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ウェリエの聖域:滅びゆく魔族たちの王  作者: 加賀良 景
第4章-世界の分岐点- 侵攻(Invisible Legion)
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まもるもの III



 首から上を喪ったモノはどさりと地に伏した。

 それとともに晴れていく砂嵐。


「な、なにやってるんだ、アル!」

 騎士然の格好をした女性は焦るばかり。

『勇者』たる彼のお眼鏡に適った者は、誰であろうとも誘われる。

 彼女も実は『勇者』のことが嫌いであったが、いざ彼の魅力に気付いたらいつの間にかメロメロになっていた者だ。


 かく言うアルと呼ばれた少女は、彼の最初期から隣にいるという少女。

 元は奴隷だという。

 奴隷……いや、解放されたため解放奴隷というべきか。


 とにかく途中から彼の庇護下に置かれた自分とは信頼のされ方が全く違う。

 何をするにしてもある程度許される存在。

 そんな彼女が曲がりにもお眼鏡に適った女を撃った。

 それも頭を。


 女騎士が正直に考えたことは、目の前の生きていたときの、幼気な幼女は間違いなくこの場にいる『勇者』程に強いと。

 彼女がこのハーレムに入ってくれれば、百人力。

 いや千人力だったのではないか、と。

 確かに我らが『勇者』にツバを噴きかけたことは万死に値する。


 だが、女騎士自身も似たようなことをしていた。

 そう考えれば殺すほどでもない。

 ちょっと。

 そうちょっとずつ矯正していけば、きっと自身のように強者に愛されることをこの上のない史上の喜びとなるだろう。


 だが、アルという解放奴隷はその機会すらを潰した。

 これには『勇者』も怒るか……、と油の差されていないブリキのおもちゃのように、ギギギギと『勇者』へと振り向いた女騎士。

 だが、その女騎士の目に写った『勇者』は、

「やれやれ」と言わんばかりに首をすくめるばかりであった。


「不思議か? セレーヌ」

「あ、ああ。ケンタ殿なら、その怒ると思ったが……」

「やれやれ、まだまだ……だな。さっきの奴は力だけで成り上がったような奴だ」

「それが……なにか」

「まだ、分からないか? 俺の魅力に気付くにはまだまだ、人を知らない奴だ」


「……つまり?」

「人を知らない奴に差し伸べる手はない。それをアルは察した訳だ」

 えへん、と胸を張るアルと呼ばれた少女。

「また、アルに気付かせてくれた。流石だ、アルは」


 猫も食わないようなラブラブっぷりを見せつける『勇者』と少女。

 うへえと顔をする女騎士と、ひたすら仏頂面の戦闘僧兵の少女。


「砂嵐、晴れます」

「ああ、次は俺をおちょくったあの黒い女の子だ」

「あの子嫌い」

 ぶうたれる少女(アル)


