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ウェリエの聖域:滅びゆく魔族たちの王  作者: 加賀良 景
第4章-ある日の一日- I
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黒にゃんこと白ひげ爺さん

 引っ掻かれて痛む顔に、無属性の回復魔法を掛けながら話を聞くと、どうやらこの猫が店主らしい。

 白み掛かった体毛は、老いから来ているそうだったが、すっと立ち上がりひょいっと売り棚(テーブル)の上に移動する姿は、まだまだ動けるらしい。


「誰と来たんだね、坊主」

「あー、ティータって奴と――」


「おお、あの小僧か。なんだ、そういうことはお前、客か」


――あえて聞こうか。


「なんだと思ってた?」

「泥棒」


 やっぱりね。そらそうだろうと思ったよ。


「坊主、「ギディル」が気になるのか?」

「ああ。美しいからね。それ以上の言葉は思いつかないけど」


「……、ふん。坊主も見る目があるな」


 へぇ、見る目があるんだ、俺。


「真に美しいものは、飾り気のある言葉なんて全て無用。行き過ぎる飾りは、逆に(おとし)めるもの。

坊主の"美しい"という言葉はこの「ギディル」にとって、一番嬉しく聞こえただろう」


「そうなのか?」

「ああ、そうだ。例えばこの剣を見た者が、『金剛石のように強靭で、何物にも穢されることがない』とか言っていた。

確かに何かに例えるのもひとつの手法だろう。だが、真に美しいものは例えられるのが嫌いだ。

自分と同じものが二つとある……とね」


「…………、」

「だが、坊主はたった一言。『美しい』と言った。

この剣と出会ってから数年経つが美しいと言ったのは数人で、その内たった一言だけの『美しい』と言ったのは坊主だけだ」


 なにその俺SUGEEE的なヨイショの仕方。

 第一、俺の『美しい』発言はただの語彙能力のなさが相俟っての一言だ。


 俺の語彙能力があればもっと何か言ってた筈……だとおもう。


「おい、坊主。『ギディル』が喜んでいるから持ってけ。

こんな場末で(くすぶ)っているよりも、この剣は表に出るべきだ」


「え? いや――」

「こいつの特徴は、なんといっても切れ味だ。とても鋭い。それでいて折れないし、その手の一級品の魔法も掛かっている。いわば魔法剣、いや聖剣の類だ」


「いや、ちょっ――」

「防御機構は色々あるが、"呪い返し"が最たるものだ。あとは魔法も切るし、あとは――」


「いや、ちょっとまってください!」

「なんだ、坊主」


 話を遮られて、ちょっとだけ不服そうに毛が逆立つ黒にゃんこ。


「『刀』は確かに美しいものです。ですが、ここに来た目的は違います!」

「……坊主はあの小僧に、『ギディル』の存在を聞いて来たのではないのか……?」


「ええ、違います」

「……目的は」


「棒を買いに来ました」

「棒?」


「ええ、棒」

「杖か、何かの棒か?」


「ええ、その棒」

「…………、『ギディル』がお前と共に行こうと、思っている矢先にそれを言うか」


 インテリジェンスソードだろうか……あの『刀』は。


「一応、理由を聞きたい。そうでなければ『ギディル』が納得しない」


「俺……いや、僕は剣が嫌いなので」

「嫌い?」


「ええ、ちょっと色々あって。短剣はそこまで気になりませんが、『刀』とか片手剣はちょっと」

 本心からそう伝えると、黒にゃんこはアーモンド形の目を俺に向けて、ふっと視線を逸らした。


「…………そうか」と、一言を添えて。


「初恋だったのにか」

「うん、初恋?」


 いや、なんでもないと黒にゃんこは首を振った。

 はて、初恋とはなんだろうか。


 生前の世界での『刀』に名付けられた『歌仙兼定』のように、この『刀』の銘が『初恋』なのだろうか。


 っと、そういえば。


「ところで、武器とかの声とか聞こえるのですか? なにか、こう声が聞こえているようにお話されてますけど」

「ああ。声が聞こえるから、ここの店主をしている」


「へえ」

「まあいい。坊主には特別だ。見せてやる」


 そういって、売り棚の上に立っていた黒にゃんこが床に下り、瞬く間に人型の姿を取り始めた。

 驚いて、

「お、おう」としか声が出ない。


 現れた姿は恰幅のいいご老人。

 スレンダーな見た目をしていた、白み掛かった黒にゃんこが、恰幅がいい白ひげが目立つ猫獣人のご老人に変身……。


 もちろん見た目はアメリカンショートヘア……には、驚くしか他はない。


「ふん、先程まではあんなナリをしていたが、本来の姿はこちらだ」

「…………、」


「坊主、俺の種族は獣魔族。どちらかと言うと、獣が強い方だ。獣が強いとあんな感じに獣化出来る」

「…………、」


「獣化の姿は魔力の消費も抑えられるし、なにより視点が低いからな。何もかもを見渡す高さよりも、何もかもが見えないほどに低い方が楽しいものだ」

「……、」


「さて、先程の質問の答えだが『特異点魔法』が、答えになる」

