをしていましたので……」
「あれ、知識ないの私だけだ」
桑水流も知識あり。黒川についてはさっき聞いたから知っている。
ひとまず、桑水流を中心に任せとけば行けるか。
ついでに、桑水流は何か作業に従事させた方がいいだろう。
そう判断し、桑水流に向き直り言う。
「桑水流。お前を中心に三人で畑を作ってくれないか。本や道具なんかは用意してある。力仕事があるなら後から俺に言え。いいか?」
「えっと、私が中心でいいのでしょうか?」
「お前しかいない」
「……わかりました。エリシュカ、黒川さん、頑張りましょうね」
「なんでわしが中心じゃないのじゃ?」
エリシュカが疑問を浮かべている。無視でいいだろう。
「白沼さんは明日、何を?」
「釣りと、生活環境の整備だな。時間はかかるだろうが、水浴びできる場所
作りたい」
誰かが覗きをしないようにな。
「それはありがたいです。正直体が気持ち悪くて……」
そう言いつつ、桑水流が服の胸元を指でつまむ。動作がややエロい。
横を見ると、エリシュカの目が泳いでいた。今朝の事は特に言及しない。
「それじゃあ、俺はテントの方に行って道具をとってきたら、寝る」
三人の返事を聞いてから、テントの方に歩き出す。
脳内で必要そうなものをリストアップする。種や肥料は車に乗せたままだから後回しだ。
スコップ、バケツ、杭……
何が必要かわからない。まぁ必要だったら桑水流が後から言ってくるだろう。
テントにはすぐに到着した。中に入り、使えそうな物を漁る。
農作業をするなら、蟻対策は必須だ。タオルに軍手、長靴に……
鍬がない。スコップ、鋏は持っていくか。
そうこうしていると、テントの外から声がかかる。
「白沼さん、入っていいー?」
黒川だ。何か用でもあるのか。トイレじゃないんだから、別にかまわない。返事をすると、黒川はすぐに中に入ってきた。
手を止めずに何の用か聞く。
「どうした」
「えーと、手伝えることないかなって」
「とりあえずは、あんまりないな。持っていくものも、そこまで多くはない」
「じゃあ、横で見ててもいい?」
「? 勝手にしろよ」
黒川は俺の斜め後ろに座り込み、俺の作業をじっと見ている。何がしたいか全くわからん。
邪魔でもないので、放置して作業を進めていく。
静かなテントの中に、俺の作業音だけ響く。
黒川が静かなのは珍しい気もする。しかし煩くないのは好都合だ。作業が捗る。
すぐに準備ができた。一人で持っていける量だが、軽くてかさばるのは黒川に持たせることにする。
「よし。黒川、悪いがこの辺のやつを運んでくれ」
「りょーかい!」
そういえば、「了解」という単語は仕事ではあまり使わない。ビジネスマナーがどうとかで、敬語ではないとか。
俺は「承知しました」などと言うことが多い。どうでもいいが。
物資を持って立ち上がり、テントを出ようとした時、外から音がした。
誰かがテントに近づいているような足音だ。
「あれ、エリシュカさんかな?」
黒川も気付いて、そう予測している。
俺も一瞬そう考えた。
ただ、動きが怪しい。まるでテントの周囲を歩いているような。
熊などの動物の線も浮かぶが、どうだろうか。熊だったら終わりだ。
エリシュカの可能性はある。今朝のエリシュカの行動を考えるとやりかねない。ただ、あいつは桑水流と一緒にいるはずだ。エリシュカも今日の桑水 流を一人にするようなことを積極的にするとは思えない。
「誰だ」
ライトを点けていたし、話もしていたので、相手はこちらには気付いているだろう。
隠すことなくそう声を上げた。
荷物をおろし、ショベルを手に取る。デカいショベルは強力そうだからだ。ついでに、黒川を自分の傍まで寄せる。
「聞こえてんだろ。誰だ」
もう一度声をあげる。スコップを握る手に力が入る。
黒川も、普通でないことに気付いたのか、相手のこちらを探るような様子に気付いたのか、いつの間にか俺の服を握りしめている。はっきり言って邪 魔だ。
相手の歩みがテントの入り口付近で止まる。
相手がゆっくりと中に入ってきた。
入ってきたのは、25歳くらいの、金髪の男だった。
俺の顔を見て、憤怒の形相を作り出す。
黒川の顔を見て、その形相はすぐにニヤついた表情に変わる。
その男の手には、剥きだしのナイフが握られていた。




