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14.私的短観

 展望台は山の中腹にある。規模は非常に小さな展望台だ。

 キャンプ場へと向かう道を途中で左折し、曲がりくねった道を行くと、到着するはずだ。


 車の中で、黒川が話しかけてくる。


「……人、轢いた……よね」

「あぁ。轢いたな」

「死んじゃった……のかな」

「どうだろうな」


 運転に気をとられ、会話に集中できない。黒川は俯いている。

 先程から桑水流がしきりに後方に目をやっていた。山に登る前からだ。

 その何かを心配するような表情に、なんとなく事情を察した。


「桑水流、エリシュカ。お前ら家族は?」

「……」

「……わしの家族は、もういないんじゃ。だから、桑ちゃんの家に居候しとったんじゃけど……」

「……」

「桑ちゃんには、母上殿が……」

「……大丈夫の……はずよ……」


 桑水流は震えた声で返事をする。

 というかエリシュカには、その口調をやめろと言いたい。

 シリアス中でも俺の腹筋を揺るがしにかかってくる。

 しかもこいつはどうやら桑水流を「桑ちゃん」、黒川のことを「黒ちゃん」と呼んでいるみたいだ。発音が似てるんだよ。

 俺のことを「白ちゃん」などと呼んだ日には、こいつを始末することを真剣に考えるかもしれない。


 なんとなく、エリシュカの口調のおかげで周りを見る余裕ができた。

 いや、エリシュカのおかげというのは少し変だが。


 ともかく、この中で家族がいるのは桑水流だけ。

 あの青い表情を見るからに、暴動に巻き込まれた可能性もある場所にいたということだ。


 そうこうしていると、展望台に着いた。

 すぐさま車を止め、エンジンをかけたまま車を飛び出し、展望台から街を見渡す。さすがに距離があり、細かいところはよく見えない。

 しかし、何が起こっているか、なんとなくわかってきた。


 3人も俺の後を追って展望台から街を見渡す。


「なによ……これ……」


 誰がそれを言ったのか、わからなかった。

 それほど、街の状態に集中していた。


 簡潔に言えば、暴動である。ただそれだけである。


 しかし、蟻のような大きさの無数の点、つまり人が、見たことのないような規模で暴動を起こしていた。

 この街にはここまで人はいない。


 必然的に余所から人が来たのだと理解する。

 さらに人々の動きに注目すると、街の西部から北東部へと移動しているように見える。


 西東京のこの街は、甲州街道が東西に横断している。その街道のためにできた街だと聞いたことかある。


 (人々が、北に移動している?)


 そもそも、日本でも安全地域に比較的近いこの街でも食料の配給が止まりかけていたのだ。ここより西の街、県はどうだったのだろうか。九州から中 国、四国、近畿、それらの街では、必然的に配給はさらに滞っていたことになる。


 日本中の人間が、北に大移動しているのかもしれない。

 日本はこのパンデミック騒動の中でも、比較的安定した生活を送っていた。しかし、食料がなくなればどうなるか。

 日本国民は食料事情に関してのみ、他国に強硬姿勢をとれると揶揄されているのを聞いたことがある。


 その結果がこれであろう。

 恐らくこの集団は第一陣。その第一陣に血気盛んな若者が多いのも、この暴動、暴力を起こしている原因だろう。

 銃なんかは、ただ自衛隊駐屯地などを襲っただけであろう。

 そもそも自衛隊が守る国など、感染地域にはないとも言える。暴動に協力をしていてもおかしくはない。


 この街を通っているのは、おそらく甲府方面から移動してきた人だろう。

 ならば、東海道や中山道にも人は分散していると考えられる。

 各街道沿いに分かれ、暴動は移動しているのかもしれない。


 今日、配給所にいたオッサンやその取り巻き、あいつらも合流して北に向かうかもしれない。


 (いずれにせよ、数日は街に入らない方がいいかもな。)


 街道を通るというのは、わかりやすく目的地へ迷うことなく行けるからだ。街道沿いに街も多いということもある。

 つまり、展望台から見ていてもなんとなくわかるが、街道やその街から離れるような集団はほとんどいない。山は蟻の生息地ということもあるだろう が。

 キャンプ場なら安全をとれそうだ。


 ふと、横を見る。

 黒川はいいとして、桑水流とエリシュカ。

 こいつらもキャンプ場に連れて行く事になる。

 こんなところで適当に放置しても、確実にいい方向へは転がらない。

 何もない山の中にいても死ぬだろう。もしこの美女二人を暴動の中に放り込んでしまえば、その後はどうなってもおかしくはない。死ぬ方がマシと思 えるような状態になりかねない。


 こいつらが拒否しなければの話だが、


 (連れて行くしかない……か)


