表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ウェリエの聖域:滅びゆく魔族たちの王  作者: 加賀良 景
第4章-世界の分岐点- 叫喚の魔王(Lord of ScreamPain)
296/503

ほめてくれるひと


「よし、イニネス。また女子寮に行ってカクトに会いに行くか」

「うん、行く」

「よし、良い返事だ。俺も用意するから、そこで待ってなー」

 ティータはそういって部屋の端っこで着替え始めた。


 わたしはみたことがないけれど、ごしゅじんさま曰く、ティータの着替えを見たら恐ろしいことになるそう。

 恐ろしいことになる……ということは、捨てられることも視野に入ってしまう。

 そればかりは困る。

 だから、見ない。見たくない。


 妹も絶対見ない。

 イニネスもみない。

 第一、ごしゅじんさまとおんなじ男なら、ごしゅじんさまの裸を見るだけで満足だ。

 ごしゅじんさまはぱんつ一丁とかいう姿になると、わたしの身体に「もふもふー」とか変な言葉を出して愛でまわされる。


 正直気持ちがいいし、ごしゅじんさまの匂いがわたしの毛皮につく。

 おかげでごしゅじんさまがいつもとなりにいる気分になる。

 そしてごしゅじんさまのからだにも、わたしの匂いがつく。

 嬉しい。なんとなく、そうなんとなく、ごしゅじんさまはわたしのものって感じがする。


 ティータが着替え終わって、男子寮っていう建物から出て、カクトが待つ女子寮って建物へ向かう。

 その間、ティータはイニネスの手を引きつつ、わたしたちも一緒に歩く。

 妹は人族が絡まなければまったく普通の子だ。

 そしてティータはわたしたちがじゃれあっても、特になにも言ってこない。


 その間、ティータはイニネスに対してよく話している。

 何を話しているんだろう。

 とは、思っても余り興味は沸かない。

 イニネスに対して、そしてカクトに関係することだったら興味はあっても、ティータになんて興味はない。


 だからきっとどうでもいい。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 女子寮とかいう建物についた。

 玄関にわたしたちの足を拭く布はないので、代わりにイニネスがわたしたちの足を拭いてくれる。

 すごくごめんって思うけど、人の姿にはまだなりたくない。

 だから、色々ごめんとおもう。


 人の姿になれれば自分で拭けるのに。

 でも人の姿になったら、ごしゅじんさまも態度が変わるかもしれない。

 だからその姿にはなりたくない。


「はい、くろしば。みぎてだして」

 イニネスから手をだすようにいわれた。

 手の平を拭いてもらう。

 こしょこしょしていてとてもムズムズする。


「つぎ、ひだりて」

「つぎは、みぎあし」

「さいごはひだりあし」

 順番にムズムズとくすぐったいことをされて、妹も同じように拭いてもらって。


 わたしたちは女子寮という建物にあがりこみ、ティータは玄関でバイバイした。

 男だから入れないらしい。

 ごしゅじんさまは普通に入って、普通にわたしたちと出て男子寮って建物に帰ったけど、なにかあるのかな。

 違い。


 部屋の場所は知っている。

 というよりもカクトの部屋の匂いを覚えているので、そこに向かうだけ。

 その間、いっつもわたしの身体の大きさをみて、びっくりする人がいるけれど、そんなにこわいものかな?

