理解者 -I-
夕焼けの光が檻の中の俺と俺の膝に頭を載せている女性を照らす。
最初は腕で抱いていたが、俺以上の身体の大きさを持つ女性だ。
六歳の体力では抱き続けることが出来ない。
腕がプルプルする。
なので、苦肉の策として膝枕だ。
膝枕だと分かる女性の特徴。
青みがかった白髪ではなく、銀髪。
褐色の肌。
そして、耳が笹の葉のように長く尖っていた。
つまり、この女性は森人だが褐色肌なので、ご多分にもれず影森人だろう。
俺の好きな種族の内の一つである。
思わず、胸の中でうっひょひょーいと奇声を上げた。
結果論だが、死なれていたらトラウマになっていただろう。
そんな、女性が俺の膝の上にいる。
冗談抜きで襲いかかりたい。
理性は「婚約者いるんだから駄目だぞ!」と叫んでいるが、感情は「ほら、お前が黒歴史ノートに書いた理想のヒロインの内の一人の種族だぞ。ヤっちまえよ。奴隷だぞ奴隷」と囁く。
――うごごごごご。
脳内でとうとう天使と悪魔が戦争し始めた。
そんな中、膝の上の彼女からすぅすぅと寝息と共に、エルフ特有の甘い匂いが漂う。
村にいたエルフ系の女性も匂わせていた匂い。
その女性に聞くと安心しきった際に、無意識に出る匂いだという。
その話を聞いて、思わず「ああ、発情の匂いとかああいう系の」と心のなかでひとりごちた。
つまり『この場は自分にとって安心・安全な場所ですよ』と同族に知らせるマーキングのようなものらしい。
だから、エルフ系が済む家は特有の甘い匂いがするし、エルフ系の人の伴侶からこれもまた独特な匂いがする。
そう思うと理性と感情の喧嘩がどうでもよくなった。
彼女は俺のことを『安心・安全な場所』と思ってくれたのだ。
それを自ら壊そうだなんて、どうして出来ようか。
彼女の頭をゆっくりと撫でる。
むにゃむにゃと彼女が唇を動かす。
何を言っているか分からないが、聞いても仕方がないのでそのまま頭を撫でる。
撫でながら視線を動かし、彼女の姿を見る。
民族衣装のような独特な模様の服を来ており、色は赤と黄色を中心にした色だ。
胸元は下品にならない程度に開いており、中々大きい。
胸から下もバランスがよく、いい肉付きをしている。
特殊な性癖でない限り、大抵の人であれば好むであろう健康的で且つ扇情的な女性だった。
ちなみに、この甘い匂いを生前で例えると薄荷の匂いだ。
スーッとするが甘い匂い。
これで警戒の匂いであったら泣くしかない。
結局彼女が起きるまで頭を撫で続けた結果、その間の薄荷の匂いは濃くなっていた。
毒々しいほどに甘い匂いでありながら、奇妙なことに薄荷も混じる。
村では無かった体験である。
『世界』はとっくに閉じており、屋外であるはずなのに匂いが散らない。
そんな中彼女が起きたのは、日が暮れに暮れてとっぷりと夜闇に覆われたときだった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
起きた彼女が、俺の膝の上から上半身を上げる。
きょろきょろと寝ぼけ眼で首を振り、周辺の状況を確認している。
口から寝涎が垂れている。
中々はしたない姿だ。
思わず、ハンカチで勝手に口元を拭く。
その所動が予想外だったのか、彼女がビクッと震えて、俺を見る。
段々と寝ぼけ眼だった目に理性の光が灯り始める。
そして恐怖を覚えた顔で後退りをする。
当然だ。成り行きでとはいえ、奴隷商とそのほかを全滅させた。
その姿は恐怖の権化として映るだろう。
仕方ないとは思う。
「ご主人様、すごいです!」と言われたがっていたが、正直本当にやり過ぎた。
三ヶ月前のも、やり過ぎたことが原因で、村を追い出された。
いつまで経っても、学習しない俺が恨めしい。
努めて彼女に恐怖を与えないように、抑えて話す。
「怖い思いをさせて、ごめん。
……いま、この辺りは狼が一杯いるから出来れば朝に移動するといいよ。
俺は……、うん。今出て行くから。
これ、そこら中にいる狼の肉だから、食べても大丈夫だよ」
と、言って彼女に冷凍食品となった狼二匹を置く。
