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ウェリエの聖域:滅びゆく魔族たちの王  作者: 加賀良 景
第4章-歴史の分岐点- 恐怖の怪物(Nightmare Horror)
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闘技大会 三日目 午前の部 -IX-


「いやあ、意外だなパイソ」

 両膝を左右に開き、両方の足首を組み合わせる座り方を胡坐(あぐら)というらしい。

 そういった呼び方を兄上、いや我が王から聞き、今そういった座り方をしているが、なかなかどうして。

 昔からこういった座り方はよくやっていたが、我が王から名前を聞いて以来、この座り方が好きになった。


 下衣(したぎ)が見え易くなるとは言うが、私の下衣を見て誰が喜ぶというのか。

 我が王が喜ばないなら恥じらいもなくなるし、そもそもとして私は今、下部甲冑(アーマースカート)というものを着用している。

 下衣など見えるはずもないし、せいぜい太腿(ふともも)が見えているだけだ。


「何が意外なの」

 ニルの評に対して軽めに聞いてみれば、「パイソのことだから悪足掻きするかなあ、とね」という返答が返ってきた。

「いや、しないよ」

 と言ってみたが……。


――するかもしれない、

 と改めた。


「しかしまあ、パイソが負けを認めたら自動的に我も負け。

という敗北条件があったが、パイソ、お前のことだから最後までやるだろう……とは、"高を括って"はいたが、なあ?」


 どういう目的があったんだい、といつも以上に優しく私に問うてくるニル。

 今、私は控え室で胡坐をしながら、ニルの治療を受けている。

 明るい光を放つ緑色の魔法陣を展開されて、「治癒の葉」とかいう魔法の薬草をぺたりと貼って貰っている。


『奪熱凍結の言霊』の熱吸収と『静止』すれば、傷を凍結させるということが出来るというのに、わざわざニルは回復魔法である「治癒の葉」を使っている。

 要らないとは言わないが、擬似回復魔法があるが故に不要とも言える。

 別にほっといてくれても構わないというのに。


 そんなことを別に声には出してはいない筈だけど、ニルは溜息混じりに「お前と我は、日本語で言えば"パーティ"、いわば仲間だぞ。仲間に力を使って何が悪いというのじゃ」ということだった。


「ま、気にするでない。好きでやっていることだからの」

 そういうものの、私としても嫌ではないし、『静止』という力を持ったとはいえ『治癒』とは違う使い方だ。

 そう考えれば、むしろ助かることか。


「いやはや、先ほどの戦いはビビったのう」


 先ほどの戦い……。

 もしかしてもくそもなく、ティータとカクトの二人との戦闘だ。


「カクト嬢があそこまで強いとは。正直、二日目の名も知らぬ学生たちと同程度の"セント"と考えていたら、"センティアトリト"だったとは、考えもつかなんだ」

 "セント"?

