闘技大会 一日目 午後の部 -II-
「さぁ! やって参りました。当日参加、一般の部! 私、ジニと!」
「アヅ」
「が、午後も実況致します!」
キンキンと女の声が戦場に響き渡り、
「あううう、うるさいよう」と黒柴がダウンしかかっていた。
余りのうるささ故か、黒柴の長い耳の先っちょを掴みぐいっと下に下ろした。
その姿に何の意味があるのか。と、イニネスが聞いてみれば、
「耳の穴これで塞げる……ちょっとだけうるさくなくなった」とのことだった。
「さて! 始まりました午後の一般の部! 午前の部である学生部では、血肉沸き踊る戦いが余りにも無く! 東西南北の内、東西南までの組が四組!
本来必要であった八組の数合わせのために、急遽北組を本選までの組数を二組から四組に増加! という処置!」
「うん、正直に言って金返せって暴動になる状態だったよね」
「全くです! うおおおお! 観客どもおおおおお! 戦いを見たいかぁああああ!」
――おおおおおぉぉぉぉ!
「声が小せえ! 見てえのか見たくないのかァ!?」
――見てええええええええ!
「聞こえねぇええええ!!」
――うおおおおおおおお!!!
午前以上にアイドル化したジニ。
「あー、ジニちゃんと一部の方が熱狂している間に、みなさんに今大会の基本規約を申し上げます」
対してアヅは淡々とカンペらしき紙を持ち、チラチラと見ながら読み上げる。
「ええっと……一つ、全力を尽くすこと。二つ、悔いは残さないこと。三つ、やり過ぎて人を殺さないこと。四つ、降参している相手に追討ち掛けないこと。五つ、降参したら早急に出て行くこと。六つ、うっかり死んでも今大会関係者には責が及ばないことを覚えておくこと。死んでも知らないから。だからと言っても殺さないように。
殺した場合の刑罰はザクリケルの刑法に準拠します。七つ、観客相手に魔法とか使わないこと。一応、障壁あるけどね。それでも駄目だよ狙ったら。あと、私たち審判兼実況も狙ったら駄目だよ。
最後に八つ目は、しっかり楽しむこと。自分が楽しむことも大事だし、観客も楽しむようにしてね。以上です、頑張ってくださいね皆さん」
基本規約を淡々と述べ終わったアヅ。
続きましては、と述べるアヅ。
「ジニちゃん、私の番は終わったからジニちゃんの番だよ」と促すアヅ。
「あ、終わったのアヅちゃん」
「うん、終わった」
「よぉおおし! じゃあ私からのひとことねー! 一日目の内容は乱戦だよ! 各全体組から大体二組を選出! 過去には一組とか勝負がつかなくて四組残ったりとか、色々あったとかないとか! ということで二組ぐらいになるまで戦って! 選出終わったら明日続きやっていいから! 終わったら帰って明日の本選を忘れないようにぐっすり寝といてね!」
終わり、以上! と叫ぶジニ。
――分かりましたあああああ!
と叫ぶ観客たち。
イニネスはしれっとした顔つきであるが、対して黒柴は完全にダウン中である。
「辛いよう、イニネス……」
お耳が壊れちゃうと泣きべそをかく黒柴。
「……おーてぃあ、ボクはネクスアーだよ」
「うう、ネクスアー……」
「お耳に水のまくを張ってみる?」
「水の膜?」
「うん、水のまく」
「それでうるさいのが収まるの?」
「よく分からないけど、先生の知識にあったよ。お水の中だと音がとおりにくいって」
「あううう、じゃあそれやってよぉ。うるさいよう……」
しくしくと泣く黒柴。
「うん、ええっと」と何か悩むような素振りを見せてからの「起動、『けんじゃのいし』と、『しぞくせーのおー』!」と声ひとつで、イニネスの右腕に「炎」「水」「風」「地」「氷」「雷」のそれぞれの意味を表す紋章をまとい、手首にはじゃらっとそれぞれの属性を模した石の数珠状のブレスレットが虚空からにじみ着用れる。
「おーてぃあの耳に「みずのまく」を付与して」
その言の葉のあとに即展開される水の膜。
「あううう、聞こえなくなった……けど、わたしの声が聞こえにくいよう」
「うん、ボクの声も聞こえにくいよね」
「でも、我慢するぅ」
そう呟いても相変わらず耳を塞ぐかのように、下にぎゅううっと引っ張る自身の耳。
そんな中でまたも響く女性の声。
「さあって! いい加減私たちの話なんかよりも戦いを見たいなァ! ということだ。早速だぁ! もう始めるぞお前ら準備はいいかァ?!」
――うおおおおおおおおぉぉ!!
