生還
エメリアの取り巻きらしきアウラとアレグロとやらの子たちは、幸か不幸か気絶していてくれていたお陰で、グロい場面は特に見ていないようだった。
ただ俺とティータとカクトの様子を見れば、何か『怖いこと』が起きたということは察してくれた。
因みにカクトには、俺の匂いが染み付いたYシャツのような下着と『穴熊亭』のエプロンを着てもらっている。
裸にYシャツはグッと来るが、いかんせん並程度に胸があるとはいえ、年齢二桁になったばかりの娘に裸Yシャツなど合う訳がない。
事実、ぴくりとも来なかった。
ただ、少々ラフな格好になったので、割りと男にも見えなくはない女顔のカクトだ。
凄い似合う。
それにエプロン。
どこの女主人だろうか。
といっても年齢二桁だが。
ただ未来のカクトはとても童顔の女主人っぽくて……、とても俺垂涎の魔性の女性になりそうだ。
アウラとアレグロ、そしてエメリアの三人に目立った外傷はなく、せいぜい擦り傷とかそういう程度だった。
ということで簡単に立ってくれた。
とはいえ、エメリアは組み敷かれていた。
男に対して恐怖は覚えているだろうし、こればっかりは俺がどうにか出来るもんでもない。
実際、アウラとアレグロはけろっとしているが、代わりにエメリアの目が虚ろだ。
アウラとアレグロが物凄く心配して励ましてはいるが、エメリアは無反応。
時間が解決してくれることを祈るしかない。
女の子三人+一人と男二人で、真っ直ぐ『穴熊亭』へ向かった。
その間の会話は特になく。
俺が先導すればとててててと、後ろを付いてくるのはカルガモの雛のようだった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
『穴熊亭』の前ではミテちゃんが沈痛そうな面持ちで待っていた。
その隣には例の保母さん的な冒険者のお姉さんが一人。
『十全の理』で強化した視力で彼女らの姿を捉える。
人通りはまばらだ。
だから、
「――エメリア」
「なん、です――」
「ミテ、という子が俺に助けを求めた。だから、ミテという子にお礼を言いに行きな。そこの建物の前にいるから」
正直に言えば、非常に遠いところにミテちゃん、もとい『穴熊亭』がある。
距離にして約五百メートル。
彼女らの顔色を見れば、まだ俺たちを捉えていない。
「それとも、ミテも同じ目に遭えばよかったとか――」
「そんなこと微塵も思っていませんわ!」
「なら、行けよ。走って行って、無事を知らせてこい」
空いた手でしっしっと腕払いする。
「ウェリエ……さん、貴方は――」
「見りゃ分かるだろ……。こっちはおんぶしているし、必要以上に労働してて辛いんだよ。走ってられるか」
「そうですか。ありがと――」
「礼は要らない。当然のことをしたまでだ」
「そうですか……、では」
一礼して走るエメリアとアウラとアレグロ。
「ミテー!」と叫ぶ三人。
その呼び声に反応したミテが走りだし、お互いが抱き合うシーン。
「ええ、話や」と涙ぐむも、後方のティータが何やらぶつぶつと呟いている。
『十全の理』で強化された聴力でも聞き取れない。
まぁいいかと、ばかりに自分も遅く凱旋し、固定客が呼びに行ったのだろう。
店長代理が出迎えてくれた。
「……遅刻だ、ウェリエ」
「……ぇ?」
「……え?」
後方のティータとカクトが呆けた声を出す。
何に対して呆けたのだろうか。
「あれ、まだ鐘鳴ってませんよ?」
そう、大体一時間後に鐘が鳴る予定だ……が、何故に遅刻。
まだ、鐘が鳴っていない。
「鐘が故障中だ。だから、既に時間は経過している」
「……え、嘘」
「まぁいい。今日は休みにしておく。明日来い」
「あ……はい。わかりました」
「それにお前、精も根も尽き果てているだろう。その状態で仕事させてみろ、失敗するのが目に浮かぶ。だから、帰れ」
「あ、はい。では、ありがたく早退させて頂きます」
「それでいい」
ということで、ご帰宅確定した。
ついでに、このままおんぶすることも確定した。
「……もしかしなくても、ウェリエって仕事中だったのか……?」
背中のティータが聞いてくる。
「ん、仕事中……というより休憩中だった」
「あわわわ、ご、ごめん」
何を謝っているのだろうか。
「なに、言ってんの?」
「いや、だってさ。お前……」
「俺が仕事しているよりも、よっぽどティータとカクトの身に何かあったほうが、嫌だわ」
「……え、それってどういう……」
背中のティータが期待した声音で問うてくる。
なにを期待しているのだろうか。
「ティータもカクトも俺の友だちだ。それ以上もそれ以下もないし。
それに俺が仕事を優先してて、お前らが壊されていたと思うと……ね」
「そんなに……大事に想ってくれるのか……? 俺たちのことを」
「もちろん、俺は『魔王』だ。自分勝手に自分の手の届く範囲は、全部俺のものだ。
