侵略
「残念です、」
クオセリスは目の前の『敵』に
「残念? どこにそんな残念と宣うところがあるのですか?」
そう述べた。
「わかりませんか?」
「ええ、分かりません。私は旦那様と共に歩くと決めた身。それが何故、貴方の元へ行かなければならないのです」
敵意と怒りに塗れたクオセリスの声。
滅多に激しい怒りを見せず、誰からも好かれるようにしてきた彼女。
それが今の目の前の無礼者に対しては。
「…………、今に貴女様は奴に――」
「――貴方のことを今まで信じてましたが、そのように述べられるのであれば、私も"腹をくくる"必要があるようですね」
『敵』を睨めつけるクオセリス。
「……貴女一人で俺を倒せる……そう思いですか」
「思っていません、ですが」
言葉を切り、一瞬ため、
「精一杯の抵抗は出来ます。します」
「申し訳ありませんが無駄で――」
「無駄であろうと、無理であろうと。それを通したいがために剣技部に入ったのです。無理でも通させていただきます」
「……感情ではそうかもしれませんが……そうですね、言いたくないモノの類でしたが」
「…………、」
『敵』は右手の人差し指と中指の二本を額に当て、皺を作りながら、
「リーネ、いえ」
一言だけ述べたあと、
いつもの聞き慣れた、
「クオセリス、俺と共に来い」
口調でそう、述べた。
その言葉に一瞬固まる、クオセリス。
それもその筈だ。
何故なら、その名前は、
「神から下賜された名前だっけか。下賜された名前を平民が述べる、そのことによって国が滅ぶ」
そう、
そしてその神話は、
「『サネトレーニア・ワクネス』だったかな。古臭い神話だ」
「貴方……なんてことを――」
頭を抱えるクオセリス。
その顔はとても青い。
「そんな古臭い神話を信じている狂った国、ザクリケル」
「狂った国……だって……?」
「ああ、狂った国だとも。実力主義で、一夫多妻制に是と唱える国。そして神話といった唾棄すべきはるか昔話に支配されている国。
逆に聞こう、どこに狂った要素がない」
「総て……です。どこにも狂っているところはない。それに貴方、いえウェックナーと比較すれば、勿論違うところがあります」
「そう、その通りだ。比較すれば狂っている。比較しなければ狂っていない。だが、クオセリスは考えたことはないのか? 余所と違うと思ったところが」
「それは……確かにあります。ですが、」
「例えば、ザクリケルになくて、余所では一般的な制度といえば一夫一妻制」
「…………、」
「違和感があるだろう? 一度『兵器』と呼ばれる個人を蔑ろにした。それによって裏切りが発生し国が滅びかけた。
そんなことをさせないように、逃げ出さないように『兵器』と呼ばれる個人を、鎖で雁字搦めにするために生まれた『一夫多妻制』」
「、」
「我が国でも同じようなものがあったが、『一夫多妻』制度なんてなく、今も基本『一夫一妻』制だ」
ただ、
「中には妾といった側室を作るような例外もいる。騎士団でいえば第四位と第五位の間柄と、俺の父と母の関係とかな」
「悪いですが、一夫多妻にも理由はあります。
『力は"遺伝"する』とか旦那様は仰っておりました。"遺伝"というのは親から子どもへ伝わっていくことということの意味らしいですが、とにかく『遺伝』するとのことです。そのことを考えれば、一夫一――」
「それは誰が決めた? 誰が『遺伝』とかいうのがするといった?」
「昔話……ですが、過去にもそういう風に先祖様の御力が――」
「ほら、クオセリス。自分で言った言葉を考えろ。嘘だらけの昔話を信じているではないか」
「っ」
言葉に詰まるクオセリス。
「『遺伝』する、だからなんだ。結局のところ、ザクリケルで言えば『魔力』、我が国やツィネでいえば『精霊』か愛されているか否かだ。愛されているから使える、愛されていないから使えない。それにもっともらしい理由を付けて『一夫多妻』を是にする狂った国、ザクリケル」
怯むクオセリス。
「他にもある。『宮廷魔術師』という称号を与えておいて、やっていることは『兵器』そのもの。
ザクリケルだけであるよな、『騎士団』ではなく『魔術師』と名乗っているのは」
「それは、ただの言いがかりではないでしょうか」
ふっと笑み、
「かもなあ、だが。思わないのか? 何故違うんだとな」
「思いませんね、『魔法』に特化している『騎士団』みたいなものです」
「そうなら、それでいい。本当にそれならな」
ムッと細い眉を潜めるクオセリス。
「何がいいたいのです」
「自分で調べろよ、お姫様」
「貴方、喧嘩売ってるの?」
激しい怒りを見せるクオセリス。
「ああ、見れば分かるだろ? 寧ろ売ってないと思っているのか?」
それを受け流す、『敵』。
「それもそうですね、私と旦那様たちだけの名前を他人が呼んでいます、それも複数回。
他国の神話を信じないとしても、自国の神話を信じている相手を逆撫でる行為です。
……旦那様はそういったモノに理解を示してくれます。
ですが、貴方にはそういったモノはない。相容れないですね」
「無理だと思うが、勘違いしないで欲しい」
「何を」
「神話など、何も助けにはならない。信じるモノではない――」
「それを信じているから、その神話を元に生活しているから、」
睨めつけるその顔は相手の目だけを、
「狂っている、と言いたいのですか」
小さな唇から小さく漏れだす怒り。
「神話を信じて何が悪いのですか」
「信じているから、こういうことになる」
どういう、
「ことかしら、私は旦那様のように他国の神話には理解あるけれど」
クオセリスの手は自然と懐の短剣を探し、柄を握った。
その様子に気付かず一人ぶつぶつと呟く『敵』。
「あいつらが信じているから、こういうことになった。神話なんかクソくらえだ。
なんであいつが犠牲にならなきゃいけなかったんだ」
「…………犠牲……?」
不穏な言葉に、先ほどから顰め続けられるクオセリスの細い眉。
「あいつが神話のせいで犠牲になった。だったら、クオセリス。
お前の国も犠牲になれ」
「…………なにを」
「なにを、だと。なにをだと!」
大きく腕を広げる『敵』。
「分かるだるぉ?! ここまでくりゃあ!
『神話』の犠牲だよ! 『神話』に踊らされ続けるんだからよォ!
どいつもこいつもさ!
『神話』に記されているからァ! って、言って何も考えねえ!
思考停止で何でもかんでも何でもかんでも!
ふざけんじゃねえ! あいつが何をしたっていうんだ!」
「…………、」
「『神話』だと『伝説』だと……、ふざけるなよ。
だから」
だから、
「クオセリス、お前の国も『神話』に踊らされる国だ。だから、お前も踊れよ。
『神話』を真っ向から否定するようにさぁ! お前の名前呼んでやる」
「ふ、ふざけ――」
「ああ、俺はふざけてる。ふざけてるさ!
今までの俺を全部否定しているようなものだしな!
だから、その上で言ってやる。クオセリス」
「…………、」
「クオセリス、俺のモノになれ」




