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ウェリエの聖域:滅びゆく魔族たちの王  作者: 加賀良 景
第1章-人生の分岐点- I
39/503

覚醒 ★

「………………、え…………?」


 俺の思考は停止した。

 当然だ。

 何故、ここはこんなにも血の臭いが充満して。

 どうして、姉さんは半裸でぐったりしているのだろう。

 どうして、母さんは白磁だった肌が赤く茶色く汚れているのだろう。


 どうして母さんは……。

「……う、でが」


 考えられることは一つしかない。

 だがそれを言葉にするには俺には出来ない。

「なんだよ……これ」

 あしもとにだれかの……あかいのが。


 母さんの長いウェーブ掛かった髪が……千切れ、ただ母さんが発する声が響く。

 絶叫……いや絶叫も生温い。

 聞く者の心を(むしば)む声。

 絶望。怨嗟(えんさ)

 全て生温い。


 母さんの身体から発する魔力は毒々しい黒さ。

 激痛の断末魔。

 涙を流し必死に望む言の葉は絶叫(いのちごい)

 それを観て喜ぶ下衆の豚。


「う、っあ……」

 

 常とは異なる世界。

 止めどなく溢れるは涙。

 生前の基準で言えば、大学から卒業して就職して、新人から抜けだしてそろそろ結婚、または仕事に張りが出てきた年齢の女性が今。


 哀れなことに絶叫(だんまつま)と共に父さんの名を呼ぶ。

 それを聞いた豚は、ゲタゲタと。

 そうゲタゲタと下卑た声で嘲笑う。

「ヤツはいねぇよ」


 それでも、母さんは父さんの名前を呼ぶ。


 その言葉は耳に入らない。

 ただあるのは逃避したい心。


 心で思う。なんだよ……これは。

 俺が俺に設定した『人生(ものがたり)の分岐点』って「殺人っていう禁忌(タブー)に触れる」ってことじゃないのか……よ。

 俺はこんなのに期待して、『黒歴史ノート』を描いたんじゃない。

 あのイケメンリア充の友人たちに嫉妬があって、イケメンリア充に対してちょっとだけ不幸を混ぜた。


 キャラクターの『物語(じんせい)』を作るにあたって順風満帆(じゅんぷうまんぱん)では、つまらないだろうとおもって谷を作った。

 それに合うように山も作った。


 だからって、なんだよ。

 なんだよ、これは。

 あんまりじゃないか。


 涙が溢れて視界が歪んでしまう。

 生前の『(さくしゃ)』という"神"が、彼女たちに『世界(ものがたり)』を作ったから不幸が降りてきたのか。

 俺がこの世界に幸せだと、そう考えてしまったから。

 いま、……不幸が。


 俺はどうすればいいんだ。

 この『世界』で俺は死ねばいいのか。


 彼女たちの誇りを守護(まも)るために、俺という"(さくしゃ)"が死ねば……。


 ふと、気付くと。

 醜い豚どもが、闖入者である俺に気付いた。

 そして、俺の視線と。



――母さんの目と俺の目が……合う。



 虚ろな目で壊れたレコードのように父さんの名前を呼んでいた、母さんの目に理性の光が灯ったように見え。

 そして。

「見ないで! おかあさんを見ないで! 逃げて!」

 

 母さんが吼えた。吼えたと同時に母さんの身体から、木の人形の関節を無理矢理曲げたような、砕ける音が聞こえる。

 同時に俺の心が砕ける音がする。

 バキバキバキと。

 脳内は焼き切れる寸前だ。

 母さんの絶叫がこころが。



 俺という"神"が死にたいと願い、それを拒む"世界"。

 何故拒むんだ。

 殺してくれよ、俺を。

 

 図らずとも力が抜けて、膝から床に落ちる。

 いつもであれば膝小僧をぶつけて「痛っ」とか言うが、そんなのは今では痛みに入らない。


 醜い豚一匹が俺に近付く。

 片手には(フットマンズソード)、もう片手にはぐったりしている半裸の姉だった。


 醜い豚は半裸でぐったりしている姉を俺に向かって投げてきた。

 そして俺に剣を向けて、たった一言「やれ」。


 だれのと知らない赤茶色のなにか。

 母さんのだけではない。

 母さんのだけでは付きそうにない量の赤色。

 液体だけではない。

 半固体の……、生前で言うスライムのような……なにか。

 濃緑色の塊。それと透明ななにか、そうそれはまるで同年代の友だちの剥がれた爪のようなモノ。

 

 姉さんが俺より一足早く思春期入りして、丸くなってきて程よく小麦色に焼けた肌が、目の前に映る。

 この異常さ、非日常が俺の頭を壊して。

 姉さんに、実の姉に。肉親に……。


 でも、姉さんは。


「ミル、私ね。お姉さんはね。ミルのことが好きなの。最初で最期がミルとなら」


 と、涙の跡を作ったすずらんのような(かんばせ)が俺を見つめる。


 






   ――私、とっても幸せだよ。




 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 ぐったりしていた血の気を失ったような姉さんが、這いながら近付く。

 そして俺にしなだれかかり、姉さんの吐息が俺の耳にあたる。

 姉さんの匂いが好きだった。

 姉さんの声が好きだった。

 姉さんの温もりが好きだった。


 母さんよりも一番身近な女性で、とっても好きだった。


 でも、だからといって。


――彼女の望むこととは違うのではないか。


 姉さんが俺の耳にいつものように甘咬みをする。

 姉さんが俺の唇に口づけをする。

 

 母さんは……もう、なにもいわない。


――俺が不幸に遭うなら、まだ許せる。だが俺の黒歴史(ちゅうにびょう)という都合で生を受けた彼女達が、不幸に遭い『世界(ものがたり)』を恨まずに、自分の不運(じんせい)を恨む。


――これは、『世界(もうそう)』を作った"神"たる(さくしゃ)が許さない。


 姉さんが……。姉さんを……。姉さんと、この物語のヒロインのために。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

――バギィン……。

 と、脳内で甲高い音が響き、脳内に怨嗟の声が響く。

 

 その声は俺の声ではない。

 でも、不思議と俺の声だと思えるような声。


――殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ


 その声に俺は。


『ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!』


 目の前が青く染まった。 


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