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ウェリエの聖域:滅びゆく魔族たちの王  作者: 加賀良 景
第1章-人生の分岐点- I
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殺戮

 時は少し遡る。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 今日もまた「dfpfavxzd(どんかく)」で夕暮れまで遊ぶ。

 追いかける側の「おに」は最年長者の私とアクトたちで。弟たちは逃げる側だった。

 みなが外へ逃げる中、弟は学校の中へ逃げた。


 私は自然と弟を目で追ってしまう。

 弟が学校の中へ消えてから、しばらくするとメティアも学校の中へ消えていった。

 きっと、間違いなく付いていったのだろう。

 別に恋敵(こいがたき)とかそういった認識は、私は持ちあわせていない。


 私は弟が好きという病気に患っている。

 何故かは分からない。

 そしていつからか分からない。

 回復魔法を私に掛けてくれたからか。

 私を『(おんな)』として守護(まも)ってくれることを約束してくれたからか。


 それとも、あのときに見せてくれた、

――燦然と輝くあの綺麗な文様を見せてくれたからか。


 あの時の文様は、私を安心させてくれた。


 私が弟を好きなのがそれが理由で。

 自分が異常なのは自覚しているから。

 弟と弟のことが好きな子の恋路は邪魔なんか出来ない。

 でも、もし弟が私を選んでくれたら。

 それはとっても、とっても嬉しいことなんだろうなと私は想う。


 魔族の枝族によっては、七歳ぐらいで子作りが出来るという。

 それを女友だちから聞いて「いいな」と思った。

 私はもう「九歳」だ。

 私が魔族なら、もう作れるのだ。


 お母さんとお父さんは昔、お互い愛しているとしていたことがある。

 お母さんはいつも気持ちがいいと言っていた。

 私もしてみたい。


――もちろん相手は決まっている。



 そんなことをメティアが消えていった学校の玄関を見やりながら、ぼんやりと考えてしまう。

 こんな妄想をしてしまうのも、アウレの所為だ。

 アウレが子作りなんていうから、私は弟に懸想するようになってしまった。


 気持ちを切り替えるようにして、弟が発明したこの「dfpfavxzd(どんかく)」について考える。

「dfpfavxzd」とても難しい発音で、なんで弟は話せるのか分からない。

 分からないけども、私の自慢の弟だから問題ない。


 弟はなんでも知っている。

 回復魔法の効果に潜在属性が関係するなんて、誰一人として知らない。

 誰一人として知らないことを弟は知っているのだ。


 きっと弟は世界を旅して、怪我した人を回復して周るえらい人になれるのだとおもう。

 私は(ミリエトラル)の姉だから、結婚は出来ない。

 とても悲しい。

 でも、弟と一緒に世界を周ることはできるはずだ。


 一緒に旅して、弟はきっとメティアか別の女の人を娶ると思う。

 それを見てから、私は旦那を見つけようと思う。

 まあ、多分行き遅れているだろうが、それでもいい。

 弟が私を選ばない、ということを知っただけでもいいことだ。


 ……やっぱり駄目だ。

 アウレが私に子作りという言葉を教えた所為で、日に日に弟に対する想いが溢れてしまう。



 そのとき、粘っこい下卑た魔力が私を襲った。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「誰?!」

 私は、その魔力から逃れるように飛び退く。

 左手に木刀の鞘を持ち、右手で木刀の柄を持つ。


 目の前に、下卑た嗤いを張り付かせた鎧姿の男たちが七人ほどいた。

 殺意、殺気などではなく、彼らにあるのは悪意。

 ぞぞっと鳥肌が立つ。

 今までに感じたことがない気配。


「貴方たちは誰?!」と、私は誰何するが、彼らは私をみてニヤニヤと嘲笑う。

――気持ちが悪い笑い方……。

 警戒値は既に振り切っている。

 これは初めての実戦。


 実践ではない。実戦だ。

――私は『女』であるけど、お父さんの『娘』……。

 と、自分で自分で奮い立たせる。

 怖い。

 でも、ここで逃げることは。

 騎士を目指す者として、愚策。

 ならば……やるべきことは一つ。


「それ以上寄れば、この木刀で貴方たちを打ちます!」

 それでも彼らは嗤うだけだった。


 その異常な光景に、アクトは私の許へ飛び退ろうと跳んだとき、正面の鎧姿の男が剣を一閃。

 そして。


 ………………

 …………

 ……アクトの首が落ちた。



 瞬間、魔族であるアクトの首から魔力素が噴出し、即宝石のような個体に変わり。


 ……そして粉々に砕けた。


 私は、泣きたくなった。

 脚はガクガクと震え、私の赤ちゃんが出来るところから水が漏れ出る。


――怖い。怖い。怖い。


 心臓が止まらない。

 バクバクと早鐘を打つ。

 歯の根が合わない。


 数瞬遅れて私より年下の子や隠れ損ねた子達が散り散りに逃げ出す。

 その瞬間、鎧姿の男の中からローブを着込んだ男から、魔力使用時のあの痛痒感を感じさせた。


 この場面での痛痒感が(もたら)す結果は一つしかない。

――拙い!


 と心のなかで思っていても、私は動けない。

 心臓がバクバクと早鐘を打っているし、いつもであれば軽やかに動ける自分の脚が鉄のように重くなってしまっている。


 その考えている間に、ローブ姿の男は派手な音を出さないが確実に命を刈り取る魔法が発動し、逃げて惑う年少者たちを蹂躙した。

 男の子も女の子も分け隔てなく舞うのは、友だちの身体……だったモノ。


 辛うじて生きていた友だちもみな残らず殺されていく。

 鉄さびのような臭い。

 ほんの数秒前まで、友だちだった……モノ。


 余りの力の差に私は抗う気持ちが一切起きなくなった。

 

 その気持ちに震えていた、ほんの数瞬は私にとって致命的なことで。


 私は何かをされ一瞬で気絶させられた。


 気絶する瞬間、最後に聞いた言葉は。


「俺達の愉しい愉しい玩具追加な」


 とても……とても、不吉だった。


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