表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ウェリエの聖域:滅びゆく魔族たちの王  作者: 加賀良 景
第?章 -悪夢「Nightmare」-
259/503

F? A




 私は今遊びに来ている。

 と、言っても他の子の口から言わせると、遊びではないというけれど。


「エルリネ、駄目! ()めて!」


 誰かの声が目の前から聞こえる。

 目の前には血肉族の群れ。

 背格好は金属色の鎧兜を着込んだ甲冑だらけの中に、金属以外になんらかの革などを使った着物を着込んだのがいる。


 そう、ここはどこかの城のなか。

 でも、どこ国の城かは知らない。

 名前なんか興味ない。

 これから、生は奪われ大地の糧となり、死は新しい死となる。


 大理石とかいう石出来た建物。

 その石を切り出したのは魔族から抽出した魔石。

 魔石(ねんりょう)を奪って作った血肉族の国。


 生憎、私には血肉族の知り合いは数えるほどしかいない。

 我が国の人たち。

 学校に通ってた頃はいたには、いたけれど殺された。

 殺されなかったのは、我が国に来たのもいた。


 生き残りたちの話を聞いていると、何人かの血肉族が手引きしたようだ。

 だから、死んだ。

 何人も死んだ。

 それの所為で、ご主人様は心を失ってしまった。


「許せない」

 ご主人様は友人だと思っていた血肉族によって、友人を殺された。

 それどころか。

 あの子たちも死ななかったのに。血肉族のせいで死んで。


 私はご主人様のご家族の中で一番のお姉ちゃんで、お母さんとして頑張ってきた。

 だから、誰よりもみんなのお母さんとして立ち上がらせる必要があった。

「私だって、悲しいときは泣きたい」けれども、泣けない。

 みんながいるから。


 ご主人様がいる。

 そして私含めて七人が『魔王』がいるから、さっぱり忘れた。

 本当は泣き叫びたい。

 私にだって友だちが出来たのに。


 学校で色々教えてくれた友だちがたくさん出来たのに。

 奪われた。

 一杯奪われた。

 なんでこういうことをするの。


 私が何をしたというのか。

 でも、気付いた。

「私という『奴隷』ごときが、人並みに幸せを掴んではいけない」って。

 思えば、私は今まで搾取される人生だった。


 両親は当然魔族で、父は戦争で怪我をして、その怪我が祟って死んだ。

 村の大人たちが事前に、父に『封印魔法』を掛けていたお陰で、魔石になった。

 その魔石は母と私には還元されなかった。

 村のものとなった。


 もちろん、抗議したと思う。

 でも、大人たちは取り合ってくれなくて、三日三晩ほど母は泣き崩れているのを憶えてる。

 最期は、村のちょっとした階段で足を滑らせて、頭から落ちて。

 やっぱり魔石になった。


 けれども、私は知っている滑らせたのではなくて、突き落とされたんだって。

 倒れている母を見つけて、階段の上を見たら見たことのある大人が逃げた。

 お医者様の元へ走って連れてきたときには、母は魔石になっていた。


 両親は欠片も私の元に帰ってこなかった。

 私が人魔族ではなくて、純魔族なのにこの茶色い色だから。

 村のみんなみたいに樹色じゃないから。

 村のみんなみたいに花じゃなくて、よく分からない匂いがするから。


 私は売られた。

 親なしの『奴隷』として売られた。

 私の種族は魔族としては珍しく、身体が先に発達してその後に年齢と共に精神も発達する。

 幸い、そういった好事家には売られずに清掃、洗濯をする家政婦さんとして、それなりに人生を歩んだ。


 そして、幸せだと思ったら……。

 戦争で払えないお金の代わりにと、売られた。

