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ウェリエの聖域:滅びゆく魔族たちの王  作者: 加賀良 景
第3章-ある日の一日- V
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テーブルマナー



 ズミューレーリーのクソ蛇との戦闘、というより一方的な殴り合いもとい撃ち合いは、ティータに強い影響を与えたようだった。

 というのも、以前まで座学は「めんどくせー、かったりー」という空気を醸し出していたが、今はド勤勉だ。

 うちの子のエレイシアは好奇心の塊で、「そこまで聞くか……」という揚げ足取りレベルでしつこい子で、「エレイシア一人で良かったな」なんて思っていたが、そんなエレイシアが二人に増えたと空目するようになった。


 具体的に言うと質問アンド質問で、授業が時限中に終わらない。

 いや、終わるんだけど、かなり授業の進みが滞っている。

 現在やっている授業の内容は、ズミューレーリーのことだ。


 カクトとティータと俺は、あの件の当事者なだけに、興味が無いなんていえば嘘になる。

 いや、むしろ興味が沸きすぎて止まない。

 が、いい加減しつこいとは思う。

 蒲焼きにして食ったクソ蛇の所業(しょぎょう)から、どれぐらい恐れられていたかとか、本当にどうでもいい。


 普通なら飽きるだろう。

 だが、普段はいわゆる体育教師枠のサイトさんが、実はズミューレーリー戦争の従軍体験者でなければ。

 人間誰しも自分がやった武勇伝に対して、目をキラッキラにして続きをせがまれば、そりゃ天狗になる。

 俺も絶対にする。

 いや、黒歴史ノートの内容がある程度反映されているこの世界。

 現状天狗の鼻も百メートル級だ。

 とにかく、そういう訳で授業は滞っている。


 実戦魔法の授業もティータは変わった。

 割りと攻性魔法を使えることに自慢というか、鼻に掛けていたがそれをしなくなった。

 どんなことでも、百回も論法を唱えるより、一度体験させれば高みへ昇れる。

 きっとあのクソ蛇の戦闘で、何かを感じ取ってくれたのだろう、この体験が元で騎士団とかに入れるようになって、お偉いさんになれば冥利に尽きると思うのは傲慢か。


 しかしまぁ事ある毎に質問しては、俺のことをチラッと見るのは正直止めて欲しいところである。

 俺は特に気にしていないが、なんとなく煽っているように……感じる、とセシルとエレイシアから聞いた。

 ティータに言って「チラッと見るのは止めろ」と言ってもいいのだが、俺は気にしていないということと、セシルとエレイシアがそう思っているのであれば、そういったことはセシルやエレイシアがティータに言うべきだ。

