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ウェリエの聖域:滅びゆく魔族たちの王  作者: 加賀良 景
第4章 -二匹の狼-
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帰宅





 二度寝から起きたころには真っ昼間だった。

 起きたとはいってもまだまだ覚醒はしていない。

 眠たい目をくしくしとこすりながら、起き上がりながら周りを見渡せば、唐突に左耳をべちゃりと湿っているものが触れた。

 驚いて左に振り向けば、黒柴がぺろぺろと舐めてきている。


――おおう。


 これは懐いてくれたというところだろうか。

 それともただ単に「腹減ったから飯くれ」ということだろうか。

 前者だと嬉しいものだが、悲しいかな今まで野生だったのだ。

 どう考えても後者だろう。


 ぺろぺろと舐められるので、「はいはい、ご飯ね」と言いながら、黒柴の頭を撫でようとしたが、ビクゥっと動揺したかのように震えて「触らせてやるもんか」と言わんばかりに、逃げられた。

 まだまだ頬ずりには、まだまだ遠いようだ。

 そんな黒柴だが、逃げた先にぐーすか寝ている白柴がいて……そんな白柴のお腹をぐにっと踏んづけた。

「ぎゃいん」と白柴の悲鳴。


 白柴がすぐに起きて、黒柴に怒りの抗議。

 といってもアテレコをすれば、

「なんだよ、おねえちゃん! 痛いよ!」と大きな口を開けて牙を見せる白柴。

「ごめんごめん」とまた同じように口を開ける黒柴。


――どっちも口大きいな。


 と、思う俺。

 口を開けて、どっちが大きいか勝負をするのが兄弟、姉妹とか多頭飼でよく見られる光景だが、この世界の犬系もこういう遊びするのか……と、軽く感動。

 大きな口を開けてお互い甘噛みかと思えば、組んず解れつの柔らか黒白団子になって遊ぶ二匹。

 そんな微笑ましい中、怪我からの体力が回復しきれていないのか、黒柴はごろんと寝転がった。


 その黒柴の姿に、白柴は「くぅーん」と切なげに鳴く。

 体力を回復させるのに、一番手っ取り早いのは飯を食い、寝ること。

 で、あればと、早速狩りに行った。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 昼間と言っても殆ど寝ていて腹は減っていない。

 ただ、可愛い黒白柴のために木登りライオン一匹の首をチョンパし、また戻ったところで目を輝かせた黒柴がじっと俺を見る。

 というのも、先ほどとは違い尻尾が箒のように、振っているのだ。

 これは期待されているとみていいだろう。


 そう思うと割りと重労働な肉削ぎも、楽しくなるというもの。

 それに白柴は未だ警戒値が振り切っている状態だが、黒柴は喜んで手に置いた肉を食べるようになった。

 可愛いったらありゃしない。


 木登りライオンの骨以外を綺麗に平らげさせたところで、また二匹ともがうたた寝し始めた。

 白柴は黒柴にがっちり組み付いていて、黒柴は目がとろーんとしている。

 どうやら腹が膨れて眠りたいようだ。

 出来ることならもう一日だけ、ここにいて歩けるようにしてから連れ帰りたいところだが、生憎今日はティータと夕食会がある。


 だから、強引に……というほど強引ではないが、二匹を入れたハンモックをトートバックのように肩で担いだ。

 黒柴は特になにも抗議もせず、黙って担がれて……、気付いたころには黒柴も寝ていた。


 可愛い奴め。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 集合場所に来てみたところ、もう既に冒険者も先輩たちも帰ったのだろう。

 もぬけの殻で、微妙に漏れでたような魔力の残り香があるところから、漏れ出るように怪我した人もここに集められたようだ。

 微妙に血の跡もある。


――結構割りと本気だったのかな?


 ただ、本気でやらなければ実戦でどうなるか。

 そんなものは分かるわけがない。


 軽くおとしものがないかどうか、確認し、そのあとはゴミもないか見ておいた。

 折れた刀剣のようなものも特になかったのでその場を後にした。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 この森へ入るには街からは非常に遠い。

 遠いといっても、充分一日で歩ける距離ではあるが、それでも特に理由がなければ行きたくないと思ってしまうほどだ。

 ましてや現在は非常にクソ暑い。

 森のなかであれば湿度が馬鹿に高かろうが、木々といった太陽光を遮断するものがあったので、二度寝する分にはそこそこ快適だった。


 だが、今てくてくと歩いているこの道は木々は並程度にはあるものの、よくも悪くも街道であり、行く道は舗装された石畳である。

 照り付く太陽が石畳を反射して、「ちょうあっつぅ」と思わずひらがなで表現してしまうぐらいに暑い。

 ましてや脇には毛むくじゃらの温かい生き物が二匹もいる。

 脇が非常に温かい。


 もちろん暑いのは俺だけじゃない。

 きっと多分、脇のこの二匹も暑いだろう。

 なにせ、


――毛皮の厚さからして冬毛抜け切れてないんじゃないか?


