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ウェリエの聖域:滅びゆく魔族たちの王  作者: 加賀良 景
第2章-常識-
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薄荷の匂い

説明回です。

 

 木の実のほか食べれる草や、虫をエルリネの指示で採る。

 生前では芋虫みたいな生き物を食べることに嫌悪(けんお)感があったが、こういう生活をしていると忌避(きひ)感はなくなるようで、パンパンに詰まった身を見ると美味しそうに見えてきた。


 つまみ食いをしたくなるが、エルリネも食べたくなるだろうから、ここは我慢する。

 

 何事もなく無事に木の実や草、虫を捕りライオンの死体が待つところへ向かう。

 ライオンは他の動物に食い荒らされることなく、そのまま残っていた。

 運が良かったのか、それとも『電磁衝撃(エレクトリックショッカー)』で、この森のハイエナ的なモノまで殺したか。

 判断は付かない。

 どちらにせよ、残っていたことは運がいい。

 早速食べる用意をする。


 (ライオン)を黒曜石で解体していく。

 結構血腥(ちなまぐさ)く、最初の内は嘔吐していたがもう慣れた。

 エルリネはこういう生活を慣れてなさそうだったのだが、しれっと生活魔法の風を使い解体していた。

 前足と胴体と後ろ足で分けて、エルリネに生活魔法の火を出して貰う。

 火で後ろ足を炙り、柔らかくしてから「柔らかいから、食べてみなよ」と言ってエルリネに差し出す。


 エルリネが、恐る恐る一噛みしてみれば、彼女の犬歯があっさり(ライオン)の皮を破り、肉を千切る。

 その食感に感動を覚えたのか、彼女の顔が花のように咲いた。

 まぐまぐと食べているところで、彼女特有の薄荷(はっか)の匂いが鼻孔を(くすぐ)る。


 気になったので薄荷の匂いについて聞いてみた。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 聞いたとき、花が咲いていた彼女の顔が萎れた。

「臭かったですか……?」

「いや、(くさ)いのではなくてね。

スーッとした甘い匂いで好きな匂いだからさ。

よく嗅ぐし、どんなときの匂いかな。と」

 と、言葉を選んで聞く。

「森人種の体臭です。

他の森人種は、甘い甘い花の匂いがするのですが、私はこんな変な臭いでごめんなさい」


 変な臭いだと……!?

 薄荷すなわちハーブの香り。

 ペパーミントはもとより、ユーカリにローズマリーとか好きなんだぜ!

 というか、エルリネの匂いは薄荷というよりユーカリに近いな。

 尚更好きな匂いだ。


 生前、母の趣味でハーブ畑を作ってた際に、出会ったユーカリという匂い。

 一時期、目覚まし時計とユーカリエキス入りビンを括りつけて、一日の始まりは「ユーカリから」と標語を作ってしまうぐらいにユーカリ中毒だった。

 ユーカリエキスをティッシュに垂らして、スーパーとかによくある豆腐を入れる際のビニール袋に入れて、顔突っ込んで「スーハー」とかどこのヤク中だろうか。


「いやいや、そんな卑下しない。

第一、俺は甘い匂いだと言ったよ。

変な臭いとは言っていない」


「……でも」

「でもじゃないって。

それとも、(おとし)めて欲しいの?」

「……つまり、(けな)す材料があるってことですか……?」


「ほう、そう来たか」

 萎れて泣きそうな顔をしているエルリネ。

 この娘、もうちょっと姉さんや婚約者(メティア)のように神経太くないと駄目なんじゃないかな。

 それとも、俺相手だから気張らずに素が出ているってことか。


 婚約者(メティア)がいる俺だが、目の前の娘に立ち直って欲しいから敢えてやる。


――浮気なんかじゃないからねっ。


 と、心のなかで幼馴染に言い訳しながら、彼女(エルリネ)の正面に座って抱く。

 俺の顔は彼女の首の近くに置き「ほら、臭いのが嫌だったらこんなことしないでしょ」と、彼女の耳に届くように話す。

 

「この匂いはね。好きな匂いなんだ。故郷(せいぜん)を思い出させてくれる匂い。

故郷で一番嗅いでいた匂い。

その匂いを出す、エルリネを嫌う訳ないじゃないか」


 一字一句を丁寧に彼女に言い聞かせるように伝える度に、彼女の薄荷の匂いが濃くなる。

 彼女(エルリネ)は年上だが、こうやってみればこのような反応を示す。

 慣れていない、年下のように感じる。


 ちょっとだけ、悪戯をしたくなった。

 彼女(エルリネ)の褐色の首筋をちろっと舐めてみる。


 流石に汗は薄荷っぽい味ではないが、汗が薄荷の匂いだった。

 舌の上で薄荷の匂いが踊る。


――やべえ、汗が薄荷の匂いを纏っているとか想定外。舐め回したい。


 だが、舐め回せないので、ちろちろと舐める。

 その度に彼女の薄荷の匂いが一段と濃くなる。


 空間の色を視る魔眼の類は持っていないが、分かる。

 今、この空間はピンクだ。


 生前の世界の"日本"のことは言えない。

 この世界基準で言えば、俺の故郷はきっとあの村だ。

 それでも、彼女に言わねばならない。

 この匂いのことを。


「エルリネ、この匂いはね。

故郷だと『ユーカリ』と呼ばれる樹木があるんだ。

その木はね、傷を癒やす効能を持っていて、そして樹木の汁は殺菌作用と鎮痛・鎮静作用。


……つまり、エルリネのその匂いは傷を癒やして安心させてくれる匂い。

その匂いを臭いと考える奴はいない。

もしいたとしても、俺は絶対に言わない」


 と、臭い台詞を吐いた。

 自分で言って難だが、俺の台詞は汚物の臭いがする。

 俺は魔族というものを見たら、そういう台詞を吐く人間なのだろうか。

 彼女の顔は見えない。


 彼女の顔を見るべく、彼女の身体を抱いている腕を解こうとしたところ、俺の背中へ彼女の腕が周り、ガッチリホールドされる。

 (ほど)けない。

 仕方がないから、褐色の首筋に鼻を寄せる。


――くんくん、いい匂い!


 って、何やってるんだ俺は。

 変態か。

 変態だった。

 

 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 俺の胸に結構豊かなエルリネの胸が潰れており、扇情的だ。

 更にこの匂い。

 これは、襲ってくれと言っているのか。

 いや、言わないな。


 第一、俺に婚約者(メティア)がいる。

 そのことは既に言っている。

 彼女の性格からして、奪う愛はない筈。

 つまり、素でやっている訳だ。

 お兄ちゃん、コロっと(なび)いちゃうから止めようねそういうこと。

 

 さて、それはともかく、この薄荷の匂いはどういうときに出すのかと聞いてみたら「自分が安心するとき、相手に親愛を持っている」ときに無意識に出るらしい。


――よかった、警戒の匂いじゃなくて。


 匂いを出させるために、警戒させるなんて鬼畜がやることだ。

 

 さて、ひと通り薄荷の匂いを(たしな)んだところで食事を再開する。

 うん、美味しい。

 エルリネの花が咲いたような顔も中々魅力的だが、物憂げな顔も中々良い。

 ご飯を三杯はイケる。

 この世界、お米無いみたいだけど。


 食事をして、食べ終わった頃はまだ夕方だった。

 寝るには早く、移動するには遅い。


 空いた時間なので、彼女に施されていた奴隷紋について、聞いてみることにした。



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