 そう伝えたところ、いつ言ったのか分からないがティータがチラチラすることは無くなった。


 と、思いきや。

 セシルのあの実家で感じたような熱視線を浴びるようになった。

 だが、あのときとは違い悪意と敵意はない感じがするのでそのまま放っといた。

 なお、下手人は当然ティータだ。


 ティータがじいっと見てくる。

 チラチラするのではなく、こう視線を感じてちらっと見やればティータとよく目が合うという。

 そんなぐらいの熱視線。

 俺はホモでもゲイでもない。

 ちょっとだけ、ティータの本を読む姿に「きゅん」としちゃったものの、基本的に野郎の視線に対して「きゅんっ」なんてしない。


 ただ何故かティータの熱視線が心地よく感じた。


 ズミューレーリーの戦争以外にも、当然学校なのだから学ぶことはある。

 例えば礼儀、だ。

 幸い、テーブルマナーは日本の洋風マナーで十分だったし、お辞儀なども日本と余り変わってない。

 目上というか、雲上人に対する場合は心臓の前に握りこぶしを作って、腰を屈めるといったような例外はあったものの、基本的なところは生前で抑えている分とても楽であった。

 これに対して苦戦をしたのは、エレイシア一人だけだった。


 当然というべきか、セシルとクオセリスは貴族なのでそういったマナーに関することは、もう完璧である。

 パイソは例の知識チートで、こちらもほぼ完璧。

 エルリネは意外なことに、自分が幼いころに住んでいた森で一通りのマナーは形だけでも学んでいたようで、特に突っかかりもなく難なく礼儀の授業が終わる。


 だがエレイシアはそうはならない。

 箸ではなくあの先割れスプーンでだが、寄せ箸、刺し箸、迷い箸に左手は使わないとか、もう色々やる。

「エレイシア、はしたないから止めなさい」

 そう、何度言っても止めない。


 いや、止めるには止めるのだが、いつの間にかやっているというべきか。

 普通ならば処置なしということで諦める。

 実際に口を酸っぱくして言ったクオセリスも匙投げたようで言わなくなった。

――クオセリスの反応は正常だ。

 いくら家族であっても治らなければ、嫌気が差す。


 だがそれでも、彼女(エレイシア)は俺の家族だ。

 このマナーというか、『こんなこと』で他人から見られて不当に彼女の評価を下げさせたくないし、それに伴って見て家族の評価も一緒くたに下げさせたくない。


 クオセリスは降嫁したとはいえ、血筋はいわゆる王族だ。

 物凄く要らない、国への忠誠を煽らせるための首輪と鉄球と鎖である王族との婚約であると正直に言えばそう思う。

 とにかく、そんな王族であればその繋がりから、俺たちもいわゆるお仕事(しゃこうかい)に出されることもあるだろう。

 ……エレイシアだけお留守番なんて、可哀想だ。

 それにこの手の話ではよくあるが、エレイシアをお留守番もといそういうところで食べさせないとなると、これまた何か言われる。


 俺自体に掛かる不評はどうでもいい。

 余りにもウザったいならば国から出て行けばいい。

 だがクオセリス、いやリーネ・ザクリケルの評価にもなる。

「リーネ・ザクリケルは、宮廷魔術師の隣に立つ者の地位を確立するために、一人の娘を躾をさせずに宮廷魔術師に恥を掻かせ蹴落とした」などと、噂されれば優しいクオセリスが病んでしまう。


 ここら辺はただの妄想だし、そういったことは多分ない。

 ないだろうが、でも似たようなことは起きそう……と思うのは、俺のファンタジー異世界においての貴族への偏見だろうか。

 だから、諦めきれず何度も言って直させた。


 ところで、なんのかんの言って人は何らかの恥をかかされるとそのことについて治そうと考える。

 もちろん、不当に他人の前で恥をかかされるのは、悪と考えるだろうが……、エレイシアは言っても治らない。

 で、あれば。

 と、荒療治を仕掛けた。


『穴熊亭』ほどではないが、豊富なメニューで味はそこそこで、大盛りからちょっと少ない程度の食事処である『戦士たちの宴』という店で、恥を伴う形で叱った。

 具体的に言えば、「エレイシア、いい加減にしろ」と、怒りをにじませドスを利いた声でエレイシアの腕を握っただけだ。

『戦熾天使の祝福』の最低駆動をさせた状態で、だ。


 両脇に座っていたクオセリスとエルリネが、驚嘆したような眼差しを受けた。

――まぁ当然か、駆動時の魔法陣もなしに起動したのだからな。

 通常であれば片肩に四本の立方体だが、別に用途は戦闘ではないため、片肩二本の計四本しかない。

 色々な意味での脅しだ。

「いい加減にしろよ、お前」という意味合いの。


 駆動と同時に周辺のざわめきが、鳴りを潜めたが知ったこっちゃない。

「エレイシア……お前な。いい加減にしろよ?」

 彼女の腕を掴んだのは俺の右腕。

 それに伴い右肩の一本は"何故か"戦闘態勢だ。


 というのも、熱を伴うような駆動しているようで、中の熱を逃がすように立方体の蓋が開き、蒸気が噴出される。

 いや、一本だけではなかった。

 ほか三本も戦闘態勢だった。

――これだから、戦闘用の魔法陣は困る……!