――こうなったら、とことん堕ちよう。
堕ちた先は何があるのか。
安寧の地を見つけられず、きっと婚約者が愛想を尽かしてしまうだろう。
婚約者以外を想ったから、こうなったんだろう。
こんな俺に婚約者を持つなんてひとでなしだ。
この檻に入る際に壊した入り口から、出る。
涙で視界が歪む。
久しぶりに人と話せると思ったけど、やはり俺の両腕と頭と声は血塗られているのだ。
洗い落とせるか分からない。
婚約者をお姫様抱っこ出来るようになるころには、洗い流せているだろうか。
その時、後ろから衝撃が来た。
倒れそうになったが、不思議なことに衝撃のほうが踏み留まったお陰で倒れずに済んだ。
思わず首だけを後ろに振り向かせると、彼女が腰の服を掴み握って頭を垂れて、
「ごめんなさい、怖がってごめんなさい」
と、彼女は俺に泣いた。
俺より背が高い彼女からこぼれ落ちた涙が、俺の頬に辺り伝う。
努めて彼女に「大丈夫だよ、気にしてないよ」と伝える。
それでも彼女は泣き続ける、命の恩人なのにごめんなさいと。
恩人だなんてそんな。
成り行きで全滅させた。
ダークエルフという種族が好きだ。
大好物と言っていい。
だが、それ以上にあのブタに殺される『魔族』という存在が、婚約者と重なったのだ。
だから、殺した。
気にしていない。
助けなければ、夢見が悪いのと同時に婚約者が死ぬと思えた。
だから、助けた。それだけなのに。
彼女から謝罪を受けている。
そうじゃない。
俺がやっただけなのに。
なんで、彼女は自分に責があるように言うのか。
「謝罪は止めて欲しい」
と、気にしていないことを前面に出すが、彼女から問われたことに、思考が停止した。
「――では、何故それほどに悲しそうなのですか。
ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。
怖がってごめんなさい。
私のせいで悲しくさせてごめんなさい」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
悲しくなんかない。
気にしてなんかいない。
本当だ。
ただ、久しぶりに敵意も害意も悪意もない相手と話せるのだと思って、勝手に期待しただけなんだ。
恐怖の大魔王のように、恐怖を振りまく存在が、実は人と話をしたい。
寂しさを紛らわせたい。
一人は辛いだけだから。
勝手に期待して、勝手に裏切られたと思って自己嫌悪に陥った恐怖の大魔王。
本当は姉さんと幼馴染と旅したかった。
父さんが帰ってきたときの、家族の団欒で父さんが言っていた、前衛が姉さんで後衛が俺というパーティー組みたかった。
でも、母さんがいた。
母さんがいたから、その言葉をぐっと飲み込んだ。
「一緒に行こう」という言葉を。
だから"約束"という言葉で自分を誤魔化した。
寂しいけど、"約束"があるから寂しくないと。
俺は、生前の六歳は何をしていた。
友達と遊んでいた。
「かげおに」、「いろおに」、「たかおに」、「キャッチボール」、「どんかく」、「なわとび」か。
死の直前から二十年以上前だから、それ以上は思い出せない。
無邪気に遊んでいたあの頃に、旅をしろと言われていたら。
狂った。
間違いなく狂っていた。
俺は生前の二十七歳の記憶がある。
だから二十七歳の記憶のお陰で狂わずにいられた。
寂しい。
辛い。
だから、勝手にこの女性に夢を見たのだ。
寂しさを紛らわせて、くれる女性だと。
相手の都合を考えずに。
そんなんだから、『魔王』になるんだ。
都合を考えないから。
だから、寂しくない。
彼女の都合を鑑みれば、寂しくないから一人で歩いて欲しい。
これ以上、俺の傍にいて貰うと俺が壊れる。
狂ってしまう。
一人で生きていけるんだ。
お願いだから。
いないで。
あっちいって。
『魔王』なんかになりたくない。
俺は人間なんだ。
都合を見て生きる人間なんだ。
ちょっとばかし"作者"として世界を作れる、ただの人間なんだ。
『魔王』なんかじゃない。
