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ウェリエの聖域:滅びゆく魔族たちの王  作者: 加賀良 景
第4章-世界の分岐点- 叫喚の魔王(Lord of ScreamPain)
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根比べ

 その魔法、全てが世界を揺るがすものばかりだ。

 巨大な氷塊、爆圧を纏った槍、雷龍と見まごうばかりの紫電、血のような赤さをもった十字架などが雨のように降り注ぐ。

 この光景を近くで見れば、莫大な威力の魔法の博覧会。

 しかし、遠く離れた場所から博覧会を見るのは街の人々であり、最早慣れたとはいえ『魔王』と呼ばれる者の本気だ。

 畏怖の念を覚えるのは想像に難くない。


 それも蒼天の空に炭黒の雲が集い始めている中での出来事に、街にいる衛兵も一般人も、冒険者も、悪人も、泥棒も、子どもも、老人も、男も、女もみな恐怖した。 

 その上での『魔王』の魔法。

 恐怖の上塗り。


 上塗りに上塗りを重ね、出来た結果は生命を脅かすであろうと考える根源的なモノ。


 遠くはなれている筈なのに地響きが聞こえると同時に視えるのは、だいぶ離れている筈なのにはっきりと見えるほどまでに大きな土塊(つちくれ)の山。

 それと共に、太鼓を叩き腹の奥に響かせる重低音。

 土塊の山の周りには雷龍が轟き叫びながら舞い、雨とは言い切れないかのような水の塊が降り注ぐ。

 これを異常と言わずなにを異常というのか。


 まさに「あれこそが『魔王』の所業(しょぎょう)だ」と、人々の心のなかに植え付ける。

 そして次に考えたのは「その『魔王』と今、戦闘しているのは誰だ」ということ。

 学校において『勇者』候補はそれこそ複数いる。

 その内の誰かか、それともまだ見ぬ『勇者』か。


 人々は祈った。


 あるものは『魔王』を討ち倒して欲しいとまだ見ぬ『勇者』へと。


 あるものは『魔王』を知っているからこそ、無事に帰ってくるよう。


 あるものは『魔王』をみたことがあるからこそ、力を振るわれる対象にならないように。


 あるものは。


 願いは伝播する。


 想いは神へと捧げられる。


 人々の願いは古来より存在する神々へと。


 人々はこの『魔王』の怒りとされるものが止むまで、祈られ続けた。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 今現在、俺は目の前の黒柴と相対している。

