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ウェリエの聖域:滅びゆく魔族たちの王  作者: 加賀良 景
第2章-森-
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エルリネ

 一先ず、エルリネが無事なことに安堵する。

 あの、村の学校で姉さんと母さんの身に起きたようなことがなくて、本当に助かった。

 セオリーならば下手人の言い訳を聞くべきなんだろうが、そんな悠長なことをして犯されたとか、封印魔法を掛けられたとか、目に当てられない。


 封印魔法は解除出来るとは思うが、それでも掛けられたら魔族はどう思うか。

 死の宣告に等しいだろう。

 あの森のなかの小さな家の前で起きたときのように、エルリネは精神的に弱いところがある。

 封印魔法を掛けられた瞬間、砕けるかもしれない。

 心が。


 エルリネは封印魔法発祥の意図としては「死ぬ前に封印魔法を掛けて、子孫に魔石として残るようにした」といっていた。

 つまり儀式的になにかやるのではなく、回復魔法(ヒール)的な気軽さで使えるのではないだろうか。

 話している間に、封印魔法を使われる。

 それが実際に効果があるかはともかく、やられた側には多大な精神的負荷が掛かる。

 

――知的好奇心のためなんかに、エルリネを壊したくない。

 メティアと一緒に、性的な意味で滅茶苦茶にしてやりたい的な妄想は少ししたりはするが、生前は彼女いない歴から分かる通り、女性を知らない。

 だから具体的に滅茶苦茶にするというのが思いつかない。

 まあ、うん。

――妄想って綺麗だよね、うん。


 エルリネを見ると、下唇を噛んで涙目でプルプルとチワワのように震えていた。

 つり寝床の布を巻いた姿ではなく、ちゃんとした例の民族衣装っぽい服を着ていた。

 髪型はいつものポニーテールではなく、ロング。

 いつもと違う髪型を見ると惚れ惚れとするのは、きっと世の中の男性は思うだろう。


――うん、エルリネはロングも似合う。


 惚れ惚れとエルリネを見ていたところ、彼女が抱き着いてきた。

「怖かったよー」と体格が違う俺に、アメフトのタックル宜しく体当たり。


 思わず「ぐえあっ」と悲鳴が出たところで、俺の一張羅に涙と鼻水を擦りつける。

 冷静に「……汚ねぇ」と思う、俺はきっと悪くない。


 そして彼女に両脇を持ち上げられ、エルリネが立ち上がって必然と俺の目線が上がる。

 また、俺の腰に例の「猫の額をぐりぐりー攻撃」をされる。

 本当にこのぐりぐりはなんなのか。

 愛情表現か何かなのか。


 とりあえず背中をポンポン叩いて、慰めればいいのだろうが、手が届かないので頭をポンポンと撫でる。

 それからしばらく、彼女の嗚咽(おえつ)が洞窟内に響き渡った。


――俺との旅で彼女の泣き癖は、改善させた方がいいかもしれないな。


 明日から我流の二刀流の体捌きと、魔法を教えよう。

 呪われた(と思われる)黒曜石(製っぽい)ナイフ一本では限界がある。

 例え彼女に種族特性とかを強化する『精神の願望(マインドデザイア)』があろうとも。


――ところで、何か忘れている気がする。


 なんだっけか、と思って『十全の理』を見て思い出す。

天空から墜つ焦灼の槍(ツァーリ・ボンバ)』と『天雷(ディヴァイン)裁終の神剣(オーバーシューティング)』の解除をし忘れていた。

 魔法の発生を解くには、視界に入れる必要がある。

 外へ出るためにとにかく泣き止ませることに終始し、泣き止んだのは体感三十分後のことだった。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「エルリネ、落ち着いた?」と俺は『天空から墜つ焦灼の槍』と『天雷、裁終の神剣』を解除したあとに問う。