「あははは、分かったよ。アルに免じて、そのまま俺の必殺技でおしまいにしよう」

「ほんと? ご主人様のレールガンとかいうのすっごくかっこよくて好き!」

「れえるがん? なんだそれは」

 女騎士が少女に聞く声音は少なからずワクワク感が漂う。


「れえるがん、私もみたことある。アーティファクトの中でもすごいもの」

「うん、ご主人様のレールガンは『ドパン』して『ズバァ』といって『ドゴン』って爆発するの!」

「……よく分からん」

「あははは、セレーヌ。今から見せ――」


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 彼の言葉は最後まで言えなかった。


 何故なら、一瞬とはいえ昏倒し思わず膝を着いたからだ。

「――なっ」

 いや、視界が横を。


「ふむ、油断大敵であるな。小僧、それと小娘ども」

「え?」

 その場の『勇者』と少女三人を横に倒し、複雑に根を使い組み敷き、優雅に腰を掛けるニルティナ。

 驚きで身体を縮こませる男と少女たち。

 それもその筈だ。


 何故なら、

「な、お前……死んだ筈では……」

「くくく、死んだ? 何故? 我が貴様らごときに死ななければならぬ」

 藻掻く『勇者』。

 その姿はさながら蜘蛛の巣に絡まった蝶のよう。

「くっ、どけ。このっ」

「くくくく、退()くと思うかのう小僧」

 心底呆れたかのような声音のニルティナ。

「ヒッ」

「あががががが、痛い痛い痛い」


「お前ッ、彼女たちに何を!」

「おおぅ、おんぬしでは見えぬか」

 そういって足を組み直すニルティナ。


「なあに、我にやったようにちょっと痛めに、組み敷いてあげてるだけじゃ」

「てめえ、許さ――」

「なくてもいい。なに、我はそれ以上に貴様らを許さぬからな。これで五分五分じゃな」

「貴様……ばけ、もの……か! なぜ、私たちと彼の上に同じのが……」


 うむ。

「良い質問だ。我は『単体にして全体』、『全体にして単体』である。

我を殺したと喜ぶのはよいが、まだまだ詰めが甘いの」

「て、てめえ。ひ、ひ――」


「卑怯とは言わせんぞ、『勇者』」

「言ってやろう、貴様が弱いから負けた」

「自分が強いと勘違いし、我が一つだけしかいないと勘違いして油断した、それが敗因だ小僧」

「一言一句、噛み締めよ、」と煽るのも忘れないニルティナ四体。


「普通、一人だろ! 普通は!」

「くくくく、小僧。貴様の普通は、普通にはならぬ。それはただの要望の押し付けだ」

「まったく、残念であるな。小僧の浅はかな油断によって死に絶えるとは」

「まったくであるな。砂の柱に隠れておれば、小僧が死んでも」

「そのままであったのに、のう」


 くすくすころころと笑いあう少女たち。

 組み敷かれている三人は気が気ではない。

 何故なら絶対的強者の立場から一転して、処刑を待つ罪囚となったのだ。


「くくくく、いやはや苦労した。一つの苗を犠牲にした甲斐はあったのう」

「まったくである」

「だが非常に残念であるが、この後我らの内三人が廃棄されるところか」

「うむ、仕方があるまい。別段、以前と変わらぬ。なまじ自我があるだけでな」

「むうむう、我が枯れても森の一部となるならば、それもまた一興か」


 全くだ。とかんらかんらと(わら)いあう草木。

「か、枯れ……る? 森……? 何者だ、お前ぇ……!」

「さあのう」

「問われて応える馬鹿がどこにおる」


――一切、油断をしないように。

 とは、彼女の主の教えだ。


 どんなことがあっても舐めプはしない。

 舐めプして負ければ恥だし、舐めプして勝ったら勝ったで、相手に失礼だ。

 だから舐めプはしない。

 どんなことがあっても、確実に万全を期して倒す。

 遊びはない。

 だが、舐めプをしていると思わせるのは"あり"とニルティナの主と慕う彼から聞いたことばだ。


「くっ、離せぇ!」

「おおぅ、ちょっと傾くのう」

「おおう、ちょうど『勇者』を騙るそれを押さえ付けているお主が、次期でよいのでは?」

「賛成である」

 和気藹々と話す四人。


「無駄じゃな。貴様は足が速いと聞いておるし、硬いと聞くからのう」

「そうじゃな、そうじゃな」

「そやつの固め方は結構キツいものであるぞ」

 そう具体的に言えば、

「この辺り周辺の砂を固めて、貴様の拘束具にしておるし、我の根も地中深くまで這わせておる」

「こやつの拘束具を脱がすことが出来るというのは、」

「パイソぐらいじゃないかの」

「黒柴だと捕捉することすら出来ぬな、押さえられぬ」


 というわけで、

「無理じゃ、諦めよ」

「黙って死んだほうがいいぞ、今ならそこの女たちは見逃してやろう」

「え?」

「え、」

 固まる三人と一人。


 と、他三人。

「何を言っておる、お主」

「冗談に決まっておるだろう」

「うむ、ならよい」

「いや、冗談ではないが」

 混ぜっ返すニルティナA。


「何を言ってるんじゃ。殺せよ」

「そうだ、殺せよ」

「いやいや、待て待て」

「なんじゃい、申し開きがあるのか?」


 しどろもどろながらも説明するニルティナA。

 とはいえ、声ではなく。

 魔力信号で意図を知らせているようで、

「なるほど、そういうことか」とニルティナB。

「納得」とニルティナC。

「それは、面倒である。一人まで減らすなら許可する」

 とは、当然ニルティナD。


 ちらりとお互いの尻に敷いた椅子を黙って見やり、椅子たちは動かない身体をガタガタと震わせるばかり。

「誰が死にたくないかのう」

 その声に息を呑む三人。

「死んでも良い者は声を挙げよ」

「対して推薦したいものは、申し上げよ。文句が殺到した者から順にやろう」

 これは言わば殺し合いだ。

