薄荷の匂い
説明回です。
木の実のほか食べれる草や、虫をエルリネの指示で採る。
生前では芋虫みたいな生き物を食べることに嫌悪感があったが、こういう生活をしていると忌避感はなくなるようで、パンパンに詰まった身を見ると美味しそうに見えてきた。
つまみ食いをしたくなるが、エルリネも食べたくなるだろうから、ここは我慢する。
何事もなく無事に木の実や草、虫を捕りライオンの死体が待つところへ向かう。
ライオンは他の動物に食い荒らされることなく、そのまま残っていた。
運が良かったのか、それとも『電磁衝撃』で、この森のハイエナ的なモノまで殺したか。
判断は付かない。
どちらにせよ、残っていたことは運がいい。
早速食べる用意をする。
猫を黒曜石で解体していく。
結構血腥く、最初の内は嘔吐していたがもう慣れた。
エルリネはこういう生活を慣れてなさそうだったのだが、しれっと生活魔法の風を使い解体していた。
前足と胴体と後ろ足で分けて、エルリネに生活魔法の火を出して貰う。
火で後ろ足を炙り、柔らかくしてから「柔らかいから、食べてみなよ」と言ってエルリネに差し出す。
エルリネが、恐る恐る一噛みしてみれば、彼女の犬歯があっさり猫の皮を破り、肉を千切る。
その食感に感動を覚えたのか、彼女の顔が花のように咲いた。
まぐまぐと食べているところで、彼女特有の薄荷の匂いが鼻孔を擽る。
気になったので薄荷の匂いについて聞いてみた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
聞いたとき、花が咲いていた彼女の顔が萎れた。
「臭かったですか……?」
「いや、臭いのではなくてね。
スーッとした甘い匂いで好きな匂いだからさ。
よく嗅ぐし、どんなときの匂いかな。と」
と、言葉を選んで聞く。
「森人種の体臭です。
他の森人種は、甘い甘い花の匂いがするのですが、私はこんな変な臭いでごめんなさい」
変な臭いだと……!?
薄荷すなわちハーブの香り。
ペパーミントはもとより、ユーカリにローズマリーとか好きなんだぜ!
というか、エルリネの匂いは薄荷というよりユーカリに近いな。
尚更好きな匂いだ。
生前、母の趣味でハーブ畑を作ってた際に、出会ったユーカリという匂い。
一時期、目覚まし時計とユーカリエキス入りビンを括りつけて、一日の始まりは「ユーカリから」と標語を作ってしまうぐらいにユーカリ中毒だった。
ユーカリエキスをティッシュに垂らして、スーパーとかによくある豆腐を入れる際のビニール袋に入れて、顔突っ込んで「スーハー」とかどこのヤク中だろうか。
「いやいや、そんな卑下しない。
第一、俺は甘い匂いだと言ったよ。
変な臭いとは言っていない」
「……でも」
「でもじゃないって。
それとも、貶めて欲しいの?」
「……つまり、貶す材料があるってことですか……?」
「ほう、そう来たか」
萎れて泣きそうな顔をしているエルリネ。
この娘、もうちょっと姉さんや婚約者のように神経太くないと駄目なんじゃないかな。
それとも、俺相手だから気張らずに素が出ているってことか。
婚約者がいる俺だが、目の前の娘に立ち直って欲しいから敢えてやる。
――浮気なんかじゃないからねっ。
と、心のなかで幼馴染に言い訳しながら、彼女の正面に座って抱く。
俺の顔は彼女の首の近くに置き「ほら、臭いのが嫌だったらこんなことしないでしょ」と、彼女の耳に届くように話す。
「この匂いはね。好きな匂いなんだ。故郷を思い出させてくれる匂い。
故郷で一番嗅いでいた匂い。
その匂いを出す、エルリネを嫌う訳ないじゃないか」
一字一句を丁寧に彼女に言い聞かせるように伝える度に、彼女の薄荷の匂いが濃くなる。
彼女は年上だが、こうやってみればこのような反応を示す。
慣れていない、年下のように感じる。
ちょっとだけ、悪戯をしたくなった。
彼女の褐色の首筋をちろっと舐めてみる。
流石に汗は薄荷っぽい味ではないが、汗が薄荷の匂いだった。
舌の上で薄荷の匂いが踊る。
――やべえ、汗が薄荷の匂いを纏っているとか想定外。舐め回したい。
だが、舐め回せないので、ちろちろと舐める。
その度に彼女の薄荷の匂いが一段と濃くなる。
空間の色を視る魔眼の類は持っていないが、分かる。
今、この空間はピンクだ。
生前の世界の"日本"のことは言えない。
この世界基準で言えば、俺の故郷はきっとあの村だ。
それでも、彼女に言わねばならない。
この匂いのことを。
「エルリネ、この匂いはね。
故郷だと『ユーカリ』と呼ばれる樹木があるんだ。
その木はね、傷を癒やす効能を持っていて、そして樹木の汁は殺菌作用と鎮痛・鎮静作用。
……つまり、エルリネのその匂いは傷を癒やして安心させてくれる匂い。
その匂いを臭いと考える奴はいない。
もしいたとしても、俺は絶対に言わない」
と、臭い台詞を吐いた。
自分で言って難だが、俺の台詞は汚物の臭いがする。
俺は魔族というものを見たら、そういう台詞を吐く人間なのだろうか。
彼女の顔は見えない。
彼女の顔を見るべく、彼女の身体を抱いている腕を解こうとしたところ、俺の背中へ彼女の腕が周り、ガッチリホールドされる。
解けない。
仕方がないから、褐色の首筋に鼻を寄せる。
――くんくん、いい匂い!
って、何やってるんだ俺は。
変態か。
変態だった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
俺の胸に結構豊かなエルリネの胸が潰れており、扇情的だ。
更にこの匂い。
これは、襲ってくれと言っているのか。
いや、言わないな。
第一、俺に婚約者がいる。
そのことは既に言っている。
彼女の性格からして、奪う愛はない筈。
つまり、素でやっている訳だ。
お兄ちゃん、コロっと靡いちゃうから止めようねそういうこと。
さて、それはともかく、この薄荷の匂いはどういうときに出すのかと聞いてみたら「自分が安心するとき、相手に親愛を持っている」ときに無意識に出るらしい。
――よかった、警戒の匂いじゃなくて。
匂いを出させるために、警戒させるなんて鬼畜がやることだ。
さて、ひと通り薄荷の匂いを嗜んだところで食事を再開する。
うん、美味しい。
エルリネの花が咲いたような顔も中々魅力的だが、物憂げな顔も中々良い。
ご飯を三杯はイケる。
この世界、お米無いみたいだけど。
食事をして、食べ終わった頃はまだ夕方だった。
寝るには早く、移動するには遅い。
空いた時間なので、彼女に施されていた奴隷紋について、聞いてみることにした。