 解除したことにより、上空のバチバチィッと紫電を纏い帯電した剣は消え、雷雲も散った。

 また、光球も霧散し、あとには真っ青に冴え渡った快晴が続く。


 そんな中エルリネの様子は泣き止んではいるようだが、項垂れており、洞窟の壁を背に体育座りをしている。

 ……朝食狩りに行って、置いて行ったの拙かったよなあ。

 自分の魔法陣の実験の意図があった。

「リモートが出来るか否か」だ。

 結局は出来ず、命令通りの自動起動を祈った結果、ちゃんと起動していて助かったということだった。

 意味はあった。


 が、それを言い訳には出来ない。

 怖い思いをさせてしまったのは事実だ。

 俺は怖がらせてしまった本人だ。

 彼女に近づいて、肩を抱く権利などあるわけない。


 項垂れている、彼女を見ないようにした。

 ひとまず、ここで足を止めておこう。

 そう思って、俺は焚き火を作る。


 生活魔法は使えない。

 だが、代わりに精製された"魔法を使うのに特化させた"魔力で、火種を作る。


「『魔力装填:赤熱の刃』っと」


 右手に「赤熱の刃(レッドブレイド)」を付与し、木枝に触れ続ける。

 "ボッ"という音と共に枝に火が発生した。

 無理に生活魔法という括りを使わずに、それ専用の魔法があるならば、それを使えばいいのではないかとあの女性の首を断ったときに思った。


 ということで早速「赤熱の刃」を装填した右手で枝に触れてみれば、このように成功した。

 これで俺も立派な生活魔法使いだ。

『火』だけだが。

 あとは『風』だが、魔法陣2種類だけで十分だし、少なくとも現状家庭は持てない。

 生活魔法の風を使う場面がないので、そのままにしておく。


 俺が火種を作ったとき、衣擦れの音がしてエルリネの方へ振り向けば、ぼんやりとした目で俺を見ていた。

「エルリネ……?」と聞いても無反応で、作った焚き火を見ていた。


 そしてエルリネが小さく消え入りそうな声音で呟く。

「ご主人様、生活魔法使えるようになったんですね」

「うん、『赤熱の刃(レッドブレイド)』使ったらどうなるかなーとおもって、実践したら出来た」


「じゃあ、私要らない子ですね」

「…………うん?」

「だって私にあって、ご主人様にないものは生活魔法だけじゃないですか」


 何言ってるんだお前は。

「何を……言っ――」

 言葉を返す前に被され、

 エルリネの感情が。


「だってご主人様は何でも知っているじゃないですか。

"日本語"とかいう言語も、つり寝床という私の知らない道具の使い方も知っていました!

私のほうが長く生きている筈なのに、私が知らないことを識っている!


……自衛魔法とかは幼い時に学びました。

それでもさっきのようなことがあったら諦めろと常々言われてました。

街で女性を強姦している現場に、出くわしたこともあります。

同じ女性として助けたいと思いました。

でも、自衛魔法しか持っていない私に、そんなことを出来る勇気なんてありませんでした。

だから、いくら魔法の強化があって人一倍腕力があっても、怖いものは怖いのです。


先ほどの場では諦めたいと思いました。

ただでさえ、身体が震えて短剣を落としそうになりました。

でも、この短剣がご主人様から下賜されたものだと思ったら、震えが止まりました。


……でも、同時に思ったのです。

私はご主人様のなんなんだろうと。

『奴隷』?