「"センティアトリト"?」

 とは、なんのことだろう。


「ああ、済まない。我が眷属(ドローン)で、樹狼、蟲虎よりも多数いる攻城用の眷属でな。系統で言えば虫かのう」

 と、言われても分からない。

「ええと」

「うむ。主どのの言葉を借りるなら"蟻百足"というものらしい」

「"蟻百足"?」


「"ありむかで"じゃな。パイソならば"セムイ"と言えば分かるかの」

「あー」

 セムイというのは女王と呼ばれる文字通りの『王』と多数の兵士と民で構成されている虫だ。

 大きさは人の爪の先ほどの小ささで、簡単に潰せる小さき者。


 セムイは、穴という穴に入り込み生物の身体を内側からズタズタにするという、恐ろしい攻撃性も持っている……が、基本は簡単に潰せる虫だ。

「で、センティアトリトというのは」

「ああ、疑問も尤もだ。センティアトリトは我が眷属の森の中でも、特別に気性が激しく荒いものでな。我的に蟲虎よりも危険度が高い生命じゃな」


 というと、

「気性が激しかったと」

 もちろん、カクトが。

「うむ、そうじゃのう。我が話しかけても、無視というかだんまりというか、警戒されておった」

 悲しい、とはよくいったもんだ。

 戦闘中に話し掛けられる方が、非常に迷惑だというのに。


「で、どうだった。カクトは」

「舐めておったが、『砂塵の巨人』を出せたからの、我は満足じゃ」

 ということらしい。


「しかし、まあ。パイソが負けを認め、我も続いたが……、どっちが勝ったか傍目では分からなかっただろうに」

「まあね」

 私が負けを認めたあと、ティータも剣を落とした。

 片手で剣を支えられなくなったから……ではなく、どうやら人を斬るのを初だったのだろう。


 私の首元と自分の手を交互に見ていた。

 ティータの剣先というか刃を通って、血が滴り、魔力が漏れ出る様はまず無いだろう。

 そういう点でも初かもしれない。


「魔族、人魔系は首に血を滴らせる前に首が落ちるし、魔力素を漏らし血を滴らせるなら獣魔になるが、獣魔は少ないからな」

 パイソみたいなことになるのは少ない体験だろうな、と笑うニル。

 やられた私としてはたまったものではないが、確かに中々ない体験だろう。


「初めて人を斬ったと思われる者たちがズタボロながらも勝ち、片や負傷が首を切られた方だけが負け」


 パッと見分からんだろうなこういった決着は。

 そう、ニルが私を見ながら呟く。


 カクトもティータもズタボロで、憔悴(しょうすい)しているかのように足腰がガクガクと震えさせ、お互い肩を持つように抱き合う二人。

 ティータは先の折れた剣を杖にしており、服の至るところは焼け焦げ、女性とも見える顔は(すす)灰で汚れ、靴には溶岩が当たったようでぶすぶすと黒い煙が上がっていた。


 どちらかといえば、カクトたちの方が敗北側だ。

 けれども、実際は私たち『魔王』組が負け。


「しかしまぁ、傑作であったな。パイソも」

「何が」

「いやあ、パイソがティータどのに『剣技部部長』の位階を渡すときの、パイソの顔じゃな」

「……はぁ……」

「いやあ、パイソがいかにもその部長職というのが嫌だったのか、目に見えて分かるぐらいにニッコニコしておったからのう」

 そんなにニコニコしてたのだろうか。

 そんな記憶はない。


「『良くぞ、私に勝ったな。人間、ティータよ。汝には我が咆哮を真正面から向かい、打ち破った勇気を称え、汝には『勇者』と二つ名をつけさせて貰う』」

「…………、」

「『それと、私を破ったのでな。その功績により、人間が持つべき称号『剣技部部長』の位階と称号をやろう』」

「……………………、」

「そういって、ティータどののズタボロな身体のうち、肩をバシバシと叩いている辺りは、流石の我もティータどのに同情したぞ」

 と、アハハハと笑うニル。

 記憶にございませんと言っていいだろうか。


「物凄く嫌そうな顔というか、痛そうというか。うん、ひどい顔であったのが、またなんとも言えぬ」

 変わらずアハハハと笑うニル。


「あっそう」

 うん、どうでもいいや。


 しかし、まあ……。

 先ほどの戦いで感じた『静止』と『流転』の力。

 いや、熱の『奪取』または『吸収』。

 そして『収束』いや、熱の『凝縮』。


 熱の『凝縮』は先ほどの剣に使った。

 これをもし放出するとしたら、文字通り『放出』だろうか、それとも『拡散』だろうか。


「で、だ。パイソ」

「うん?」

 なに、ニル。と言いたげに、ニルの方へ向けば、

「気になっていたんだが……、」

「うん」


「あの敗北条件はなんだったのだ? パイソなら悪足掻(あが)きをするだろうとか色々考えてはいたけれど」

「ああ、それは」

 もったいぶるものでもないので、普通に教えた。

 というのも、


「私たちが勝つことって基本的に利益ないんだよね」

 ということだ。

「……、どういうことだ?」

 そう言うと思ったよ。


「まず勝ったとしよう、これに対しての利益は……。

我が王に対して"アピール"というのかな、『凄いんだよ!』と言えるだけだと思うんだよね」

「……そう、か?」


「逆に負けたとしよう。その場合の利益はこんな感じ」

 そう言って右手の人差し指を見せる。


「まず一つ目は、『元々の目的である位階を渡すことが出来る』こと。

もし勝ったとなったら、自動的に最終戦まで取っておくことになる」

「うむ、」

「最終戦で負けたとしよう。一般人のどっかの精鋭である『騎士』もしくは根無し草の『冒険者』に『部長』の位階を渡せると思う?」

「………………、無理……だな」


 うん、

「無理だよね。学生じゃないから『部長』なんて貰ってもしょうがないし、下手に『騎士』が譲り受けたとしたら、望みの自国の誰かに渡すという不正というか、そういうものが出来る」

