進学
村の中心地に、豪華な2階建ての屋敷があった。
ほかの建物は基本的に木材で出来ているが、この建物は石を中心使われておりとても頑丈な作りをしている。
そんな建物の薄暗い部屋の中で、毛深い熊の雰囲気を纏う厳格そうな獣人族の老人と若い魔族二人と人族の計4人が話し込んでいた。
老人はこの村の村長であった。
村長は戦争がある度に駆り出された個人傭兵であったが、その強さと貢献度から騎士団に引き抜かれた。
その後、色々あり獣人族としては異例の宮廷騎士団に務め、王族を襲った賊の槍を受けて立てなくなったときに引退を余儀なくされ、獣人族の貴族の娘と恋愛結婚した嫁を連れ、この村へ来た。
そんな彼が話し込んでいる内容は、最近の王国の情勢についてだ。
若い魔族の内一人はメティアの父であり、とても心配そうであった。
もちろん、もう一人の魔族も、人族も心配している。
なにせ、魔族排斥派が擁する国王候補は、当然魔族に対してよい感情を持っていないと聞く。
王国には少なからず、魔族がいる。
排斥されたら彼らはどうなるか。
家を失うだけではない。
もしかしたら、殺されるかもしれない。
怖いのだ。
この情勢が。
魔族としてそして娘を持つ父親としてメティアの父は、怖いのだ。
娘を王国の学校に進学させることが。
でも、娘は行きたがっている。
ミルくんと行きたいと、彼女は父親に相談したのだ。
自分には王国の学校へ通う力はないけれど、好きな人と一緒にいたいと。
そう言われたらどんなに危険でも娘の通りにしてあげたい。
だが、それを飲み込むほどの今の情勢は危険であった。
だから、相談した。
村長に相談したどうにかならないかと。
村長に相談してもそれは無理難題なことである。
それでも娘のことを想う親として、心の拠り所として助言を聞きたかったのだ。
村長はメティアの父の話を静かに聞いていた。
知らない者が見れば寝ているように見えたかもしれない。
だが、村長は当然寝てはいない。
この場で心配しておらず、楽観視しているものは誰一人としていない。
魔族を排斥する理由が分からない。
魔族に親族を殺されたからなのか、それとも森人種のように見目麗しいから狩られるのか。
理由は分からない。
この村に住んでいる者は、そのように考える者はいない。
みな、等しく人間だ。
それを差別するなど。
獣人族である村長は、口を開く。
静かに「貴様の娘と同行する、ミリエトラル・フロリアとシス・フロリアをあと二年で鍛え上げよ。
剣術、魔力ともに貴様の娘を守りきれるように、だ」とメティアの父に助言をした。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
儂は『鍛えあげる』と軽々しく告げたが、これは難しいことだ。
村の者とはいえ、他家の子に自家の子のために鍛えさせる。
それも、学校への入学を盾に嫌々させるのではなく、自主的に鍛えあげるように仕向ける必要がある。
これは、難しいことであった。
フォロットの娘の口から言わせるのは簡単だ。
だが、それを聞いたミリエトラルとシスがどう思うか。
「嫌だ」というかもしれない。
いや、ミリエトラルは快く鍛えるようにしてくれるかもしれない。
だが、メティアの恋敵として姉のシスがいる。
そのシスが、メティアを嫌だと言ったら。
彼女自身は、元々王国に通える能力を持つ子だ。
王国の学校を盾に使うことは出来ない。
フォロットは迷っているようだ
儂の言ったことは正論だと。
だが、子どもたちをそれで縛ってよいのか、と思っているのだろう。
儂はゆっくりと告げた。
「儂のただの戯言じゃが。
親は万全を期した状態で羽ばたくことを望む。
貴様の望みは親として間違っておらぬ。
貴様が言い難いのであれば、儂のほうから両名に言っておこうぞ」
「――いえ、村長にそこま――」
「何、気にするな。貴様のお陰で儂は前途有望な少年と少女と話せるのだ。
これを役得と言わずに、何を役得というのか。
儂は賊に足を斬られ、戦いに赴けなくなった。
だが、それで良かったと思っておる。
貴族の腐った者共を見ることもなく、大人の完成した技術を見ることなく、それぞれの未完成なままの技術を見ることが出来る、これのどこが面白くないものか。
――早速、明日学校に赴こうぞ」
と、一息ついて、
「――フォロットよ。貴様は父だ。娘を想い、泣くのはこの場だけにするがよい」
その言葉を聞いたメティアの父は涙が溢れた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
メティアの父が座って静かにさめざめと泣いていたところ、儂は客人が屋敷の前に来たことに気付いた。
心なしか不穏な魔力の気配がする。
フォロットの傍に慰めているのは、同じ魔族の娘を持つタクルト家であった。
タクルト家の娘はとっくに学校を卒業しており、近々近くの村の若い者と結婚する予定であるという。
新しい生命がここか向こうの村に生まれるのだ。
これほど老いた儂にとって、嬉しいことはない。
儂は扉を開ける前に、傭兵だった時の相棒であるグレートソードを抜身で持つ。
足を切られているが、歩けないわけではないし、相棒を持って打ち掛かるぐらいであれば痛くもない。
儂の剣を受け付けなかった毛皮も、歳には勝てず色は薄れ、柔らかくなってしまった。
昔は上半身裸でも戦えたが、今では、
――無理じゃな。
と、苦笑いしつつ儂が身体を小さくせずにくぐれる、扉を開ける。
そこには、儂が嫌いだった腐った貴族の臭いがする人族の男がいた。




