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ウェリエの聖域:滅びゆく魔族たちの王  作者: 加賀良 景
第1章-人生の分岐点- I
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神の奇跡 ★

「くっ、なんじゃこの魔力は……」

 魔力を持たない獣人ですら、魔力酔いが発生してしまうほどの魔力の奔流。


 そして、脳内に直接響く殺意。

 それに応えるように現れた"それ"は……、儂の目に映った"それ"は、見たこともないほどに大きくそして立派な剣であった。

 強大な一振りの剣。

 まさに神々しさより"神"の剣。

 紫電を纏った一振りの剣が、学校の敷地に突き刺さったとき、目が灼かれると思い、直ぐに閉じた


 閉じてなお、瞼の裏から目を()く。

 数瞬後に遅れてやってくる音の衝撃。

 腐った貴族(ヤツ)の軍馬が、雷槌の剣が落ちた衝撃波で空を舞った。

 馬の悲鳴。


 可哀想なことだがそのまま空高く舞い、首の骨が折れたような鈍い音がして、軍馬の気配が物体の気配になった。

 それよりも耳が壊れるかと思った。

 獣人族は基本的に魔力を使うのが下手であるが故に、代わりに身体能力が高い。

 耳も目も鼻も人族以上にあるつもりだ。


 人族より良い耳は、こういった出来事が起きると致命的な状態になる。

「ぐぅお、お、お、お、お、頭がぐわんぐわんする……」


 また、村の至るところから聞いたことがない音が響く。

 不快な音。

 (たと)えるならば、そう……剣などの金属をこすりあわせたような重厚な不快音。

 金属がきしみ合うような音。


 誰かが泣きあうような音。

 とにかく絶望を感じさせ、心を(むしば)む音。

 そして鳴り響く鐘のようにも聞こえる音。


 あの腐れ貴族(ヤロウ)を見ると恐怖と驚愕と痛みに、涙と涎で顔がぐちゃぐちゃなっておった。

 当然だ。

 人族であれば、これは耐えられぬ。

 獣人族ならどうにか、というものだ。

 

――これは学校で誰かが『覚醒』したのじゃろうか。


 儂は心のなかで呟く。

『覚醒』しそうな子どもたちを思い浮かべる。

 テトもアクト坊もそんな子ではない。

 フォロットの娘も違うだろう。


――残るはほぼ接点がない、フロリア家の子どもたちか。


 その内、娘っ子の方は潜在属性が火だと聞く。

 火であれば、先ほどのような神の剣は扱えぬ。


――と、なれば残るは『虹と無属性の子』か。


 確かに過去に名を馳せた勇者や英雄は、潜在属性が『虹色』が多かった。

 そしてその『勇者』・『英雄』という者は王族や貴族がほぼ飼い殺しにし、国に忠誠を誓わせるようにした。

 忠誠を誓わせたあとは使い潰し、最後には王族の姫や貴族の娘を()てがい、最期まで傀儡(かいらい)にする。

 それが幸せかどうかは、本人にしか分からぬ。

 じゃが、そういった飼い殺しは言い過ぎにしても、「忠誠」または「愛」などを教えるべきものなのに、このクソは、幼い間に「絶望」または「悲劇」を与えたわけじゃ。


――これの意味することは即ち国を滅ぼす『魔王』が産まれるということじゃ。


 未だかつて『魔王』と呼ばれる存在は産まれておらぬ。

 魔族の中で滅びゆく種族に『竜種』がいるというのは知っておる。

 過去に『竜種』を『魔王』として『勇者』が討伐するというのも、冒険譚(ぼうけんたん)でよくある題材じゃ。


 儂も友人らとバカ話しているときに聞いたし、息子が幼いときにも話して聞かせたことがある。

 だが、『勇者』・『英雄』の強大な力の使い方を誤れば、『魔王』となる筈。

 

――つまり、会ったことがないが、あの子は今『魔王』になり掛かっておる。

 