ご主人様は私を『対等な存在』だと言いました。ですので、『奴隷』ではありません。

では『対等な存在』である私が、ただの足手まといでいいのかと。


そんな私の気持ちをよそに、この短剣は人を切りました。

面白いぐらいに切り裂いていきました。

気分が良くなりました、でも、それは。

ご主人様の力を使っている、ただの足手まといの技術です。

更に言えば、ご主人様は私に『前衛要塞(フォートレス・ヴァンガード)』を使ってましたよね。

私の身体に奇妙な文字配列で描かれ、幾重にも重ねられた障壁が私の周りを囲っていました。

それを見て思ったのです。


『自分は、自分の身を守れない穢らわしい魔族だ』と。

そして助けに来てくれたとき嬉しかったです、でもそれ以上に『前衛要塞(フォートレス・ヴァンガード)』が無かったことによって、ご主人様が怪我をしていた。

『対等な存在』ではなく、『奴隷』としてもやってはいけないこと、それは奴隷である自分のために、主人が傷つくこと。


私はなんなのですか。

『性奴隷』ですか。

でも、ご主人様は私のことを犯しませんよね。

私は『奴隷』以下なのですか。

私を足手まといではなくて、一人前として見てくれるところはどこですか。

"女"として見てくれるのであれば、犯して下さい。

お願いです。

心が壊れそうなんです。

私のどこを頼りにして頂けるのですか」


 今までの鬱憤が溜まっていたのだろう。

 有無を言わせない力がここにあった。

「…………、」


「怖いのです。

足手まといだからといって、捨てられるのが。

ご主人様は私に、奴隷紋の『精神の願望(マインドデザイア)』を施して頂きました。

でも、それはご主人様の手によって簡単に外せるもの。

簡単に私を放逐出来るのでしょう。


あのときに言った『ご主人様と想いを共有したい』ということは本音です。

でも、ご主人様は私の気持ちは共有してくれない。

私がどんなにご主人様と共にいたいのか、どれぐらい好きでどれぐらい繋がっていたいか。

好きな匂いだと言ってくれたこの匂いも、全てご主人様を想ってです。


心のない人の手に渡り、奴隷として生きて最期に魔石になんかされたくないです。

足手まといだからといって捨てられて、漂泊して結局捕まって性奴隷とかやらされて魔石にもなりたくないです。

とても優しくて、初めて私がずっと一緒にいたいと想った、ご主人様と一緒にいたいです。

私がご主人様に勝てるところはどこですか。

私がご主人様の心に残れるのはどこの分野ですか。


ご主人様には奥様がいらっしゃいます。

お姉さまもいらっしゃいます。

母上さまもいらっしゃいます。

私はどこですか。


寿命で亡くなるまで一緒に、という約束はどこで信じればいいのですか。

奥様がいらっしゃるご主人様に、とても非情なお願いだと思います。

ですが私を捨てない、という契約が欲しいのです。


――お願いします。私に"一夜の契り"をください」



 彼女の問いの応えとして俺は。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 ひとまず彼女の額を裏拳でべしっと叩いた。

「あいたっ」って声がした。

 そして俺は「…………はー」と息を吐く。

 なんて面倒なことを考えているんだ。

 俺が捨てるとか捨てないとか。

 彼女には言っていないが、生前は物持ちがいい人間だった。

 いや、捨てるに捨てられない性分というべきか。

 とにかく、そういう人間だった。

 それなのにこいつは……。


「エルリネの捨てられたくないという気持ちは分かった。

だが、足手まといだということは考えたことはないから、安心してほしい。

あと、『対等な存在』いや『友達』だから助けるんだ。

無償の愛って奴だ。

契りについては……、済まないが今は無理だ。

旅をしなければいけないし、もしここでやって子どもが出来たらどうする。

そういうことを踏まえて無理だ。

せめて、別の国へ行って安心して子育てが出来る環境が必要だ」


「…………、なんでそんな風に考えられるのですか」

「んあ?」

「……女性が契って欲しいと言うんですよ。襲いかかるのが男性って生き物じゃないんですか」


「据え膳食わぬは男のなんとやらと言うが、少なくともこの現状で手を出すほど狂ってはいない」

「据え膳……、ってなんですか?」


「……"女性のほうから言い寄ってくるのを受けないのは男の恥"ってこと。

だが、冷静にこの状況下を考えよう。

この国で魔族が子作りしたとして、とっ捕まる可能性がある。

森のなかでどうにかする?