 売られたあとは「魔石」という名前を貰って、ご主人様に拾われた。

 嬉しかった。


 でも、幸せじゃなかった。

 幸せと思ったら、ご主人様が死んでしまう。

 私に対してなにかと理由を付けて、手放されてしまう。

 だから、怖かった。


 人並みに幸せを得るぐらいだったら、最初から『奴隷(モノ)』として扱って欲しかった。

 でも、嘘でもと私を「捨てない。捨てるときは寿命で死ぬときだけだ」と言ってくれた。

 そのことは今までで一度もなかった。

 一度も言われたことがなかった。


 ご主人様は絶対に「捨てない」と「手放さない」と宣言してくれた。

 それだけでも嬉しくて、幸せを感じたくない。

 でも、幸せになりそうだった。

 だから、絶対に断られそうな提案をした。


「契りが欲しい」と。

 これで断られれば、それを不幸と(くさび)のようにしておけば。

 幸せだと思わないから。

「契り」が貰えないから、私は不幸だ。


 女として認めてくれないから。

 不幸だ。

 その後もご主人様は色々やってくれた。

 私に気をかけてくれた。


 色々と甘えに来てくれた。

 記憶の片隅にある父ではない、異性であるご主人様に甘えた。

 私の見た目は成人している。

 きっと子どもが出来たら、こんな感じなんだろうなと毎日思った。


 幸せだった。

 でも、幸せに感じたら終わってしまう。

 すべてが。

 私の匂いが好きだと言ってくれたご主人様。


 腰回りに耳元、首筋を行為はなくてもとにかく愛してくれた。

 幸せを感じてはいけないほどに、幸せだった。

 私についうっかりかで、「お母さん」と呼ばれたときは嬉しかった。

 とても嬉しかった。


 今にして思えば、家政婦としていたときはそこまで幸せではなかった。

 歳が近い人はいなくて、何をやるにしても一人でやって。

 当時いた街の薄暗がりで襲われていた女の人を見ても何も出来ず。

 でも、ご飯は食べれた。眠れることも出来て幸せだと思った。


 そしてご主人様はもっと違った。

 旅では新鮮なお肉を食べた。

 泥水を啜る覚悟はあったけれど、ご主人様の魔法で清涼な水が飲めた。

 ご主人様曰く「空気中からの水」と言っていた。


 よくわからないけれど、空気中に魔力素があるから、きっとそれを使って水にしたのだと思う。

 幸せと感じてはいけないけれど、とても楽しかった。

 ご主人様は私に甘えてくれる。

 ご飯は美味しくて、ご主人様のお勉強が面白かった。


 家政婦としての知識ではないものを学ばせてくれた。

 楽しかった。

 ご主人様が教えてくれる知識が。

 ご主人様と一緒に森の木々に囲まれて、満点の星空と双子月を胸元にいるご主人様と共に吊り寝台で寝るのが毎夜の楽しみになった。


 絶対に言えないぐらいに、幸せだった。

 そのあとセシルが旅の仲間に入って、ツペェアで過ごして。

 エレイシアとニルティナが来て、パイソも来て、クオセリスも来て仲良くなって。

 幸せを感じた。いっぱい感じた。


 みんなご主人様が好きで『契り』を交わすことは出来なくても、それ以上にいっぱい幸せを感じてしまった。

 不幸以上に幸せが押し寄せた。

 学校に通えた。それ以上に友だちも出来た。

 みんなご主人様に彫ってもらった、奴隷紋をみても何も言わなかった。


 私もいっぱい言った。

「この紋はご主人様の所有物と示すものだ」と言った。

 それ以上もそれ以下もない。

 いや、所有物としてずっと愛してくれる証左。


 その後は悪友みたいなものとしての、パイソが魔法陣を貰っている。

 そして私も学校に来る前に貰った。

 だから、魔法陣たちの欲求も知っている。

 当然パイソも知っている。


 ご主人様は眠りがとても深い。