 出来ることならば、その道が誤っていることを指し示してやりたい。

 じゃが、今それを行うのは無理じゃ。

 負の感情の魔力で、これほどまでに離れている筈なのに、儂の近くにおった虫や鳥などの力弱き者が死んでいく。

 学校の傍などに寄れば、儂は簡単に死ぬだろう。


「ぐっ……」と儂は思わず呻き、咳をする。

 地面に血が滴り落ちる。

 脳内に響き渡るイメージを伴った、意味の分からない声の質が変わったのだ。

 相変わらず殺意のイメージは強い。

 そして相変わらず意味が通じない言語だが、イメージが直接脳内に叩き込まれる。


――『全てを創り滅ぼす無垢なる炎』


――『穢れを()き、罪を()く』


 禍々しい魔力だ、という印象が強すぎる。

 耳から血が流れる。



――『神なる怒りを以って、滅びを約束せよ』



 そして、叩きこまれたイメージから解放され、思わず見上げてしまった。

 その姿はきっと神の顕現を望む信徒のようだったであろう。


 半球状の物体の天蓋から白い球状の物が産み落とされた。

 下に()ちるにつれ、段々と大きくなっていく。

 学校からかなり距離が離れている筈だがパッと見、儂の図体並の大きさか? と思ったとき。


 紛うことなき……太陽が降った。

 但し大地を照らし、生命を育む太陽ではなく、死を撒き散らす禍々(まがまが)しい力を持つ太陽。

 頭のなかには、相変わらず『殺』意の大合唱が響く。




 太陽から相当に離れているのに対し、身体を震わせる地鳴りのような音が響く。

 身体の節々が壊れる。

 身体が強引に折り畳められるような感覚。


 魔法とは考えられないほどの、熱量を感じ取った。

 目の前で暖房器具に当たっているような温かさを感じるのだ。

 つまり、学校周辺では現状人が生きれるような環境ではないということ。

 

 そしてその白い球状の物体は、一定の大きさまで膨らみ、そして。


 脳内に言葉の意味が現れ叩き込まれる。


 王国では『太陽』を神様として崇めるものが多かった。

 儂は、馬鹿馬鹿しいと思っておったが、なるほどこれは。


――冥府を司る双月神の剣とその奇跡(みわざ)か……。


 漆黒の黒狼神と白銀の白狼神の兄弟神。

 生にしがみつく者に対して身体に傷を付けずに殺し、魂を昇華させる魔法を使うという兄弟神。

 まるでその神のような冷徹な印象の太陽。

 儂は平伏せざるを得なくなった。


 そして先程の"神"の剣。

『勇者』で国の危機に立ち向かう者であれば、どんなに良いことか。

 

 そして太陽は地に墜ち、弾けた。

 "神"の剣のときの光より眩しく熱を持ち、光の柱が立ち半球状の物体が割れた。

 儂の柔らかくなった体毛が、チリチリと焼けていく。


 そして。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 光が収まったときには、儂は死にかかっておった。

 火傷が酷い。

 儂の腕は焦げているし、そもそも体毛が無くなってしまった。

 これでは、熊の獣人というより熊の体格をした人族になってしまう。


 じゃが、『虹色』の子に「絶望」を与えた貴族(バカ)を殺すことぐらいは出来る。

 あの子が『魔王』・『勇者』としての力を目覚めさせずに平和に暮らさせるようにするのが、大人としてやるべきことじゃ。

 王国関係者はとにかく口封じする必要がある。


 火傷で身体全体がヒリヒリする。

 自分の身体ながら、熊を焼いて食った時の匂いがする。


――タレつけて久しぶりに食いたいのう、熊肉。


 思わず自虐と冗談が入り混じる。


「……儂は、何を考えているんじゃろうか」


――仕方がない、というには些か厳しい。


 のだが、あの太陽で生き残りの子どもたちも全員亡くなってしまっただろう。


――『魔王』または『勇者』か。


『勇者』が覚醒すると国を上げての祭りを行う。

 その主人公たる『勇者』が街の女性に手を出しても、無礼講で終わる。

 例え、その女性。またはその女性の婚約者を殺してもだ。


 この村も今、『勇者』または『魔王』が覚醒した。

 この場合、『覚醒』時に亡くなった子どもたちは無礼講として無かったことにされるのだろうか。


 いや、この貴族(クソ)どもが『勇者』候補に手を上げた。

 国に対して文句が言えるかもしれぬ。

 いや、貴族(クソ)はなんと言ったか。


 国が変わると言った。

 つまり『勇者』を追い込んで『魔王』が産まれた。またはそれに近いことになったと言っても有耶無耶(うやむや)にされるか、儂らに責任を擦り付けてくる可能性がある。

 ちゃんと手綱(たづな)を握らない、儂らが悪いと。


 ふざけるな。

 じゃが、それは事実。

 十中八九、儂らの責任になる。


――どうすれば、よいのじゃ。


 出来ることであれば、この村で平和に暮らしてほしい。

 じゃが、なんらかの拍子に国にバレた場合、あの子に襲いかかるのは不幸のみ。

 生き残った家族がいたら、その者を人質にされる。

 人質を誤って殺す、または娘っ子だから犯せば、目覚めるのは『魔王』が確定する。

 

