毒茸
木の実が成っている枝を最低駆動させた『吸襲風吼』で切っていく。
エルリネが便利ですねと漏らす。
「だろう、自慢の魔法だよ」
――魔法陣だけどな。
と、心のなかで注釈をつける。
この魔方陣について、エルリネは興味を持ったようだった。
「聞きにくかったのですが、ご主人様の魔法はなんて言っているのですか?」
言っている? どういうことだろうと聞いてみる。
「あ、いえ。なんか頭のなかになんとなく、意味みたいなものが頭に浮かぶのです。
その後、発言しにくい言語を話されていて、魔法が発生するので、なんて言っているのかなと」
今更過ぎていたが、この魔法は全て"日本語"で言っている。
この世界にとって"日本語"は異質だ。
だから、エルリネたちには聞き取れない。
――あの村で叩きつけた擬似太陽。分からない言語な上で聞き取れない魔法のイメージをぶつけたわけだ。そら『魔王』降臨と思われるわな。
――どうせ、一生一緒に居てくれると約束してくれたんだ。バラしておくか。転生者だってことだけでも。
――いや、この先に何かあるかもしれない。黙っておくか。裏切られるかもしれない。
――エルリネに選択枝を与えよう。"日本語"を学びたいといえばバラす、という風に。
「むふふふ、聞き取れない言語。エルリネは学んでみる?」
「いえ、ご主人様のお戯れだと思ってますので、結構です」と朗らかに微笑う。
ちょっと残念だが、まあいいだろう。
いつかは、そういつかはバラそう。
"ご主人様"ではなくて『名前』で呼んでくれたときにでも。
ひとりでむふふふと笑っていたところで、例の松茸臭の椎茸を見つけた。
結局あれは、『蟲毒街都』があれば普通に食えるようだった。
舌先がピリピリする感覚が、また病みつきで多分あれはラリってたのだと思う。
それでも、故郷の食感だ。
きっと昔の人のフグみたいな感覚だろう。
毒でも食べたいという意味の。
「おおう、みっけ!」とキノコを毟る。
それを見たエルリネが、俺を止める。
「それ、毒キノコです!」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
エルリネ曰く、致命的なものではないが激痛を走らせるという。
別に食べ合わせが悪いものではないらしい。
ああ、良かった。食べ合わせ関係なくて。
猫が威嚇しているときのようにフーッと鼻息を荒くしている彼女にまあまあと抑えながら、エルリネにお願いをする。
「生活魔法の火出して」
この声にエルリネは即座に反応してくれた。
エルリネが出した火で炙り『蟲毒街都』を最低駆動させる。
その間のエルリネは疑問符を浮かべたような顔をしていた。
それはそうだろう。
自身が『毒キノコ』だと止めたものを敢えて食おうとする、この姿。
悲しいかな。
これ日本人の正しい姿です。
生前に呼んでいたweb小説だと、異世界で味噌、醤油、お米、お酒を頑張って作るシーンが多かった。
日本人万歳的な内容である。
食生活に革命とか。
だが生憎、俺には味噌、醤油、お酒を作る技術も知識もない。
だが、これらにあるのは『食』に対する貪欲さ。
きっとこの世界の人には理解出来ないだろう。
――もし、エルリネが"日本語"を学びたいと言っていたら、まず心構えとして一緒にこのキノコを食っていたかもしれない。
などと、自分に言い訳しながら、もいだ木の実を潰し汁をかけて一口で口に入れる。
エルリネの目が驚愕に見開かれる。
毒キノコと言った傍から食ったのだ。
そりゃ驚く。
「駄目です。吐いてください!」と心底、心配してくれている。
大丈夫、大丈夫と抑えながら咀嚼する。
「うん、相変わらず舌がピリピリするだけで、美味しいなこれは! 癖に――ぐえっ」
「駄目です吐いてください! ご主人様死なないで!」
胃に向けて腹にブローを貰った。
中々に強烈な一撃で、意識が刈り取られた。
ブラックアウトする視界に最後に映ったのは、エルリネがおろおろしていて、その姿が何故か幼馴染に見えた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
俺が目覚めたとき、エルリネはその柔らかい唇で俺の唇を塞いでおり、彼女の艶めかしい舌が、俺の舌を蹂躙していた。
――?!
余りの出来事過ぎて頭が追いつかない。
――あれこの娘、姉さんと同じ肉食系!?
彼女の蹂躙している舌から魔力を感じた。
俺の魔法と違い、意味もイメージも沸かない。
ただ、魔力が使われている。
それも魔力を使うピリピリとしたあの感覚ではなく、優しく温かい魔力。
例えるなら森または生命力。
ただ、意味もイメージも沸かないため、どんなものかは分からない。
俺の舌が彼女の舌から離れようとするも、蛇のように絡みつく。
逃げる俺の舌を、めくり上げるように裏に絡む。
逃げられないようだ。
逃げられない状態のまま、魔力を込められる。
起きてはいたが、彼女が目を閉じて祈るように接吻をする。
きっと、毒キノコで死ぬと思ったのだろう。
――大丈夫だよ。
と、彼女の接吻を止めようとしたところ、彼女の舌が動いた。
俺の舌だけではなく、上下の歯や頬などを舐め上げられた。
そしてぢゅるっと舌を引き抜かれ、彼女の唇から生じた涎と俺の唇の涎が合わさり糸を引く。
その光景は中々淫靡であった。
ふぅとエルリネは息を吐いていた。
そしてこちらを見ずに、今度は笹の葉のような細い耳で俺の胸元を刺激する。
ぐりぐりと、猫が顔を押し付けるように。
この光景は幼馴染があの教室の暗がりでもやっていた。
2人とはいえ、知り合いの魔族がやった行為だ。
何か理由があるのかもしれない。
とにかく褐色肌の姉さん型肉食系女子の魔族に心配を掛けさせているのは事実だ。
すぐに起きていることを悟らせる。
やりかたは、ただ頭を撫でるだけ。
頭を撫でた瞬間、「ビクッ」と肩を震えられたが、直ぐに「ご主人様」と言って抱きついてきた。
心配していたであろうに、無事だと分かったら即甘えてくる。
この娘の素はきっとこの甘えてくる部分なんだろう。
なにせ撫でるだけでふにゃあと蕩ける。
表情も蕩ける。
そしてこの薄荷の匂いである。
なに、この可愛い生き物。
俺の中のダークエルフ像が崩れる。
キリッとした目つきで、エルフと違って剣術と魔法に特化したイメージだったのが、こんなに蕩ける娘とは。
いや、きっとこの娘だけかもしれない。




