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ウェリエの聖域:滅びゆく魔族たちの王  作者: 加賀良 景
第?章-歴史の分岐点- 聖域の魔王(Lord of MagicShelter)
324/503

F?A -VI-



 ほんの少しだけ時は遡る。


 高い高くそびえ立つ白亜の塔。

 ここも聖域の一つであり、見る分にはまったく害のない『聖域(ダンジョン)』。

 この『聖域』の持ち主は、


「エルリネさん、わたしがみたところはギミック生きてました」

「ありがとう。ユエ様」

 そうユエ様と呼ばれた少女のものだ。

 ユエの見た目はエルリネ呼ばれた女性と同じ年頃の女性で、髪の色は栗色、肌の色は日に焼けたのか褐色肌であり、身体の大きさ、筋肉の付き方もエルリネに似通っている。

 それもその筈で、エルリネと同じように朝昼晩と体操をしている。

 筋肉の付き方が似通うのも当然のところだ。


 見た目は綺麗な『聖域』だが、中身はとてもエゲツのないもので『聖域』の中に住まう怪物たちは『王』自らの謹製の怪物たちだ。

 名称も『悲嘆』『絶望』『憎悪』『苦悩』に始まり、『空虚』『焦燥』『軽蔑』『憤怒』などの感情を元にした不定形の怪物たち。

 どれもこれもが並の人間であれば、囲まれれば死を意味する怪物たちだ。


 いわゆる体力が高いもの、物理衝撃に強いもの、魔法衝撃に強いもの、遠距離から確実に当ててくるもの、魔法砲台、鎧を確実に貫く矢を持つものetc......

