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ウェリエの聖域:滅びゆく魔族たちの王  作者: 加賀良 景
第4章-ある日の一日- I
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裏路地


 理髪店はちょうどいいことに、客が一人もおらず閑古鳥が鳴いていたようだったので、直ぐにやって貰えた。

 ちょきちょきとティータの髪を切る(はさみ)の音が聞こえる中で、俺はティータから聞いた棒について考えた。


――どんなものだろうか。


 と。


 鈍器として殴るというのであれば、中に鉄が入った仕込み棒だろうか。


 魔法を編み上げやすいと杖と同系統と思われる棒。

 確かに俺の魔法は基本的に無詠唱がメインだ。


 だが、わざと詠唱することで威力が底上げされるものでもある。


 そして俺の魔法は全て俺自身のイメージによって、見た目による威力と見た目による規模が上がっていく。

 イメージの魔法と、詠唱によるイメージの肉付け。


 ただそれは上級程度の魔法であれば……だ。

「天空から墜つ焼灼の槍」と「天雷、裁終の神剣」辺りであれば、詠唱を入れれば大概のものは消し飛ばせる。


雪山の吹雪(クレバスストーム)」、「狂風(バイオレントゲイル)」、「電磁衝撃(エレクトリックショッカー)」辺りは中級で、詠唱しようにもそこまで強いものでもない。

 ガッツリ詠唱するものではない。


 ただ、媒介があれば話は別だ。

 俺の中の魔法媒介というものは、魔石などを消費するものと杖などで方向性を決めるもの。


 この世界の魔石、特に高純度の魔石はおいそれと使えるものではないし、使ってはいけないものだと思っている。

 であれば、残るは杖。


 そしてその杖で近接用武器として殴る。

 素晴らしい。


 殴ってよし。

 媒介に使ってよし。


最終騎士(クラウンシュヴァリエ)偽作(レプリカ)』で、強化も施せる。

 夢が広がる。


 などと、そんなことを他愛もなく、適当に考えている内に散髪が終わったようだ。


 目の前には、誘拐されたときのさっぱりした髪型のティータが立っていた。


「お、終わった?」

「うん、終わった。……どうかな? 似合う?」


 なにを聞いているんだろうか。

 別にスポーツ刈りなのに。


 いや、待て。この世界スポーツ刈りあるのか。


 これはもう、エルリネに切ってもらうしかない。

 エルリネにやって貰う散髪に唯一の不満があるとすれば、それは坊ちゃん刈りだ。

 坊ちゃん刈りはもういやだ。


 そんな心中を表には当然出さず、「似合うね」と応えておいた。


 何故か「赤く」なっていたが、本当に何故だろうか。

 男の癖に、男に髪型褒められて赤くなるとか、こいつもしかして男色家だろうか。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 理髪店から出て裏路地を通る。


 この年齢の子どもがこの辺りをうろつくのが珍しいのか、物珍しさを伴った視線をごろつきや、胡散臭い占い婆から向けられる。

 俺はともかく、よくティータはこの道を通れるな……と思う。


 どんな世界でもスラムというか裏路地は怖いもので一杯だ。


 麻薬の取引とか、人身売買に誘拐とかほか色々。

 ファンタジー系小説とかだけでなく、色々な小説でも裏路地は危険が一杯という描写がされる。


 それを理髪店が近いからという理由で、この辺りを探検するかと聞かれると俺は「しない」と答える。

 それぐらい裏路地には行かない。


 ということで気になったので聞いてみたところ、曰く。


「空腹らしくて倒れてた人に、近くの喫茶店に入って一緒に食事したら仲良くなった」らしい。


「運がいいな、お互い」

「だろ? カクトが髪切り終わって食事しようとしたところで、陰になっている路地で見かけたからね」


「食事してお礼に格安で売ってくれたのか」

「いんにゃ、貰った」


「は?」

「いや、貰ったんだよ。本当に」


 正直に言って、

「素人目だけど、それ結構な業物(わざもの)だろ? それ」

「うん。俺の故郷柄、それなりに刀剣は見てきているから分かるけど、"なつき"だと思う」


「なつき?」

「ああ、"名前付き"っていうのかな。

例えば、量産されているただの鉄剣のうち、とある鉄剣一振りに『聖剣:エニエット』をもじって"ニエット"を名付けられて、ほかの鉄剣とは違う能力を持った……そんな剣だと思う」


