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ウェリエの聖域:滅びゆく魔族たちの王  作者: 加賀良 景
第4章-世界の分岐点- 侵攻(Invisible Legion)
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闘技大会 三日目 午後の部 -II- 【こわい】


 水の"どおむ"の中でしばらく寝ていたところで、きずいたらしかいの奥に『お母さん』とおまけがいた。

 おまけのティータはどうでもいいとして、『お母さん』のかっこうはとてもかっこいい。

 革製のがいとうにふくと下衣で地味な色合いだけれど、ボクとちがっておとなだから、ものすごくかっこいい。

 ボクも『お母さん』みたいなせたけになりたい。


 あと狙ってるのか、ボクのかっこうともにてる。

 ボクのは青と緑で先生曰く"けいこうしょく"? とかいうものらしい。

 なんとなく、ボクっぽい色ってことで先生は青のふくを買ってくれたので、こういったときようにひとつはもってる。

 けれども。

『お母さん』が茶色でも、あんなにかっこいいならボクもみにつけたい。


『お母さん』のかっこう大好き。


「オーティア、」

 ぴくぴくと黒い耳が小刻みに揺れる、オーティアの立ったお耳。

「『お母さん』がきたよ」

 ボクの言葉に「ふぁああぅ」と大きなあくびと、「う、うぅん」と丸まったせなかをのばすように動いて、からだ全体で"ぶるぶる"とふるえるオーティア。

 先生から聞いたけれど、狼種のぶるぶるは毛皮にいるがいちゅう? とかいうのを飛ばしたり、みずけを飛ばしたり、いやなことがあったらやるらしい。


 ということは、つまり……ボクはオーティアにとってふかいなことをやってしまった?

