大団円
動けないはずの白柴が、ずりずりと這々(ほうほう)の体で歩んでいたようで、俺が引き剥がされてから代わりにとばかりに黒柴に抱きつくのは白柴だ。
「大丈夫だよ、おねえちゃん」
と、白柴がそうは言っても、どうみても大丈夫じゃない。
左腕の肘から先は切断され、右足も膝から先がない。
左足も火槍などでずたずたに切り裂かれていたし、身体も短剣が突き刺さっていた。
ひとまずの回復魔法で見た目の外傷は癒えているが、中は多分治っていない。
そして人型になって初めて気付いたものとしては、
――右目が潰れている……んだ。
これのどこが大丈夫なのか。
右目が潰れて、右目で光を感じることは二度と無いはずなのに。
「あなた、目が――」
「大丈夫だよ、おねえちゃん。あたしね、かみさまに祈ったの」
――かみ、さま……? "墓神"以外にも信じている神がいるのか?
「あなた、まさか」
「うん、もうひとりのかみさま、そうしんさまに」
――そう、しん……?
初めて聞くワードだ。
「そうしん」から考えられるのは、創神だろうと考えられる。
その創神自体は聞いたことはあるというか、そんなもの黒歴史ノートにはたくさん設定したが、原稿用紙の世界にはない。
「あなた、じゃあ」
「うん、かみさまに祈ったの。おねえちゃんと絶対に離れたくないから。ずうっといっしょにいたいから」
目を捧げた……のだろうか。
話の流れからそう読めてきた。
「だからって、そんな」
「いいんだよ、おねえちゃん。後悔してないもん」
それに。と一拍置く白柴。
「おねえちゃんは墓神さま、あたしは"そうしん"さま。
おねえちゃんには墓神さまが力をくれた。
あたしにも"そうしん"さまが力をくれるっていってた。だから、おあいこ」
「あ、う」
「"ちんこんのそうしん"さま……、と"葬送の墓神"さまで、死んだ後の世界と生まれるまでの世界を見るんだ。
って、あたしの側にいるかみさまが言っているよ。おねえちゃんも墓神さまからの声聞こえるでしょ」
「うん、きこえてる」
「"そうしん"さまはね。ちからをくれるって言ってる、だからもらおうと思う。だから、おねえちゃんも」
――もらお。
と『十全の理』を介して聞こえる白柴の声。
――"ちんこんのそうしん"……『鎮魂の創神』……と来たか。
確かに言われてみれば、作った。
というか設定はある。
あるが、連想ゲームのように原稿用紙の世界にも反映されるとは思わなんだ。
というのも、エルリネとエレイシアの世界に"鎮魂の創神"というワードが出る。
その後、世界を渡りパイソ、ニルティナオヴエ、イニネスの世界に"鎮魂の創神"のワードと、その神名が明かされる。
その神名の元が原稿用紙の世界に描かれた。
葬送の墓神であるコルニキアとの兄弟関係については、コルニキアが元となっている『灯火』と同じく某魔法陣がコルニキアとその創神を分かち作ったというものだ。
とにかく物凄くぐちゃぐちゃしている設定で、本当にもう覚えていない。
辛うじてその神の名前は覚えている。
そいつの名前は、
――"神結い鎮魂の創神"、クルカクルコの顕現を確認致しました。
名前的な意味でいえば、黒歴史ノートと原稿用紙といった違う設定で書かれながらも、お互いは家族であり兄弟として作られた存在。
それが漸く、この世界で名前と呼び名が合致した状態で家族となれた。
――あぁ、思い出した。
原稿用紙の物語の結末。
家族のために怒り狂った敵。
それの願いを聞き入れた神。
敵の家族がいかにして、敵の元へたどり着くための力が欲しいと願い、
神の家族がその最愛の家族の元へたどり着くためにその人間に与えた。
結末は、目の前のように。
神は家族に出会え、人間の方も家族と出会い喜ぶ。
それをみた物語の主人公は物語として大団円を迎えたことに喜ぶ。
――なぁんだ、今の俺と黒白たちと同じシチュエーションじゃん。
「おねえちゃん、もうぜったいに離さないから」
「うん、うん」
と、原稿用紙の物語のことを考えていたところ、黒と白の間にはもう話が通ったようで、目を捧げた……らしいことに関しては既に黒柴も特に言っていないようだ。
「あおーん」と俺が戯れに教えた遠吠えを二匹が真似して遠吠えしながら、わんわんと人化した姿で泣く。
ひとまず、この場は二匹、
いや、二人だけの場にしよう。
イニネスにはこの場に残ってもらうことにして。
――俺には最後の一仕事が残っている。
正直、そのまま寝転がっていたいところだが寝っ転がりたい欲望を抑えて、立ち上がることにした。