 そいつらが狭い部屋の中でみっしりとおり、生者たる『勇者』たちを嬲り殺していった。

 あるものは『悲嘆』を与え、あるものは『絶望』を与え、あるものは『憎悪』を与え、あるものは『苦悩』を与え、あるものは『空虚』を与え。


 そんな危険なところを何故『勇者』が来るのか。

 それの答えは、この『聖域』はその地とポータルで繋がっているから、である。

 簡単に来れるからこそ、とても危険な『聖域』。

 階層にして全十三階層。


 但し、塔から抜けたあとにも危険な怪物たちが蔓延る『聖域』の『無限精製の大図書館』に直結しているため、実質的にはもっと階層があるようなものだ。

 そんな危険極まりないこの『聖域』でも今までにこの塔を突破してきた『勇者』グループが一つだけいる。


 その『勇者』は『王』に願い、絶望させた。

 怒り狂う『魔王』、けれども『王』は止めさせ黙って帰らせた。

 その日以降、この国には『勇者』たちは海からも、山からも、そしてこの塔からも来なくなった。


 きっとあのときの『勇者』が何か言って止めさせたのだろう。

 というのが、『魔王』たちの共通見解だった。

 こちらとしても『勇者』が来なければ平和であり、自ら進んで攻めに行くなど考えない。

 あくまで魔族は魔族で、この大陸で街を作る。


 攻めて戦争なってまた"燃料"にされては堪ったものではないからだ。


「では、次はええと七階層行きしょうか」

「はい、エルリネさん」


 感情の怪物たちが移動するエルリネたちを見ずに、歩きまわる。

 彼らは別に見えていない訳ではない。

 感情の怪物たちは『王』の感情を元に作られた存在。

 エルリネたちは『王』と知り合いだ。


 つまり、参照するのは『王』の感情。

 当然、『王』からの『親近』『尊敬』『安心』そして『愛情』を持った者がいるならば、感情の怪物たちは同類と見る。

 だから襲うことなどはない。同じ『感情』だからだ。


「エルリネさん、やっぱり多いですね。相変わらず」

「ですね。ここからこの感情たちがいなくなったら、ごしゅ……いえ、ミル様が開国してもいいと仰ってましたが、まだまだ無理ですね」


 七階層へ昇る階段を見つけてカツンカツンと足音を響かせながら降りていく、女性二人。

 足取りは軽くもなく重くもなく。


「父上は……、どう思ってこんな塔を作ったのでしょう」

「んー……、」

 ユエ本人の『聖域』は元々『体内』型であった。

 が、『世界』型となった。

 それは願いによる『進化』があった。


 ある人は願った、自身の代わりに守護ってあげて欲しいと。

 その願いに呼応して、ユエのものは『進化』し『世界』型となった。

 白く高貴な塔を願いの(しるべ)とし、大事なユエへの想いとすると。


 それを知っているのは『魔王』たちであるが、それを言っていいのは『王』のみだ。

 だから、言わない。言えるはずがない。


「んー、ごめんね、知らないんだ実は」

 お茶を濁すエルリネ。

 そうですか……としゅんと項垂れるユエ。


「父上は、あまり言わない人ですから……エルリネさんなら……知っているかな……と」


 けれどもエルリネは知っている。

『王』は隠しごとが出来ない人なので、強く言えばあっさり教えてくれる人だと。

 それをしない、それを知らないということであれば、きっと正しくもあの人と親子なんだろう。


――似ているなぁ、やっぱり。


 自身を愛してもらったことはあれど、子作りまでには至っていない。

 もしエルリネ自身に子どもが出来ていれば、まさに自分みたいな子がユエの隣にいたのかもしれない。

 女の子だろうか、もしかしたら男の子かもしれない。

 男の子だったら、何を教えていただろうか。


 勉強か、それとも狩りか。

 いや、エルリネ自身勉強は出来ない。

 だとすると、狩りだろうか。


――いや、ミル様の心の支えになっていたかもしれませんね……。


 あの『勇者』との一件以降「息子か……」と呟いていたのが耳に残っている。

 息子がいれば、きっと色々な話相手になってくれていたかもしれない。


 なにせ、


――周りはみんな、女ですから。


 慕ってくれる女がいれども、腹を割って話せる友人、いや子どもでも男がいない。

