約束 ★
結局、殆ど寝れておらず、泣き疲れて寝たようなものだった。
もう、姉さんには甘えられない。
抱きつかれて寝て「暑い暑い離れて」と言っていた頃が懐かしい。
そんなに時間は経っていないのに、懐かしく感じるぐらいに恋しい。
そう思っていたところ、姉さんが俺の様子を見に来たのか部屋に入ってきた。
無言で、俺の傍に寄り、下着姿で抱きついてきた。
「ミル、おきて。
ミルが起きないと、私独りだよ。
……ひとりぼっちは、嫌だよ」
物悲しい一言だった。
「ひとりぼっちは嫌だ」と言う彼女に向かって、俺は今日別れを告げるのだ。
――もう会えない、と。
相変わらず姉さんの潜在属性の所為なのか分からないが、とにかく体温が高い。
暑くて暑くて離れてほしい、でも今日が最後なんだ、この温もりは。
「姉さん、起きてるよ」と俺は姉さんに応えた。
「……ミル」
「おはよう、姉さん。
……下着姿は目に毒だから、ほら着替えよう」
「……うん」
と、言ったものの着替えなんか持っている訳がない。
どうしたものかと悩んだが、どうにもならない。
その時、お婆さんが部屋に入ってきて、俺と姉さんに服を貸してくれた。
なんでも、村長さんにいた息子さんと娘さんのものらしい。
綺麗な服を着てから、俺と姉さんは部屋を出て、食堂へ向かった。
朝飯は当然というべきか間に合わせではなく、ちゃんとした食事だった。
黒パンと目玉焼きに猪の肉と野菜のスープ。
生前の世界の料理も美味かったが、この世界の料理も中々良い。
化学調味料的なものが一切ない割には、味の素的な味がある。
なんというか、生前の生活基準的にも飯には五月蝿いことは出来なかったので、具体的な例えは出来ないが、とにかく美味い。
美味い美味いと食っている横で、姉さんは食事に手を付けていなかった。
とても沈痛そうな面持ちで、俺を見ていた。
――もしかしたら、彼女は既に俺が出て行くことを知っているのかもしれない。
だとしたら話は簡単だ。
守護れなくて、約束も一方的に破棄した。
俺のことを幻滅するかもしれない。
幻滅してくれていたら、きっと付いてくるとか言わないで、母さんの元にいてくれるだろう。
本当は未来が空けていた姉さんが進学するべきだった。
でも、こうなってしまったからには仕方がない。
姉さんは、この国の騎士になると言っていた。
そして例の下手人共は、この国の騎士だと言っていた。
下手人の塊に姉さんを引きあわせたら、NTR系エロゲの世界に突入だ。
それだけは、本当に避けたい。
だから、独り善がりの偽善だけど、こうなって良かったかもしれない。
沈痛そうな面持ちでじっと見ていた姉さんは喋りたそうに口を開けるが、言葉は出ていない。
そしてゆっくりと涙を浮かべてくる。
――うん、ほぼ確実に出て行く話を知っている。
と、俺は結論づけた。
この場でしか言えない。
ここを逃すとあとは出て行く寸前のときだけだ。
だから。
「姉さん、非常に言い難――」
「ミル、私ね。
ミルのことが好きなんだよ。弟だけど。
貴方が私を『ねえねえ』と呼んでくれた時がきっかけで、以来ずうっと好き。
お母さんと遊べない私の愚痴を聞いてたミル。
私が貴方を膝に載せて、頬擦りしてても文句を言わなかったミル。
みんなが知らない回復術を使ったミル。
テトと喧嘩したミル。
どれも、私の好きなミル。
学校のときに言ったことだけど、やっぱり好きなんだ。
だから、貴方が出て行くなんてことは、絶対にさせたくない。
出来ることなら、私も付いていきたい。お母さんを置いて付いて行きたい」
発言を被された。
そして、姉さんに結構重たい告白を受けた。
母さんがピンピンしていれば、きっと快く追い出しただろう。
ただ、今母さんは寝ている。
もしかしたら、起きないかもしれない。
ただでさえ、村が死ぬかもしれない危機が迫ってきている。
俺がやってしまったことで。
母さんを世話する暇などない。
母さんも生前の基準で言えば、まだ若いし娼館に売られる危険性もある。
だから、姉さんを連れて行くことは出来ない。
「姉さん、それは無理だよ。
母さん一人を置いて行けない」
「うん、だから。
私は、お母さんとこの村にいるよ。
貴方とずうっと一緒にいたかったけど、諦める。
大丈夫だよ、今度は。
今度はミルが負担にならないように強くなるから」
高火力、高出力だけのチートでは、どうしようもなかった。
このチートでは手加減が出来なかった。
どうして、俺は丁度いいチートを黒歴史ノートに書かなかったのだろうか。
いや、設定したもの自体はある。
『世界を薙ぐ影なる灯火』だ。