 誰も死にたくはない、だからこその薄汚い処刑。


「てめえ……! 殺すならさっさと……!」

「そうは言うがな『勇者』。皆、貴様の背中を見ているぞ。そしてやる気満々のようじゃな」

「うむうむ、儚き人生であるな」

 なお、実際には見てもいない。

 ただあるのは嗚咽ばかり。


「て、てめえもそういう立場だったら……!」

「そうじゃな、悪いが我は真っ先に死ぬのう」

「他の者は知らぬがな」

「我らは主どのによって手折ってくれた。そのことに恩はあれど、恨むことなどあるわけがない」

「我らが死滅したあと、泣いてくれればそれでよい」

「全くである」


「手折るとかなんとか、てめえは何なんだ!」

「だから、それに応える阿呆はおらぬと」

「くっ、使いたくは無かったが……背に腹は……! す、」

「す?」

「『ステイタスオープン』!」


 叫ぶ『勇者』。

 対して疑問符だらけのニルティナ四人。

「むぅ、魔法を使う根性は残っておったか」

「くっ、レベルは見えない……。しゅ、種族は……な、なんだこれ」

「む?」


「ま、『マンディアトリコス』……?」

 掠れた声音。

「おや、」

「怖いのう、種族がバレた」

「すていたすおおぷんとはなんであろう」

「そういうのは主どのに聞くに限る」


 その『勇者』の声が聴こえるが早いか。

「ヒィィィイイイ」と寝転がされながらも、ありったけを叫ぶ僧兵の少女。

「な?!」と驚く『勇者』。

「いやああああああ、いやああああああ」と狂う僧兵少女。


 カチカチと歯の根が合わないかのように震える元奴隷の少女。

「ま、『マンディアトリコス』……だ……って?」

「うむ、『マンディアトリコス』である」

「助けてください助けてください助けてください。お願いしますお願いしますお願いしますぅぅううう!」

「いやああああ、死にたくない死にたくない死にたくないよおおおおおおおお」


 先ほどとは違い狂う僧兵と少女に動揺する『勇者』と女騎士。


「くっ、化け物か! 正真正銘の!」

 叫ぶ『勇者』。

 対して冷静に椅子に突っ込みを入れる化け物四人。

「まあ、同じ顔が四人もいれば、化け物であろう」

「というか、さっきの犠牲にしたものも含めれば五人である」

「ところで、とても残念なのだが……」

「なんであるか。というかお主、中々自由人であるな。空気読まないというか」


 狂うように泣き出す『勇者』たちを押さえて、思い思いに語る四人。

「残念なことに先ほどのニルティナが着ていた、服がボロボロである」

「な、なんだってー」

「あ、あれは我らが主の奥方に作ってもらった、一張羅であろう!」

「何故ボロボロにしたあ!」

「いや、暴れたからであろ――」


 その漫才の直後に響く声は、


――『戦熾天使の祝福』の特級駆動を確認致しました。


『精神の願望』を持つ者にしか聞こえない『世界』の声。

 それとともに身体を汚染するかのような、痛みの激しい魔力に肌を刺激し、慣れ親しんでいるニルティナたちですらも顔を歪ませるほどの痛み。


――警告です。警告です。警告です。警告です。警告です。警告です。警告です。警告です。警告です。警告です。警告です。警告です。警告です。警告です。警告です。警告です。警告です。警告です。警告です。警告です。警告です。警告です。警告です。警告です。警告です。警告です。警告です。警告です。警告です。警告です。警告です。警告です。警告です。警告です。警告です。警告です。警告です。警告です。警告です。警告です。警告です。警告です。警告です。警告です。警告です。警告です。警告です。警告です。警告です。警告です。警告です。警告です。警告です。警告です。警告です。警告です。警告です。警告です。警告です。警告です。警告です。警告です。警告です。警告です。警告です。警告です。警告です。警告です。警告です。警告です。警告です。警告です。警告です。警告です。警告です。警告です。警告です。警告です。警告です。警告です。警告です。警告です。警告です。


 響き渡るそれ。

 ただひたすらに恐怖を煽る警告音と共に。


――「遠隔操作(リモートスペル)」の起動を確認致しました。


――『一殺の沈黙者(サイレントスナイパー)』の上級駆動を確認致しました。


――併せて『天界の天象儀』の通常駆動を確認致しました。


――属性『大陸間弾道ミサイル』の作成に成功しました。


――命名しました。


――聖剣:セフィリエントを確認。


――VLS式で射出します。衝撃に備えてください。


――三、二、一。


――射出を確認。


 その一瞬後に天蓋へと向けて爆音と共に直上に上昇(のぼ)る爆光。

 全て脳裏に一瞬で述べられる言葉。

 意味は全く分からない。

 けれども、分かる。


 あれは一瞬で相手の元へ届けられ、確実な破壊を(もたら)すものだと。

 それを作ったのは間違いなく、慕う主どのだと。


「くくくく、たーまやー」

「かーぎやー、だろう?」

「どうでもいいことである、我らもしっかり殺さねばな」


 そう言ってニルティナは、暴れ狂う哀れな僧兵少女に人体に寄生し、根を張り魔力を奪い身体を構築する栄養も奪う宿木の種を埋め込んだ。

 直に黙り、確実に死ぬであろう。

 死んだ身体は冬虫夏草のように、からからに乾かし、全ての栄養を抜き取り……、果ては周辺に毒素をばら撒く。

 ここから先はとてもではないが、口に出すことは憚られることだ。



 一つ言えることは、『精製魔力』に耐性がなければ、確実な死が待っているということか。

 それこそ女性であれば、誰しも考えたくない死に方で、だ。



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