 本当に、面倒だと思った。

 食料はある。しかし非常用としてとっておきたい。

 自給自足の生活を送るには、まだ資源が足りない。


 (まぁ2、3日なら、どうにかなるか……)


 考えすぎても仕方がない。そもそも、暴動はすぐに通り過ぎるかもしれない。津波のように町の外から押し寄せる人の塊を見てからでは、気休めにも なりはしないが。

 ともかく、俺の勘違い、思い違いも多いかもしれない。


「お前ら、車に乗れ。キャンプ場に俺と黒川の住んでた拠点がある。そこへ行く」


 黒川は少し驚いたような表情をし、すぐに納得したような顔つきになった。

 桑水流とエリシュカは困惑気味だ。山の中に住むなんて、考えられないと言った表情だ。街の中でも今は同じように危険だろうに。

 しかし、二人は黒川の表情を見ると、二人で互いの目を合わせ、すぐに頷いた。


「わかりました。ついていきます」

「わしもじゃ。街に行くのはちょっと怖いんじゃー」


 桑水流の表情にはまだ陰りがある。親のことが心配なのだろう。

 意図的にその陰りを無視し、車へと移動する。


「それじゃ、キャンプ場へ行く。蟻には常に警戒してろよ」


 そう言うと、すぐにアクセルを踏み込んだ。

 相変わらず、ラジオから聞こえるのは雑音だけだった。


…………


 キャンプ場にはすぐに到着した。その行程ではなんら問題らしき問題はなく、その静けさとも相まって、山の中ではまるで街とは別世界にいるような 感覚を受ける。


 管理所近くの駐車場に車を止め、全員で管理所のロビーに集まる。

 誰も口を開こうとしない。

 エリシュカは桑水流のことが心配なのか、彼女を横目でチラチラと窺っている。

 黒川は俯いている。こいつは俺が人を轢いた時に助手席にいた。目の前で人が吹き飛ぶところを見せてしまった。

 桑水流は、焦燥感にかられながらも落ち着こうとしているといった様子だ。気丈なことだ。


「さて」


 ひとまず会話の口火として一言言ってみたが、3人が一斉に俺を見てくる。なんだこいつらは。まぁ、俺が彼女たちを突然引き回した上に、この中で ただ一人の大人である。指示を待つのも分かる。


「見ての通り、街は暴動の真っ最中だ。恐らく、あいつらは関東より西から北の安全地帯へ向かう連中だ。ここに数日の食料配給状況を鑑みて、ここ より西部はかなりせっぱつまっていたはずだ」


 俺以外は誰一人として口を開かない。


「……恐らく、ここ数日で多くの人間がこの街の甲州街道沿いに移動してくるはずだ。よって、俺はこのキャンプ場に数日留まる。……で、だ」

 3人を見渡す。


 (お前らは、どうする。)


 そう言おうと思った。

 しかし、桑水流のことを考える。こいつは、ここで判断を任せたら、まず山を下りるだろう。危険なうえに、残された奴らの精神状態に悪影響を及ぼ しかねない。


 (ある程度はこのキャンプ場の人員状況を掌握していたい。)


 桑水流をここで放置すると、エリシュカも一緒に行くだろう。黒川は……わからないが、残る気がする。しかし、親の状況次第ではここに戻ってくる 可能性がある。他の人を引き連れて。


 無理やりにでも、ここに置いておいた方がいいだろうと判断した。


「お前らも、ここに数日留まれ」

「どうして!」


 言った途端、桑水流が声を上げる。


「どうして、あなたに命令されなきゃいけないんですか!? 私は、今街にいる集団をやり過ごしたらすぐにでも山を下ります!」


 黒川とエリシュカが驚いている。普段こんなに騒がない奴なんだろう。


「却下だ」

「どうして!」

「車とか持ってんのか? 移動にどれだけの時間を使う気だ?」

「あなたには関係ないじゃないですか!」


 ……まぁ、普通に言ってもこいつは街に行くだろうな。


「黒川、エリシュカ。こいつと二人で少し話をする。その間この建物の状況を確認しといてくれ。蟻とかな」

「わしは……」


 エリシュカは迷っているようだ。桑水流と仲良さそうだし、居候してたとこの人のことも心配なんだろうな。

 黒川に目配せをする。

 黒川は何かを理解したように、エリシュカの手を取った。


「エリシュカさん。いこう?」


 エリシュカはまだ迷っていたようだが、黒川に手を引かれ、すごすごと建物の奥に移動していった。


「……」

「……」


 何を言おうか、少し迷う。桑水流は俺を睨みつけている。怖くない上に、可愛くもない。


「……お前が行くっつったら、エリシュカもついてくだろうな」

「……」

「あいつを巻き込む気か?」

「私一人で行けばいいじゃない!」

「お前が! ……一人で黙ってここを離れたら、あいつはお前を追う」

「じゃあ……どうしたらいいのよ!」

「……」

「……どうしたら……いいのよ……」


 桑水流が力なくへたり込む。


「お母さんが……お母さんが、まだ家にいるのに……」


 厄介だ。

 こういう、感情的にナーバスになっている奴は何をするかわからない。

 対応策は、ある。しかし面倒だ。


 面倒という感情と、冷静に状況を見る自分の天秤が動く。


 (仕方ない、か。)