 左肩の一本も同様に蒸気が噴出し、残り二本の立方体が中折れして、見せるのは大型の迫撃砲用大砲。

 近距離だから当たらないだろうが、それでも醸しだすのはとても怖い雰囲気。

 迫撃砲用大砲の砲口に『戦熾天使の祝福』特有の白光が灯りだしている。

 背中だから見えないだろ、と思うことなかれ。


 店が暗めの照明のため、自分の後ろから白い光が輝けば嫌でもわかる。


「ヒッ」とは誰の言葉か。

 目の前のエレイシアか、隣のクオセリス、エルリネか。

 それとも、セシルかパイソか。

 はたまた、店にいる客か従業員か。


「……エレイシア」

 目の前のエレイシアが涙目震えて、少々可哀想だ。

 だが。


「……俺が何を言っているか理解している?」

 エレイシアが糸が切れた操り人形のように、首を縦にガクガク振る。

 それと一緒にエルリネも、パイソも振る。

 パソコンのファン音の「コォォオオオオ」というような音が両肩から聞こえる。 


「いや、分かってないでしょ。分かってたらもう止めている筈だし……ねぇ?」

 決壊寸前の顔である。

 いや、既に決壊しているのかもしれない。

 こういうときに頼りになるのは自分の力になるが、彼女の力の源である『心なき改造台』と『永久不滅の誓文』は『十全の理』の下位であるため、俺相手には振るえない。


 よって目の前の子サーベルタイガーは、牙を失い体格も小さくなったただの子猫にすぎず、エレイシアだけでなく、エルリネらの反応から見るに恐怖心メーターが振りきって、決壊しても決壊に走れないようだ。

 だからといっても手心は加えない。


「……エレイシア」

「はひっ」

「理解しているんだったらさ」

「はひっ」

 可哀想なぐらいにガクガクと震える彼女。

 もちろん、止めない。


「何について言っているのか、ちょっと教えて?」

「えっと……えっとぉ……」

「ん、なあに。聞こえない」

 実は聞こえているが、聞きたいのはそれではない。


「えっとぉ……えぐっ……」

 おいおい。

「泣いてもいいけど、答えろ。なんで怒っているか、言え」

「ふぇ……」


 いいか。

「お前な、分からないなら『分からない』と言え。で、だ。

怒っているのは……な。お前、何回言わせれば気が済むの?」

 二、三回じゃないぞ? と言外に含ませながら、


「俺が余計な恥を掻く分には問題ない。だけどな、お前(エレイシア)に変な評価が付くのは嫌だし、お前が元でクオセリス、セシル、エルリネ、パイソにも変な評価が付いたらもっと嫌だ」


 いいか?

「そういう評価はな、一度付いたら雪げないものだ。一生言われるんだぞ、『お前らは食べ方が汚い』ってな」

 いや、

「お前の一生ならまだいいんだよ。お前(エレイシア)に子どもが出来たとしよう。お前の子どもが他の大人に言われるんだよ「お前の母ちゃん、食い方汚いんだってな」ってな。言われたいか、そんなこと。息子だか娘にも、そんなこと言われたって聞きたいか? その子どもたちの質問に対して恥と思いながら返答したいか?

エルリネ、パイソ、クオセリス、セシルにも子どもが出来て、お前の評価でその子どもたちにも聞かされるんだよ、「お前の母ちゃんの友だち食い方汚いから」云々ってな。

それが嫌で評価がついた後に直したとしても、な。"お里が知れる"と言われる訳だ」


 それに。

「エルリネとパイソは出自がそれなりに特殊だからいいとしても、セシルとクオセリスは出自がはっきりしている。

セシルはザクリケルニアの貴族、クオセリスは王族だ。お前がやらかしたお陰で、ザクリケルニアとツペェアの人間みんなが『食い方汚い』と烙印(らくいん)押される。

分かるか、お前」

「………………、」


「俺だって好きで言ってるんじゃねぇ。むしろ嫌だわ。エレイシアの泣き顔なんて、あのときの一回こっきりでいいのにお前がそうするから、そうなるんだ。

いいか、これっきりにしろ。

もし直っていないようであれば………………、わかるな」


 こういうことは疑問符付きで言わない。

 最早確定している事実だということを前面に出す。


――とは、言っても特別何かするわけでもないのだけども。


 ただまぁ。


 必要以上に怯えてくれたし、他人の目もある。

 きっと……直る……だろう。

 そう、信じたい。

 実力行使にしたくない。


 マナー以外に関してはとても出来る子なのだ、エレイシアは。

 教えればちゃんとやるし、聞き分けもいい子だ。

 ちょっと、我が家にとって致命的に刺さる部分であるマナーが悪いだけ。


 病人にとてもやらしい反応を見せた、パイソのような悪い子成分はなく、エルリネのようないい子成分でちょっとだけ黒いところがあるエレイシア。

「『精神の願望』は剥がさないでください、おねがいです……」と、乞うエレイシア。


――なるほど、そう考えたか。


「お前次第だ」

 素っ気なく答えたところ、大決壊を起こした。

――うーん、どうしたものか。


 これ以上他の客の迷惑にもなるし、うるさいので『世界』で閉じておいた。


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