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ウェリエの聖域:滅びゆく魔族たちの王  作者: 加賀良 景
第2章-岩山-
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高山病


 太陽が昇り始め眼下の森から、太陽が顔を見せ始める。

 その柔らかい眩しさに、俺は自然と目を開ける。


 そして眠りから覚めた俺は、早速歩くためのストレッチをする。

 短距離走が出来るだけの広さがある登山道だ。

 シャトルランのような往復持久走を実施する。

 とはいっても、本格的に時間を決めて往復するのではなく、ただのスタートダッシュと急停止をする往復持久走だ。


 50回ほど往復して程よく疲れたところで、登山道ながらも点在している樹木の落ち葉と小枝を拾い、薪にする。


 いつもなら焚き火を焚いたときには起きてくるエルリネだったが、今日は起きなかった。

 どうしたのかと思って顔色を見れば非常に青く、状態を彼女から聞いてみれば、頭痛と吐き気がするという。


 そこで初めて気付いた。

――エルリネは『高山病』に罹っている。


 この世界はよく分からないところがある。

 本来、高山病は文字通り標高が高くないと酸欠に陥らないため、標高が低めのこの岩山で『高山病』が発症しないと思い、脳内から抹消していた。

 魔法がある世界だ。

 魔力が欠乏し、酸素も同時に欠乏し易い地域があるかもしれない。

 迂闊(うかつ)だった。


 直ぐ様これの対策について、生前TVでみた内容を脳内から引っ張りだす。


 1.高所順応をする。


 2.酸素を十分に取り入れる。


 3.マイペースに登る。


 4.水分をとる。


 5.疲れた状態で登らない。



――マズい。どれもエルリネにやらせていないし、やっていない。


 1.の高所順応は、ひとまずここで寝たことによって身体は慣れたかもしれない。

 だが3.のマイペースに登らせておらず、俺のペースだった。


 4.の水分はお互い生活魔法としての水分確保は出来るが、実際には休憩時にしか飲んでいない。


 5.は彼女が言ったからという言い訳があるが、戦闘をして駆けっこした上で登っている。

 俺はそうでもないが、彼女は少なくとも魔法で強化していない、一般人だ。

 疲れているに決まっている。


 最後に2.の酸素取り入れ。

 俺は自身に対する重力負荷で、自然と一歩一歩を歩む毎に深呼吸をしていた。

 それに俺は、固有属性による特性のお陰で、空気循環が容易だ。


 だが彼女はどうか。

 深呼吸という概念自体を知らないかもしれない。

 それに固有属性で空気をやっているのだ。


 森で迷うぽんこつ、へっぽ娘の彼女だ。

 生活魔法以上の空気循環系の能力などあるわけがない。


 無理して立ち上がろうとする、彼女を寝かせる。

 体調悪いけど、頑張りますよ? と青い顔で俺を見るが、こんな状態の彼女を連れ回せる訳がない。

 とにかく酸素欠乏を起こしている彼女に、気休め程度に属性回復魔法(ヒール)を掛ける。

 彼女の潜在属性が分からないが、彼女は火と水の生活魔法が得意だから両方のフィルターで掛ける。


 その間に彼女の口と鼻に、空気を優先的に取り入れる魔法を組む。

 あと彼女は魔族だ。

 魔力で動く人形だと揶揄される種族だ。

 

 酸素欠乏による高山病、ではなく魔力欠乏による高山病の可能性がある。

 彼女に直接、魔力を流し込みたいが循環方法が分からない。

 強引に魔力パスを繋げても、循環せずに溜まる可能性もある。

 だが、やらないよりマシだ。


 彼女の萎れている耳許に「魔力の循環方法が分からないがとにかく流すから循環させてくれ」と呟く。

 すると、彼女は具合が悪すぎて意識が朦朧としているのか、俺を両腕で抱いてきた。

 俺の背中が彼女の胸にあたる。

 ……柔らかい感触が背中に当たり意識がそっちに向くが、心を無にして彼女に魔力パスを繋げる。


『十全の理』で精製された魔力は純度が高い魔力で逆に身体に悪いだろう。

 自前の魔力で彼女の身体に循環する血液を想像しながら、彼女に魔力を流し込む。

 背中側にいる彼女の顔が見えないため、顔色がわからない。

 とにかく、彼女の体調がよくなるように祈りながら、空気循環と魔力循環させる。


「『精神の願望(マインドデザイア)』……」と背中、いや右の耳許で彼女の呟きが聞こえた。

 そしてその呟きが俺の耳の中で融けると同時に、ぬるっとした彼女の舌が右の耳に入り込む。

 俺が毒茸を食ったときに接吻(キス)ような、森の魔力を携えて、だ。

 ゾワゾワっとする以上に『もっと舐められたい』、『もっと愛撫して欲しい』という六歳の理性を破壊するような感情に塗り潰される。

 

