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ウェリエの聖域:滅びゆく魔族たちの王  作者: 加賀良 景
第4章-ある日の一日- XI
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一夜明け


 翌日。

 やたらと顔がペロペロされた。

 昨日に今日でスライミーな偽カクトこと、イニネスに朝イチでレロレロされているのか……と、ちょっと嫌気が差しながら舐めている下手人に触れてみたところ……。


――ん、なんかもっこもこしてるな。イニネス。


 と、考えて目を開けたところ……、「誰だ、お前?!」と思わず叫んでしまった。

「ウェルぅうう、ぅうるさぁい……」

 その俺の叫びでティータが起きてしまったようだ。

「いや、ティータ起きてくれ……!」


 というのも、

「黒柴がでけぇ!」のだ。

 昨日まで確実に三十センチメートルは小さすぎるにしても、精々一メートルはなかった筈である。

 実際膝に乗るぐらいだった。


 顔の大きさも成犬らしさはなく、非常に仔犬らしく皮膚というか皮が余っている感があったのに……、

「顔長っ、イケメン犬! いや♀だから美人か!」

 怜悧そうでいて、且つ青白い刀剣を想像させるかのような鋭い眼光。精悍な顔つき。

 黒い柴犬らしい、くりっくりのお目目とちょっとだけ白目があったつぶらな瞳は……残念なことになくなって、目の前の元黒柴には黒い瞳と三白眼の……、


――本当にシベリアンハスキーじゃねーか!


 目の上のちょこんとした眉――殿上眉――のような模様があるから、黒柴だと思ってたけど……考えてみれば確かにシベリアンハスキーにもあの殿上眉があった。

 そういえばくりんと巻いている尻尾ではない時点で、シベリアンハスキーだった。

 柄も黒が基本で灰色で、ピンと立ったピンクの耳がイケメンさを引き立てる。

 舐め舐めぺろぺろタイムが終わり、「ほら早くマラソン行こうよ!」と言いたげだった昨日までの可愛らしい柴犬の姿はなくなり、今では眼光鋭く睨む三白眼の元黒柴。


 辛うじて尻尾をパタパタと振る姿で、なんとなく黒柴の面影は感じれる。

 体温調節のためか口を開けて「はっはっはっはっ」と呼吸する辺り、かなり犬でそこら辺も含めて「柴犬かわいい」だったのが……、シベリアンハスキーという大型犬らしさというべきか。


――歯が鋭くてこれ絶対怪獣か何かだろ……これ!