「…………うむ、」

「根無しの『冒険者』だったとしても、やっぱり要らないモノだから金で売るとか考え付くよね」

「………………、」


「じゃあ最終戦も勝つとしよう。ニル、私の目的は?」

「…………面倒なその位階を渡すこと」

「ということで、私の目的に適わないので負けなきゃいけなかった」


 なるほど、と呟き声のニル。

 もちろん、ほかにもある。


「次に、」

 と、中指を天に突き出すように見せた。

「ニルは私と違って勤勉だし、我が王と一緒に図書館行くから分かると思うけど」

「うん、」

「『魔王』って必ず『勇者』に倒されるよね」


「ああ、ううん。そう言われれば、そうだな」

 歯切れがちょっと悪いニル。

「『魔王』としての『竜種』の知識があるから、『魔王』は必ず『勇者』に負けなければいけないと言っている」

「なぜ?」


 なぜって、

「それの方が都合がいいから」

「意味が分からん」

「『魔王』は悪だといい。なぜなら子供たちが『騎士』とかそういった国の防衛に興味を持ってくれるから」

「ええと?」


「よくあるのが『魔王』を倒して、お姫様とかを助け出す。これに込められた意味は、『誘拐は悪』、『誘拐したら殺される』、『助け出せば褒められる』の三点」

「うん、よくあるな」

「うん、だから。悪をやったら懲らしめられるという意味になるよね」

「うむ」


「これは誰でも知っているお話で、それは誰もが『勇者と魔王』という構図。そして『魔王は悪いことをやったから、必ず負ける』」

「…………、まさか」

「どのまさかかは分からないけど、圧倒的強者である『魔王』と名乗ってる私たちが勝ったとしよう。すると、観客たちはどうおもう?」

「『魔王』が、健在したままになる……」

 そう。

「健在したまま人々の心に残る。『圧倒的な戦闘力を持っている悪しき魔王』だって」


「………………、」

「私が我が王と同じように『魔王』と名乗ったのは、これなんだよね」

「というと、」


「『魔王』が人たる『勇者』に負ける。つまり『悪は滅ぶ』と、誰もが分かる構図になる」

「………………、」

「今後、これでいくら暴れようが『魔王』を下した『勇者』がいるってことで、人々にはそんなに恐怖は起きないだろうね。私も『咆哮』とか滅多なこと以外しないつもりだし」

「…………、」


「ついでにいえば、負けたのがティータ相手で良かったよ」

「なぜ?」

「うん? だって。『勇者』ティータと『魔王』の我が王が一緒に住んでいるんだよ。業腹(ごうはら)だけど、我が王の首に黒白柴のような首輪と紐が繋がれていると思われるよ」

『魔王』という括りの私を下した『勇者』だから、である。


「はあ、」


 で、最後に。


「三つ目だけど、」

 親指を上げて三本目の指。


「そもそもとして、ティータ相手だったからというのもある」

「なぜ、って聞いてやる」

 いやね、


「『魔王』の我が王の陰に隠れているからね。朝の散歩のときの我が王からの評価が、かなり高いんだよねティータ」

「へぇ……、」

「そりゃもう、羨ましいぐらいに」

「どれぐらい?」

「物凄い高い。羨ましい。親友とか何があってもティータの友人でいたいとか、言われてみたい」


「羨ましいな」

 でしょう? と"大マジ"で言いたい。


「それでいて、我が王曰く陰に隠れているというからね。これで目立っただろう」

「それのために負けたのか?」


「元々の目的は位階だよ」

「それは大前提として知っている」

 その上で聞いているとか何とか言っても、それしかないようななくないような。

 よく分からないので無視することにした。


「とにかく、苦労すればいいんだよ。いつも陰に隠れて目立ちたい目立ちたいとか言ってたんだし。『勇者』なんて目立つのが仕事なんだ。目立ってへとへとになって、我が王の苦労を知るがいい」


「本音が出おった」


 やかましい。


 とにかく、私でさえ『魔王』の使い魔ってだけで色々疲れてしまうことがある。

 その上『部長』という位階が邪魔すぎる。


 そして我が王はもっと疲れているであろう。

 私とニルといった使い魔組にエリーとエルの奴隷紋組にイニネスと黒白柴の男子寮組。

 セシルやセリスといった奥様方がいるし、ツペェアの『宮廷魔術師』としてのこともある。

『魔王』と呼ばれて色々あるとも思う。

 私なんかよりも仕事量が圧倒的に多いのだ。


 そんな中に我が王の仕事量とまでは行かなくとも、私と同じぐらいに苦労するがいい。


「それに、」

「それに?」


「あのままやってたら、普通に殺してたしね」


『静止』で、だ。


「だから、まあ良かったと思うよ。ホントに」



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