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ウェリエの聖域:滅びゆく魔族たちの王  作者: 加賀良 景
第1章-人生の分岐点- I
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安堵 ★

 村長の家に入ると外のうそ寒さとは打って変わって、灯りが灯るとても温かい空間であった。

 そんな温かい空間に少女は安堵したのかへたり込んだ。

 無理もない。

 ほんの数刻前は地獄だった。

 本当は叫びたかった。

 髪を振り乱して。


 だが泣き叫べばその場から動けなくなってしまう。

 泣きたくとも泣けなかった。

 自分より歳下であり、腕を壊した少年が泣いていないのに、自分が泣けるはずがない。


――それに。


 あの場で動けていなければ、うそ寒いあの場で賊の影に怯えていたかもしれない。

 だから痛いのを言わずに、泣き叫ばずにここまで来させてくれた。


 だから、少女は少年に呟いた。



――ありがとう。




 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




 俺は体格のいい爺さんに促され、村長の家に入った。

 自宅(ログハウス)も中々でかいと思っていたが、ここは2階建てで更にでかい。


 その中で灯りが灯っており、温かい雰囲気だ。

 その温かさに触れて、段々余裕が出てきた。

 あの場では色々余裕がなかった。

 でも今は。


 あの場では怒り狂った……という感覚だけは残っている。

 具体的に……と聞かれると、よく分からないけれども。

 気づいたときには、姉さんが目の前にいて頬擦りしてきていた。

 女性特有のあのもわっとした匂いが鼻をくすぐって。


 母さんの様子をみて泣きたいと思うより、また怒りがこみ上げてきて。

 でも側には姉さんがいたから、また目の前が青くなったりはしなかった。

 どうにか、母さんをある程度治癒させて、ここまでこれた。


 本当は怒りよりも何よりも哀しみ泣きしたかった。

 でも泣いたら、その場で動けなくなる。

 それに勝手に気持ちの整理がついてしまう。


 こういったことに勝手に整理付けられると困る。

 だから泣けない。

 そして怒りで気持ちを落ち着けないと、もっと何かやっていたかもしれない。

 だから、とにかく怒りを優先させた。


 そして、今。

 疲れと安堵と魔力の枯渇によってへたり込んで、そのまま眠りたかった。

 疲れと魔力の枯渇によって空腹による飢餓感を得ているが、本当にそんなことよりも寝たかった。


 でも、彼女たちよりも立ってなければいけない。

 彼女たちと同じようにへたり込んでいれば、無理をさせていたと思われかねない。

 実際は、結構無理があった。

 左手は未だに疼痛。

 いや、気が緩んだため、激痛だ。


 そんな中、姉さんのあのときの自分の世界を恨まずに『幸せだよ』の発言は"作者"としてキいた。

 あとはもう、彼女たちに不幸(じんせい)設定(ものがたり)を作ってしまった俺と、どうあっても許せない屑への怒り。

 それだけで動いた。

 そのことに後悔はしない。

 いや、後悔する。

 どうして、あのとき。


――生前で、不幸を混ぜようだなんて考えたのだろうか。


 だが、例え後悔をしても、後の祭り。

 動き出した物語(じんせい)は止まらない。

 ならば、せめて俺の周りだけは。

 どうやら背負っている母さんの身体を拭いて、客人用ベッドに寝かせるらしい。

 最後の一仕事として、不安定にふらふらしながらも彼女(かあさん)を背負って客室へ向かった。



「………………、」

 彼女たちから何か呟かれたが、離れていたので聞こえなかった。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 母さんを客室のベッドに寝かせる。

 当然だが、ぐったりしていた。

 お爺さんは、部屋の外へ出ていって代わりにお婆さんがやってきた。


 ニコニコしているが、無口だ。

 どう考えているか分からないが、きっと俺を「(けな)す」気持ちで一杯なんだろう。

 

 保養室から盗ってきた布を剥ぎ、痛々しい母さんの姿が露わになる。

 改めて見せつけられると、泣き叫びたい。

 事実、もう目尻に涙が溜まっている。

 今、ここにいる俺は"作者"ではない。

 ここにいるのは『ミリエトラル』。

 そして目の前で寝ている女性は、"作者"としての(チート)を持った気持ち悪い子どもを六年間育ててくれた『女性(かあさん)』だ。


 お婆さんが、母さんのこびりついた血の跡や、涙の跡といったものなどを拭いていく。

 お婆さんがやることではない。


 これは、この『世界(もうそう)』を作って、役を強制させた"作者"がやるべきことだ。

 俺は、あの時の夕闇の教室でメティアに差し出したのと同じハンカチを出して、お婆さんが持ってきていた水瓶で濡らして、母さんの身体を拭いた。

 俺が母さんの身体を拭いたあとは、寝間着に着替えさせた。

 

 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 その後、玄関に行ってみたが、彼女たちは既におらず探してみれば、別の客室のベッドで寝ていた。

 あの後、また泣いたのだろう。

 目尻が濡れて、涙の跡が遠目からでも見える。

 

 近くにお爺さんがいて、俺に気付くと一人で話しだした。

「フロリア家とフォロット家の娘なら寝た。

食事は取らなかったから、だいぶ疲れていたのだろう」

「そうですか」

「聞きたいことはたくさんあるが、今日はもう寝なさい。

明日には気持ちも落ち着いているだろう」


 そのお爺さんの優しさに感謝する。

「お気遣いありがとうございます……」

「……よい、子どもが気にするな」


 そして、俺はその場で倒れた。


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