「うぅ、ごめんなさい」

 そう謝っても「なにが?」ときいてきた。


「だって、気持ち悪かったんだよね」

「うん?」

 くびをかしげるオーティア。

「だって、ぶるぶるとふるえたから」

「うん? ああ、いつものくせなんだよ、ねくすあ」


「そう、なの?」

「うん、むかしもいつも毛皮あるじょうたいで地べたにねころがるから、いつもくせでやっちゃう」

「へえ、」

「それにねてる内に毛もぬけるし、ごしゅじんさまに手すきして気持よくてもいつも常にいっしょにいるわけじゃないから」

「ふぁあふ」とあくび二回目に、口をもごもごとするオーティア。

 いつもはピンと立つ黒いお耳が、今は横に水平だ。

 じゆうじざいに動くみたいで、おもしろそう。


「ところで、大丈夫かなあ」

 うずうずとオーティアのお耳にきょうみがわいていたところで、オーティアからしんぱいそうなこえが。

「なにがぁ?」

「こんごのことも考えるとばれないように、となるべくいつもとはちがうかっこうになったけど、だいじょうぶだよね?」


 そうボクたちはあくまで、"おまけ"が先生のとなりに立たせたくない、左うでにさせないために来てる。

 "おまけ"は先生曰く『半殺し』ということばがあるようなので、それをする。

 先生のとなりにはボクたちがいること。

 あとは『お母さん』と、セシルとクオセリスお姉ちゃんと、エルリネお姉ちゃんたちもいること。

 "おまけ"はじゃま。


 だからはいじょする。

 でも『半殺し』にしたとして、ボクたちがはんにんだと知られたら、先生の監督不行届とかいうものになってしまう。

 それは避けたい。

 ボクたちはボクたちのかんがえでやってる。


 ボクたちのせいで先生にめいわくが行くのはさけたいし、同じすみかなのにとか色々言われちゃうかもしれない。

 だからばれないようにする。

 なので、おたがいの名前を変えた。

 黒柴は昔の名前らしいオーティアへ。

 ボクはイニネスから、ネクスアーに。


 それだけだとちょっと甘いというか、オーティアが狼種のままだとばればれだし、すみかにいる人間たちにもオーティアはばれてる。

 だから、むりを言って人型になってもらう……つもりだったけど、あっさり人型になってくれた。

 で、ボクはボクでネクスアーにもどるという方法があったけれど、オーティアがだめというのでこんなかんじになった。

 ついでにいえば、このときのために青いふくとがいとうを買った。

 あと、先生から仮面ももらった。


 これなら、たぶんばれない。


 それにあいさつしたら、直ぐに『お母さん』はかくり。

 オーティアと"ついで"の一対一のじょうきょうを作ってあげて、ボクは待つだけ。

 ああ、でも、

「狩人の狙風:狙撃」を使うんだった。

 それだけやったらねてよう。


『半殺し』にしてまんぞくしたら、帰る。

『お母さん』はいっさい、けがしない。

 けがするのは"ついでのおまけ"だけ。


「うん、だいじょうぶだよ」

「ほんとう?」

「うん、ほんとう」


 ということで、

「水の"どおむ"割るけど、じゅんびいい?」

「いいよ、」

 ふんす、と鼻息荒いオーティア。

「これでようやくあそべる」

 長くて黒いお耳を(しご)くようにさわるオーティア。


 なんだかとってもきもちよさそう。

「うるさいよ、たぶん」

 ちょっとしんぱい。

 おもに、爪をふるいそうで。


「だいじょうぶ、はしってると気にならないから」

 なら、

「いいや」

「うん、あ。あー、あー、ぎゃうぎゃあ、あー」

 オーティアがなにか声を出してる。


「なにやってるの?」

「こえ、だす、じゅんび。あー、あー、」


 ……。


「……『旋律』はめっ、だよ」

 のどもとがちょっとひかってる。

 どうみてもこえ、かんけいのものを使うみたい。


「えー」

「『お母さん』に当たっちゃう」

 ついでのおまけはどうでもいい。


「えー、わかったよう」

 のどもとのひかりが消えて、いつものオーティアの肌の色。

 あぶないあぶない。

 オーティアは、ほっておくといつもこうだ。


 こんなお姉ちゃん、ボクがかずな? を握ってないと。

「かずな?」

「かずな」


「なにそれ、やまのたべもの?」

 オーティアのこえといっしょに、水の"どおむ"が割れた。

 ちょっとお外がやかましい。


「たべものじゃないよ」

「うん? じゃあなに」

 正直にオーティアをにぎると言ったら、気を悪くしちゃうかもしれない。

 なので、

「先生を抑える、なわみたいなもの」

「?」

 ぎもんふをうかべた顔のオーティア。


「ごしゅじんさまに、わたしみたいな首輪つけるの?」

「つけないよ」

「つけないの……、」

 しゅんとかなしそうにうつむくオーティア。


「なんで、かなしそうなの」

「ごしゅじんさまとおそろいできないの、さみしい」

 むうむう、そっちにいっちゃうの。


「じゃあ、あとで白といっしょにいって、買いにいこ」

「ほんと?」

「うん、かずなもいっしょに買お」

「うん、うん?」

 くびをかしげるオーティア。


「なに?」

「かずなっておなわ?」

「うん、おなわ」

「……かずな……って手綱(たづな)のこと?」


 ……。


「たづな」

「かずな」


「た、づ、な」

「た、づ、な」


「たづな」

「かずな」


「まあ、いいや。とりあえずやること、おさらい」

「うん、おさらい」


「まずイニネスが、かべ作ってカクトとティータをぶんだん」

「うん、いわでね」

「あとは、はしりながら……、うではかわいそうだから、足の一本だけやる」

「うん、じゃあボクはさっきの魔法みたいなのをやる」

 あれはどうでもいい。


「……、足の一本やったあとに、あれはちょっとかわいそうだとおもうんだけど」

「だいじょうぶだよ、」

「なんで?」

「パイソお姉ちゃんたおしてるもん」

「あぁ、じゃあだいじょうぶか」


 うん、だいじょうぶ、ぜったいだいじょうぶ。

 ボクだったらぜったいにパイソお姉ちゃんに勝てない。

 だって、こわいもの。

 せたけはおっきいし、こえもおなかにひびくからこわい。

 先生よりもおっきいなんて、ぜったいこわい。


 エルリネお姉ちゃんはこわくない。

 いつも『お母さん』といっしょに教えてくれるし、こえも優しいし先生からもらった魔力でもエルリネお姉ちゃんを悪く言ってるものはなかった。

 だからエルリネお姉ちゃんはだいじょうぶ。

 パイソお姉ちゃんこわい。


「いため終わったら、わたしがしょうへき割るから、いっしょに帰って首輪だね」

「うん、先生どんなのよろこぶかな?」

「なんか、ふといのを見てたからそれ買ってこよ」

「うん、じゃあそれで」


 ところで、


「やっぱり、うるさいね」

「うるさいけど、気にならないかな」

 はやくして、と言わんばかりにオーティアの方を見ると、歯というか牙が口のはしから見えていて、やっぱり狼種らしいとおもう。

 でも、こわいというところが全くかんじないのは、オーティアだからなんだろう。


 ふっと奥を見るとアヅとかいう人間が、『お母さん』とおまけと話し込んでる。

 はやく終わんないかな。

 さっさとはいじょして終わりにしたい。

 先生はボクたち家族のもの。


 同じすみかだからって、ついでのおまけなんだから家族面しないでほしい。

 とかなんとか、オーティアと話してたらアヅが寄ってきた。

「いきごみを」とか言ってたけど、「いきごみ」ってなんだろう。

 オーティアを見てもとくになにもなく。


 よく分からないから、今おもってる「はやくはじめて」と言っておいた。

 オーティアは「うるさい」って言った。


 あきれたような顔のアヅだけれど、どうでもいい。

 オーティアのこの姿はたぶん、もうない。

 ボクは仮面をつけてる。

 あといつもより、昨日の魔力をもらったおかげで、せたけがちょっぴりのびた。


 だからだいじょうぶ。


 ジニとアヅ、それと観客たちが数字をかぞえてる。

 同時にかねを鳴らすみたいだ。


 ちらと横のオーティアをみたら、牙を口のはしに見せながらわらってる。

 なんとなく、先生みたいだ。

 先生もそんなわらいかたをする。


 ただ先生とちがうのは、黒いしっぽがお耳のようにピンと立ってるし、足はつまさき立ちで手は地面にかるくさわっていて、見るからに図鑑(ずかん)でみた『獲物を前に狩りをする狼種』のようなすがただ。

「ぎゃるるる」といったかんじでオーティアの口から、ききなれないこえがきこえた。

 よく分からないけれど、狼種ってこう鳴くのかもしれない。


威嚇(いかく)』とか先生が言ってたけれど、なるほど流石先生だ。

 オーティアがこわくかんじる。


 砂をかむようなこえと「まずは、」とこえがきこえた。

 うん? ときき返そうとしたところで、「まずは『剣』なしで、避けれるかやってみよう。避けられたら牙でいっかい割って、それでもだったら『属性剣』」


 よく分からないけど、なんかこわい。

 やっぱりオーティアには、ボクが『かずな』をにぎってないといけないみたいだ。


「それでは、はじめ!」とこえが聞こえ、かねが鳴ったけれど、オーティアは。


『はじ』のじてんで、はしった。

 まだ始まっていないのに。

 きそくやぶってる。


 オーティアはせんぱいお姉ちゃんじゃない。

 むしろ、ボクのほうがお姉ちゃんだとおもう。

 あんなにボクはきそくをやぶらない。



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