「そんなものをただで貰えるのか……?」

「うーん、裏はありそうだったなぁ」


「ええ?」

 ちょっとだけ、そうちょっとだけヒいた。


「いや、ね。『お前の未来はこの者とともに』とか言われた」

「ええ、なにそれ」


 いわゆる自律思考剣(インテリジェンスソード)(たぐい)だろうか。


「ま、よく分からないけど。そういうことをいう程度のお爺さんで、話は面白いからウェルも直ぐに気に入ると思う」



 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 しばらく歩いたところで、建物に着いた。


 サバイバル用テント以上、掘っ立て小屋以下の建物だ。

 ごろつきというか、ホームレスのお爺さんがいそうな家。


 そんな家の、腐りかけているような木の扉をティータは開けた。

 意外にも蝶番(ちょうつがい)に油を注しているのだろう、耳を塞ぎたくなるような不快音は出さずに開き、中に入った。


「爺さーん。爺さんの棒を見せてくれー」


 字面だけ見ると微妙にやらしいのは、俺が思春期真っ盛りだからだろうか。


 生前の高校生のころはエロゲー全盛期……ということだったかどうかは知らないが、十六歳のくせに十八歳と偽って買ったり、何かを買うとかの"ナニ"という発言を強調したりとか、とにかくアホでとにかく楽しかったと思う。


 それと同じことを今やった……と思う。


 なんだかんだ言って、来て良かったかもしれない。異世界。


 死ぬ寸前から十年以上前に思って、楽しかったことをいまもう一度体験させてくれた。

――転生神がいるか知らないが、様様だ。


 もっと、もっとあの頃を思い出して、遊びたい。


 あの頃はナニをやったかな。

 そういえば高校に上る前は少林寺拳法もあったが、野球やってた。


 この世界は野球あったかな。

 別にルールで雁字(がんじ)搦めにしなくてもいい。


 丸いボールっぽいものを投げて、棒で打ち返す。

 そのボールを取ればいい。


 飛んだ飛距離によって勝負を決める。

 野球とはまた違う、ナニかだが別にいいだろう。


 長い目で見ればいつか野球とは違う名称になって、この世界だけの遊びになるだろう。


 あとは、高校に上がる頃に嫉妬の黒歴史ノートを書き始めるようになったな。


 別に友だちがいなかった訳ではない。

――友だちがいたからこそ、黒歴史ノートを書いていったな。


 厨二患者のきっかけにしてくれたのは、テロリストが立てこもる事件があって。

 それを颯爽(さっそう)と制圧する特殊警察。


 それを見て「ああ、かっこいい」と思った。

 そういえば、黒歴史ノートの本当に本当の最初、第一巻の内の数ページは現代ものだった。


 俺の人生を良い意味で狂わせてくれた、ラノベ。

 それがきっかけで、現代異能にハマって。


 高校に上がったときの友だちの持っていた漫画と、ラノベがファンタジー魔法が多くて、ファンタジー魔法に染まって。

 国民的二大RPGにハマり、その後も狂ったようにハマり続け、黒歴史ノートが厚くなった。


 ああ、そうだった。


 そんな嫉妬兼黒歴史ノートを書いていた時代に。


――今、戻ってきている、のか。


 厳密に言えば、当時じゃない。


 でも、少なくとも自分は今、生まれ変わっていて、そろそろ生前で言う中学生という時期に、これを自覚してこの場にいる。


 当時と五歳ぐらい違うが、"生前"の世界の成人は二十歳だが、この世界の成人は十五歳と五歳少ない。


 寧ろ今がちょうどその頃なんだろう。


 ああ、だったら。


――今、当時のことを懐かしみながら楽しめば、良いわけだ。


 色々悲しいことがあったけれど、


――やっぱり、来てよかった。



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