 正直に言って少々チビリそうだ。

 圧倒的な殺意が見て取れる。

 俺自身が何をしたかは分からない。


 だが、心神耗弱(こうじゃく)していることは確かだろう。

 俺と白柴こと妹が目の前にいるのに、『奪われる』といってきた。

 つまりは、心神耗弱していて他人の顔が識別できない状態だと、判断できる。

 更に他人から『奪われる』と判断した上に、要らないと拒否したということはつまり怒りも感じているということだ。


 怒りを発散させればどうにかなるはずだとは思われる。

 人間……かどうか、今のところ黒柴を見ても分からないが、人間というものは怒っても一時間二時間はともかく、半日も怒り狂うことは余りない。

 大抵どこかで落ち着く。

 だから、ひたすら避けながら落ち着いたところで、対話を試みればいい。


 なんて、考えたもののそうも言ってられないのが今だ。

 何故なら空間が切り裂かれている。

 それも一回だけでなくて、現在進行形で切り裂かれ続けている。

 そんな中、悠長に落ち着くまで待つなど出来る訳がない。


 こうなれば発散しきるまで待つよりも、どうにかして黒柴の動きを止めて俺か白柴の顔を認識させるかのどちらか。


――もしくは、このカルタロセの貴族をぶっ殺させるか。


 心のなかで自身に確かめるかのように提案してみたが、出来ることならこいつは俺が殺したいところだ。

 何故なら。


――俺の仇討ちの対象であるし、こんな奴に黒柴に殺させたくはない。


 復讐として殺したいと思うだろう。

 実際、背中に張り付いて貰っている白柴の怪我の状態を見れば殺したくなる。

 右足は欠損しているし、左腕折られている。

 その左腕は黒柴の空間切断で切り落とされているが。


 正直に言って致命傷を負っていたところで、俺が属性回復魔法でどうにか、小声且つ耳元で「おねえちゃん、おねえちゃん」と呼ぶ声が出すほどにまで回復出来た。

 だからこの腐れカルタロセを殺させるのもアリだ。

 いや、むしろこの怒りが落ち着くかもしれない。

 だが。


――正直に言って、俺が先にツバを付けていた。


 ようなものだ。

 カルタロセの王族に対する不信感はもちろんのこと、俺自身日和ったりはしていたが、カルタロセの王族を目の前にしてスルー出来るほど日和ったつもりはない。

 あの一件から約六年。

 六年間、生きることとエルリネたちとの生活が大事で、殆ど考えないようにはしていた。

 けれども、目の前にソレがいて、ソレを殺しても問題がないようなシチュエーション。


 だったら。

 復讐心が再燃しても、それも六年間も引きずってきたこの想いも。

 捨てることが出来ると思うのならば、ここは俺が殺したい。


 この世界生き死にが激しい。

 だから、こういった「殺し」には抵抗がないのかもしれない。

 けれども、出来ることなら俺の周りにいる慕っている子たちは、あまり殺人とかに手を染めて欲しくない。

 俺の両手は人を殺して真っ赤な血を浴びて、浴び続けて真っ赤な血を上塗りにして今や真っ黒だろう。


 かさぶたのようにカピカピに乾いた上での赤黒さ。

 それを黒柴にも手を染めて欲しくない。

 人を殺したことによる悪夢の類は見たことはないが、ただ村での出来事はよく夢に見る。

 姉さんと幼馴染(メティア)との約束はもちろん。


 二人と遊んだ記憶。

 姉さんと母さんと一緒に作ったスープ。

 じっくりコトコトと出来るのを待ったあの頃。

 それを壊したカルタロセ。


 国がやった。

 ならば、王族も知っている。

 であれば、王族は敵だ。

 だから、俺の六年越しの復讐だ。

 黒柴には我慢してもらう。


 それに黒柴の黒い毛皮が血脂でカピカピになり、今の人の姿の状態の綺麗な黄土色の肌が乾いた血の色が付くなんて個人的に許せない。

 黒柴は優しい子だ。

 あの場にいたエレイシアやエルリネから聞けば、黒柴もセットで怒りそうなものなのに白柴だけが攻撃行動を取った。

 だからきっと優しい子だ。


 そんな子がもし、心神耗弱を理由に怒りに任せて復讐を完了した場合、耐えられるだろうか。

 心が壊れないだろうか。

 殺人が日常化してしまわないだろうか。

 余計なお世話かもしれない。


 俺並みにトラウマを作るような、精神構造をしていないかもしれない。

 それでも。

 俺のエゴだとしても、黒白共に俺の大事な家族だ。

 死んで欲しくない、壊れて欲しくない。

 だから、黒柴に復讐は完遂させない。


 どうにかしてコイツは生かした上で、俺がしっかり殺す。

 殺して首だけにしといて、黒柴にボールにして貰うかどうかについては任せるのもありかもしれない。


――どうでもいいけど、犬ってボール遊び好きだよな。


――復讐心はボールで発散して貰うことにしようか。


 などと、今後の予定を組み立てていたところで、黒柴が動いた。


 ピンと天を衝くかのように伸びた耳がぺたりと、伏せられた。

 思わずその仕草に、「ぷっ」と笑ってしまう。

 それどころか、ピコピコと耳の端っこが揺れる辺り黒柴は狙っているのだろうか。


 そんな、ほんわかしている中で攻撃が来た。

 それは全方位に破壊を(もたら)す、『旋律』。


――『戦熾天使の祝福』ッ!


――『戦熾天使の祝福』通常起動致します。



 俺の叫びと共に後ろへバックステップ。

 長方形の白金の陶器に金縁の装飾の骨董品のような箱が左右各四本、計八本が即出現し「回避ッ! ついでに()ぇ!」

 俺の命に違わず瞬時に射出するのは、人間の身体など簡単に引きちぎる威力の銃撃を一発。

 これに対する反応で威力の調整を行うのが目的だ。


 超痛がるならば、神様の力もどうってことないってことで低級魔法をぶつけて気絶なりなんなりさせる。

 痛がるなら、焼灼の槍程度にする。


 ただ、打って変わってまったく……。


――痛がる素振りもクソもないな……。


 更に遠隔で炸裂させてみるも、痛がりどころかまだ叫喚(さけ)ぶ辺り、攻撃行動と認識されていないとみていいだろう。


――戦争用フルコースか……。


 ならばこちらのガス欠が早いか、向こうの怒りが鎮まるのが早いか。


「根比べ、といこうか!」



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