 ってぐらいにもっさりしている。

 それに洗ってない毛皮なお陰か、普通に臭い。

 鼻がひん曲がるほどではないが、まさに洗ってない犬の臭い。

 この世界でもその臭いを嗅げることに感動するぐらいに、懐かしい。


――洗いたいなぁ。


 犬の洗い方は色々ある。

 ただ、大抵は冷水とかではなく人肌程度に温めて、それを料理で塩をまぶすように、犬に水をまぶす。

 その後はシャンプーで手で泡立たせて、毛を逆立てないように、同じようにまぶし、全体がシャンプーまみれになったところで、毛皮抜きというかゴムブラシで梳いて、絡まった毛を抜く。

 背中が終われば尻尾もマッサージするかのように、ゴムブラシでごしごしする。

 このときは強く握ってはいけない。


 尻尾は頭とお腹とおなじく弱点であるため、強く握られると怒る。

 脚もお腹も同じようにやる。


 っていうことを友人の家のわんこで実践した、あのときのわんこは可愛かった。

 ウチのわんこ共は全力で逃げやがった。


 ゴムブラシを見せると全力で尻尾振って近づいてくるのに、ホースを見せると全力で逃げる。

 果ては洗ってやりたいと思うだけで、ささーっと犬舎に逃げる。

 ビーグル犬の前脚の脇を持って引きずり出そうとしても、石のように頑として動かないぐらいだった。

 あの犬どもはテレパスの類を持ってたと思う。


 そんな生前の思い出だが、この二匹はどうだろうか。

 シャンプー好きだろうか、それとも大っ嫌いだろうか。

 いや、人の手が嫌かもしれない。


――洗濯もといシャンプーするとき出ないと、分からないか。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 楽しい楽しいシャンプーなことを考えながらも、『心頭滅却すれば火もまた涼し』なんてことはなく、普通に暑い。

 側に水球を作っても、すぐに……とまではいかなくともぬるま湯になってしまう。

 なお、俺としては相変わらずのぽっこりお腹をしぼませるために、割りと自分を追い込むようなことをしている。


 例えば今、脇にいる黒白毛玉がいなければ、水球は常時出していない。

 それこそ飲み水として必要になったときにだけ出していた。


 だが、今は黒白毛玉のうちの黒柴が、「あつーい」と言いたげに舌をでろーんと出していて、死にそうな顔をしていればそりゃもう助けたくなる。

 眼前に水球を浮かせておいて、気付いたらぺちゃぺちゃと飲めるようにして歩くこと約二時間。


 漸く、街の入口が見えてきた。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 寮に入ろうとしたところで、問題が発生した。

 というのも。


「仮にも人が寝泊まりするところになんですか、その汚らわしい動物を入れるのは」

 ということを寮母に言われた。

 確かに、泣こうが喚こうが普通にきちゃない。

 いや汚い。


 ノミとかダニとかいそうだし、それに臭いし、泥だらけでとにかく汚い。

 そんなものを室内飼いする奴の気が知れない。

「それに、使い魔でもなんでもない獣は危険です。人を襲ったらどうするのですか」

 ということも、併せて聞いた。


 当然だ。

 どんなに犬が従順で、人懐っこいドーベルマンがいたとしてもじゃれあう気で襲いかかってきたら、普通に怖い。

 俺が文字通り五歳ぐらいで体格があからさまに自分よりでかい、グレートピレネー辺りがじゃれあってきたら腰抜けてとっ捕まってぺろっぺろされても、失禁する自信がある。

 今のところ、グレートピレネー並の体格を持つ魔狼には遭っていない。

 が、当然いるかもしれない。


 流石にこの黒白毛玉たちがグレートピレネー並に成長するとは思えない。

 この毛玉たちの体格から、記憶の中にあるグレートピレネーなどの大型犬種の子犬らしい体格はしていない。

 だから、きっと大丈夫とはいえども、やはり襲い掛かってくる可能性もある。

 だがしかし、そんな程度で室内飼を諦める俺ではない。


 犬に対する気持ちは本物で行きたい。

 伊達にビーグルとラブラドールを寿命まで一緒に過ごしてはいない。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 というわけで、ひとまず一度穴熊亭に連れて行った。 

 穴熊亭にて、たまたまいた店長に訳を話したところ、二つ返事で、


「一日もあれば、申請とか出来るのかい?」

「ええ、一応出来るそうです。ほら、以前よく来ていたパイソっていう娘いましたよね」


「んー、ああ。ウェリエ君のご家族だっけ」

「そうです、その家族のパイソなんですが。一応、分類としては使い魔のようなので、使い魔申請出したところ、一日で登録出来たので……」

 そこまで言ったところ、

「ああ、そんな感じで多分出来るだろう、と」

「ええ」


 甘いかなーとは思うけども、俺のわんこがいる生活までの苦労だ。

 そこら辺は、買ってでもしたい苦労だ。

 さて、わんこがいる毎日まであともうちょい。


「ところで、」

 店長から声を掛けられて、妄想を思考の端っこに追いやって

「はい?」と応えた。


「人間種を使い魔にするって、ウェリエ君はどれだけ規格外なの?」

 人間種を使い魔?