 他にもこの村で住むには弊害がある。

 あの太陽や"神"の剣での余波で亡くなった子たちの親じゃ。

 頭では分かってても心では許さないということも考えられる。


 つまり、まだ六歳でしかないのにこの村を出て行く必要がある。

『勇者』または『魔王』といっても6歳じゃ、一人旅出来るような年齢ではない。

 だからといって村に置いておくと、イジメが起きる。


 駄目じゃ、それは駄目じゃ。

 村では『魔王』にならないかもしれぬが、何らかの拍子でなってしまうことも考えられる。

 

 子供一人を殺して村民の安寧を守るべきなのは、分かっておる。

 じゃが、この貴族(クソ)の所為で人生が歪められたのも、また事実。

 



「神よ、いらっしゃったらどうか、あの子に未来ある栄えを……」



 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 長々と考え事をしていたが、クエッドこと腐れ貴族(クソ)はまだ儂の目の前におった。

 当然の帰結じゃが、熊の獣人でさえ焦げる熱を、たかが人族がまともに浴びれば普通に死ぬ。

 そして此奴は辛うじて生きておった。


 じゃが、どう見ても致命傷を負っている。

 服は焼き切れ、腕や足は炭になっており、顔も黒焦げだ。

 儂は奴の遺言を聞いてみることにした。


「――遺言は」

「なぁんですかぁ、あのバァけ物はぁ。あそこまでぇ、素ぅ晴ぁらぁしい魔力を持っているのであれば、この国は戦争に勝ち残れるじゃないでぇすかぁ

是非とも魔石にしつぁいですねぇ」


「ふっ、儂の予想だと人族なんだが?」

「はぁ、これだぁからぁ獣人族はバァカでいやぁになぁるんですよぉ

あんなまぁりょく使える人族なんて……いぃやぁ、ま……さか」


「気付いたか……、敗因は竜の尻尾を踏んだ貴様らが悪い」

「嘘でしょおおおう。まぁさぁかぁにぃじぃ?」


「まさかじゃなくて、普通に『虹』じゃ。辺境だからと情報収集を怠ったな。

良かったな、お前らが大好きな『勇者』様が覚醒された。

無礼講の力の振るい先は、お前らの国じゃないかね」


――その前にこの村に振るわれそうだがな。

 と、結構笑えない冗談を心のなかで零す。


「そ……ん、な。嘘よ嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘」

「嘘なもんかい、儂の毛皮を見ろよ。抜け落ちてるんだぞ。

それにただの人族、魔族があんな大火力使えるわけないじゃろう」


「嫌よ、この情報を持って帰らないと! そしてお迎えに上がら――」

「させるか。死ね」と、儂はグレートソードの重量で炭化した腐れ貴族(クエッド)を粉砕した。


 流石にほとんど炭化しているだけあってあっさり砕けた。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 非常に長い夕方だったと思う。

 ここまで濃い夕方は第三国境分隊戦以来だと思う。

 あの時は友人も敵も死にまくった。

 あれは地獄絵図だったが、今日も地獄だ。


――友人である宮廷騎士団長の細君が犯されたか、殺されて。


 団長と細君の娘も犯されたか、殺されて。

 団長と細君の息子が『魔王』として半覚醒か覚醒してて。

『魔王』した所為で生き残りの子供達も殺されている可能性があり。

 魔族を売れと強要され、応えなければ粛清……。


「……か」と、思わず呟いてからため息を吐く。


 粛清時に彼がいればいいのだろうが、そのような大人の事情に彼の人生を左右させるのも大人としてやってはいけないだろう。

 多分きっと、今日はフロリア家の者が来るだろう。

 食事の用意をしてあげなければ。


 家に入り、家内に食事の用意をさせる。

 意外と家内はピンピンしていた。

 魔力の奔流はどうだったかと聞けば「なんですか、それ」と逆に聞かれた。

 あの魔力の奔流は、屋内にいれば影響下に入らないのか。


 だとすれば、生きている可能性がある。

 数名は亡くなっただろうが、それでも少数でもいい。

 生き残っていて欲しい。


 書斎にいたフォロット家とタクルト家は窓から雷槌を見たようで、興奮が隠しきれていないようだった。

 ほんのさっきまで娘ののことについてさめざめと泣いていた奴が……現状を知らないとはいえ、現金なものだ。

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