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ウェリエの聖域:滅びゆく魔族たちの王  作者: 加賀良 景
第4章-歴史の分岐点- 恐怖の怪物(Nightmare Horror)
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闘技大会 三日目 午前の部 -III-


 まず最初に動いたのは意外にもカクトだった。

「させないっ」

 カクトの戦種(スタイル)はゴーレム召喚系だ。

「守れ! 『岩壁』」

 その宣言と共に出現(あらわ)れるのは、岩の五枚に連なる分厚い壁。


「カクトっ! 手筈通りに!」

「うんっ」

 彼らが取った作戦は、単純にペアvsペアを取ることだ。

 間違ってもソロvsソロ、ソロvsソロの戦法を取らないということ。


 常道手段では、ソロvsソロを持ち込んで各個撃破が良い手段だが、ティータは昨日一日ずうっと寝る間も惜しんで悩んだ。

 敵対する二人(パイソとニルティナ)はどう考えても、防御と攻撃能力が一流だ。

 それに比べて自分たちはどうだ。

 防御と攻撃を同時に両立するのは、非常に難しい上にどれだけ見ても二人に比べたら、どれも一回りどころか十回りぐらい能力が低い。


 そこで常道から離れた作戦として、カクトを防御だけに専念させ、ティータ本人は攻撃、それも接近戦法(インファイト)に持ち込む。

 特に最初に叩くのは、要である狂炎(パイソ)本人。

 見るからにして剣戟系の能力または、それに近い性能持ちだ。

 比べてニルティナは大雑把な能力で、土槌もしくは岩槌で圧倒してきた。


 逆に考えれば『狂炎』本人をひたすら叩くだけ叩いていれば、流石に狂炎ごと槌で打ってくることはしないだろうという、そういった願望を含めての作戦だ。

「いくぞ! 『身体、強化』ァ!」

 作戦を組んでから何度も何度も、イメージトレーニングをした。

『身体強化』してから……が、作戦の本番だと。

 何度も恐怖した、ここから先が本当の。


 それでも、ティータは喜んだ。

 ここを越せば、自分が尊敬する同居人が立っていて、見ている景色が見えると。

「は、はぁぁああああぁぁッッ、行く――」

 恐怖をねじり伏せ、あの日の同居人と共に河川敷で食べた串焼き。

 その日の夕方のことは、目を瞑らなくてもいつでも思い出せる。

 あの時に得た恐怖。

 それよりも、何よりも自分を助けてくれた勇者の存在を。

 そのときの胸の高鳴りと、落ち着かない感覚それだけを元に頑張ってきた。

 いくつも、その想いを今ここに昇華するところで、足元から異変が起きた。


 それは、

(あめ)ぇ、位置はバレてるんだよッッ!」

 巨大な。

――溶岩の噴出孔だ。


 並の人間であれば直撃を受ければ、身体中大火傷で手足が焼け落ちて、障害者として人生を全うすることになるような一撃。

 それをギリギリで避けるティータ。

 前髪が溶岩の破片を受けて、焦げた。

「くっ、」と言う顔には焦り一色。


 そのティータの声と共にあの厚い岩壁に斜めに一条の赤い亀裂が入り、上半分が右下にスライドし、轟音と共に地に落ちた。

 パイソはつまらなさそうな顔で、ティータたちは最早無表情。

 出る声はない。

 あの分厚い壁を両断した。


 つまりは人の身体など両断出来るということ。

 これには一撃でも当てられたら死ぬということ、これには誰もが無言になる。

 パイソの剣を持たない手から、爆炎と何かを燃焼し爆発する音が聞こえ始めた。

 だが、ティータは。

 ティータには立ち塞がる、その壁が天をも貫く高過ぎる壁に――。

 心が折れかかった。


 しかし、

「これで終わりだ。貴様の『無謀』は有害だ。わざと外してやる」

 どれだけ対策を積んでも、無謀過ぎた。

 もう勝てない。