 だから、無理して女にカッコイイところを見せようとして、背負ってしまう。


 彼が幼少時からずっと見続けてきたからこそ、彼の性格も彼の願いも全て分かる。

 分かってしまう。


『魔王』の中でも真に『王』を愛していると自負し、信じているエルリネ。

 だからこそ、何故。

 何故、子を孕まなかったのか。

 何故、男児を生まなかったのか。


 今更ながらに後悔してしまう。


「どうしました、エルリネさん」

 気分が悪いのですか? と聞くユエ。

「いえ、ちょっと立ちくらみしてしまっただけです」

「休みます?」

「いえ、大丈夫です。七階層見ましょう」


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 過去の話だ。


 街が出来、開墾も進んでいる中で『王』がニルティナと共に、寒さに強く栄養価も高い野菜を開発しているとき、エルリネは聞いた。


「ご主人様、辛くないのですか」

 対して『王』は

「なにが?」と優しく諭すかのように声を掛ける。


「ご主人様を貶す、魔族たちに何か思わないんですか?」

「いやぁ、なぁんにも」

 話は終わりだね、と言いたげにばっさり切り、ニルティナと意見交換をし合う『王』。


「だって、おかしいじゃないですか。ご主人様がいるから、アイツらが住める地になっているのですよ、ここは!」

 なんで、なんで、

「貶されなきゃいけないんですか、この森に着くまでにご主人様は何回石を投げられたのですか、何回泥を投げつけられたのですか……! 何回、なんっかい!」

 なんで、

「頭から血を流して、私たちが見ていない間に何度も暴行を受けて! なんでやり返さないんですか! ご主人様なら出来るでしょう!」


 けれども。

「いいんだよ。エルリネ」

 の、一言のみ。


「良くないですよ」

 ええ、

「良くないですよ、まったく!」

 何度、

「流さなくていい、血をなんで流すのですがご主人様!」


「エルリネ、いいん――」

「よくないです! ご主人様なんでですか……。やり返さなくても、一言脅せばいいんですよ」

 嫌ならお前らは『聖域』の外で住め、と。


「それすらも言わないで、なんで甘んじるのですか!」

 私たちが、

「殺しに行きましょうか、私なら殺せますよ! ご主人様、言ってください! 殺してこい、と!」


「エルリネ、いいかい。俺はお前らでいう"血肉族"だ。血肉族が『魔族』にやったことは許せないことだ」

「ええ、許せません! けれど――」

「ああ、俺は『魔族』に対してそんな偏見はない。俺の故郷は魔族も獣人も人族も、みんな喜びも悲しみも笑いも、学校での勉強もなにもかも全て共有した。

楽しかった。けれどもそれをぶち壊したのは、俺の故郷の国の人族だ」


「…………、」

「故郷の国出身で、且つ人族。

『お前がいれば』だろう。だから、いいんだ。力があってあのときエルリネにも会わず、あのときに自分の身体を顧みずに力を振るえば良かったと」

「…………、」

「毎日、後悔するんだ。あのとき、分岐があったんだと。分岐点はいつでもあった、それを全てスルーした。ああ、お前らといたのが楽しかったんだ」

「…………、」

「だから、考えなかった人のことを。残された人がいるのに、自分の幸せだけを優先した」

「……、」

「これは俺の罪だ。残された人たちから攻撃を受けるのが、罪に対する罰。だから、いい」


「でも、それでも!」

「いいんだ。お前ら『魔族』が健やかに過ごし、生命を育んでくれれば、いいんだ」

「……、」

「俺みたいな罪人でも、あの娘を抱くことが出来る。あの小さな生命だったあの娘が、今やエレイシアと同じぐらいの背丈だ」

「…………、」


「大きくなってくれた、俺は幸せもんさ。こんな『魔族』の民族浄化をした国の人族である大罪人が『魔族』の娘を持つ。先に精神年齢が高くなる魔族じゃなくて、先に肉体年齢が高くなる特徴の魔族で、まだまだ幼学校生だけどな」

「…………、」

「右腕があれば、まだまだあの子を抱ける。ちょっと難しいけど「高い高い」も、肩車だって出来る。左腕はこの『聖域(くに)』への贄として使った、だからこんなに肥沃な大地なんだ」