 甘噛みされて「こらこら痛い痛い」とキャッキャウフフしてた頃が懐かしいと思えるぐらいに……、鋭すぎる歯と並び。

 こんなのに甘噛みされたら千切れる。

 毛皮も毛皮だ。

――柴犬にはなかった毛皮の種類だな、おい。


 というのも、お腹が見るからにして柔らかそうな毛で且つ長く、弱点となるお腹を守っているものと素人目でも直ぐ分かる。

 ふと、気になったので寝台脇の白柴の寝床も見れば……。


「……お前もか……」

 やはり白柴もでかかった。

 こっちも白柴というより白が基調の灰シベリアンハスキーのようだ。

 眼の色はどうだろうか。ただ白柴は寝ているので、眼の色は見えない。


「ぎゃう」と黒柴、改め黒ハスキーの一声。

「わう」と言いなさいと教えたが、声帯が変わったためか「ぎゃう」とまた言うようになった黒ハスキー。

 その黒ハスキーの声に起きる、白ハスキー。


「お、おぉう」

 白ハスキーもこりゃまた美人である。

 黒ハスキーの三白眼ではなく、黒いまんまるお目目だ。

 お互いの色が交換こされているような、色合いだ。


「白柴……、お前可愛いな……」

 黒柴はすらりとした刀剣のような顔つきと評したが、身体つきもとても細くそれでいてしなやかさを感じ取れる。

 それに比べて白柴は、愛くるしさがにじみ出ており、とても甘えたがりなんだろうと思わせるかのようなつぶらな瞳に嫌味を感じさせない切れ長の目。

 目の周りの白い体毛に塗り潰されたかのように殿上眉が隠れ、自ずと目が強調される柄をしている。


 そんな中のこのつぶらな瞳。

 これを美人と言わずに何を美人というか。

 体格も黒と違って肉付きがいい。

 もちろん、贅肉とかではない。

 明らかに筋肉のようだ。


「いやいや、なにこの桃源郷」


 そんな彼女らの全長は……、

「お、俺の身長と同じぐらいのでかさ……なんだ……」

 俺の身長は割りと高くなって、百六十センチメートルぐらいだ。

 そんな、俺の身長に迫る体長の元黒柴と元白柴。


 昨日で五十センチメートルだったとして、一夜にして一メートルも伸びる体長。

 流石、異世界。

 体重もそうだったが、身長もこうなるとは思わなんだ。

 ただ、これぐらいでかければ例の体重にも納得出来る。


「ぎゃぎゃう」と砂利を噛んだような声を出して、白柴と共にドアの前に陣取る黒柴。

 どうやら走りたいようだ。


 殆ど記憶が薄れかかっているハスキー犬の特徴としては、寒国の犬で超寒さに強い。

 かなり狼に近い。

 イケメン。

 怖い。


 大型犬でソリを()くほど力が強い。

 それでいて、従順で人懐っこく飼い主にLove。

 いたずらっこ。

 縄張り意識が強く一日中走り回る。


 つ・ま・り。


――マラソンで一日中走るつもりか、こいつら。


 そんなことを考えて、げんなりしそうな気持ちを抑えてマラソン用の服に着替えて、部屋のドアを開けると我先にと走りだす二匹。

 少し開けた隙間を二匹同時に駆け出す。

 狭いのによくやるなぁと思いながら、俺がドアから出たときには白柴もとい白ハスキーの尻尾が玄関への曲がり角に消えたときだった。


「流石、犬だ。はえーな」


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 ゆっくりといっても、そこまで遅くはない程度に下駄箱でマラソン用の靴に履き替えて男子寮から出たときには、楽しそうにそして溌剌(はつらつ)と踊る黒白毛玉。

 いや毛玉というより刀剣か。

 そんな中目立つのはやはり首輪。

 首周りが太くなったお陰で、微妙に食い込んでいる気がする。


 出来れば外して『精神の願望』だけにしてあげたいところだが……、相変わらず嫌がるので外していなかったし、必ず成犬になると踏んでいたので、段階的におっきくなった時に「ほら、首締まっているだろ。だから外そう?」と優しく諭すつもりであったが、どう見ても苦しそうだ。


 そんなことを考えている中で、黒柴が寄ってきた。

「早くいこ!」と言っている感じに俺の周りを円状にぐるぐる周る。

 構って欲しいらしい。


「あー、黒柴」

 ぎゃう? と首を傾げる黒柴。

「いい加減さ、首輪外さない? 嫌かもしれないけど、それ黒柴の首に合ってないよね」

 黒柴の首輪に指を差しながら伝えると、対して黒柴の三白眼の瞳がジト目になり、いかにも「えー」と言いたげな顔だ。


「いや、もう相当苦しいでしょ。ほら、そのきらきらと輝くそれが新しい黒柴専用の首輪なんだしさ……」

 それでも後退(ずさ)る黒柴。

「ねぇ、何がいいの。軽い首輪より重い首輪を選ぶ理由はなに?」

 そう聞いても答えは当然なく。


「はぁ。わかったよ、分かった」

 頑ななんだ、もう。

「無理に外さないよ」

 と洩らすと、目に見えて喜ぶ黒柴。


 本当に何がいいのか。

――こいつらも人化してくれないかな。そうすれば話せるのに。

「ただ、その首輪だけは外させろ」と言えば、急速にテンションがダウンする黒柴。

 もちろん、それだけのものじゃない。


「代わりに、新しくその首の大きさにあった首輪買ってやるから」

 打って変わってハイテンションになる黒柴……と、白柴。


――本当に何がいいのか。


 登校までにはまだまだ時間はある。

 マラソン終わったら、ちょっと首輪買いに行こうか。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 いつものエルリネとパイソを迎えに女子寮に行ってみれば、珍しくセシルとエレイシアはおらず代わりにいるのは。