「そのまま敗北し、我が王の前から消えろ。我が王に『無謀』を与えるな」

 その言葉に、ティータは。

 ああ。荷物まとめるか、と諦めついたとき。


 パイソの背後。

 遠く背後の観客席に「あ、」と、ティータが尊敬する勇者の姿が見えた。

 どれだけ『無謀』であっても、どれだけでもティータを信じると言ってくれた同居人。

 あのときにみた、背中。

 追いかけて追いかけて、ずっと戦友(しんゆう)として歩みたいと思った背中。

『魔王』と呼ばれながらも、自分だけの『勇者』だと思ったその背中。


 あの一日目の夜。

 ティータを認めたが故に、金貨で自分たちに賭けてくれた。

 自分たちを買ってくれた。

 その彼が見てくれている……ならば、ならば。


「勝つ、勝つんだ。絶対!」

 ティータの意識は再起動した。

 しかし、今更起動しても現実は非情だ。

 既に狂炎の狂宴たる狂った炎は起動しており、狂炎の腕からは火の玉が現れていた。

 並の人間であれば、ただの火の玉と思うかもしれない。


 だがいちいちが大規模災害級のパイソだ。

 当然、ただの火の玉ではないと誰もが感じ……射出された。

 その速度は誰もが使う攻性魔法の「火の玉」より早く、視認出来たものは少なかった。

 それはいわゆる音速を超えるほどでもないが、それでも分厚い空気の壁を貫き弾ける音を響かせながら、疾走(はし)った。


「火の玉」もとい「弾丸」は疾走った地面に火の海を作りだし、駆け抜け、ティータの後ろの観客席の障壁にぶつかり、これもまた人間が直撃したら即死するであろう爆音を響かせ燃え尽きる。

 だが、その爆音の前に既にティータは動いており、ティータの目はパイソの朱い目だけをみて頭を狙った。

 首は流石に両断してしまいそうなほどに細いからだ。

 その点頭には、ヘッドギアがある。


 ヘッドギアに当たりさえすれば、致命傷は免れる。

 だから狙った。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「『眷属(ドローン)火炎茸(ハイポクレア)』」

 どこからともなく聞こえた声と共に、感じるのは吹き飛ばされた感覚。

 ほんの一瞬だけ意識が飛ぶが、直ぐに覚醒し空中で受け身を取った。

 その受け身は、かの『魔王』の理解者という者がとった受け身と同じものだ。


「むう、エルリネと同じ受け身か」

 そう、それは灰色の姿をした『錬金術士』だ。

「ニルティナ……さん」


 うむ、と頷く『錬金術士』は、


「どうやら、我を忘れてくれているのでな。我も参戦だ」

 そういって狙った通りの展開であったが、一つだけ誤算があった。

 それは、槌といった大雑把な攻撃ではなく、小回りが利くものがあったことだ。

 確かに剣技部元部長戦で爆発といったこともあった。


 しかし、どれもパイソの能力だと思っていたのだ。

 まさか、ニルティナの能力とは考えていなかった。

「なんだよ、ニル。私の獲物取る気?」

「取る気はなくはないが……、我の獲物はカクト嬢であるぞ」

「そう、ならいい」


 この問答に焦りを感じた。

 当然だ、誤算に加えてソロvsソロという危険な状態になってしまう。

 自分は身体強化がある。

 けれども、カクトにはそういったものがない。


 このような高速でめまぐるしい戦闘に放り込まれたら、何にもできないのがカクトの持つ攻性能力だ。

 それだけは避けたい。

「くっ」とカクトの前に立ち塞がろうにも、パイソが迫る。

 一応、すべての作戦が効かずソロvsソロを余儀なくされた場合の、作戦はある。


 それは……カクトを気合で耐えて貰い、その間にティータが片付けるという余り考えたくない作戦だ。

 だが、そうも言ってられない。

 だから、ティータはひとまずカクトを忘れた。



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