 たしかにごしゅじんさまと同じぐらいで横に長いけれど、それはあくまで獣化しているからであって、人化すればごしゅじんさまのように縦に長くなるのに。


「くろしば、いきすぎ。こっちだよ」

 おっとっと。ちょっと行き過ぎちゃったみたい。

 考えごとしながら、歩くのはちょっとだめだね。

 はんせい。


「カクトおねえさん」とイニネスがカクトの部屋の扉の前でいうと、扉が開いた。

「よく来たね、三人とも」と言ってわたしたちを迎えてくれる。

「ほら、おいで」と手招きされたので、妹とイニネスといっしょにぞろぞろと入った。

 部屋の中は暖かくて気持ちがいい。


 妹と部屋の日当たりのいいところを形だけ取り合って一緒に丸まって寝ることにした。

 やっぱりカクトの部屋で寝ないともったいない。

 ごしゅじんさまの部屋もいいけれど、日当たり微妙だから。

 ティータはあの部屋に置いといて、カクトの部屋にごしゅじんさまがいるようにすれば、きっと気持ちがいいはず。


 イニネスとわたしはカクトのことを家族だとおもっているし、ごしゅじんさまは当然だし。

 うん、きっとそれがいいのに。

 なんでやらないんだろう。

 それにごしゅじんさまは人族、カクトも人族。


 男と女。

 お似合いだとおもうのに。

 ごしゅじんさまがイニネスにやってたことを、カクトにやればいいのに。

 きっとカクト喜ぶとおもうけれど。


 ごしゅじんさまにはごしゅじんさまの考えがあるのだろう。

 ごしゅじんさまがどうにかしないかぎりは、わたしが何言ってもしょうがないか。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


日当たりがいいこのお部屋でわたしのお鼻が、ちょっとした異物というか、イニネスと妹とカクト以外の匂いを感じたので薄目を開けたところ、朝のおさんぽにいつもいるパイソとエルリネのお姉さんがいた。

 そのうち、パイソはわたしの薄目に気づいたのか、わたしに向かって手を振っている。

 パイソとエルリネのお姉さんはいつも会ってるし、ごしゅじんさまがいつもエルリネのお姉さんに甘えている辺り、家族だって分かる。

 けれど、わたしが甘える相手は決まってる。


 ごしゅじんさまとカクトの二人だけ。

 あとは一緒に遊ぶイニネス。

 ごしゅじんさまのひざの上を取り合いした仲だ。

 ごしゅじんさまがいないときにイニネスが寝るときは、ちょっぴりさみしそうだから私が丸まってイニネスの寝台になるようにする。


 そうしてあげるとイニネスも気持ちよさそうに寝てくれる。

 だから、わたしも気持ちいい。

 ごしゅじんさまの言葉を信じるなら、パイソは『りゅうしゅ』っていうものらしい。

 わたしみたいにかわいがってたとかなんとかを、イニネスとお話していたときにきいた。


 だったらきっと家族だ。

 でも、知らない人だからどうでもいい。

 でもでも、知らない人だけど手を振られたのだから尻尾ぐらいは振ってあげようとおもう。


 カクトがイニネスとことばの勉強をしていて、そこにエルリネのお姉さんも一緒にやっているみたいだ。

 エルリネのお姉さんとカクトが発したこえのあとに、イニネスの同じこえが部屋に響く。


――いいなぁ。


 イニネスが声を発したら、カクトに褒められている。

 エルリネのお姉さんもイニネスを褒めてる。


――羨ましいなぁ。


 わたしも人型になれば、イニネスと一緒にお勉強出来るのかもしれない。

 そうすれば一緒に褒められるかもしれない。

 カクトに褒められたい。

 きっとカクトはごしゅじんさまと家族になる人だ。


 だったら、わたしも褒められたい。

 家族に。


――いいなぁ。


 わたしが人型になれればいいのだけれど。

 出来ることなら知られたくない。

 そこまでは、まだできない。

 でも、褒められたい。

 構って欲しい。


 なんて考えてたら、イニネスがわたしの方を向いた。

「あ」

 なんて、こえを出されてカクトが「おや、起きたか」といってから「おいでおいで」と、わたしを手招きした。

 暖かくてぬくぬくしている妹から離れて、鈍った上半身と腰をぐいーっと伸ばしてカクトとイニネスのいすの間に入る。

「むふふ、黒柴も一緒に勉強しよっか」と微笑ってくれるカクト。


 この人は本当に構ってくれる。

 それも構いすぎることもない。

 だから、大好き。


「あーごめん、いすないね」とカクト。

 でも、「くろしばは、ボクのとなり」とイニネスがいすをちょっとだけあけてくれた。

 そのすきまにわたしはすわる。

 お勉強には、おひめさまをたすけにいくゆうしゃさまのたび、という内容の本だった。


「黒柴も入ってきたし、もう一度最初から読もうね、イニネス。それとカクトもいいかな?」

 とエルリネのお姉さん。

「もちろん」と言ってくれるカクトと、「うん」とおへんじしてくれるイニネス。


 カクトが本のゆうしゃさまの発言を言って、エルリネのお姉さんがおうまさんに乗ったところとかの状況を話す役のようで、最初に一文字一文字を一つ一つ言って、イニネスが真似をする。

