スライム
言いようのない圧迫感を感じて目が覚めた。
時間は……時計などないので、ニルティナがいる鉢の窓の太陽の高さからみて、大体お昼手前だろうか。
――ずいぶん長く寝坊したものだ。
エルリネも、パイソもとっくにマラソンして、休養日を味わっているだろうに、俺は休養日に惰眠を貪っていたようだ。
このまま寝ていたい気もする。
『穴熊亭』の親方には次々回の休養日まで来なくていいと言われている。
――ま、それもそうか。
ほぼ毎日出勤していれば、そりゃ休めと言われるだろう。
なんというホワイトな職場だろうか。
生前の職場とは大違いだ。
とにかく、そういう訳だから別に惰眠を貪っても特に何も言われない日が今日から続く。
いや授業さえ出ていれば、遊ぼうが惰眠を貪っていようが、別に文句を言われるような立場ではない。
攻性魔法の授業は免除されているし、『魔王系魔法』のお陰で攻性魔法試験も免除。
根っからの剣士系には敵わないながらも、それぐらいの体力と柔軟さ、瞬発力は持っているので体育もほぼ免除。
座学も興味あることばかりで、計算は基本の四則演算ばかりで微分積分、確率の問題とか今のところ一切ないので、鼻歌交じりで出来る。
余り身分にあぐらをかくことはしたくないが、宮廷魔術師なのでとやかく言われないし、そもそもとして職業と兵器の宮廷魔術師になるときはその人の性根まで見られる。
その宮廷魔術師の試験をクリアしている俺としては、改めて何かを言われることは……ない。
とはいえ、いつも労働していた俺だ。
心のどこかで『労働しないと』という焦りがあって、それがこの言いようのない圧迫感となって出ているのかもしれない。
そう思って上体を起こしたところ、エルリネとパイソが仲良く俺のお腹を枕に寝ていた。
――お前らか、犯人は……。
一瞬だけ怒りの感情がムクムクと沸き上がったが、エルリネの幸せそうに鼻ちょうちんを作る顔と、パイソの寝息と共に踊る舌が可愛くて直ぐに引っ込んでしまった。
小動物(大)といつもじゃ中々見れない可愛い寝顔を見ると、怒りが引っ込むというのは本当のことらしい。
二人の頭を起こさないようにどかそうと、敷布団の端っこに置いてあった右手に力を入れたときに、「ぐにゅ」っと何かを掴んだ感触があった。
左手を支えに、ぐにゅっとしたそれを目の前に持ってきてみると、例の青白いボールだ。
先日と違い水気を含んでいる。
いや、水気を孕んでいると言うべきか。
ボールの周りに、水気の塊が遅れて纏われると言うものだ。
それはまるで。
――こいつ『スライム』か?
この異世界なのだからスライムというのは多分きっといる。
というのも、パイソ、ニルティナ、イニネスがいる世界では、スライムは水精霊の一種として設定にある。
変なところで俺の黒歴史の設定が反映されている、この世界。
スライムは多分きっといるはずだ。
今のところ見なかったが、こいつがスライムなら初遭遇といったところ。
設定上のスライムは水分が高いため、鈍器の衝撃に耐え、矢や槍といった小さな点攻撃であれば全くダメージを受けず、斧で力任せに切断または、剣で切り裂こうにも切った側から修復など物理攻撃にとても強い。
更に水分の身体を利用して死んだふりやら、大地に溶けて驚く距離まで移動したり、攻撃面だけを同じように移動させるなり、隙間があればどこにでも染み渡るように移動出来るので暗殺も出来る始末。
設定上だと雨漏りとして対象に住処に近づき、飲水の中に入り込み、哀れにも対象が飲めば内部から切り裂き、首を刈るというものがあった。
その危険性からその物語の人族や、人族に好意的な精霊族に狩られ続け、最後の一匹となったというのがその物語のイニネスだ。
イニネスの種族名は『アサシネイトデモニア』。
"悪魔のような暗殺者"という意味で作った種族で、スライムらしからぬ名称というのがまず普通のRPGにはない設定で、且つ精霊であるので魔法にとんでもなく強い。
スライム系共通の弱点である核を潰せば死ぬが、まずほぼ水分なので潰せないし切れない。
精霊なので魔法も効きにくい。
どうやって倒すかといえば、草を使った魔法で魔力水を吸い上げるという方法で枯死させる。
だから、その物語のニルティナに弱く、パイソに強いというじゃんけん方式が成り立ち、仲良く平和に三人で暮らして物語が終わる。
ということで、このぐにゅっとするスライムっぽい生き物。
これを飼うことになるならば、名前は『イニネス・メルクリエ』に確定。
こいつが精霊かどうかはまぁいいとして、ぐにゅっとぎゅむっと出来る核を持つので幸いにも、水分ほぼ百パーセントの『アサシネイトデモニア』ではない。
ならば、飼える筈だ。
我が家の小動物枠はパイソから、イニネスに変わった瞬間だと思う。
スライム系であれば、餌は確実に水の魔力素。
ということで早速、水の魔力素を直接流し込む。
握ればぎゅむぎゅむする感触が、水分含んでびちゃびちゃいうようになった。
かわいい。
しばらく待つとぎゅむぎゅむ言うようになるので、また魔力素を含ませる。
で、びちゃびちゃ言わせる。
また、しばらく待てば……の繰り返し。
水分を含ませなければ弾力のあるボールなので、懐かしのハンドグリップのようにぎゅむぎゅむすること約半日。
――職場に行けるようになるまで、しばらくはこのハンドグリップで遊ぶかな。
因みにこの日は、パイソもエルリネもどこにも出かけずに俺の部屋で寝ており、夕食時になって起きだした。
たまにはこういう日があってもいいと思う。
なお、セシル、エレイシア、クオセリスの三人は学校の友だちと一緒に街へ繰り出していたようで、図書館から戻ってきたら部屋の隅にお買い物の商品が置いてあり、部屋の外の談話室を見れば同年代の子達と彼女たちは談話していた。
――仲良き事は美しき哉。
この日は特に事件もなくそのまま終わった。