「……わかった」

「……」

「俺が一人で、山を下りる。もちろん今いる集団が去ってからだけどな」

「……?」

「どうせ、早い内に物資を街に取りに行くつもりだった。俺一人だったら身軽だし車もある」

「どういう……?」

「住所、教えろ。行き方と家の特徴とかもだ。……家にいなかったら、知らん」


 桑水流は理解不能だ、という顔をしている。

 適当にその辺の優しい男が吐きそうな言葉を選ぶ。


「お前が一人で行っても、状況を見て対応できないだろ。ここは俺に任せとけ」


 我ながら背中が痒い言葉だ。

 感情も何もこもっちゃいない。

 しかし、ナーバスな状態で救いを求めていた桑水流には、魅力的な提案だったのか。エリシュカの名前を出したのがよかったのだろうか。


 ともあれ、桑水流は肯定した。

 そして、俺の許可なしに、キャンプ場から動かないことを約束した。



 黒川とエリシュカが戻ってくる。

 エリシュカは少しは落ち着いた桑水流と俺を交互に見てくる。

 黒川は、俺だけを真剣な表情で見てくる。

 目線だけで、返答しておく。


「私も、ここで待つことにしました」 


 桑水流は、二人に向かって安心させるように、言った。

 面倒事は引き受ける事になったが、大筋は上手くいった。

 黒川もエリシュカも安心したような表情をしている。エリシュカは少し困惑している感じだが。


「とりあえず、今日はここで夜を越す。食事は今日受け取った配給を食べろ。寝るとこは、仮眠室だ。他の部屋より蟻が少ない」


 以前黒川が焚いたと思われる殺虫剤の香りが少し残っている。

 気休めかもしれないが、少しは効果が残っているかもしれない。


「おぬしも一緒の部屋で寝るのかや? なんだか恥ずかしいのじゃー」

「いや、俺は適当な部屋で寝る。あの部屋じゃ狭いし、俺が一番体がでかいし」


 くだらないことを喋っているエリシュカに言っておいた。

 とりあえず、エリシュカ=馬鹿 という定理が俺の中で出来上がる。


 精神健康上、女3人は同じ部屋の方がいいだろう。仮眠室には唯一の布団、ソファーもある。

 ついでに、俺は出口付近のソファーで寝ることにする。誰かが建物を抜け出そうとしたときにすぐ対応できるように。


 今日は可能な限り管理所から出るなと伝え、俺は建物の外に出て周囲を見回りすることにした。

 ふと周りを見渡すと、例の畑が目に入る。

 状態を見てみる。

 土の状態はよさそうだ。なんというか、黒っぽくて栄養のありそうな土だ。

 畑の周囲は鉄線でかこまれているので動物に食べられることも少ないだろう。

 植えられているのは、ジャガイモ、トマトのみ。量も少なく、ジャガイモの方はまだ育っていない様子だ。トマトの方はいずれ収穫できそうだ。

 しかし、既に収穫できそうなものがあるのは非常にいい。

 ここでうまくやれば、作物を収穫できることがわかる。


 知識はあまりないので、畑の観察は終わりにし、すぐに建物の周囲を歩いて回る。

 特筆すべきことはない。

 しいて言うならば、イノシシが土を掘り返した跡がいくらかあることくらいだ。イノシシは土を掘り返して虫などを食べると聞く。

 上手くやれば、肉を食べられるかもしれない。


 もう一度街の様子を展望台から見に行こうとしたが、やめた。

 キャンプ場から遠くに行くべきではない。

 ガソリンも大事にしたい。


 結局、現状ではやることなどなく、仕方なくバケツに水だけ汲んでから管理所に戻った。


 管理所では、3人が仮眠室の中で話し声を上げている。

 女三人寄ればなんとやら。

 周囲に人もいないので、騒ぐなとは言わない。

 今日は、桑水流を元気づけるためにたくさん話しているだけだ。

 そう願いたい。

 この煩さがすぐ終わることだけを願う。


 建物の中にある本を読み、時々建物の周囲を見まわる。

 そうしているうちに、夜は暮れる。


 ドア越しに3人へおやすみとだけ告げて、ソファーに横になった。


 蟻の毒で死ぬことがない俺でも、あの銃で撃たれれば、死ぬ。

 明日は無理はしない。

 そう心の中で固く誓い、目を閉じた。

 仮眠室から聞こえる話し声を、心の底から煩わしく感じながら、そのまま眠りについた。

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