「はて、なんのこと――」を言っているのでしょうかと言おうとしたところで、

「いやさ、あんなに受け答えも出来て、自分の感情も伝えられて言語も分かって、自分の食べたいものにも色々種類を分けられる。そんな魔獣いるの?」


――魔獣といえば魔獣だけど、『竜種』なんだよなぁこれが。


 などとは言わない。言えない。


「ま、色々あるんですよ。一応、俺……いや僕が保証しますが、れっきとした魔獣ですよ。彼女は」


 くどいようだが彼女は『竜種』だが。

「普通に人間種……魔族とか人族、獣人族に使い魔申請をしたようにしか見えないのよねぇ」

「でも、もしそうだとしても……。申請通るのですか?」


「んー、申請局じゃないから詳しいことは分からないけれど、通るときと通らないときがあるそうね。奴隷を使い魔として申請して通した事例も過去にはあるとか聞いたことあるわね」

 まぁ、どれも相当高位な立場の人が、落第しないために申請して無理やり通したとか、そういう笑い話でもあるけどねーと笑ってはいたが、正直大丈夫かどうか心配になってきた。

 使い魔じゃなくてペット枠でもイケるだろうか。



 店長から「穴熊亭の裏口に何も入っていない壊れかけの物置がある」とのことであったため、なるほど確かに壊れかけの物置があった。

 正直にいってガラクタにしか見えない。

「どうやってもいい。どうせゴミだし」ということだったので、上半分を久し振りの『吸襲風吼』でぶった切って簡単な犬舎を作った。

 雨は穴熊亭の屋根があるのでしのげるが、風はまあ諦めてもらう。


 だが、ぶった切ったお陰で埃臭さはなくなり、怪我に悪影響は与えないだろう。

 ハンモックバッグを地面に下ろしてから、箒とちりとりを持ってさっさこと掃く。

 舞う埃がとてつもなく気管に悪そうだ。

「ゲホゲホ」と咳き込むが、幸い黒白団子たちはくすぴーと幸せそうに寝息を立てていて、癒されるところ。


 大方の埃を掻きだしてからは、軽く清掃用雑巾でごしごしと汚れを洗い落とす。

 正直作りなおしたほうが早い気がするが、今から森に行って木を切り出して犬舎作成なんて時間が掛かり過ぎる。

 よって、がんばる。


 しばらく磨いてお昼の約三時ぐらい。

 そろそろ小腹が空いてきたところで、簡易犬舎が完成したので、寝ている黒白毛玉団子を起こさないように注意しながらハンモックバッグを犬舎に置こうとしたところで、黒柴が途中で起きた。

 大きな欠伸をして、ぺろりと鼻頭を舐めるかのように舌舐めずり。

 その姿が、ペディグ○ーチャムのあの白い犬の絵みたいで、思わずぷすっと微笑ってしまう。


 そして、うっかり、

「おはよ」と頭を撫でても、黒柴は嫌がることなく撫でさせてくれた。

 どうやら、寝起きだと頭がまわらないようだ。


 撫でている間に「ぐぅう」と黒柴のお腹から音がするので、早速穴熊亭で何かを作ることにした。

 残飯なんかを食わせるのもいいかもしれないが、玉ねぎかああいうのっぽいのが多いのでそれは却下ということで、生前の犬によく食わせていたサツマイモ……っぽい見た目と味の芋と軽い野菜キャベツみたいなモノをみじん切りにして、今日もある卸したての木登りライオンの胸肉をこれもまた細かく切って軽く炙る。


 その炙ったものとみじん切りにした野菜を混ぜ合わせて、牛乳も混ぜて……出来上がり。犬用ねこまんま。


 犬用の牛乳があればベストだが、そこは異世界なので犬に優しい飯などあるわけない。

 見た目がどろりとしてて「うわあ」と思うこと請け合いだが、目の前の黒白毛玉の団子たちは言葉を話せない。

 が、仕方ないね。嫌なら話せってんだ。


 っていうことで、皿によそった犬用ねこまんま、改め、いぬまんまが入った皿を彼女(くろしば)の前に置いたところ、尻尾が千切れそうなぐらいにぶんぶんと振りながら食ってくれた。

 昨日と違い割りと元気に食ってくれるところから、治癒魔法の効果も出ているようだ。

 これなら、今日か明日中にはシャンプーが出来そうだ。



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