 寝ているご主人様の枕をどかして、私の膝枕に移行してもむずがるだけで起きたりしない。

 それどころか寝言で「エルリネ」と私の名前を呼んで、枕を抱くように膝を抱いてくる。

 幸せだ。幸せと感じてはいけない。けれど。


 幸せしかない。

 愛する人の夢の中に『私』がいる。

 そして不幸ももはやなくなった。

 それは、パイソという悪友が試したことで、瓦解した。


 寝ていて眠りが深いご主人様の上に乗ったのだ。

 パイソが。

 私たち魔族を構成する魔力が乗った『種』を、たくさんパイソが身体を使って吸った。

 ご主人様の了解を取っていない。


 けれども私の心はそれを欲していたし、潤沢な魔力は手に入れたいと魔族として本能が止まらないし、魔法陣もそれを欲していた。

 私の『楔』と心の二択を『こころ』に迫った。

 悩んだ。

 でも、悩んでいる内にパイソが全部吸い取ってしまうかもしれない。


 それでも『楔』を外してしまったら、幸せだと認めてしまったら。

 何もかもが幸せだと、言ってしまったら。私はどうしたらいいのか。

 了解を取ればいいのか。

 でもご主人様からは成人してからと、伺っている。


 その間にパイソや、同じくご主人様から下賜されたエレイシアも参戦してきてしまったら。

 悩んでいる内に、本能がいつのまにか理性を超えていたようで。

 気付いた頃には事後だった。

 一度(ひとたび)、一線を超えたらあとは止まらない。


 その後は気付いたらエレイシアも一線を超えてた。

 不思議なことにセシルやクオセリスたちは来なかった。


 とにかく、代わる代わる本能に突き動かされた。

 私は特に三つの欲望があって、理由にもなった。

 だから、止められなかった。


 ご主人様が男子寮に行くという話を聞いたときは、心底落ち込んだ。

 眠りが深いご主人様にいっぱい甘えられなくなるから。

 いっぱい欲しかった。もっと欲しかった。

 けれども、魔法陣の方は「充分」貰ったとのことだった。


 一週間ぐらい"フル稼働"しても余裕だとか。

 だから、幸せだった。

 幸せと思った。

 オーティア姉妹にメルクリエと、ライバルが増えた。


 それでも幸せに感じた。

 だから、ご主人様の成人したときに不幸(・・)が起きた。

 私が幸せだと思ったから。 

 私が成人するまで待たなかったから。


 私なんかが友だちを作って幸せだと思ったから。

 私があの街で幸せだと、ずっと続いて欲しいとそう願ってしまったから。

 だから、私はもう捨てた。

 私の幸せはご主人様にしかない。


 ご主人様とパイソたちにしかない。

 血肉族なんて知らない。

 奪われ続ける人生なんて知らない。

 私とご主人様から奪い続ける人間なんて知らない。


 だから、目の前の血肉族もその類だ。

 知らない。

 全部知らない。

 知らない。知らない。知らない。知らない。知らない。知らない。知らない。知らない。知らない。知らない。知らない。知らない。知らない。知らない。知らない。知らない。知らない。知らない。知らない。知らない。知らない。知らない。知らない。知らない。知らない。知らない。知らない。知らない。知らない。知らない。知らない。知らない。知らない。知らない。知らない。知らない。知らない。知らない。知らない。知らない。知らない。知らない。知らない。知らない。知らない。知らない。知らない。知らない。知らない。知らない。知らない。知らない。知らない。知らない。知らない。知らない。知らない。知らない。知らない。知らない。知らない。知らない。知らない。知らない。知らない。知らない。知らない。知らない。知らない。知らない。知らない。知らない。知らない。知らない。知らない。知らない。知らない。知らない。知らない。知らない。知らない。知らない。知らない。


