F? A III
夕方近くになればあんなにいた、血肉族も捌けていた。
私はこれ幸いということで、記憶の片隅にある生家へ急いだ。
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結論から言うと生家は近寄れなかった。
というのも生家は……『牧場』として使われていた。
もっと、厳密に言えば。
生家は壊されていて『牧場』用に建て直されていた。
だから、目の前の生家だった建物からは女魔族の恨みと嘆きが今もなお。
長年使用されているためだろう。
家屋から離れているにも関わらず、饐えた臭いが鼻腔を刺激し、感情の声が唄となって耳に届く。
そして、非道と罵られようとも。
彼女たちのことはどうでもよくて。
――記憶の中でうろ覚えだけれども、お母さんとの家が穢されていた。
そのことだけが、とても悔しい。
そのことだけが、とても悲しい。
十年以上も前にこの街から出て行った。
だから、誰かが住んでいるというのは、予測していた。
もし、誰かがいたら周辺を散策して、もし中に入れてくれたら……。
――こんなのはあんまりだ……。来るんじゃなかった、こんなところ。
今更後悔しても、遅い。
どうせ、着の身着のままだ。
最低限自分を隠している程度で服も外套もボロ布だ。
山には川があった。
そこで洗いで、ちょっと天日干しをすれば直ぐに乾く。
あとは唄用の縦笛と、お手製の櫛に、自分の得物でもあり旅のお供である木で出来た杖でもある棒。
もちろん、あの国で生った木で出来た特注品だ。
ニルティナのお墨付き。
この三つだけあれば、旅ができる。
あと水筒か。
だから、そのまま出て行くことにした。
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結論から言うと、出れなかった。
『安全な街』というのを自負だかなんだかの理由で、日が傾いたら冒険者ならまだしも旅人は外に出れなくなるとか、なんとか。
ものすごく面倒くさい。
審査官の受け答えからすると、特に異常を音はなかったので別段『魔族』ということは気付かれていないようだった。
――さっきの『勇者』は人身鑑定の能力を持つものじゃなかったのかもしれない。
そのことに私はひとまずの安堵を得た。
オーティア姉妹が過去に人身鑑定の能力を持つ『勇者』を嬲り殺したと聞いていた。
そのときはレベルとかいうものと名前というものと種族が分かるのだとか。
お兄ちゃんはその話を聞いてステイタスだか、なんとか言っていたけれども。
とにかくそんなものがあれば、私なんか直ぐにバレてしまう。
『勇者』というものは、魔族を見かけたら抵抗、無抵抗関係なく『見敵必殺』とばかりに叩き潰してくる。
不死のパイソお姉ちゃんや、ほぼ不死のニルティナもよく旅して襲われて、普通に返り討ち。
ニルティナは殺しきれずに、逃しちゃったりしているらしいけども。
とにかく共通していることは、見かければ殺して魔石化。
たまに女だったら犯してから、『牧場』に永久就職とか、男だったら奴隷商に売り払うとか、個人で違うらしいとかいうことを聞いた。
それはともかく、バレずに出られるとは限らない。
if……があるかもしれない。
だから、
――聖域方陣の起動だけは準備しておこう……っと。
影の中の『無貌』が、強烈な気配を……出す前に、『賢者』がそれを止めてくれた。
『精神の願望』から感じるのは、『賢者』が『無貌』にガミガミと怒っている気配だ。
正直、『賢者』も私の感情に呼応して顕現したがるところからして、『無貌』に対して怒る権利はない。
ただ、今勝手に『無貌』繋がりで『聖域方陣』が起動したら……と思うと、
――已む無し。
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「と、いうわけで街の外には出せないんだ」
「そうですか」
影の中で『賢者』と『無貌』が噛み付いたり、引っ掻いたりと喧嘩をしていることで、私は目の前の血肉族と話す。
世間話なんかではない。
お互いにとって最良の方法であるはずなのに、出してくれない。
「危ない」の一点張り。
私からすれば、『勇者』から離れることがとにかく危険からの脱出だし、この街の血肉族からすれば私という『魔王』の脅威から逃れるのが最善なのに。
「『勇者』様がこの地を守ってくださってますが、山賊は未だにおりますし、女性の夜間の旅は危険ですよ」
確かに私は女性だし、ぱっと見は血肉族だ。
けれども、私は、
――お前らの繁栄の土台になっている、魔族だ。
それに今までの旅は長い。
夜間危ないと言われてもピンと来ない。
それでも、旅に出る前に自分に誓いを立てた『余計な波風は立てない』という言葉。
それのためにも、ここは諦めるしかない。
因みに影の中での怪獣決戦はまだやっていた。