 さりさり、しょりしょりと耳の中で音がしつつ、彼女の舌に蹂躙される。

 艶かしい舌使い。

 成人していれば、幼馴染(メティア)そっちのけで間違いなく襲っていた。

 そんな性的な感情に襲われつつも、魔力の感触からすると、循環しているようだ。


 というのも、彼女に流し込んだ俺の魔力が彼女の舌から流れ込んで来ているからだ。

 なぜ、「これは俺の魔力だ」と判断がつくのかは分からない。

 だが、とにかくこの魔力は流し込んだはずの魔力で、それが戻ってきている。


精神の願望(マインドデザイア)』を彼女が使った。

 ということであれば、この魔力循環は彼女特有の魔法だろう。

 他の魔族に魔力循環を頼んだらどうなるんだろう……と一抹の不安を抱えながら、彼女にひたすら耳を掃除(じゅうりん)してもらった。

 多分、右耳はふやけているだろう。


 耳の中を蹂躙され始めてから、随分と経ったので魔力流し込みは終わらせ、彼女から起き上がり顔色を見てみれば、いつもの褐色肌のへっぽ娘がいた。

 やたらツヤツヤしているのはきっと、俺の右耳掃除をしたからだろう。


 とにかく、彼女が復旧したので早速登る……前に、彼女に言っておく。

「エルリネの好む速度で行こうか」

 そう言って、俺は彼女の手を取る。

 奴隷生活をしていただけあって、そこそこ掌が硬い。

 それでも男性に比べればまだまだ柔らかく、女の子の手のひらだと思った。


 ちなみに、エルリネの手を取ったのには理由がある。

 手を取らなければ、彼女のペースが分からずまた一人でどんどん登るだろう。

 彼女のことだ、俺に合わせようとして無理して登ってまた欠乏症にかかってしまう。

 だから、彼女の手を握り俺がペースを合わせる。

 

 多分きっと遅くて、イラッとするかもしれない。

 でも、考えよう。

 彼女にはチートが無い、ただの魔族系の一般人だ。

 ひとよりそこそこ魔力があるだけの、人族より虚弱体質の種族。

 そんな種族に無理しろ、など言えるわけがない。


 そう思いながら彼女の手を繋ぎ歩く。

 傍に彼女がいるため、自分の自問自答の思考に陥ることなく、彼女と話しながら登っていく。

 昨日と違った、景色を中々楽しめることが出来た。

 

 魔物ではなく、野生動物の鹿と山羊がいた。

 中々躍動的な野生動物で、岩山なだけに切り立った崖をあろうことかぽんぽん跳ぶ。

 生前の世界にもいた山羊は結構岩山とかにいたが、あれほどまで飛び跳ねる動物はいなかったはずである。

 

 この世界に生を受けてからはや六年。

 まだまだ面白いことがあるようだ。


 魔族っていう種族もいるし、是非とも全種族に会ってみたいところだ。

 俺の傍にいる彼女も一緒に景色を愉しみ、昨日みたいに頻繁に休憩を挟まずに洞窟の入り口に着いた。


 その頃には頭上には満天の星空が輝き、双子の月が並ぶ時間となっていた。

「月と星が綺麗ですね」と彼女は言った。

 たしかに、ここまで見事な満天の星と双子の月が並んでいる姿は見たことがない。


 この世界の月は二つあり、一つはとても大きく、もう一つは小さいが生前の世界の土星のように環がある。

 それだけで、この世界はあの生前の世界ではないと分かる。


 六年間の間にこの夜空を見たことは何度もある。

 だが、ここまで心を奪う夜空を見るのは初めてだった。



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