「エルリネ、もう止めようよ。俺が、世界に言うから!」


 私は止めない。

 すべて私から奪った奴は、奪い返す。

 目の前の血肉族は見たことがある。

 確か学校で……、ご主人様の友だちだったかな。


 でも、どうでもいい。

 生き残ったってことは、つまり奪った敵だ。

 敵なら奪い返す。

 お前の幸せはなんだ。


「エルリネぇええ!」


 知らない。

 全然知らない。

 知りたくない。

 お前なんか知らない。


「世界を書き換えて、『世界』」


――『聖域方陣:黒雨に濡つ闇き夢(インビジブルチェイサー)』を起動します。



――『聖域方陣:月夜を食む水銀の幻鏡(ドッペルナイトメア)』を起動します。


「エルリネ、止めてくれ! 俺はお前らの気持ちは痛いほど分かる、俺だって奪わ――」

「黙ってください、ティタニア様! 何故『魔王』たちの肩を――」

「違う! 俺はあいつらと友だ――」


 目の前の血肉族が喚いている。

 何が友だちだ。

 奪った癖に。

 後ろから近づいて、死角から奪ったくせに。


 何が友だちだ。

 あの頃に戻れれば、ご主人様に告げ口が出来れば。

 全員殲滅出来ればよかったのに。


 ふと横を見れば『月夜を食む水銀の幻鏡』で作った、もう一人の私がいた。

 私が出来る能力のすべてを鏡に映った像のように、映して反映させる。

 私の能力はとても弱い。

 面と向かったら、自称最弱のエレイシアの大群には間違いなく勝てないし、同様の理由でニルティナにも勝てない。


 パイソなんか剣技の一撃がとても重くて受け止められないし、竜化されて殴られたら身体が千切れる。

 息を吐かれたら酸欠で死ぬ。

 メルクリエなんてもっと勝てない。

 オーティア姉妹も無理。


 だからこそ、私は自分を増やす。

 そして私は自分を隠す。

 増やした私は、私と同じ力を持つ。

 だから、『月夜を食む水銀の幻鏡』で更にまた一人増えて、その一人が『月夜を食む水銀の幻鏡』を使って更に増える。


 といっても、最大で五人。

 その弱点を更なる力で覆い隠す。


――『黒雨に濡つ闇き夢』、私たち五人に加護を。


――『黒雨に濡つ闇き夢』認証致しました。現象を発生させます。


――ありがとう。


 この方陣は、『闇夜の影渡(ステルスフィールド)』の上位互換。

 だから付き合いがとても長い。


 能力が発現した。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「エルリネ、それを使ってどうするつもりなんだよ……!」

「……決まっている。奪ったのだから、奪い返すだけ」

 そう言っている間に私以外の四人は既に不可視化した。

 ただの不可視化ではない。


 自分の思ったように透過出来る、最硬の魔法陣……らしい。

 確かに剣を振られて当たっても、痛くないし血も流れない。

 というよりも、空を切るというか。

 ただの鋼の塊で水を切っている感覚だと、パイソは言っていた。


 もちろん、聖域方陣は元より魔法陣や我が国の魔法を撃たれれば、素通りなど出来ず痛い思いをする。

 私個人の魔法と、『精神の願望(マインドデザイア)』に描かれた「自動起動:魔力撹乱」の防護壁もある。

 だから、ちょっとやそっと程度の魔法なんて効かないのも同然。

 

「ぐっ」

「ティタニア! 友だちというアレはもう立派な化け物(まおう)だぞ! 早く倒さないとこの国が終わる!」

「ぐっ、止めろ。俺の、いや私にとって、あいつらは親友の家族なんだよ!」


「だから、誰が友だちだと。知り合いでもない」

 私の言葉を皮切りに、不可視化兼透過する私たちが散って、辺りに血の花が咲く。

 出来ることであれば、私のこの手でこの国の重鎮たちの喉と腹を奪えればよかったのだけれど。

 しばらく待っていれば別の私が、奪ってくると思う。


 ちょっと残念だけれども、私たちがこの国に乗り込んだ理由はまた違う。

 あくまで私たちの国を攻め込もうとした三国に威力を持って抗議すること。


 今回の作戦の目標は、戦力を偵察すること。ついでに何人か減らすように威力偵察しておくこと。

 出来るだけ命令する側の血肉族を選ぶというのが、私に課せられた任。

 ならば国王という肥え太った肥満体らを何人か奪っておけばいい。

 やり方は、近くの木に早贄のように目から貫かせておこうか。

 いや、肉を貫くか。


 エレイシアとニルティナは出来るだけ殺戮しながら、ある程度を最後の一国へ逃げるように仕向けること。

 それも簡単に一度城へ目指せさせて、そのあと川の流れを作るようにするというもの。


 これだけすれば、最後の一国に人が集まって一網打尽にされる危険性を踏まえて無害化する可能性がある、とニルティナとメルクリエの立案から上がった作戦だ。

 これもパイソが殴りに行ったのが原因だけれども。


 ご主人様から頂いた黒曜石の短剣を右手で逆手に持ち替えた。

 そして、背中の腰にセットしておいた短剣は左手で持つ。

 腰を深く落とす。

 裸足は大地を掴むため脚。


 ご主人様の。

「友人と平気な顔して嘘を(うそぶ)くのであれば、私から生を奪ってみせろ血肉族」

 私は大地を確実に掴んだ脚を使って、駆け抜けるために力強く跳んだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