さっきのような連中がいるかもしれない、となると、やはり別の国へ移動する必要があるってことは性狂いでも分かるはずだが……?」


「ご主人様はやっぱりおかしいです。

なんでそのように考えがつくのですか。

ご主人様、私よく忘れがちになりますけど貴方六歳ですよね?」


 そのように考えつく人、魔族ぐらいしかいないよと視線でそう言ってくる。

 それに対する返答は。

「言っておくが、俺の両親はれっきとした人族だからな。魔族ではないぞ」

 話を兎角続ける。


「子作りしたい契約については、とにかくこういった現状だから約束も含めて信じて貰うしかない。

まあ村に帰ってメティアを迎えに行って、その際にエルリネも紹介したいと思う。

その時でよければ、是非お願いしたいところでもある」


 二人、いや姉さん入れて三人か。

 俺の感情(あくま)が非常に喜んでいるが、理性(てんし)は冷めた目で見ている。

 お前の心はメティアだけじゃないのか、と言っている。


――この場では仕方ないだろう?!


 と、悪魔と俺が声を荒げるが、天使はやれやれと肩を竦めるだけだった。


「あと、足手まといの件だが、そうなりたくないと想うなら俺の体捌きを学んで欲しいかなと思う」

「体捌き……?」


「簡単にいえば二刀短剣術。少なくとも現状の俺は六歳なだけに体捌きは素人に毛が生えた程度だ。

だが、既に大人な体型をしているエルリネなら、きっと多分俺が頼っちゃうぐらい見事なものになると思う」

「…………、」

「とにかくこれらは、明日からだ。

今日は疲れているだろう、今日はここではなくて別の木々を探して、つり寝床を設営して寝よう」


 と、提案したが、

「いえ、ご主人様。今日からやりたいです」

 と、却下された。


 一応「……ちなみにご理由は?」と、理由を聞く。

「捨てられたくないので」

「いや、捨てないよ?」

「ご主人様と共に添い遂げるためにも、強くなりたいのもあります」


「ああ、そう。うん……じゃあ今日から行こうか。

まずは悪路走破から行こう、終着点は岩山の麓ね」

 この距離から約五百メートルだ。

「そうだな、悪路走破だけじゃ面白みがないから……。

うん、もしエルリネが先に終着点に付けば、今日の就寝時に抱くなり何するなり好きにしていいよ」


「…………えっ」

 ぱああああっと彼女の顔がひまわりのような笑顔になる。

 喜びに満ちているようだ。

 この娘、先程まで沈痛な面持ちで告白してきたけど、変わり身かと思うぐらいに表情がコロコロ変わる。

 メティアと姉さんには無かった特徴だ。

 あの二人はよくも悪くも、感情が一定だからなぁ。


 彼女のお尻からクリーム色の犬のしっぽが生えて、ぶんぶん振られているような幻覚が見える。

 嬉しそうに走るため用の俺が教えたストレッチをやっている。


「……但し、俺が勝ったらなし」

 と言うや否や、しおしお~と青菜に塩漬けされたかのように暗くなる。

 彼女の褐色肌と相まって、非常に不健康に見える。


 とりあえず、

「ちょっとだけ待つから、ほら走った、走った」

 と、急かすが自信なさげな犬のようにこちらをじいっと見る、エルリネ。


 振り向き方が、生前に飼っていたラブラドールレトリバーを思い出す。

 つぶらな瞳なところがそっくりだ。

 思わず、フッと微笑う。

「ま、頑張れば、頑張ったで賞をあげるから。

ほらほら、行った行った、……早くしないと、俺が走りだすよ」


 で、またエルリネの顔がぱああああとタイムの花のように明るくなって、そのまま走り始めた。

獄炎(ヘルファイア)」で殆ど更地にした森だ。

 危険な崖などは特になかった。

 そして、俺も走りだす。

 狙うは彼女の真後ろを追跡。


 走りだしてから数十秒、『魔力装填:重力』を足に付与させているだけあってド安定の走り。

 そして、彼女に追いつく。


「ほらほらーエルリネー頑張らないと、食べちゃうぞーがぶー」



とりあえず、今話はこれで終わりです。

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