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ウェリエの聖域:滅びゆく魔族たちの王  作者: 加賀良 景
第4章-ある日の一日- XII
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同居したいパイソ


 翌日、いつものように黒白ハスキーは何も言わずにエルリネ一人と二匹でマラソンルートを駆けていった。


「仲良き事は美しき哉、か」

 で足元に転がっているのは相変わらずの、

「ほら、パイソ起きろ。寒いのは分かるけどみっともないぞ」

 そう言ってパイソの脇を肩で持ち上げようとするが、パイソが普通に重い。


 俺の家族はみんなどいつもこいつも重いようだ。

「ほら、パイソ。お前重いんだから、俺が潰れるから。ほら、立て」

「あうううう、寒いー」

「ああもう、お前火属性だろ。寒さなんて自前の熱で吹きとばせよ」

「元の熱がないと無理ー」

 そういってぐたんぐたんと背中で暴れるトカゲ。


「これだから、変温動物は!」

『竜種』というかっこいい種族でも変温動物になるのか、と益体もないことを考えながら、

「ああ、もう!」そういってパイソの口に人差し指と中指を突っ込む。

『精製された魔力』で作った「瞬炎(インシノレート)」を魔力装填で纏わせた指だ。


「ほら、食え。そして起きろ!」

 寝ぼけ眼で寝ぼけた頭なお陰なのか、寝ぼけているような舌でちろちろと舐められ……、「瞬炎」がパイソの舌に発動し、カッと舌が火に巻かれるってことはなく、その火の発生ごと喉に行った感覚がある。

 そして肩に発生する熱。


熱痛(あつ)っ」と言って、思わず背中に背負ったパイソを背中から落とした。

 どさり、と結構重たい米袋を落としたような音と、パイソの金属っぽい鱗がガツィンと地面に当たった音もした。

――たしか、パイソの後頭部を守るために鱗が残ってた筈だ。

 慌てる俺の視線の

「あ、ごめん。落としちゃっ……た……」

 先のパイソは、「ああー美味しい……」とうっとりとした(ツヤ)が出てる顔でトリップしていた。


 そして例の針葉樹の葉のような鱗と、松の葉のような鋭く長い注射針のような棘鱗が頭頂部に現れた。

「パイソ、パイソ。『竜種』化してるから。ほら、戻ってこい。早く」と、パイソの頬をパンパンと叩く。

 ……が変わらずトリップ。


 なんだ、なんだ? と女子寮から女の子たちが遠目から伺ってくる……が、こっちに寄ってこない辺り痴話喧嘩か、男は狼的な危険なモノとして思われているのだろうか。

「ほら、目立ってるから。起きろってパイソ」と言っても、恍惚とした顔でトリップ……と思ったら、「ふわぁ、美味しかったぁ」と言ってむっくりと起きだすパイソ。


 棘鱗と鎧鱗も器用に横に寝かされ、いつもの赤い髪の美女になったところで「ごちそうさまでした、兄上」と呑気な声。


――人の気も知らないで……こいつは……。


 とは考えたりしたものの、トリップしたパイソの可愛さもそうだが、


――最後に『精製された魔力』をあげたのはいつだっけ。


 と、悩むぐらいに昔にあげた覚えがある。

 つまりは、元気が出て栄養があるご飯を与えずに、人間と同じ食事を食わせていた訳だ。

 魔力食の生き物に対して、魔力はもちろん与えてはいたが、それよりも殆ど固形物を食わせていた。


――これでは、元気出ないよなぁそりゃあ。


 そもそもとしてパイソが人型をとれるのは、俺の『精製された魔力』の過剰摂取によって、トカゲ時代から『竜種』時代をすっ飛ばして人型になれた。

 そしてその人型に必要な魔力は俺が常に代替として供給していたが、本人だって『精製された魔力』で人型を取れるようになったクチだ。


「すまなかったな、パイソ」

「ん、何がだ。兄上」

 

「いや、なんでもない」

「兄上の魔力、特に『精製された魔力』とやらは本当に美味しい。もっと食べたい。いやしゃぶりたい」

「おう、また今度な」

 そう言ってやれば笑顔になるパイソ。

 偉そうなことを言う割にはやはり四歳、いやそろそろ六歳か。

 チョロい。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「ところで、兄上」

 街の外周といったいつものマラソンコースに入るために、街中を走っていたところ、パイソから話が飛んできた

「んー、なんだい?」

「エレイシアから聞いたが、また兄上は女性を拾ったのか」


――…………。


「拾ったとは人聞き悪いな」

「あ、すまない。別に貶すつもりはないんだ」

 じいっと抗議目的でパイソを見る。

 目の前の大通りでは、行商人やら貴族とかああいう系の馬車ひっきりなしに休みなく通る。


 いつもであればささーっと通るのだが、今日はパイソとのコントをやったお陰で普通には通行ができない。

 だが、そんな程度で通行できない、などと弱音を吐いてはいけないのが我らのマラソンである。

 そういうときはパイソは『最終騎士(クラウンシュヴァリエ)』で強化された足腰と、『竜種』の強靭(きょうじん)なやっぱり足腰の筋肉で、俺の武器である棒を折れないように垂直に踏み、パイソの指向性の火属性の魔力を通し自分(パイソ)を跳ね上げる爆発魔法を断続的に発生させ、垂直に昇る姿は、