「おや、クオセリス。おはよーさん」

 挨拶をすれば、鼻息は荒く「はい、おはようございます旦那様」とクオセリス。

 服装を見れば動きやすい服だ。


「旦那様」

「うん?」

「私も走ります!」

「お、おう」


 別に走ることは止めないし、いい傾向だとは思う。

 でも、

「なんで、また」

「妻として、旦那様が見ている景色を見たいというのと!」

「うん」

「剣技部として、体力づくりしたいなと考えまして」

「なるほど」


 体力というか肺活量というか。

「ということなので、よろし――」

 台詞の途中で止まるクオセリス。

 固まったクオセリスの視線を追うと、ごろんごろんとくんずほぐれつと遊ぶ黒白ハスキー。


「あー」

「あの、旦那様。あの黒いのと白いのはなんでしょう」

「あー」

「なんだか、見たことありそうな。ないような……」

「あー」


 どう応えるべきか……と、悩んでいたところで遅れてきたエルリネとパイソが同時に玄関から出てきた。

 エルリネが「パイソのねぼすけ!」と叱咤(しった)しているところから、変温動物的冬眠していたのだろう。

「眠いー、寒いー」と秋の初めでも言っていたのと同じことを(のたま)うパイソ。

 そういって倒れこんで眠るパイソ。

 春といっても、まだまだ朝方は寒い。


「あー」

「ご主人様、すみません遅くなりました」

「いや、いいよ。うん。気にしなくて」

「はい。……ところでそこの黒いのと白い魔狼はなんでしょう。凄く見たことがある組み合わせなのですが」


 やっぱり気になるよな。うん。


「あー、うん。お察しの通り、黒柴と白柴だ。二匹とも」

「えっ」

「えっ」と同時に驚くクオセリスとエルリネ。

 残るパイソはぐっすりだ。

 まぁ元より数には入れていない。


「き、昨日のお昼はまだ小さかった……ですよね?」とは、クオセリスだ。

 その疑問に対しては

「というか昨日の夜まで、体重と体長の差が異常だった程度に小さかったよ。うん」と、答えるほかない。


「……ご主人様、私は学がないので分からないのですが……、魔狼ってこんな成長するんですか?」

 ごめん、その点に関しては、

「いや、俺も分からん。どういう理屈か分からない。幻覚かもしれない」


 彼女(エルリネ)らの混乱を他所に、当の黒柴たちはぐるぐると俺の周りを回り始める。

「早く走ろうよー」と急かしているつもりらしい。


「あー、エルリネ。準備は……いい?」

「え、ああ。いいですよ」

「じゃあ、悪いけど付き合ってあげて。……俺の予想が正しければ、体力馬鹿だよ二匹とも」

 対して、エルリネはふふんと不敵に微笑い、

「望むところです!」と高らかに宣言。


 そして黒白ハスキーに向き直り、

「ええと、黒柴……でいいのかな。それと白柴……いくよ」と言って駆けて加速するエルリネ。

 それに釣られて、同様に初めからトップスピードじゃなかろうかと言えるぐらいに、駆ける黒ハスキー。

 それに十メートルほど遅れて付いて行く白柴。


 ころっころの体型時代とは違う、足の早さ。

「はえー」

 あっという間にエルリネと黒柴はともかくとして、白柴の姿も見えなくなった。

 魔力マップでは着かず抜けずでエルリネと黒柴が並び……白柴との距離が段々離れていく。

 どちらも早いというか、狼という走ることに適している体格の生き物に付いて行くエルリネが早いというべきか。


 黒白ハスキーの首に首輪が食い込んでいる時点でこれである。

 新品の首輪を買ってあげたら、どうなるだろうか。

 呼吸の制限が解除されて、とんでもないことになりそうな気がしないでもない。


 そんな中、そわそわするクオセリス。

「あークオセリス。俺たちは……そうだな。このトカゲが起きたら出発しようか」

 すると、

「はい、旦那様」と、クオセリスは微笑んでくれた。


 今日も頑張ろうか。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 あ、そうだった。


「クオセリス」

「なんでしょう」と返事する彼女。

「手を出して」と伝えると、直ぐに手を出してきたクオセリス。

 素直で宜しい。


「はい、緊急用の『懐刀』」

「なんですか、これ」

「うん、とってもすごいもの。ただ、ちょっと秘密」

「…………、」

「ただ、緊急時に使って欲しいものだから、秘密なだけ。効果は俺が保証する。とんでもないものだ」


 というか『戦熾天使の祝福』そのものなんです。

 とは言えない。

 適当なときに使っちゃいそうだから……だ。

 無いとは思うけども。


「旦那様から頂いたものですし、大事にしま――」

「いや、緊急時には本当に使ってくれ。そのためのものだ」


「わ、分かりました。では緊急時に使わせて頂きます」


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


――くくくく、小娘、お前は何を望む。


 児童用聖域神話の一文より抜粋。

 作者名とアカウントネームが違うため、私の活動報告に直接飛べません。目次の下部にある「作者マイページ」から、私のアカウントの活動報告の閲覧出来ます。

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