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ウェリエの聖域:滅びゆく魔族たちの王  作者: 加賀良 景
第2章-ザクリケル-
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夜会

 この光景に見惚れていたところ、食事が出来たとロンスカのメイドの姉ちゃんからお呼ばれされた。

 早速、観音開きの洋服棚を開くと、タキシードというのか燕尾服というのかよく分からんが、まあ礼服と一括りに出来そうな服が出てきた。

 ……これを着るのか。

 黒が基調の布切れが見えたので、手にとって見ると。

 ……ネクタイまであるぞこれ。


 変なところで"日本"チックでこれには苦笑い。

 生前の死ぬ手前まで、普通にスーツ着ていた俺だ。

 着方ぐらい普通に覚えている。

 だが、礼服に七歳の子ども用の服があることに驚く。

 いや、異世界だから、生前の世界を基準に考えるべきではないだろう。


 とりあえず、しれっと着替える。

 慣れている人でないと、ネクタイの付け方は分からないだろうが、高校生のころから死ぬまで、ネクタイは付けていることが多かった。

 最早、身体が覚えてる。

 セシルが「手伝います」と寄ってきたが、もう既に着替え終わっており、あとはネクタイを付けるだけだった。

 もちろん、ネクタイもささっと付ける。

 そのネクタイを組んでいる手捌きの間は、ずっとセシルの顔を見ている。


 セシルが床に諸手をついて、がっくりと項垂れていた。

 妻として手伝いたかったんだろうなーとは思うが、前世チートがあるので手伝わせない。


 ちなみにエルリネのほうは薄いグレーを基調としたイブニングドレスだった。


 俺もエルリネも着替えが終わったので、あとはセシルだけだった。


 セシルは「着替えは自室」ということなので、一緒に行くことになった。

 移動中、エルリネは胸元がスースーしますと言って、物凄く落ち着かない感じであった。

 その姿がやたらと扇情的なので止めて欲しかった。


 女性の部屋に入るべきではないので、部屋の外の廊下で待つ。

 その間、エルリネは落ち着かないのか、自分のドレスをちょいちょいと触っている。

 ぽんこつ、へっぽ娘なエルリネだ。

 どっか触って、衆人環視の中で脱げるということもありえる。

 その時は直ぐに『闇夜の影渡(ステルス・フィールド)』を使う所存だが、ないに越したことはない。

 だから、エルリネに「触ってると脱げることもありえるから、触らないの」というと、触るのを止めた。

 誰でも脱げるのは嫌だよな。


 もしも。

 ということはまずないとは思うが、備えあれば憂いはない。

 それに実力主義のお家だ。

 一度舐められたら、妻になると豪語しているセシルと、エルリネに余計な恥を掻かせることになる。

 