「そうなのですか」


――『特異点魔法』……ユニーク魔法だっけか。


 武器の声が聞こえるというのであって、武器の扱いにもし精通しているのであれば……。


「もちろん、声だけではなく扱いも中々だな」


――ほぼ確実に『武器統御(ウェポンマスタリー)』系列の魔法だろう。


『最終騎士』は『武器統御』の能力を持っているので、似たものであるが声などは聞こえない。

 あくまでアレ(クラウンシュヴァリエ)は、武器の扱いを統御するものだ。


 声を聞く力などは持っていない。

 あったらあったで喧しそうではあるが。


「ということだが、本当に『ギディル』は要らないんだな?」

「好かれるのは嬉しいんだけど……ね」


 そう答えると、とても残念そうに「ならば、仕方がないな」とぺたんと猫耳を下げて呟いた。

 その姿になんとなく触りたくなったが、どうにか抑えることに成功した。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 例のにゃんこ姿になったアメショ爺さんに、選んだ大サイズと中サイズの棒を見せたところ、両方の声を聞いたらしく直ぐに回収され、代わりに出されたのがまた別の棒。


 大きさは大サイズ程度であるが、大サイズとは違ってなんと鉄。

 但し鉄の割には軽いし、魔力の通りもいい。


 で、詳細を聞いてみた。


 すると、

「まず、聖別された銀と古き時代からの魔石をふんだんに混ぜ合わせたものを、その鉄棒の芯に入れられているものだ」という答えが帰ってきた。


 聖別された銀と聞くとミスリルとかあの辺りを思い浮かべるのは、その手のゲームをやりまくったからか。

 そんなミスリル銀をふんだんに使ったとか、聖剣とかその類のものにしか見えない。


 で、その銀と魔石には自重が軽くなるというような、魔法も込められているようで子どもの身体でも、バトンのようにくるくると回したりする分には問題なく、軽く遠心力からの慣性を付けてから、振り下ろしたところ重量を感じるかのようになった。

 更に精製された魔力を流し込んだところ、全部受け止めた上で媒介品としても一級のようだった。


 もちろん、声を聞いて貰ったところ、まだまだ行ける……らしい。


 流石インテリジェンスソード……いやインテリジェンスウェポン。


 しかも驚いたことに真ん中に機構があるようで、回すとカチッと音がして縮めることが出来た。


 こういった機構があれば大抵は脆かったりするが、ここはそうインテリジェンスウェポンなだけに、脆いどころか逆に粘り強いらしく戦鎚すら受け止められるらしい。

 とんでもない一点ものである。


 で、これを。


「え、くれる?」

「ああ、『ギディル』の代わりに持っていって欲しい」


「いや、流石にこれは……」

 こんな性能の武器など、普通に売れば家が二、三軒は建つだろう。

 だから、金を払うと言っても、


「要らない」の一点張り。

 少なくとも金貨三枚は少なすぎるほどの値段だが、それでも渡そうとしても要らないとしか言わない。


「この店は、ほとんど趣味の店だ。金を取るものは二束三文で、声を聞くまでもないものばかり。

声を聞いて武器たちの希望に沿った相手を見つけたときは、このように上げているんだよ」


「いや、そうは言っても。僕もその価値があるならば、それ相応のものを出すと決めているので……」


 そう、生前やっていたネトゲで回復剤をケチったり、非常にお金がかかるスキル媒介品があり、それをケチったりしている人が多かった。

 ケチるというのは有りだ。


 寧ろ出来るだけケチりたいものだ。

 なにせ、武器も防具も高い物が多い。


 最低、百万円掛かり、ぶっ飛ぶと一億円単位、中には十億円とかある。

 それらを買うにはケチらないといけない。


 もちろん、それらは大事だ。

 だが、俺の感覚としては経験値を金で買うという感覚だった。


 だから、回復剤はケチらなかった。

 ケチったら最後、デスペナが待っている。


 スキル媒介品もケチらなかった。

 ケチったら最後、高効率の狩りが出来ずにちまちまと、モニタとにらめっこしながらモンスターを狩っていた。


 必要なものであり、相応の理由がお金を出すことに文句はない。

 だから、この棒にお金を支払うのも文句などない。


「俺は金で換算されるような、安い身体ではない」と怒りそうではあるが、その価値はあると認めた相手だからお金を出したい……、とネトゲのくだりはそのまま言わずに、且つ婉曲に黒にゃんこに伝えたところ、金貨五枚を請求されたので、そのまま支払った。


 そして、追加で授業用にと量産品の棒を買おうとしたところ、その棒が嫉妬しているから止めとけと釘を刺された。


 流石インテリジェンスウェポンだ。

 そういう感情がある分、人間っぽい。


 ということで使い捨ての棒を持つということはなくなり、一点ものの棒を持つことになった。



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