 その度に褒められて羨ましい。

 一通り終わったら今度は休みなくカクトか、エルリネのお姉さんが話して、その一文を真似するようにイニネスが話して褒められる。

 本当に羨ましい。


 本当に人型ならわたしも褒められるのに。

 ゆっくり勉強をして終わったら、カクトとエルリネのお姉さんが世間話とばかりに色々話している。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「すみません、カクトさん」

「ん、なにがどうしたの」

「本当は、私たちがこの子たちの相手をしてあげれば良かったのですが……」

「あははは、いいよいいよ。僕のそっくりさんのイニネスと黒白柴たちと話しているだけで、僕も楽しいから」


「ですが、カクトさんにも付き合いとかあるのでは……」

「いいって、いいって。僕としてもウェリエくんのご家族といるほうがいいんだ」

「ですが……」

「いいの、いいの気にしなくて。それに僕も魔術学校の特待生になれたけど、正直特待生とは折り合いが悪くてね。付き合いなんて殆どないよ」


「そう……ですか」

「うん、ティータの方が凄いから……。付き合いというか友好関係。そりゃあ敵とか多いだろうけど、それ以上に友だちとか味方とか多いよ本当」

「そう……なのですか?」

「うん、困ったときは僕よりティータ頼った方がいいよ。僕自身結構信頼してる、心から……ね」


「…………、」

「というかね、恥ずかしげなく言うとね。ウェリエくんとティータのコンビは本当に凄いよ。多分きっとこの二人なら大抵の問題片付いちゃうんじゃない?」

「そうですか?」

「僕自身、ウェリエくんに助けて貰ったから分かるけど、武力に関しては本当にウェリエくんに任せっきりでいい」

「…………、」


「僕たちが特別なにかやろうとしても、その気持ちを折るぐらいにどうにもならない。

……正直、助けて貰う前まではどうにか追いつけられるかもしれない、……なんて考えてたけど無理だ。色々と場数が違う。あっという間に敵対勢力を沈黙させるし、あれには相当な覚悟がないと出来ないよ」

「…………、」

「だから、さ。代わりにさ。エルリネさんたちは家族なんだから、ウェリエくんが帰ってくる居場所を作って待ってあげればいいとおもう。

きっと、喜ぶよ」

「…………、」


「ちょっと羨ましいかな。エルリネさんとイニネスたちが」

「何故、ですか」

「だって何もかもの障害を叩き壊せる人が『家族』だと公言しているんだよ。エルリネさんたちを。そんな人の家族をどう損なおうと考えるのさ」

「…………、」

「絶対的な安全を約束する。いいよね、男やってたから分かるけど、相手に絶対的な安全を約束するなんて考えることすらおこがましい。無理だ――」

 けれども。

「――それを約束させる力がウェリエくんにある」


「……、」

「羨ましいよ。最初から女として会っていれば、もしかしたらエルリネさんたちに混じってたかもね。今ごろ」

「大丈夫ですよ。ご主人様は――、カクトさんとも仲良くしていらっしゃいますし、家族だときっと思っています」

「くくくく、どうかなぁ。まぁウェリエくんが十四から十五歳に掛けて旅に出て迎えに行く人がいるっていうし、その人を迎えて新居を構えたら僕も嫁ぎに行こうかな」


「いいですよ、歓迎します」

「あははは、いやエレイシアさんとかセシルさんとかが、嫌な顔しそうだし、ただの冗談だよ」

「あら、私とパイソが殴ってでも迎えますよ」

「いやいや、僕の所為で喧嘩なんてダメだ。僕は適当な相手を見つけて結婚するさ。例えば……ティータとか」


「ティータさんは――」

「ティータは政治関連に強そうだよ。なにせ味方がいっぱいいるからね。ティータが所属する国は豊かになりそうだ」


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 よく分からない話が続いているけれど、わたしにはなんのことかわからない。

 ただカクトはごしゅじんさまのことを、家族だと思ってくれているのかな?

 よくわからないけど、きっとそう。


 そうだと思ったらなんだか、あたまがもやもやしてきた。

 多分きっと眠いんだと思う。

 隣をみたらイニネスがいすの上でふらふらしてた。

 危ないからイニネスの首元の服を噛んで、ふわふわと日当たりのいいところにイニネスを置いてその周りを囲むように丸くなった。


 イニネスがわたしのおふとんのように被さって寝てくれた。

 わたしも安心して寝よう。

 妹はほっとこう。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