 まずは、ガチ起動しても全くの影響がない魔法陣を駆動させる。

前衛要塞(フォートレス・ヴァンガード)』の通常駆動を、分り易く食事前に展開する。

 対象は俺とエルリネと、おまけでセシル。

 さっきの風呂で、魔力もそこそこ回復しているので「天空から墜つ焼灼の槍」の二十五本以上は無理にしても、「凍結の棺」とかあの辺りなら何百回かは撃てる。


 予測は立てた。

 あとは、異常が起きないことを祈るばかり。


 そのとき、セシルの部屋の扉が開いた。

 そこから出てきたのは、ちんまい妖精だった。

 ちんまいと言っても侮ることなかれ。

 俺と似た栗毛のサラサラロングヘアな妖精さん。

 ドレスも薄いピンクで、謙虚さが見て取れる。


 この娘、十年後凄い美人だわ。

 久しぶりの感情(あくま)が「唾つけとけ唾つけとけ」と五月蝿いが、興味がなさすぎるので黙殺しておいた。


 さて、食事会場(せんじょう)へ行きますか。


◇◆◇◆◇◆


 お食事会は立食形式だった。

 下手に座って食べるやつでもやって、テーブルマナーがヘボいところ見せて、セシルとエルリネに恥を掻かせたら拙い。

 だから、助かった。


 別に人見知りするタイプではない。

 エスコートなどしたことがないが、脇にセシル、後方にエルリネで多分いいだろう。

 実際に会場に入ったとき、別に何も言われなかったし、正解なんだろうか。

 まあいいや。


 会場に入り『護衛』として、そしてセシルの――本当に嫌々ながら――『旦那』として、息を詰める。

「息を詰めなくても」とセシルが言うが、こういう顔見せっていうのは初対面が大事だ。

 中身がへっぽこでも、初対面のときにキッチリしていればある程度誤魔化せるし、とうぶんそのままその印象で押し通せる。


 ということなので、中のセシルの兄姉(きょうだい)らしき人物らに注目されたのを感じたところで『前衛要塞(フォートレス・ヴァンガード)』を通常起動する。

 奇妙な文字配列と魔力線で描かれた幾何学模様の魔法陣が低級駆動であれば、魔法陣三枚程度で重なっていたものが、通常駆動になったため二十枚以上に重なり、キラキラと輝いている。

 

 息を呑む音が前方の兄姉らと脇のセシル、後方のエルリネからも聞こえてくる。

 ……まだまだ"膜"の部分なんだけどな。

 と、思わず苦笑い。

 防御特化の『前衛要塞(フォートレス・ヴァンガード)』はまだまだ形状がある。

 内盾の立体防御陣と外盾。

 立体防御陣というのは『前衛要塞(フォートレス・ヴァンガード)』を貫かれたとき用の予備用全方位防御陣で、予備とはいえども『前衛要塞(フォートレス・ヴァンガード)』とは違い、純粋な魔力使用量で防御力が変化する。

 つまり、全力で内盾の強化を図るということも出来る。

 打って変わって外盾は、推定180cmほどのタワーシールドのような長方形の盾を縦横に並ばせる。

 見た目からして既に分厚い。

 こちらは低魔力で十分動くが、それでも使用量は低級単品より高いのでまず使わない部分だ。

 一応これでも、盾殴りも出来なくはないが本来の使い方ではないので魔力を使う。


 今後"面"の攻撃をする必要があれば、やろうかと思う。


 とにかく、圧倒することには成功したと思われる。

探知(ソナー)」を掛けてみれば、至るところに騎士だか暗殺者だかがいる。

 こんなところで食事しろだなんて、味なんてわからんだろうに。


 セシルの兄姉たちが、ポカンと呆然している横を通り、一家の当主たるおっさんの前に立膝をつき、

「このような席にお呼びして頂けるほか、湯浴みまでさせて頂けるなど光栄の極み。

有り難うございます」

 と、一礼を入れる。

 横のセシルは立膝ついていないが、衣擦れの音がした。

 きっと、後方のエルリネも同様に立膝をついたようだ。

「僕、いえ私は学のない村出身なので、無礼かもしれませんが思いつく限りの礼として思って頂きたいと存じます」


 セシルも同様に立膝をつき、(こうべ)を垂れる。

 目の前のおっさんが「(おもて)を上げよ」と言う。


 俺とセシルは面を上げる。

「ミリエトラル、ミリエトラル・フロリア。

この振る舞いはどこで学んだ」

「独学です」

 本当は生前のweb小説の内容を、覚えている限りで真似ただけである。


「カルス・フロリアから学んだのではないのか」

「父からは、敬語だけです」

「そうか」と、短くおっさんは答えた。

 そして、俺の隣のセシルの方へ向き直った。

「して、我が娘セシル。

セシル・キュリア。何故貴様が、父に対する振る舞いがミリエトラル・フロリアに合わせているのか」

「わたくしはミル、いえミリエトラルさまの『妻』です。

妻が殿方に合わせるのは当然のことです」

 ……あれ、いまもしかしてご家族に結婚前提のご紹介されてる?