カクトもティータも俺の数少ない友人だ。その友人をみすみす失いたいと思う馬鹿がどこにいる」
「……なんか、そう言われると……その、なんだ。照れるな」
「……ぅん、その、ありがと。ウェリエくん。そう言ってくれて」
「と、言うわけだ。俺たちは一先ず帰るか」
「そうだね、帰ろ。ウェリエくん」
学園の先公への連絡はどうしようかな。
明日、いやこういうのは今日中にするべきだな。
「代理、学園の先生に報告したいので……」
ティータをおんぶしながら代理に話しかけたところ、
「ウェリエ」と、逆に返された。
物凄く真面目な話だろう。
だからこちらも、応える。
「なんでしょう」
「賊はどうした?」
「殺しましたけど」
「何故、生かさなかった?」
「何故、って復讐されたら面倒だから……ですね」
もしかして、この国はツペェアみたいな『斬捨て御免』は禁止なのだろうか。
やっべ、やっちったな。
「通常であれば法の裁きは受ける必要があった……。これではただの殺人だ、ウェリエ」
確かにそういう国であれば、そうだなぁ。
「そうですね。では、どうします? 俺をひっ捕らえます?」
「馬鹿を言え、お前をひっ捕らえてみろ。ツペェアと戦争になる。
そうでなくとも、ザクリケルとの心象が悪くなる」
「左様ですか」
「それに復讐されるのも、怖いというのも事実だ」
でしょうな。
「ということだ、分かったか」
「分かりました。以後気をつけます」
「いや、お前にじゃない」
「え、じゃあ誰に?」
と聞いたところ、『穴熊亭』の中から、ぬっと人が現れた。
どこかで見たなこいつ。
背格好はどこかの貴族っぽいピッチリとした服装。
細剣を左腰に付けていて、ところどころに銀の装飾。
顔も鼻が高くて茶髪の碧眼。
誰だっけコイツ。
「やあ、久し振りだね。ウェリエ君」
と、聞かれてもさっぱりなものは、さっぱりである。
だから、思わず、
「いや、誰ですか」
とか聞いちゃうのも無理は無い……はずだ。
「ぷっ」と笑む目の前の優男。
「流石に、忘れちゃったか」
あはははと笑う優男。
そんなこと言われても歳上のお兄さんの知り合いなんて、クオセリスことリーネの兄上であるゼルしか知らんがな。
「僕はウェックナー騎士団第二位のセイカーだ。一応、副団長を務めている」
あぁ、あの体験学習のときの人か。
興味ないイベントだったから、全然覚えてないわ。
確かにいたなぁ、こんな優男。
「……で、セイカー様が何故ここに?」
「『様』付けは止めてくれよ。どちらかと言えば、君のほうが上なんだぜ。歳は下でも、能力とかその他諸々が」
めんどくさいやっちゃな。と思いながら
「で、セイカーさんが何故ここに?」
そう、聞いてみた。
「……近くでちょっとあってね。ちょうどツペェアの『魔王』が働いているという、ここに来たんだけど……。ちょうど留守でね」
ふーん、で?
「だから、まぁ待たせて貰った。しかも、どうにもウェリエ君が赴いたのは、そこの女の子のためだとか」
「……何がいいたい」
「ああぁいや、ただの世間話だよ。……まぁ結果からいうと、君が殺したという相手が僕たちが追いかけてた奴と、似てたからさ。
できれば、殺さないで欲しかったなーというのが一点」
もう一点は?
「もう一点は、ウェックナー騎士団に入ら――」
「お断りします」
「つれないね。分かってたことだけど」
先ほどからずっと魔力検知が危険と警鐘を鳴らしている。
ただ、敵意と害意があっての危険警鐘ではないため、理由が分からない。
実力行使が起き得るということならば、『天地動の言霊』使わなきゃよかったと後悔するほど、特級クラス駆動は迂闊だった。
「……そんな怖い顔で見ないでくれよ。こちらはそんなつもりはないんだって」
つもりってなんだ……?
「……排除しよう、とか考えてるだろう。そんなに怖がらなくたっていいじゃないか……な」
「どうかな……。今なら手負いだぜ、俺」
主に精神的な意味で。
「止してくれ。手負いの獣ほど怖いものはないし、いくら『近衛騎士団』の第二位とはいえ、『魔王』とまともにぶつかりあったら……この地消えるだろ」
「違いない」
「それに手負いってどこが……だい? どこも怪我してないだろう?」
「そう思うなら、そうしておこうか。面倒だし」
「そうだね、そうした方がいい」
やれやれと肩を竦める、セイカー。
「『魔王』、近いうちに伺うよ。また」
「面倒だから来るな。見たくない」
「つれないね、まったく」
背中のティータが「あわわわ」って言っている。
ティータの吐く息が耳をくすぐってて、非常に気持ち悪いから「お前、息吐くな」なんてことは言わない。
「じゃあ、また今度」
セイカーはそう言ってまた『穴熊亭』の中に引っ込んでいった。
それに対して俺は。
「一昨日来やがれ」と文句を言った。




