無断出国と無断入国
森から国境線まで、そこまで長くはなかった。
長くはなかったが、嫌というほど木登りライオンが襲ってきた。
「電磁衝撃」を一度ぶち込めばいいのかもしれないが、彼女が「自分を鍛えたいので」と言ってきたので、二人で短剣と素手でライオンの大群を捌く。
――『魔力装填:赤熱の刃』
を両腕に装填し、ひたすらライオンの横っ面を切り払う。
一瞬にして、頭蓋を溶解させ即死させる。
対するエルリネは、三日前に短剣をもって震えていたあの時に比べて、やけに嬉々としてライオンを倒していた。
あくまで平面に戦って切り払う俺に比べて、彼女は立体的に動きまわる。
ライオンの横っ面を踵で蹴って首をへし折ったり、そこまでいいとは思えない切れ味の短剣で腹を裂くのは序の口で、樹木を蹴り上り俺目掛けて飛びかかるライオンを上から強襲したり、ライオンをまとめるように動きまわり、まとめて短剣で首を狩ったりとへっぽ娘という汚名を返上するかのような七面六臂の戦いかただった。
……この娘に二刀短剣術要らなくね?
俺より、この娘のほうがよっぽど強いんだが。
ライオン相手に撤退戦のごとく森の外へ向かって、とにかく捌く。
食事などさせぬと言わせるほどの数。
ようやく、森の出口に着いたときには、俺も、エルリネも疲労困憊だった。
二人で倒れこむ。
魔力が並み程度の人間であれば、武器を取って殲滅するのだろうがあの数を少人数で捌くのは無理だろう。
それを成し遂げた、俺達に乾杯。
「赤熱の刃」が高威力で凄いのか『前衛要塞』の低級駆動からして硬すぎるのか。
とにかく俺たちは成し遂げた。
ひとまず安全マージンとして、もうちょっと森から離れようとしたとき、エルリネが耳を欹てていた。
ぴくぴくと褐色の耳が動く。
「どうした、エルリネ」と聞いてみると、
「『助けて』と言っている誰かの声が聞こえます」と返ってきた。
安全のために無視するのもありだ。
だが、それでは余りにも夢見が悪い。
助けに行くことにした。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
森のなかにまた入れば「待ってました!」とばかりにうじゃうじゃといるライオン共。
お互い疲れているので、彼女は何も言っていないが俺を見ている。
彼女とは半年以上の付き合いだ、以心伝心よろしく視線で言いたいことが分かる。
――「ご主人様の電磁衝撃でズバッとヤってください」と言ってるなあれは。
やれやれと肩を竦めながらもその意見に反する必要もないので、「電磁衝撃」をリーダーと思われるライオン一匹に打ち込む。
バヅンッという感電したような音が発生し、その数秒後には、目が白く濁って舌がでろんと出たライオンが数十匹ほどが残された。
どいつもこいつも瞬間的に、電力が流し込まれたお陰か身体から湯気が出ていた。
いつもなら食事するところだが、『助けて』と言っている声が聞こえ続けているということなので、森のなかを急ぐ。
エルリネに「あの大きな木の近くの草むらです!」と大体の場所を指し示してもらう。
その周辺にはたくさんのクソライオンがいた。
ここで「電磁衝撃」を使っては、被保護者も一緒に死ぬ可能性がある。
魔力装填させていた「赤熱の刃」を解除し、代わりに「重力」を纏い、負荷は百五十Gで頭蓋を粉砕させていく。
特に苦もなく全滅させたが、周辺に人の姿は見えない。
きょろきょろと探してみれば、足元にこの森どころかこの世界で見たことがない生物をみた。
それは……、十センチメートル程度の生物でギザギザなヒイラギみたいな鱗が鎧のようになっており、平べったい身体で、外敵から身を守るように尻尾を噛んで丸まっている。
そう、いたのは生前の世界のものと寸分違わない「アルマジロトカゲ」だった。
アルマジロトカゲを持ち上げる。
寒さなのか恐怖なのか分からないが、震えていた。
震えているということであれば、少なくとも生きている。
とりあえず回復魔法を掛けてみるが、目を覚まさなかった。
遅れてやってきたエルリネに「こいつ?」と言ってアルマジロトカゲを見せる。
すると、少し悩んで「その子で間違いないようです」と解答があった。
このトカゲで間違いがないようだ。
トカゲが人語を解すなど、きっとこのトカゲは大物になるだろう。
ひとまず、手に載せたままだと握り潰してしまう危険性がある。
一張羅の右の胸ポケットに退避させておく。
もし名づけすることになったら、あの名前にしよう。
と、むふふふニマニマしながら、森から出た。
これで、晴れて『カルタロセ』から出国した訳だ。
いや、実に長かった。
あの村の事件から、体感でほぼ1年掛けて漸くこの国から出れた。
感慨深い。
そして俺は体感で1年ということであれば、もう7歳だということだ。
あの村に帰るまで、あと8年。
まだまだ先は長い。
絶対に帰ってみせる。
あの村に。
メティアと姉さんの元へ。