「ほう、『妻』か。

みたところ、ミリエトラルはそこの奴隷がおり貴様が二人目のようだが、それでもよいのかな」

「いえ、伺ったところわたくしで四人目のようです。

もちろん、わたくしに不満、問題などありません」

「このザクリケルニアの一級貴族である、我が家系が四番目でよいわけがないだろう。

貴様、この得体の知れない狼藉者をこの誉れ高き家系に組み込ませるつもりか!」

「なれば、わたくしはフロリア家の者になります」

「……なに?」

 え……ナニソレ。

 っていうかセシル、君と結婚する気ないんだけど。


「では、わたくしはセシル・フロリアとして今後は生きます。

この家系から外れるため学校には行けませんが、わたくしの殿方はとても素晴らしい実力の方です。

首都(ツペェア)へ行けば、きっと旦那様は直ぐに宮廷魔術師になれるでしょう。

首都近くの山林に居を構えれば、旦那様の望む一生になるかと思います」

「…………、」

「というわけで、ミリエトラルさま。

早速ですが、ここでの食事をしたら申し訳ございませんが旅する用意をしましょう。

一応、わたくしは現金を幾つか持って――」

「待て、勝手に話を進めるな!」

 叫んだのは当然、おっさんである。

 俺? 俺は普通に思考が吹っ飛んでたよ。


「まず、貴様の想いは分かった。

だが、勝手にフロリア家の嫁になることは許さん。

それと四番目も許さん。

ミリエトラル・フロリアッ!」

「あ、はい」

「貴様、婿に来いッ」

「お断りします」


「……えっ」

 えってなんだよ。えって。

 泣きそうな顔でこっちを見るな。

「何故、我が可愛い娘の婿にならない!」

「いや、四番目の話にも掛かりますけど、三人で十分なので要らないです」

「……えっ」

 後ろから「えっ」て聞こえたぞ。

 セシルの兄姉の誰かが言ったのか?


「セシルが半魔族だからか?」

「いえ、村で待たせている子も魔族ですし、奴隷のエルリネも魔族ですし。

別に魔族だから。ってことはないですね」

 寧ろ、魔族のほうが好きですよと注釈を入れる。

「何故、四番目なのか。

我が娘が可愛くないのか」

「いえ、可愛い可愛くないではなくて、出会い順ですが。

同じ村で生まれ育った幼馴染と姉にエルリネで三人です」

 ちらっと後方を見ると、エルリネの耳が嬉しいときのように上下にピコピコ動いている。

 可愛い癒される。


 というわけで、

「あくまで『護衛』のつもりでいましたが、場違いですかね」

 言外に帰っていいですか? と聞く。

 帰られると困るのは、セシルよりもおっさんだろう。

 おっさんの友人だという父さんの息子が、嫌になって抜けだされる。

 すごいショック大きいだろう。


 あとセシルの半魔族が嫌な人もいるだろう。

 その点に関して、とくに嫌悪感を見せなかった俺だ。

 くっつけたいと思うだろう。

 それにセシルの反応からして、物理的な意味でもくっつきたがっているし。


 あと自分で言うのも難だが、実力主義というお国柄であれば俺の魔王系魔法で、トップタイをひた走る筈だ。

 そんな実力者をみすみす手放すなんて、愚の骨頂だ。

 俺がおっさんの立場だったら、なんとかしてでも召し抱える。


 好みが魔族っていうワードから、自身の娘と一般街から魔族の娘を募って差し出すぐらいはやると思う。

 まあ差し出されてもやりませんけど。

 こちとら、人情で動く『魔王』なもので。

 

「場違いではありません!」

 と、セシルにガチ抱きされる。

 ちなみにエルリネはいつもの嫉妬なんか感じてませんよ? っていう笑顔だった。

 この娘、溜め込んだら怖そうなんですが。



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