裏路地
理髪店はちょうどいいことに、客が一人もおらず閑古鳥が鳴いていたようだったので、直ぐにやって貰えた。
ちょきちょきとティータの髪を切る鋏の音が聞こえる中で、俺はティータから聞いた棒について考えた。
――どんなものだろうか。
と。
鈍器として殴るというのであれば、中に鉄が入った仕込み棒だろうか。
魔法を編み上げやすいと杖と同系統と思われる棒。
確かに俺の魔法は基本的に無詠唱がメインだ。
だが、わざと詠唱することで威力が底上げされるものでもある。
そして俺の魔法は全て俺自身のイメージによって、見た目による威力と見た目による規模が上がっていく。
イメージの魔法と、詠唱によるイメージの肉付け。
ただそれは上級程度の魔法であれば……だ。
「天空から墜つ焼灼の槍」と「天雷、裁終の神剣」辺りであれば、詠唱を入れれば大概のものは消し飛ばせる。
「雪山の吹雪」、「狂風」、「電磁衝撃」辺りは中級で、詠唱しようにもそこまで強いものでもない。
ガッツリ詠唱するものではない。
ただ、媒介があれば話は別だ。
俺の中の魔法媒介というものは、魔石などを消費するものと杖などで方向性を決めるもの。
この世界の魔石、特に高純度の魔石はおいそれと使えるものではないし、使ってはいけないものだと思っている。
であれば、残るは杖。
そしてその杖で近接用武器として殴る。
素晴らしい。
殴ってよし。
媒介に使ってよし。
『最終騎士・偽作』で、強化も施せる。
夢が広がる。
などと、そんなことを他愛もなく、適当に考えている内に散髪が終わったようだ。
目の前には、誘拐されたときのさっぱりした髪型のティータが立っていた。
「お、終わった?」
「うん、終わった。……どうかな? 似合う?」
なにを聞いているんだろうか。
別にスポーツ刈りなのに。
いや、待て。この世界スポーツ刈りあるのか。
これはもう、エルリネに切ってもらうしかない。
エルリネにやって貰う散髪に唯一の不満があるとすれば、それは坊ちゃん刈りだ。
坊ちゃん刈りはもういやだ。
そんな心中を表には当然出さず、「似合うね」と応えておいた。
何故か「赤く」なっていたが、本当に何故だろうか。
男の癖に、男に髪型褒められて赤くなるとか、こいつもしかして男色家だろうか。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
理髪店から出て裏路地を通る。
この年齢の子どもがこの辺りをうろつくのが珍しいのか、物珍しさを伴った視線をごろつきや、胡散臭い占い婆から向けられる。
俺はともかく、よくティータはこの道を通れるな……と思う。
どんな世界でもスラムというか裏路地は怖いもので一杯だ。
麻薬の取引とか、人身売買に誘拐とかほか色々。
ファンタジー系小説とかだけでなく、色々な小説でも裏路地は危険が一杯という描写がされる。
それを理髪店が近いからという理由で、この辺りを探検するかと聞かれると俺は「しない」と答える。
それぐらい裏路地には行かない。
ということで気になったので聞いてみたところ、曰く。
「空腹らしくて倒れてた人に、近くの喫茶店に入って一緒に食事したら仲良くなった」らしい。
「運がいいな、お互い」
「だろ? カクトが髪切り終わって食事しようとしたところで、陰になっている路地で見かけたからね」
「食事してお礼に格安で売ってくれたのか」
「いんにゃ、貰った」
「は?」
「いや、貰ったんだよ。本当に」
正直に言って、
「素人目だけど、それ結構な業物だろ? それ」
「うん。俺の故郷柄、それなりに刀剣は見てきているから分かるけど、"なつき"だと思う」
「なつき?」
「ああ、"名前付き"っていうのかな。
例えば、量産されているただの鉄剣のうち、とある鉄剣一振りに『聖剣:エニエット』をもじって"ニエット"を名付けられて、ほかの鉄剣とは違う能力を持った……そんな剣だと思う」
「そんなものをただで貰えるのか……?」
「うーん、裏はありそうだったなぁ」
「ええ?」
ちょっとだけ、そうちょっとだけヒいた。
「いや、ね。『お前の未来はこの者とともに』とか言われた」
「ええ、なにそれ」
いわゆる自律思考剣の類だろうか。
「ま、よく分からないけど。そういうことをいう程度のお爺さんで、話は面白いからウェルも直ぐに気に入ると思う」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
しばらく歩いたところで、建物に着いた。
サバイバル用テント以上、掘っ立て小屋以下の建物だ。
ごろつきというか、ホームレスのお爺さんがいそうな家。
そんな家の、腐りかけているような木の扉をティータは開けた。
意外にも蝶番に油を注しているのだろう、耳を塞ぎたくなるような不快音は出さずに開き、中に入った。
「爺さーん。爺さんの棒を見せてくれー」
字面だけ見ると微妙にやらしいのは、俺が思春期真っ盛りだからだろうか。
生前の高校生のころはエロゲー全盛期……ということだったかどうかは知らないが、十六歳のくせに十八歳と偽って買ったり、何かを買うとかの"ナニ"という発言を強調したりとか、とにかくアホでとにかく楽しかったと思う。
それと同じことを今やった……と思う。
なんだかんだ言って、来て良かったかもしれない。異世界。
死ぬ寸前から十年以上前に思って、楽しかったことをいまもう一度体験させてくれた。
――転生神がいるか知らないが、様様だ。
もっと、もっとあの頃を思い出して、遊びたい。
あの頃はナニをやったかな。
そういえば高校に上る前は少林寺拳法もあったが、野球やってた。
この世界は野球あったかな。
別にルールで雁字搦めにしなくてもいい。
丸いボールっぽいものを投げて、棒で打ち返す。
そのボールを取ればいい。
飛んだ飛距離によって勝負を決める。
野球とはまた違う、ナニかだが別にいいだろう。
長い目で見ればいつか野球とは違う名称になって、この世界だけの遊びになるだろう。
あとは、高校に上がる頃に嫉妬の黒歴史ノートを書き始めるようになったな。
別に友だちがいなかった訳ではない。
――友だちがいたからこそ、黒歴史ノートを書いていったな。
厨二患者のきっかけにしてくれたのは、テロリストが立てこもる事件があって。
それを颯爽と制圧する特殊警察。
それを見て「ああ、かっこいい」と思った。
そういえば、黒歴史ノートの本当に本当の最初、第一巻の内の数ページは現代ものだった。
俺の人生を良い意味で狂わせてくれた、ラノベ。
それがきっかけで、現代異能にハマって。
高校に上がったときの友だちの持っていた漫画と、ラノベがファンタジー魔法が多くて、ファンタジー魔法に染まって。
国民的二大RPGにハマり、その後も狂ったようにハマり続け、黒歴史ノートが厚くなった。
ああ、そうだった。
そんな嫉妬兼黒歴史ノートを書いていた時代に。
――今、戻ってきている、のか。
厳密に言えば、当時じゃない。
でも、少なくとも自分は今、生まれ変わっていて、そろそろ生前で言う中学生という時期に、これを自覚してこの場にいる。
当時と五歳ぐらい違うが、"生前"の世界の成人は二十歳だが、この世界の成人は十五歳と五歳少ない。
寧ろ今がちょうどその頃なんだろう。
ああ、だったら。
――今、当時のことを懐かしみながら楽しめば、良いわけだ。
色々悲しいことがあったけれど、
――やっぱり、来てよかった。