だが、これは負担が掛かり過ぎて、少なくとも今の俺では使えなかった。
「行ってらっしゃい、ミル」
「……姉さん」
身体年齢も精神年齢も九歳の、弟に別れを切り出す、彼女の想い。
俺はチートを得た代わりに、なんてものを手放したのだろうか。
後悔が足りない。
「っと、ちょっとお母さんのところ行ってくるね」
と、言って姉さんは早足で部屋から出て行った。
そして独り残された俺は、先程まで美味いと思っていたご飯の。
味がなくなっていた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
味がない食事をして母さんの元へ向かう。
もし、目が覚めていたら『間に合わなかった』ことと、『出て行くこと』を謝る必要があった。
母さんに謝りたい。
そして、母さんに打ち明けたい。
俺が"作者"だということを。
貶されるかもしれない。
頭が沸いているように見られるかもしれない。
それでも。
なんで、打ち明けたいかは分からない。
お前が肚を痛めて産んだ子は、実は化け物でした。
と、言ってしまいたいのか。
とにかく、分からない。
きっと"作者"の舞台に役を強要したから、自己満足のために謝罪をしたいだけなのかもしれない。
考え方が危険だ。
それでも。
と考えていたところ、姉が喜色満面の笑みで俺に走り寄ってきた。
「ミル、お母さん起きたよ! 『ミルは、どこ』って聞いてた!
一緒に行こ!」
俺は姉さんに手を引かれて、部屋の扉前に立った。
姉さんは先に部屋に入っており、二言三言、母さんと話しているようだ。
つい一昨日に母さんの声を聞いて以来の声だ。
良かった。
これで、母さんに事情を話して出て行ける。
そして、俺は扉を開けて部屋に入った。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
俺を待ち受けていたのは、母さんの優しい言葉……。
ではなかった。
劈く悲鳴。
父さんへ助けを呼ぶ声。
毛布に包まり、ガタガタと震える母さん。
削がれたくちびるや目のあたり、指を回復術で癒やしたとはいえ、まだまだ痛々しい傷が残る母さんの身体。
なんとかして繋げて布を巻いて補強させた腕も、接着面から血が滲んでしまっている。
如何にも、化け物を目の前でみてしまったかのような反応。
その状況に、ほんの数秒前まで歓談していた姉さんの表情は凍りついて呆然としていた。
――ああ、そうか。
きっと彼女は、自分を襲った男という性別の存在が駄目なんだろう。
それが例え、自分の息子であっても。
多分きっと男である父さんも駄目だろう。
姉さんが思考が復帰したのか、母さんに大声で話しかける。
「違うよ、お母さん! 私の弟のミルだよ!
ミリエトラルだよ、お母さん!」
それでも劈き、涙が混じる悲鳴は止まない。
姉さんが必死に母さんを宥める。
宥める姉さんの声にも、涙が混じって聞こえた。
――俺がここにいると、駄目なんだろう。
俺はとても死にたくなった。
膝から力が抜けるが、ここで倒れたら母さんがパニックを更に引き起こして、収拾がつかなくなる。
力が抜けている身体を必死に動かし、必死に外へ出た。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
もう、なんだろうな。
どうにでもなれ。
『十全の理』要らないや。
こんなのチートじゃない。
こんなのがあったから、俺の人生ぐちゃぐちゃだ……。
姉さんが部屋から出てきた。
姉さんは涙と涎と鼻水でぐちゃぐちゃだった。
「ごめんね」と謝られた。
「私がミルを呼ばなければ、こんなことには」
「いいんだよ、姉さん。仕方がなかったんだ。
誰でも、家族に会いたいし。呼ばれなくても行ってたよ。
だから、いいんだ。姉さんが気に病むことじゃない」
「でも……」
「姉さん、母さんがあんな状態なんだ。あんな状態だと生活が非常に大変だから、その母さんを見ていて欲しい」
「うん」
「姉さん、ここでお別れだ。
この後、俺は自分の魔法を使って、自宅に行って旅支度する。
仕方は分からないけど、どうにかするから、姉さんの心配は要らないよ」
と、俺は涙を交えて自分から姉さんに抱きつく。
この柔らかくて優しくて温かい温もりは、これで最後なんだ。
「……ミル」
「なに、姉さん」
「成人したら、帰ってきて。
そしてお母さんと私とミルでお祝いしよう。
ミルが帰ってくるのを頼りに、私とお母さんは待つから」
と一度言葉を切り、
――約束だよ。
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