「お前ら観客に言ってねえよ! 参加者ども、いいかあ! 始めて!」
――うおおおおおおおおぉぉ!!!!
「アンタらじゃねえ!!」
叫ぶジニと観客を尻目に、
「ねえ、おーてぃあ。はじまるみたいだよ?」と聞くイニネス。
対して「あうう、やっぱりきょうはだめぇ。……ねてていい?」と、かなり青い顔の黒柴。
「ええ、しょうがないなあ」と残念そうな声ではあるが、肝心の声音はやはり平坦。
「ごめん。うう、やっぱりきもちわるいいい」
そう言ってぺたりと座り込む……どころか、ふっくらと膨らんだ尻尾を噛むかのように丸くなる黒柴。
直立していた長めの耳は、器用にもぺったりと耳の穴を塞ぐかのように伏せ……
「ふわぁ。イニネスー、"ぴんち"とか言うのになったら起こしてねえ」
「おーてぃあ、ボクはいまネクスアーだよ?」
何度もお互いの本名を言い合う辺り、慣れていないのがバレバレな二人。
「あと、おーてぃあ。"ぴんち"とかいうのはきっとないよ」
そう言い切るイニネス。
「そうー?」
「うん、だって。いま、ボクには、」
そう言って黒柴に見せるのは、両の腕にあるのは。
「わう、わたしの首にある絵みたいで、きれい」
そう、今イニネスの腕にあるのは、
「えへへへ、くろしばとしろしばに描かれたまほうもん。核に描かれたわけだから……」
「『かく』にえがかれたから?」
「えへへへ、ぜんしんに描かれているんだよ」
そう、イニネスの手足顔胸背中腿すべてに『精神の願望』が張られており、通常であればイニネス自身の肌の色で隠れる。
しかし、今は『けんじゃのいし』によって魔法陣が魔力が通され、複雑で緻密に描かれた魔法陣が手足と頭の先から心臓に向けて、光が明滅する。
「これがあるから、"ぴんち"とか言うのはないよ」
「そっかあ」
「うん、だから寝てていいよ。代わりに明日からがんばって」
ぐったりしている黒柴に対しての呆れなどはなく、ただあるのは平坦な声。
「うん、そうするう。ところで、やりすぎないようにね?」
心配そうに声を掛ける黒柴。
「やりすぎる?」
対して「なにそれ」と言わんばかりな声音のイニネス。
「今、うるさいのが規約で『殺さないように』っていってたよ?」
「うん、それは聞いてたけど……『殺さないように』って……。つまり、どういうこと?」
「うぅん、よく分からないけど、死なない程度に……。だから、わたしだったら……」
腕を噛み砕くとか肘を切断するとか、そんな程度? と誤ってはいないが、極端すぎる具体例を明示する黒柴。
対して、「ふぅん?」と分かったような分かってないように応えるイニネス。
「うぅんと。よく分からないけど、無力化してお肉にしちゃう手前ぐらいに追い込めばいいのかな?」
「うん、たぶんきっとそう」
「ふむふむ、だったらたしかにおーてぃあよりも、ボクの方がいいね。おーてぃあだといきおいあまってお肉にしちゃいそう」
そう呟きと共に。
では、「ジニちゃんの代わりに、」と声が闘技大会上に響き渡り、
「乱戦東組、」言葉を一旦切り、あれほど喧しかった観客たちは水を打ったように一瞬だけ静かになり、
「始め……!」とアヅの言葉と共に戦闘の開始を告げる銅鑼が鳴り響いた。