「……でも、」


「大罪人の左腕で『魔族』が暮らせるんだぞ、安いもんさ」

「……、」

「いや、すまん。嘘ついた。『魔族』じゃない、あの娘が健やかに過ごせるんだ。だから、後悔なんかない。いや、どうせなら右腕も使おうか」


「ご主人様、違います。絶対、違います。ご主人様の罪なんかじゃ……」

「人族に腕を振り下ろせない『魔族』は誰に腕を振り下ろすか」

「…………、」

「そんなときは、俺だ。悪感情は全て持つ。持って『聖域』に全部突っ込む」


 ふぅと息を吐く『王』。


「だから、大丈夫。俺のことは気にするな、気にせず俺に向かって『怒り』でもなんでもぶつけてこい、それを『聖域』の糧として突っ込む」

「そんなこと、できるわけない……じゃないですか」

「そんなことはないだろう、なーんでもいいんだよ。例えば……そうだな。実は俺、幼少時にエルリネの身体をめちゃくちゃにしてやりたいと思ってたんだぜ」

「…………はぁ、」

「ほら、羞恥心でなんか、来ない?」


 なにを馬鹿なことを、と言いたげに肩を竦めてため息を吐くエルリネ。

「私は今も、昔もご主人様にめちゃくちゃにされたいと思ってますよ」

「…………、ちょっとそれは卑怯じゃないかな、エルリネさん」

「そうですか? ところで、めちゃくちゃにしていいですか、ご主人様」

「いや、流石に野外はどうかな。いやそうじゃなくて、ニルティナいるし、駄目だよ。うん」


 そうですか、と言いたげに

「ニルティナ?」

 ニルティナに聞くエルリネ。

 対して、ニルティナは、

「我も参加可能なら」


「だそうですが、」

「寝返るな、ニルティナ! いや、っていうか駄目だって。……今のは喩え話だしね」


「チッ」

「チッ」

「二人とも舌打ちしないでくれ……」


 とにかく、

「そういうことだから、別に気にしなくていい」

「ダメです、気にします」

「と・に・か・く、いいの。俺はいいんだから、エルリネたちは気にしないの」


 そういって、エルリネの前に移動し犬の頭のように撫でる『王』。

「いいんだよ、本当に。俺は幸せなんだ。少しぐらい、不幸混じってないと」

「ご主人様……、」

 ふふっと微笑う『王』。


「ありがとう、エルリネ」


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「主どのは、」

「んー?」

「この地から出たいとか思ったりはしないのか?」


 首を横に振り拒否の意を示す『王』。


「飽きるとか……ないのか?」

「そりゃああるけどね、けれど毎日楽しいし、あの娘の成長も見れるしニルティナとの研究もあるわで、飽きても別の楽しみがくるからそんなに苦痛には感じないかな」

「外に出たいとか……」

「あー、それは……。まぁうん。外は辛いことしかないから、出たくないなぁ。どうせ、武器を持って追い掛け回されそうだし。それに今、攻撃能力全部失くなってるし」


「失くなっているのか、主どのの魔法が」

「うん、だって『十全の理』由来だもん。『十全の理』がなきゃそうなる」

「主どの……」


「なんだよ、そんな顔すんなよ。……っとと、ちょっと重いな。この(くわ)、非力な魔族持てないんじゃないか?」

 どれどれ? と比較的非力なニルティナが鍬を持ってみたところ、


「ひょいっと上がるぞ、主どの」

「えぇ?」と訝しみながら持ち上げようにも持ち上がらない。

「いや、なんか重いぞこれ」


「……主どのから『十全の理』が抜けたからかの」

「あーかもなぁ」

 かむばぁーっく『十全の理』ぃ! と叫ぶ『王』の姿にふと気づく、ニルティナ。


――髪の毛が……魔力素に分解されてきている……?


 その現象に対し思いつくのは一つ。


――ああ、あのときの、か。


 だから、


――主どのが魔族になった……か。


「いやあ、やっぱり身体を動かさんと鈍るな」

「主どの、無理にせずとも身体を悪くします」

「いいんだって、こういう生活憧れてたんだから」

「主どの……、」


「なんだよお前も。エルリネみたいな心配性が二人に増えたぞ」

 まったくもう、と言いたげに、片手で鍬を振る『王』。

「主どの、」

「なぁに、ニルティナ」

「外つ国への興味は……ありませんか?」

「……無い、と言ったら嘘になる。……けれども、知り合いが剣を向けてくるのはもう見たくない」

 けれど、

「外への興味はあるよ。本とか読みたいし、どんな話があるか……とか、読みたいなぁ本」


「主――、」

「ご主人様」

「なんだよ」

「今度、ご本を持ってきますよ」


 分かってなさそうな顔で、

「そう? ありがとう」

『王』は応えた。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 ふっとエルリネは過去の話を思い出した。

 正しく、ご主人様のとおりに過ごした。

 三回だけ旅に出たことがある。

 本は高かった、けれども最初に旅をしたニルティナ。

 そのニルティナが買ってきた本、たったの三冊でご主人様が喜ぶ。

 その姿はとても自分のことのように嬉しくなった。


 それを考えれば安かった。

 耳は『聖域方陣』の『月夜を食む水銀の幻鏡(ドッペルナイトメア)』の力で、耳を人族の大きさにして色んなところを回った。

 懐かしい記憶だ。


 そう物思いに(ふけ)ていたところで、

「エルリネさん! 七階層着きましたよ!」

「うん? あ、痛ッ」

 耽りすぎて、気付かずに七階層の柱にぶつかるエルリネ。

「いっ()う……、」

 思わずおでこを押さえるエルリネ。


 あわわわ、あわわわと慌てるユエ。

「エルリネさん、属性フィルター付けますから、はいちょっと手をどかしてください」

 そう言って使うのは属性回復魔法だ。

「あ、ありがとう。ユエ様」

「……様付けは要らないですよぅ、エルリネさん」

「ですが、ミル様の――」

「いいの、父上は父上。わたしはわたし」


 たしかに、

「わたしは姫っていう括りですけど、みなさんみたいに強かったり……あまり言ってはいけませんが『魔王』ではありません。だから『様』って付けられる人ではないです」

「いえ、あなた様は正しく姫なんです。だから、みんなもユエ様と言うのです」

 例外いるけどネと、注釈がつくが。


「エルリネさん……」


 お互いの瞳を見合うエルリネとユエ。

 そんな中、


――警告です。警告です。警告です。警告です。警告です。警告です。警告です。警告です。警告です。警告です。警告です。警告です。


『世界』の声が、響いた。


「何ごと?!」

 エルリネが即座に反応する。

 警告のビーッビーッという音が至るところから、鳴り響く。


 警戒を強めたところで、世界が変わった。

 エルリネと、ユエの魔力が文字通りごっそり吸われた。


「?!」

「な?!」


――『滅火の世界(ロードオブヴァーミリオン)』の上級駆動を確認致しました。


「え?」と訝しむのはユエ。

「はァ?!」と異常に気付くのはエルリネ。


「何ごとですか……! これ!」

「え、ちょっと。なんで……」

 二者二様の反応を示す二人。


――『竜王(イグニス・フレアロード)』の顕現を確認致しました。


「なに、パイソが覚醒しているの……! これ!」



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