『勇者』でもない。
俺は『人間』なんだ。
お願いだ。
助けたのは悪かったから、お願いだから消えて欲しい。
俺は寂しくない。
君は悪くない。
『魔王』として自覚を持った、俺が悪いんだ。
だけど、人間としていたいから。
それなのに彼女は俺を抉る。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「あなたという恩人を悲しませた私をあなたの手で殺して下さい。
私を奴隷として殺して下さい。
気が済むまで辱めてください。
気が済まないのであれば、その上で殴り殺してください。
私は、魔石となり死体を残さない種族です。
恩人の心を抉った私は生きていて意味がないのです。
奴隷は主と共に生きる存在です。
私はどういうわけか死なず、今あなたがいます。
私はあなたを主人と認めます。
だから、私に仕事をください。
あなたの想いをぶつけてください。
殺意、敵意、害意全てをぶつけてください。
私はそれを受けた上で、あなたと共にいさせてください」
ちがう。
彼女はどういうわけか奴隷になった女性だ。
だから、これは本心じゃない。
本心じゃないことを言わせる俺は、『魔王』じゃないか。
「いやだ、俺は『人間』だ。人間なんだ。そんな本心じゃないことを言わないで」
俺の意思に呼応するように『十全の理』が顕現する。
今の俺は、彼女に対する敵意、悪意、害意、殺意などはない。
あくまで拒絶したい。
「嫌だ、そんなこと言わないで。寂しいから辛いから言わないで。
来ないで、来ないで辛いから。言わないで、言わないで寂しいから」
君は奴隷なんかじゃ、ない。
「君は奴隷なんかじゃない。紋様は俺が壊した。だから君は奴隷なんかじゃない。
対等な存在だ。だから、君は一人で歩けるんだ。俺みたいな気持ちの悪い子どもの傍に付かないでいいんだ」
「対等な存在であれば、なおさらです。私はあなたとともにいたい。
これは奴隷としてではなく、私が放っとけないと想ったからです。
……信用出来ないですよね。
ですから、お願いします。
私にあなた専用の従属奴隷の紋様を描いて下さい。
あなたに罪が及ばないように。
そしてあなたの寂しさと辛さを、この身で共有させてください。
私一人でなにも出来なくても、あなたと共に泣くことは出来ます。
共有しましょう、私と」
彼女は言葉を一旦切り、
「それに私は、この肌とこの耳です。
奴隷身分から開放されても、すぐに捕まります。
そしてこの森人種の見目麗しさで、捕まったら弄ばれます。
弄ばされて、封印処理を施されて魔石にされます。
ですから、対等な存在して扱って頂けるであろう、あなたと共に歩むという下心もあります」
といって彼女は俺を胸に抱いた。
感触と薄荷の匂いが合わさり、俺は幻をみた。
あの濃い森の匂いと揺れ椅子の上で母さんが俺を抱いて子守詩を唄っていたあの頃を。
あのときの詩は覚えている。
――貴方がこの世に産まれてくれてありがとう
――この先貴方にもたくさんの絶望と苦痛があり
――この先貴方にはたくさんの希望と喜びの未知がある
――誰が嫌おうともわたしは貴方の味方だから
巡る巡る子に祈る加護。
――母さん、ごめん。
今更謝っても遅い。
彼女の心は壊れて、俺が何を言っても聞いてくれなくなった。
俺もいま、寂しくて辛くて壊れかけて狂っていた。
「森人さん、聞いてくれるかな」
「ええ、聞かせて下さい」
「母さんに今まで抱きついて、甘えたことなかったと思う。
何するにしても、姉さんがいたし。母さんのことを想ったらさ、俺非道いよね」
「非道いですね。それでも、お母さんはあなたのことをとても大事にしていたとおもいます」
「なぜ」
「子どもを愛していなければ、子どもはそれに一生気づきませんから」
そっか。
「森人さん、まだまだあるんだ。聞いて欲しいこと」
「ええ、聞かせて下さい。あなたの想いは私の想いですから。
あなたの恨みも辛みも嫉みも、なにもかも私をこの身が全てを包み、御身を支えます」