――垂直発射システム……VLSだっけ。


 パイソの場合はなだらかな丘のような放物線状に飛ぶから、正確に言えばVLSが描く軌跡ではないけども。

 そう考えている間にパイソが馬車の川の向こう岸に着地した音が聞こえる。

 どうやら無事に向こう岸についたようだ。

 対して、俺は軽業師のように器用なことが出来るようになった。


 具体的に言うと無駄にバク転しながら、パイソがやった棒からのVLSジャンプのように『戦熾天使の祝福』の羽鈍器一本目だけのものを踏んで、次に二本縦に重なった奴を踏んで、あとはそのまま空中回転しながら向こう岸に渡るというものだ。

 本当に無駄である。

 単純に渡るだけだったら『戦熾天使の祝福』で飛ぶか、それがマラソンにならないというのであればバク転なんかせずに、とんとんと飛べばいいだけである。

 ただ、必要以上に魅せたくなるというのはある。


 何故なら体術学校に通っているのだ。

 日々の授業としてバク転の練習がある。

 流石に大抵の剣士系の授業ではないが、そこはあれで、俺はどちらかというと魔法を使うトリッキーをウリにした前衛だ。

 バク転なぞ当たり前に使えるようにするものの一環としてやったら、これがまた楽しい。


 なのでバク転で酔いはするが、それは抜きにしても羽鈍器を足場に飛ぶことはやめられない。


 川の向こう岸について、足から綺麗に立った。

 うーん、マーベラス。

 素晴らしい。

 オリンピックの体操選手になった気分だ。


 タタタッと先に走るパイソに追いつき、「で、兄上」

 と、またもパイソから話があるようだ。

「なんだい?」と聞いてみたところ、

「女の子が男子寮にいるのは、はしたないから女子寮に」ということらしい。


「確かに女の子だけど、一応俺の使い魔枠だからねぇ。女の子だからって女子寮には行かせられないよ」

「えぇー、私だって女の子で兄上の使い魔なのに?!」


――女の"子"?


 と、パッと考えたが確かにパイソ自身としては女の子のつもりだし、六歳だしで女の子ではある。

 どちらかというと女の子というワードは成人未満――つまり十四歳以下――に付けるものだと思ってたが、見た目の問題か。


「使い魔枠だけど、キミ貸与されている存在だよね。セシルに」

「じゃあセシルから抜ける!」

「そんなことしたら、俺がぶん殴る」

「きゅうううう、私も兄上と一緒に暮らしたいよ!」


 言っていることはご尤もだ。

「いいか、パイソ。キミは『竜種』になったら討伐される身だ」

「きゅううう、」

「エルリネから聞いたが、最近キミあのちっちゃい小動物になること出来ないんだろ」

「きゅうう、」


「その状態で男子寮に連れていけるか。『竜種』にはなってはいけないし、男子寮には刺激が強いオトナの女性状態もダメだ」

「きゅうう、じゃあイニネスとかいう子は?」

「俺の使い魔としてべったりだったというのが、男子寮に知れ渡っているし。同室のティータに元がネクスアーと認められている。

ネクスアー種の使い魔がたまたま女の子になった……ということだ」

 事実そうだし。

 女の子だと思って拾ったわけじゃない。


「第一、イニネスは直ぐにネクスアーに戻れる。パイソとは違うんだぞ、そこら辺」

「きゅううう……」

 えぐえぐっと微妙に涙目だ。

 そこまでして俺といたがる理由が分からない。

 餌目的だろうか。

 いや、それしかないか。


「じゃあじゃあ、あの魔狼たちがもし女の子で、女の子の姿になったら……、女子寮に入るの?」

「黒白たちも使い魔だからねぇ。もし女の子になれたとしてもやっぱり俺が飼うんじゃないかな」

 と、言ったところ「ふぇえええ」と涙目を超えて半泣きだ。


「もし女の子になれたとしても、あそこまで見事に魔狼なんだから、俺が卒業……いや中退するまで魔狼の姿続行って言えば、きっとあの姿のままだろ」

「……」

「それにこれもうちの家族でズブズブじゃなくて、身辺がはっきりしている第三者のティータに存在が認められて、且つ俺の使い魔だって言えるのが強いからな」

 と言ったところで「きゅわああああん」と泣いた。

 パイソが。


 六歳には辛いことらしい。

 まあ親元離れているようなもんだしな。餌くれる人から離れるって。


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